呪われた真祖 作:俺はオモチャ、それでいい
「……口ではどうとでも言えるけど」
アルクェイドは呆れたように言った。
怒りを通り越した先の感情だった。
「それを実現できる証拠は?」
『やる』『やらない』の話ではない。
『出来る』『出来ない』の話だ。
今から宝くじ一等を当てると豪語して、1万枚の宝くじを買ったとする。
しかし、そこで本当に一億が手に入るのか。
そんな簡単な話なのか?
「…………証明はできない」
夏油は無表情だった。
「何より、私1人の力では限界がある。凄腕の詐欺師のように、体のいい方便を並べることは可能だが、それで動かせる心はそこらの有象無象だけだろう。私が君に出来るのは、あくまでもサポートのみ」
出会い系の相談窓口みたいにね、と。
夏油は軽く付け足した。
「……自分で言っておいてアレだが、出会い系とは言い得て妙だね。根本的にやっている事は、ほとんど同じに思える。まぁ、邂逅を宣言した時点で行き先は均一的か……」
「おーい。勝手に話進めないでー」
アルクェイドが夏油の視界を叩くように、大きく手を振った。
夏油は自身の思考に潜伏しそうになっていた意識を引っ張り出し、ゆったりとアルクェイドを見る。
「ああ、すまない。悪いね、癖で」
「……貴方の寿命が、刻一刻と迫ってきている自覚はある? わたしの家まで、あと400メートルって所なんだけど」
「あー…………それは困ったね」
夏油は本当に困ったように言った。
もう少しこの会話を続けたい、そんな考えが表情に浮かんで出ている。アルクェイドは『やはり変なヤツ』と、その顔を見て思った。
「私が要求する縛り、『来年の正月まで力を現在の半分以下に抑える』。これは単に、私だけが得をする為だけのものではないよ。実際には、君のためでもあるんだ」
「……どういうこと?」
「君さ、強すぎるんだよ。あまりにも常識からかけ離れてるから、誰も相手にできないんだって」
夏油は言った。
「君が持つ他者との関わりって、『力』という壁が無いと成り立ってこなかったでしょ? 誰かとの会話、誰かとの約束、誰かとの出逢い。全て『アルクェイドの力』を前提にしたコミュニケーションばかりだった筈だ」
「……」
「なら力を抑えようって話。同じ地平線とまでは行かなくても、同じ大地に足をつければ見えてくるモノもある。まぁ、見ようとすればの話なんだけどね」
薄暗い路地裏を2人で渡る。
大通りから差し込む僅かな明かり。
足下に物が落ちていたら、きっと気づかないような暗闇。アルクェイドは迷う事なく、全てを視認している状態でサクサク進んでいく。
「…………正直」
アルクェイドがポツリと呟いた。
そして─────
「乗ってあげない事もない」
「──────本当かい?」
夏油が信じられないと言ったような表情で、驚きを隠しきれていなかった。
彼としても、この交渉が成立する可能性は低いと考えていたのだ。このアルクェイドの言葉を期待していたが、いざ聞くと心臓がドキリと脈動した。
「ええ。ただし、条件が3つ」
当然だ、と夏油は思った。
こう来ることは予想していた。
恐らく、アルクェイドはこれから提示する条件を『縛り』に組み込むだろう。
問題はその条件が何なのか。そこが肝心だ。
「1つ、貴方の計画の内容を、即刻わたしに開示すること。2つ、わたしの行動に物理的な介入をしないこと」
「……」
「そして3つ。これとは別に『縛り』を結ぶこと」
夏油の眉が密かに寄った。
アルクェイドの画策の真意を、探り切れなかったが故の表情だった。
「……一つずつ、順に説明してくれるかい?」
「いいわ。じゃあ1つ目。これは貴方も分かっているでしょう? 貴方の計画が、わたしに対してどれだけの影響を及ぼすのか、そこを事前に理解しておきたいって話。わたしは、わたしの為に生きている。これから結ぶ縛りも、貴方の口車に乗るのも、わたしの知的好奇心を満たす為の段取り。他者間との縛りでのみ働く『強制力』と『反故の罰』、これも最高の
ただし、と。
「日本を滅ぼすのはダメ。せっかく楽しもうとしてるのに、
「間違いないね」
夏油は完全に理解した。
全くもってその通りだと、口に出さず答えた。
「2つ目……これもまぁ同じ。わたしは、やりたい様にやる。だから手厚いサポートは、はっきり言って余計なお世話」
「うーん……そこは妥協してくれないかい……? でないと、私個人と『縛り』を結ぶメリットが無くなってしまうんだが……」
「じゃあ、助言程度で済ましましょう。どちらにしろ、わたしは自身の判断で動きたい。そこは分かってもらえる?」
「……なるほどね」
他者間での縛りは、互いの利害が一致しているからこそ成り立つもの。現状では夏油だけがメリットを享受しているようで、かなり不安定と言える状態だ。
夏油としても、この縛りを強固にしておきたい思いがあった。
しかし、アルクェイドがいつ見切りをつけるか予想がつかない。縛りが不安定であるのと同じように、アルクェイド自身も不安定な存在なのだ。
思惑を根本から崩壊させるマネはしたくない。
「─────三つ目を聞いてもいいかな?」
本命とも言える質問だった。
アルクェイドが云う、『別の縛り』。
どのような縛りを結ぶつもりか知らないが、その約束事を、これまでのように条件に組み込めばいいだけの話なはず。
だというのに、アルクェイドはわざわざ別に縛りを用意すると言った。
いったい、何故。
「まず大前提に、わたしは人間じゃない」
アルクェイドはそう、簡単に言い切った。
「その性質上、普通じゃない事が普通にできる。わたしが言っている『縛り』も、その内の一つである特別な縛り」
「特別な縛り……?」
「わたしは『命の旅路を懸けた血の縛り』って呼んでいる。通常の縛りとの違いは─────文面から察してもらえるかしら?」
「…………」
ズズズズズ……、と。
嫌な空気が渦を巻き始める。
夏油は初めて、頬に冷や汗を流した。
(……彼女の本質は、吸血鬼。前項はまだしも、後の『血の縛り』に関しては見当がつく。即ち、血を媒体にした契約。彼女が私の血を吸うのか、それとも彼女が血を私に与えるのか。どちらにしても、これが意味することは─────)
簡単な話だ。
吸血鬼の能力として、最も代表的なもの。
それは血を吸うことによって派生する。
他人の種族すらも改変し、同族として使役することが可能になる特殊能力。
上下関係の設立。
種族の繁栄。
つまり。
「私を……眷属にするつもりか」
「──────」
アルクェイドは何も言わず、微笑んだ。
口元にある妖艶な笑みは、恐怖を抱かせる。
これ以上の前進は、あまりにも危険だ。
進めば元に戻れなくなる。
……だからと言って、後退も出来ない。
アルクェイドはそれを赦さないだろうし、何よりここまで進めれたのだ。
それは自分自身が許さない。
「……互いに異存はないね?」
夏油が言った。
眷属、いいだろう。
『上等』以外に言葉がない。
「えぇ。早めに済ませましょう」
ピッ、と。
夏油の首筋から出血が起きた。
夏油は唐突な冷たい痛みに、素早く首筋に手を当てた。一体何が起きたのか、縛りによる副次的効果によるものなのか。
脳内で、危険要因の検索を行う。
だが、アルクェイドの人差し指、その爪に血が憑いていたのを見て、すぐに状況を理解した。
(…‥見えなかった。私が認識できないほどの速度で、私の首を切り裂いたのか)
もしも、これが戦闘であったのなら。
夏油は本当に、瞬きの間もなく殺されていた。
「仮契約として、縛りを結んだ。そして、わたしが貴方の血を取り込めば、『血の縛り』が成り立ち、本契約へと移行する。それで『縛り』は確立する」
アルクェイドの指先に憑いている、夏油の血。
それがゆっくりと、アルクェイドの口にまで運ばれる。
その小さな口が開かれると─────
アルクェイドは静かに、その血を舐め取った。
「…………きた」
アルクェイドは自身の変化に笑った。
海の水を蓄えていた器に、まるで穴が空いたかのように力が漏れ出していく。
翼がもがれるような感覚、全能とも言えた力はその輝きを失っていく。最強はこの時を以て最強ではなくなるのだ。今まで味わったことのない未知の感覚は、恐怖よりも高揚を覚えさせた。
アルクェイドにとって、未知は快楽。
彼女は恐怖を知らない。
それ故に、恐怖は快楽に変換される。
楽しい、面白い、心が弾む。
退屈が色を失い、空想が熱を持つ。
これから先の未来に、夢を見る。
「………………」
対して、夏油の反応は薄かった。
彼は自身の右手に視線を落としながら、自身の肉体に対して考えを巡らせている。
(特段、肉体にこれと言った変化はない。吸血鬼にでもなるかと思ったが、そういうわけではないのか……? それとも、何かしらの条件が揃うことで発動するタイプの呪詛だったか? 呪いがかけられたのは、疑いようもないが─────)
夏油はアルクェイドを見る。
自身の弱体化に対して、笑みを浮かべているその狂気的な存在を。
(彼女の方も、目に見えた変化はないか。まぁ、元から呪力を纏っていないんだから、視覚的な部分から情報を得るのは難しいと思っていたさ。重要なのはその中身の方)
アルクェイドは、天与呪縛で能力が底上げされている。それは肉体だけに留まっていない。
(例え理から外れていようと、天与呪縛である以上、縛りは適用される。彼女に対して『強制力』が働くかは甚だ疑問だったが、その顔を見るに杞憂だったか……?)
夏油の考えは正しい。
アルクェイドに、縛りは適用されている。
問題は、それが視えるか視えないか。
そこだけだろう。
「縛りは成就した────で、間違いないかな?」
「間違いないわ。今のわたしは、限りなく弱者に近い。そうね、もしかしたら貴方と良い勝負するんじゃないかな?」
「……良い勝負、ね」
夏油はもはや呆れた。
(力を元の半分にまで抑えて、『良い勝負』か。こちらは実力を隠しているつもりは、無いんだけど……)
場合によっては、ここで殺す選択肢もあった。
しかし、状況が予想以上に悪い。
アルクェイド独自の縛りもある。
だが何より、アルクェイド自身の力があまりにも未知数。もしも現状で、五条 悟にも対抗できうる力があるのだとしたら──────
(私はこいつを、どうすればいい…………?)
危険因子は、目測では量れない。
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「夏油、アルクェイドとやらについて説明しろ」
時は少しばかり遡る。
夏油がアルクェイドと接触するよりも、およそ一週間前の出来事。
大きな単眼。頭部が火山のようになっており、体格は80を過ぎている老人。
未登録の特級呪霊である漏瑚は、夏空の下で多くの子供達が遊ぶ公園のベンチに腰を掛けていた。
その隣、白いTシャツに薄い青色のハーフパンツを着ている夏油は、漏瑚の質問に対して鼻で笑う。
「ふっ。心配してくれるのかい? 漏瑚」
「戯言を抜かすな。儂が知りたいのは、現代最強と云われる者の実力だ」
「知ってどうするのさ?」
「場合によっては、儂が焼いてやらん事もない」
夏油はこの時よりも事前に、『アルクェイドと独自に接触する』という事を、漏瑚たちに伝えていた。
そして、その目的も。
「やめておいた方がいい。格が違う」
「……故に、それを説明しろと言っておるのだ」
漏瑚は不機嫌そうな声で言った。
グツグツと、頭部の火山口からマグマが泡立っている。ただでさえ暑いというのに、それによって尋常ではない加熱が加えられた。
「熱いんだけど、漏瑚」
「…………」
「……分かったよ。君は本当にせっかちだね」
夏油は降参だと言ったように、首を横に振った。
漏瑚はその巨大な単眼で、隣に座っている夏油を睨んだままだった。しかし、その火山口の昂りは少しばかり治まる。
「アルクェイド。別名、真祖の姫。現代最強と謳われる五条 悟。そんな彼に比肩する、もう一人の呪術の頂点。それが彼女のプロフィールだ」
「五条 悟。あくまで有象無象に持ち上げられた、眉唾物だろう。それと比肩するのなら、大したことはあるまい」
「認識が間違ってるよ。確かに現代の術師のレベルは、君のいう通り高くはない。だけど、五条 悟は疑いようのない最強さ。彼1人vs今を生きる術師and呪霊が行われたとしても、恐らく彼は無傷で勝利してしまうぐらいにはね」
街路樹によって作られている自然の日陰が、夏油たちを太陽の光から守っていた。しかし、幾重にも重ねられた樹葉の隙間から、まるで水中に入り込む光のような、日光が差し込んでいる。
だが、それすらも心地いい。
夏と言えばこうでなくては、と夏油は心のどこかで思いにふけていた。
「アルクェイドも同様と言える。ただし、彼女は五条 悟と違って情報が少ない。呪力量、術式、領域。私なりに色々と探ってみたけど、明確な答えは得られなかった。その実力に関しては、眉唾である可能性は捨てきれない」
「ならば─────」
「だから、試す」
夏油は言った。
「私が直に接触して、裁量する。状況によっては、その場で戦闘になるかもしれない」
アルクェイドとの接触は、ただの交渉ではない。
これは情報戦でもある。
アルクェイドという存在が、いったいどれだけの存在規模を持った存在なのか。アルクェイドに対する評価は、はっきり言って夏油の私見が大いに混じっている。
主に彼女の特性についてだ。
彼女は『両面宿儺』に似ている。
その在り方に、既視感があった。
故に夏油は、彼女を『最強』と認識している。
だが、それが勘違いである可能性も捨てきれない。それ故に夏油は、実際に触れてみると言うのだ。
「──────その必要はない」
しかし。
漏瑚が、当然のように言い放った。
「どうして?」
「儂がさらに直に試してやろう」
「……いや、ほんとにやめた方がいいよ?」
夏油は呆れながら言った。
『こいつなんも分かってねーな』という顔をしながらだった。
「私は彼女の実力についての完全解答を得られなかったけど、彼女の人間性……どちらかというと、『怪物性』かな? については、しっかりと理解している。あれは紛れもなく猛獣だよ」
「猛獣……?」
「そ。もしも、五条 悟に君が挑んだとする。君はきっと彼に負けるが、可能性としては逃げれる事があるかもしれない。それは何故か?」
「……」
「彼は最強でありながらも、現代人の価値観をも持った1人の人間だからだ。悪く言うなら、楽観主義者だね。きっと頸を取られても、花御辺りが助けてくれるだろう」
夏油は少し前屈みになって話す。
腕を膝に乗せて、相談話をする時のように。
「だけど、アルクェイドはそうは行かない。彼女は自身に敵対する、又は敵対した者に容赦しないはずだ。襲撃した君を、まず殺す。救出に現れた花御も間違いなく殺す。私が参戦したとしても、ほぼ確実に殺される。……あそこに、バッドを振っている子供がいるだろう?」
夏油は公園の端っこの方で、父親が弱気で投げるボールを打っている子供を指差した。年齢にして小学校低学年、きっと野球部に入るのだろう。父親との打撃トレーニングに、精を出している様子だ。
「もし彼が、君のことを見えていて、わざと君にあのバットで攻撃してきたとする。どうする?」
「…………焼き殺すな」
「アルクェイドにとっては、同じことなんだ」
夏油は囁くように言った。
「まず、私が彼女と縛りを結ぶ。その力を現在の半分にまで抑える」
「─────すれば、儂の出番か?」
「いいや、まだだよ。その後に、達成するべき項目が二つある」
「その項目とは?」
漏瑚の間髪入れない問い。
夏油は笑いながら言った。
「①アルクェイドの実力……主に術式を把握する」
夏油は人差し指を立てた。
そして、次に二本目の指を立てる。
「②五条 悟と接触させる」
漏瑚は不可解そうに、その単眼を細めながら夏油の方を見た。
「①は分かる。だが、②は何故だ?」
「都合がいいから。あわよくば、五条 悟にアルクェイドを始末してもらえる」
子供達の楽しそうな笑い声が聞こえる。
夏油達のおどろおどろしい会話とは、全くもって無縁とも言える声だ。
これから先の未来、この子供達が自身の計画に巻き込まれるかもしれないと思うと、夏油は愉快な気持ちを抑えられそうになかった。
「それこそ、楽観的ではないのか?」
漏瑚は真面目そうに前方の景色を見る。
彼なりにも、考えを巡らせているらしい。
「もしも五条とアルクェイドが、手を組んだらどうする? 貴様のいう通りの実力であると仮定した場合、儂らでは太刀打ちできなくなるぞ」
漏瑚は至って真面目な疑問をぶつけた。
実際に五条 悟だけでも、こちら側の勝率は限りなく0に等しい。そこにアルクェイドという存在が加わると、もはやマイナスの域にまで入ってしまう。
漏瑚が危惧しているのは、両端とも人間であるという点だった。彼の思想では、人間は群れる特性があるという。
人間の歴史は戦争の歴史。
しかし、同時に集団の歴史だ。
戦争も集団間での争いが前提。
最悪のケースがあり得ると、漏瑚は言っているのだ。
だが、夏油は吐き捨てるように笑った。
「それは無いよ、漏瑚」
「何故、そう言える? 何を以て……!」
「アルクェイドはね──────」
夏油は嘲笑うように、蔑むように。
大きな笑みを口に浮かべて、囁いた。
「常に、独りだよ」
・命の旅路を懸けた血の縛り
長いので『血の縛り』と略称。
アルクェイドが独自に開発した縛り。術式によるものではなく、アルクェイドの生まれつきの能力の一つによるもの。
名前の通り、血を媒体に使う。
効果は不明だが、基本的にアルクェイドが一方的に利益を得られるように設計されている。ただし、『アルクェイドに物理的、又は精神的に接近する事を許す』という条件が組み込まれているため、アルクェイド的には等価交換は一応成されていると思っている。
原作のアルクェイドは血を飲まないですけど、こっちは諸事情で飲みます! ごめんなさい!