呪われた真祖   作:俺はオモチャ、それでいい

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吸血姫の宅急便

「…………」

 

空はとっくに暗くなっていた。

分厚い雲が、月を隠し切っている。

多くの人間は、眠りについているのだろう。

夜職が集中している繁華街から大きく外れた、郊外にある古ぼけた廃墟。何十年か前に建設された2階建ての複合施設の一部屋で、4人の男が、ジッ……と静かに立っていた。

 

「…………」

 

元複合施設と言えども、販売されていた商品や陳列棚、事務用品は完全に撤去されている。コンクリートで囲われた真四角のこの部屋は、まるで塗装を全て剥がされた学校の教室のようだ。

 

その中で、一つだけ、小さなライトが部屋の中央に置かれている。スーツ姿の2人の男は、ライトの黄色い光が届かないギリギリの境界線で、用心棒として微動だにせず立ち尽くしている。

 

そして残る2人は、ライトの近くに立っていた。

 

「…………」

 

2人は横に並ぶように立っていた。

彼らの前方には件のライト、そしてその2メートルほど離れた先に、木製のアームレスト付きの椅子がポツンと2人に体を向けて置かれていた。

 

普通であれば、椅子自体に違和感を持つことはない。しかし、何一つ残されていないこの無機質な空間に、ただ一つだけ椅子が置かれているとなると、また話は別だ。

 

まるでホラー映画にあるワンシーンだ。

ゴォォォ……、と廃墟を駆け抜ける風が、この神妙な空気に拍車をかけている。

 

「………………!」

 

コツ────コツ────コツ───と。

冷たい足音が、遠方から響き渡った。

 

「…………」

 

来たか、と誰かが思った。

足音の主は、建物の階段を登っている途中。

よく聞けば、ズルズルという何かを引き摺る音も混じっている。それがここで待つ『依頼人』の目的のモノなのか、それとも別のモノなのか、確かめる方法は今はない。

 

だが、すぐに分かる。

 

「…………」

 

足音が更に近づいてくる。

この部屋は密閉空間に近い。

四方は壁に囲まれ、入り口は小さなドアのみ。

現状ドアは開けているが、そこさえ閉めてしまえば音は極力遮断される。ここまで状況が揃っている理想的な場所があるなんて、綿密に調べなければ分からないことだった。

 

足音の主はすぐ近くまで来ていた。

ここまで来ると、その人物がブーツを履いているということさえ分かるほどにだ。

 

「…………」

 

全員の緊張が高まった。

足音はすぐそこだ。

2人のスーツ姿の男が、懐に納めている拳銃を静かに握った。相手が仮に自分たちの求めている人物ではなかった場合、暴力を振るわなければいけなくなる可能性がある。

 

そうなれば、最悪な状況という他ない。

4人……特にこの中の2人にとっては、運命の分かれ道にも等しい重要な場面。中央のライトに最も近い2人は、扉に入ってくる人物を即刻確かめようと、その場を凝視していた。

 

 

その時、何かが部屋に放り込まれた。

 

 

「─────ッ!?」

 

拳銃を抜き、2人の男が前に出る。

下がって、と口には言わずジェスチャーのみで伝えながら。

 

放り込まれたモノは、ジャラジャラと鉄の音を奏でながら、ドスン! という音を立てつつ地面を滑った。それは丁度椅子の足元付近までカーリングのように滑ると、その動きをピタリと止めた。

 

暗がりの中、うめき声が小さく響いた。

間違いなく、放り投げられたソレから発せられたものだった。片方のスーツの男が携帯しているライトでそれを照らすと、そこには鎖で縛られている人間の姿があった。

 

そして、まるで不意打ちかのように。

扉から活気に満ちた声が、大きく広がった。

 

「やっほー! こんばんは!」

 

建物と状況と、雰囲気に似合わない、女の声。

女は金髪の髪を揺らし、赤い瞳を暗闇で光らせながら手を振って部屋に入り込んだ。

あまりの予想外な人物の登場に、4人の男たちは呆気に取られた。

 

しかし、そんな彼らを女は置き去りにする。

 

「約束通り、『死体を飾る呪詛師』を配達しました。多少傷はついてるかもしれないけど、大目に見てほしいかな」

 

女は悠々と歩くと、ポツンと置かれている椅子に躊躇なく座った。本来は別の用途で使われるはずの狂気の椅子が、簡単に玉座へと切り替わる。

 

「…………何者だ、貴様」

 

1人のスーツの男が、銃口で女の額を捉えながら、一歩前へと出た。

 

「呪詛師の宅急便。疲れたから水ある? 今日働きっぱなしでクタクタなのよね」

 

「ふざけるな。今すぐ膝をついて、両手を頭に乗せろ。さもなくば、躊躇なく発砲する」

 

これは脅しではない。

そう思わせる気迫を醸し出し、男は言った。

しかし、女は微動だにしない。

足を組んで、男を朱い瞳で見た。

 

「なに、そういうプレイだったの……? 役目を終えた業者は、縛って拘束して口封じ? なんていうか……凄い特殊ね」

 

パァン!! と空気が引き裂かれる音がした。

激しい閃光と共に、衝撃が波のように伝わった。

男たちは轟音と同時に、肩を大きく震わせた。どれだけ事前に覚悟していても、唐突な落雷が近くで起きれば反応してしまう。

それと同じ理屈だ。

 

問題はその音が、男が拳銃を発砲したモノだったこと。そして、銃弾の行き先が吸血姫であった事だ。

 

「──────うーん…………」

 

発報の余韻、火薬の匂いが漂うこの密閉空間で、女は困ったように唸った。

 

「昨日今日で7人目。これじゃ大量殺人鬼よね……?」

 

女は実った小さな果実を収穫するかのように、左手の親指と人差し指で、熱せられた弾丸を当然のごとく摘んでいた。

 

そして、彼女の右手には発砲した男の生首が掴まれていた。

 

「どうしよう。流石に政権のNo.2を殺すのは、気が引けちゃうんだけどなぁ」

 

ドシャ! とスーツ姿の胴体が床に倒れた。

その首元からは鮮血が飛び散り、水が入っている紙コップが倒された瞬間を想起させる。女はその光景を見下ろしながら、胴体の上目掛けて生首と弾丸を放り投げた。

 

「…………まずは謝罪をしよう。私の護衛が無礼を働いた。すまなかった」

 

残された3人。その中で最も高齢な、白髪で染まっている男が両手を上げながら前に出た。

 

「私は羽瀬川重蔵。今回の依頼人だ。君は……もしかすると、実行役の人間ではないのかな?」

 

今回の依頼人、すなわち内閣官房長官。

アルクェイドは、ようやく話が分かる人が出てきた、と笑みを浮かべた。

 

「ええ、そうよ。わたしはアルクェイド」

 

女の答えに、羽瀬川は『やはり』と思った。

名前は知らされてなかったが、情報は伝わっている。

 

「新島君から話は聞いている。とても腕が立つ能力者だと。事実、その様だね。……次元が違うレベルで」

 

羽瀬川は首を外された死体を見ながら、相手を刺激しない言葉を選ぶ。出会ってからこの1分足らずで、アルクェイドの底知れない危険性を理解したからだった。

 

「しかし、だ。いまは話が違う。本来であれば、新島くんがその男の配送を果たしてくれる筈だったのだが……どうして君になったのかな?」

 

新島とは依頼人とアルクェイドとの仲介を果たす業者の名前だ。

 

「我儘を言わせてもらったの。ちょっと面白そうな話だったし、有名人を生で見たいじゃない? まあ、わたしは政治に興味がないから、誰が誰で、どういう事をやってるかとか、全然わからないんだけど」

 

アルクェイドは言う。

 

「拷問するんでしょう? せっかくだから、わたしにも見学させてくれないかなって」

 

アルクェイドはそう言うと、玉座から立ち上がった。足元に転がっている呪詛師を片手で持ち上げて、乱暴に椅子へと座らせる。

 

呪詛師の男は、黒髪だった。

耳にピアスを付け、額から右頬にかけて長いタトゥーが入っている。口は乱暴にガムテープを貼られているが、それが有ろうが無かろうが、恐らく何かを喚くつもりはないのだろう。

 

その目を見ればわかる。

彼はアルクェイドを恐れている。

今のように、何も喋らず黙っていることが、最善択だと理解しているのだ。

 

パチン、とアルクェイドが指を鳴らすと、呪詛師を幾重にも縛り上げていた鎖が、まるで魔法のようにパッと消えた。

 

そして、呪詛師の両腕を握りつぶさんかの如く掴みとると、椅子の肘掛けに置いた。

さらに動かないよう、手首の部分を鎖で縛り上げる。さらに胴体部分も椅子に固定して、完全に身動きを封じた。

 

「ねぇ、あなたが被害者のお父さん? やっぱり一番目は、あなたなの?」

 

アルクェイドに眼を向けられた男。

羽瀬川とは違う、ひどくやつれた顔をしている男性。

アルクェイドが真っ直ぐと彼を見ると、男は静かに頷いた。

 

「………………あぁ」

 

「そう。彼の呪力は尽きてるから、反撃の心配はないよ。思う存分楽しんで」

 

男は死んだような目で、もう1人のスーツ姿の方をチラリと見る。

スーツ姿の男は、同僚が死んだことで狼狽えてはいたが、真面目に自身の業務を全うするために、部屋の隅に置かれていた台車を椅子の横へ滑らした。

 

「…………」

 

男はゆっくりとした足取りで、椅子の目の前まで進み始める。アルクェイドは笑みを浮かべたまま道を空けると、どこからともなく4人分の椅子を取り出して、そのうちの一つに座った。

 

「……どういうマジックだ?」

 

「あ、踏み込んでくる? わたしに近づくのなら、相応の覚悟を持ってよね」

 

アルクェイドは、質問を質問で返す。

その言葉に、羽瀬川はゾッとした。

 

「……いや────……」

 

羽瀬川は言葉を押し出そうとする。

しかし、出ない。

詰められたスポンジみたいな何かが、発声器官を堰き止めている。人体の異様な変化に、パニックを起こしかねない状況だ。

 

羽瀬川は僅かに息子の方を見ると、静かに椅子へと座った。

 

(予想外な状況だ。アルクェイドと名乗るこの女性……常軌を逸している!)

 

視線は常に、拷問の方に。

しかし、無意識にアルクェイドへと、一瞬だけ吸い寄せられる。

 

(未だに『呪術』という非科学的な現象について、私は理解し切れていない。そも、その存在を知ったのもつい最近のことだ。彼らが操るその『呪術』がどのような力で、一体何が出来るのか、そこの根底を知らない限り判断しかねる。しかし……先程SPを殺した一悶着で、彼女の力の一端を垣間見た)

 

息子────羽瀬川正祐は、台車の上に置かれている器具を見渡した。この上にはまるで高級レストランのカトラリーのように、あらゆる器具が清潔に陳列している。

その中の一つ、恐らく最もノーマルなサバイバルナイフへと、彼は手を伸ばす。

 

その光景に、呪詛師の男は静かに震え出した。

 

(この女性を武力で捻じ伏せることは不可能。そう判断して相違ないだろう。現状、あちら側が私たちを殺害する意図はない。とはいえ、先程のSPの無礼もある。そして何より────)

 

アルクェイドは鼻歌を奏でながら、目の前の拷問ショーの始まりを楽しみにしていた。

まるで映画や水族館のパフォーマンスが始まる前の、少女を連想させる表情。

残酷的との二面性に、羽瀬川は恐怖しながら、

 

(本当に、拷問だけを見に来たのか。そもそも、彼女が私が出した依頼の実行役である確証がどこにも無い。急な引渡し役の変更も不自然であり、新島くんからその旨の連絡が一つもなかったことも不気味に思える。彼女は自身を実行役だと語ったが、あれは私の『実行役かね?』という問いに『YES』と返しただけに過ぎない。信憑性は無きに等しい)

 

羽瀬川は眼球だけを動かして、床に転がっている死体を見た。

初めて見る死体、しかも首が取れているという惨すぎる姿を見ながら、ここまで平静でいられる自分に対して驚きを感じている。

 

(もし仮に彼女がこの依頼と無関係だった場合、私たちは窮地に立たされているのが現状だ。 よほどの趣味を有していない限り、『拷問の為だけ』にここへ訪れることはないだろう。報酬金の受け渡し方法も、かなり遠回りをした口座への振り込みだ。現金を取り扱うわけではない。それは向こう側にも伝えている。取引現場、取引内容、それらを知っているのなら、報酬金の部分も知っているのが当然。即ち、金目当てでは無い可能性が高い)

 

正祐が、呪詛師の口に貼られているガムテープを引っ張った。ビリリ! と音を立てながら引き剥がされたそれを、男の衣服へと引っ付ける。

 

呪詛師は、意を決したように叫んだ。

 

「ま、待った!! 頼む! 話を、聞いてくれ!」

 

(この男……呪詛師との共謀犯? 同じ『呪術』というカテゴリで繋がっている以上、無関係ではないのかもしれない。だが……今この瞬間に拷問されそうになっている仲間を、見捨てるのだと言うのなら、その線は無いと考えよう)

 

正祐は疲弊した目で、呪詛師を見下ろした。

 

「話…………?」

 

「依頼されたんだ!! あんたの娘殺してくれって! 俺の意思じゃない!! 黒幕がいる!」

 

呪詛師の言葉に、全員の意識が集中した。

アルクェイドへ対する不信感を募らせていた羽瀬川ですら、思考を中断して呪詛師の言葉に耳を傾ける。

呪詛師は続けた。

 

「目坂麟太郎だ!! そいつが依頼した!俺は俺の意思で殺してない!! 断言出来る! 本当だ!」

 

「…………目坂麟太郎って誰?」

 

アルクェイドが眉を顰めながら、まるで隣の生徒に問題の答えを聞く学生のように、小さく羽瀬川へと訊いた。

 

羽瀬川は、アルクェイドの血がほんのり混じった甘い女性の匂いに頭をやられながら、呪詛師の顔を見て答える。

 

「衆議院議員だ。私の息子も国会議員であり─────簡単に言うなら、同僚だ」

 

「へぇー。会ったことあるの?」

 

アルクェイドは興味ありげに訊いた。

羽瀬川は腑を煮え繰り返しながら、頷いた。

 

「あぁ。家族構成も知っている」

 

何故なら、親戚だからな、と。

言葉に出さずして、答えた。

 

「く、くくくくくくく」

 

正祐の肩が言葉と同時に震える。

何とかして絞り出した笑いは、狂気に満ちていた。

 

「アルクェイドさん。僕からの依頼────受けてもらえますか?」

 

正祐はそう言って、アルクェイドに声をかけた。

アルクェイドは少し退屈そうに、腕と足を伸ばしてゆったりと答える。まるでこの会話に意味を見出せていないように、気軽な声色で。

 

「んー? 別に構わないけど、あまりオススメしないよ? わたしコソコソ動くの嫌だし、時間に縛られるのも嫌いだし、正直同じ人間からの依頼とか気分が乗らないし……あなたみたいな真面目で世間からの評判も重要な政界の人は、他の呪詛師に依頼した方が良いんじゃないかな。わたしよりも安上がりで、わたしよりも高品質な商品のお届けもしてくれるだろうし」

 

アルクェイドは自身の評価が落ちるようなことを、迷うことなくペラペラと喋った。

そして、付け足すように言った。

 

「わたしの知り合いも、何人か紹介してあげようか? まあ、相手が一般人だっていうのなら、わざわざ呪詛師を選ぶ必要も無いと思うけれどね」

 

アルクェイドはそう、笑って言った。

 

「…………そうですか」

 

「でも、難易度が高くて、それでいてどうしても100%達成してほしい依頼なら、もう一度声をかけてくれる? 状況次第で受けてあげるから」

 

正祐はその言葉を聞くと、何も言わずに呪詛師の方へと向き直った。サバイバルナイフから、骨切包丁へと持ち帰る。

その光景を見て、呪詛師はさらに体を震わせた。

 

「な、なぁ!? 頼むよ!! こんなのおかしいって! 俺は死体をいじっただけ! なのにあんたは達は生きたまま苦しめようってか!? 違うだろそれは……!! 間違ってるだろ!!」

 

「…………これってツッコミ待ち?」

 

アルクェイドが不思議そうに、再び訊いた。

誰もその問いには答えなかった。

 

「頼むよ!頼む!! 拷問は勘弁してくれ……! 俺はやったことないぞガチで!!」

 

「拷問はやった事なくても」

 

正祐が、突き放すように言った。

 

「死体で遊んだことはあるんだな」

 

それだけ聞ければ十分だと。

正祐は口に出さずとも、目で語った。

 

「お前が拷問という罪を犯していないのなら、俺が代わりに業を背負うよ」

 

ゴリッ……!! と。

骨切包丁が、呪詛師の小指を第一関節から切り落とした。

 

「ぎ、ぃぃいいあああああーーーー!!」

 

呪詛師の男は激痛により、絶叫した。

人間の恐怖からの叫びではなく、その先へと至った魂からの叫び。蟲の金切り声ともいうべき、不愉快な音に、アルクェイドは酷く興奮した。

 

「ねぇ! 落とした! 落としたよ! わたし知ってる! あれエンコって言うんだよね!」

 

「お静かにお願いします。悲鳴が聞こえない」

 

正祐が口に指を当てて忠告した。

アルクェイドは、はっと息を呑んで声を押し殺す。

自分がマナー違反者だと気づいた時の、ソレだ。

 

「……お前が運ばれてくるまで、37通りの苦しめ方を考えていた。頼むから全て終えるまで、死んでくれるなよ」

 

男が叫びにならない叫びを発した。

これから来るのが確定している地獄。

避けられない運命に対する、必死の叫びだ。

 

その声を聞きながら、羽瀬川は思案した。

 

(この女性が呪詛師と繋がっている線は消えた。残るはこの依頼を聞きつけた第三者の可能性だが、本人に聞くのは論外だな。そこはかとなく一端を探るやり方も、気づかれれば状況が大いに悪化する。こう見えて、かなり切れるタイプの人間だろう。私の画策も、すぐに気づかれる)

 

SPの1人が、もう状況について行けないと言ったように、空いている椅子に腰掛けた。

本来であれば護衛任務中に目に見える休憩はルール違反になるが、本人は疲労で頭が回っておらず、また羽瀬川自身もとやかく言うつもりはなかった。

 

(しかし、だ。彼女の目的は一体何だ? 金が目当てではない。ならば、私たちを捕えること? 私たちを捕える、または殺すことで得られるメリット。社会的影響、もしくはこの呪詛師と同じ、何かしらの依頼を受けた人間。それとも─────)

 

羽瀬川は信じられないように、アルクェイドを見た。

 

(──────まさか、本当に拷問を見に来ただけなのか……? あり得るのか、そのようなことが……)

 

デメリットはある。

アルクェイドのやっている事は、言ってしまえば契約違反だ。本来来る筈の引渡し役を我儘で退けて、自分の仕事にした。

 

契約違反は、評判に大きく影響する。

信用が重要なのだ。

もしルールを守らない相手と知られれば、向こうの人間だって困るはずだ。それを差し引いても、わざわざ契約違反を強行した理由。

 

それが、まさか。

 

(いや……! だとしたら、何故? 理由は何なんだ!? 拷問をわざわざ見る理由は────!)

 

アルクェイドの横顔は、とても楽しそうだった。

パフォーマンスに酔いしれている。

正祐が、呪詛師の指先から真っ直ぐに釘を打ち込んでいく光景に、1人だけ場違いに盛り上がっている。

 

異様な光景、新鮮な景色。

そう、新鮮な───────

 

 

「刺激に、飢えているのか……?」

 

 

アルクェイドの瞳が、羽瀬川を凝視した。

 

「……………………」

 

その瞳が、大きく見開かれていた。

宝石のような、蛇の眼。

開かれた眼球はブラックホールのように赤暗く、まるで底知れない闇を投影しているかのようだ。世界を割るような絶叫は、まるで別の世界の出来事のように遠くへ消え去って、羽瀬川は自分が何処に座っているのかすら、分からなくなるところだった。

 

「わたし言ったわよね? 近づいてくるのなら、相応の覚悟を持つように、って」

 

「っ…………」

 

「もし次、一歩でも進むというのなら、『縛り』を結んでもらうわ。『命の旅路を懸けた血の縛り』」

 

縛り、その言葉を羽瀬川は聞き慣れていない。

だが聞かずとも、ニュアンスは分かる。

自身の生涯をかけた、命の契約。

それを結ぶことになると、言っているのだ。

 

「分かった。すまない。謝ろう。無礼な真似をした」

 

「勘がいいのは、長所でも短所でも無い。ただの生命線に備わった、副次的機構。上手く使えば命を延ばせるし、下手に使えば命を断ち切る。覚えておきなさい、二度も三度も言わないから」

 

アルクェイドはそう言うと、立ち上がった。

彼女の顔から先程までの笑みが消え去っている。

まるで冷水をかけられたような、冷たい眼。

背筋が凍るほどの、失望した表情。

 

「なんか萎えた。わたし帰るから、後は適当に楽しんで」

 

あまりにも唐突だった。

 

唯我独尊、己の『快』『不快』が生きる指針。

その暴君は、響き渡る悲鳴を聞きながら、その部屋を振り返ることなく退出する。

 

(人間って、何でこうも不快に感じるの?)

 

いつも、こうだ。

何故いつも、人は自分を苛立たせるのか。

何故、無礼を働くのか。

何故、強者相手に反抗するのか。

何故、弱者であるのに歩み寄ってくる?

 

 

「わたしの気持ちなんて、理解できないくせに」

 

 

アルクェイドの根源が、静かに零れた。

 

 

 

 

 

 

 

 




拷問ってどんな所でやるのかな?
分かんないや
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