呪われた真祖   作:俺はオモチャ、それでいい

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鬼の来訪

 シュワシュワシュワシュワ、と。

 蝉の鳴き声がそこら中から響いていた。

 

 自然の最中、山奥の道。

 整備された石畳の道の両端には、造形されたかのような巨大な樹木が立ち並んでいる。白い入道雲が浮かんでいる夏空の下、アルクェイドは手ぶらでその山奥を歩き続けていた。

 

『そうだね。まずは、高専にいくといい』

 

 先日、アルクェイドは夏油と名乗る呪詛師と縛りを結んだ。アルクェイドは『力の抑制』を、夏油は『邂逅』を。

 互いに交わした契約に基づき、夏油はアルクェイドに一つの助言を残した。

 

(高専────呪術高等専門学校。実際に来るのは初めてかな? 行く機会なかったし。今回だって、事前にアポ取ってない殴り込みみたいなものだからなぁ)

 

 アルクェイドの目的はひとつだけ。

 この高専にて、呪術師として登録されること。

 

 アルクェイドは現状、呪術界においての戸籍を持っていない状況にある。公式からの許可を得ていないまま呪術を扱う、呪詛師という枠組みだ。

 

 アルクェイドにとっては、特別そこに問題はなかったし、これからも問題はないだろう。

 

 だが、夏油の助言もあるし、『良い機会』だとも思っていた。

 

(それにしても、ほんとに山奥にあるんだ。ここ東京よね? 熊とか出てきそうなんですけど)

 

 熊如きどうでもいいが、それぐらいには山奥だという比喩表現だ。アルクェイドにとって自然の恵みは、戦闘力に僅かながらの影響を及ぼすので有り難くはあるのだが、はっきり言ってこの高低差は面倒くさい。

 

 疲労感はないが、単純に長いのだ。

 精神的な部分で飽きが回って疲れる。

 

 どうせ東京にあるのなら、街中に作ればよかったのにと、アルクェイドは心に思う。

 

(…………死滅回遊、か)

 

 ふと、先日の夏油との会話を思い出した。

 アルクェイドとの縛り、その中に含まれていた条件の一つ、『計画の内容を開示する』。夏油は縛りの通り、これから起こそうとする事象の多くをアルクェイドに伝えた。

 

 五条 悟の封印。

 死滅回遊。

 

 そして、新たな呪霊の誕生。

 

(こ〜ろ〜す〜〜?)

 

 夏油の計画は、間違いなく日本を終わらせる。

 

 五条 悟の封印は別に構わない。

 死滅回遊も面白そうだから介入はしない。

 

 だが、呪霊の誕生は許容できない。

 その方法は、利害に関わるものだ。

 

(んー……死滅回遊は、ほんとに魅力的なのよね。過去の猛者達が甦れば、きっと今よりもレベルの高い環境が出来上がる。意味のない狩りは好きじゃないけど、何もない退屈よりかは100倍マシかな……?)

 

 かなり難しいところだ。

 夏油の目的はアルクェイドの考えに反する。

 

 しかし、一部は受け入れられる。

 というか、受け入れてみたい。

 

 別に、平和を守りたいわけではない。

 日本という国が終わるのが嫌なだけで、何十万という人間が死のうが、一向に構わない。こちらが重要視しているのは、個人ではなく集団で作られる国家なわけなのだから。

 

(となると……五条 悟封印には関与せず、死滅回遊への手助けはして、その後に夏油を殺す。これが一番よね……? 夏油を殺せば『縛り』は効力を失い、わたしの力が元に戻るわけだけど……宿儺や五条とでも、遊んでみれば────)

 

 ……あぁ、どうしよう。

 戦闘狂なんて柄じゃないのに。

 

 弱くなったせいだろうか……? 

 

 

 心が弾んできた。

 

 

 

 ______________________________________________

 

 

 

 

 呪術師になる為には、何をすれば良いのか。

 単純明快、呪術上層部に殴り込めば良い。

 

 結局のところ、下の人間が承認を求めて、上の人間が許可を下すというシンプルな構造だ。組織としてノーマルであり、至って複雑な部分はない。

 

 だが、その工程は魅力的ではない。

 時間がかかるのは、あまりにも面倒だ。

 

 シンプルな組織構造なら、シンプルにいこう。

 

「─────」

 

 呪術高専の敷地内、その正門から堂々と入る。

 形としては侵入としか言えなかった。

 アルクェイド自身、それは理解している。

 理解して尚、やめるつもりは毛頭ない。

 

「……いくら?」

 

 その時、誰かが声を漏らした。

 アルクェイドは退屈そうに、そちらを見る。

 

 正門を超えた先にある、広い和風の庭園。

 巨大な神社の境内を思わせるその場所、そこに設置されている灯篭の側に誰かが立っていた。

 

「…………」

 

 薄い銀髪に、制服の長い裾で口元まで隠している少し変わった見た目。恐らく高専の学生だと見える少年は、真夏の暑さとその服装のせいもあって、やけに汗をかきながら怪訝そうな目でこちらを見ている。

 

(……今、『いくら』って言った? )

 

 聞き間違い……ではないだろう。

 いくらがどこかにあったのかもしれない。

 

「……ねぇ、ここで一番偉い人はどこ?」

 

 アルクェイドは単刀直入に言った。

 銀髪の少年は少しばかり首を傾げた後、正門の奥にある一際巨大な建物を指差した。

 

「ツナマヨ」

 

「ツナマヨ…………ツナマヨの話?」

 

「おかか」

 

「……マグロ」

 

「こんぶ?」

 

 意味がわからないが、何となく分かってきた。

 海鮮系、もしくは海藻系の食べ物でしか会話ができないのだろう。

 恐らくこちらの言葉を向こうは理解できている。

 しかし、向こう側は日本語を話すことができない。

 

 理由は十中八九─────

 

(術式……よね?)

 

 もしもこの少年が、自分で言葉を封じているような変人でない限り、そこしかないだろう。

 

「……奥に進めば、偉い人がいるのね?」

 

「しゃけ」

 

「おっけー。ありがとう、マグロくん」

 

 しゃけを肯定と判断した。

 アルクェイドは軽く手を振りながら、少年が指差した方向へと足を進めた。境内のような構造の中心を歩き、本殿へと登る階に足をかける。

 ギィ、 ギィ、と歩を進める度に、木製の床が静かに唸った。

 

(呪術師の数は、それほど多くない。さっきの子を含めても、5……6……。あーでも、呪骸を含めたらかなりの量になる。何でかな……? 製造工場でもあるのかしら?)

 

 外に晒されている廻縁、日光が半分ほど差し込んでいる廊下のようなところを、アルクェイドは左側の景色を見ながら歩いている。

 

 蝉の声は、相変わらず聞こえていた。

 自然に囲まれているこの場所には、やはり敷地内にも多くの木々が立っていた。都会とは違う純粋な空気のようなものが、冷たい風となってアルクェイドを撫でる。

 

 思えば、この様な自然に囲まれる機会は久しぶりだった。ドが付くほどの田舎で生まれ、年齢が2桁に達するよりもはやく出て行った。

 

 その後は紆余曲折あり日本に流れたが、特に何の目的もなく生きた。強そうな呪霊を祓ったり、呪詛師として生きてみたりしたが、結局なにがしたかったのか未だ分からなかった。

 

 そして、次は呪術師になろうとしている。

 

 呪術師はヒーローとは違う、というのを誰かから聞いたことがある。だが、『人助けの仕事』である時点で実質的にはそっち寄りだ。

 戦闘狂は柄ではないと思ったが、こちらの方がもっと柄ではない。

 

 きっと、続かないだろう。

 

(……さてと、運試しかな。わたしの情報は、きっと高専側に伝わっているはず。指名手配されてる呪詛師って感じだと、わたしは予想。散々暴れてきたわけだし、もしかしたら『狩り』になるのかも──────)

 

 いや。

 

(……『狩り』じゃなく、『戦い』か。もう、その段階ではないんだった)

 

 勘違いは、足を掬う。

 視野を広く持とう。

 

(戦いになった場合の、最悪のケースは『五条 悟と戦闘になること』。今のわたしじゃ、何なく殺されるだろうから……逃走ルート……??)

 

 逃走だなんて、初めて考えることだ。

 尻を捲って、背中を見せて、相手から逃げる。

 

 それは────あまりにも、ちがう。

 

(逃げるだなんて、そんな恥ずかしいこと出来ない……! あぁでも、そうしなきゃ殺されちゃうからなぁ……領域の押し合いで勝てるとも思えないし────……)

 

 五条 悟が元のアルクェイドに近い実力だと加味した場合、足切り性能も高いはず。無理して戦えば、痛い目を見るのは間違いなくアルクェイドの方だ。

 

(……向こうは、わたしに気付いてないわよね。生まれながらの特性上、わたしは呪術的には透明人間みたいなモノ。今だって呪術の本拠地に侵入している真っ最中なのに、誰も迎撃に来ていない)

 

 ここに来るまでに、結界は幾つもあった。

 しかし、アルクェイドはそれらを全て素通りした。外に漏れ出す呪力が0であるからこそ出来る、裏ワザのようなものだ。

 

 別に、何も特別なことはしていない。

 休日の昼間における散歩のように、ただ歩いているだけのこと。

 

(─────まぁ、最悪なら最悪でいいわ)

 

 五条 悟は現代最強。

 しかし、人間。

 

 その時は────……

 

 

 

 _______________________________________________

 

 

 

 

「交流会の件は、楽巌寺学長との打ち合わせにて決める。スケジュールも、俺の方で定めておこう。伊地知はそれを、楽巌寺学長や悟に伝えてくれ」

 

 高専の一室。

 蝉の鳴き声が響く空間。

 木製で造られているこの部屋は、まるで田舎の学校の職員室のようだった。

 いいや、正確には職員室と同義だ。

 

 夜蛾正道。

 呪術高専東京校の学長。

 

 彼は狭い一室に置かれている椅子に座りながら、目の前のテーブルに並べられている資料の束に目を通している。

 そしてその傍で、親しみが深い補助監督との通話を行っていた。

 

『わかりました。……それで、虎杖くんの件についてですが─────……」

 

「悟の言う通り、上への報告は待て。宿儺の器が生きているかいないかだけで、呪術界全体の動きが大きく変わる。余計な荒波は、起こしたくない」

 

『ですが……もし虎杖くんの生存が公になれば、責任を負わされる事になるのでは……? 五条さんの場合はいいでしょう。しかし、学長の場合はただでは済まないかと……』

 

「構わんさ。その時はその時だ。それに─────」

 

 夜蛾は静かに息を吐いて言った。

 

「理由はどうであれ、人が生き返ったんだ。ネガティブな事柄は避け、今は祝福してあげようじゃないか」

 

『…………わかりました。それでは、失礼します』

 

 あぁ、と言って通話を切る。

 これから先の展開、有り得ることを考えると、夜蛾は胃に穴が空きそうだった。

 

(悠二が生きていた。それは喜ばしいことだ。だが、上層部はよく思わないだろう。また同様に、楽巌寺学長も。悟が彼を護り続けてくれるだろうが、きっと喉元にまで刃が届くことになる。対策を立てねばならん)

 

 宿儺の器、その影響力は絶大だ。

 生きているだけで、殺意が集う。

 

 教師という席に身を置いている以上、教え子を護る義務がある。これから虎杖に向けられる殺意、それらが猛毒であったとしても。

 

(難しい盤面だ。次の交流会、これを中心とした動きを想定した──────)

 

 ビシャ! と。

 前触れもなく、木製の引き戸が開いた。

 

「───────……誰だ?」

 

 夜蛾は深く眉を顰めながら、低く言い放った。

 まるでヤクザとしか思えないその凄み。常人ならば震えてしまうようなその威勢に対して、ドアを開けた張本人は部屋を見回した後、静かに夜蛾へと目を合わせた。

 

「アルクェイド。貴方、偉い人?」

 

 悠々自適。

 傲岸不遜。

 

 白い吸血鬼が部屋に入って引き戸を閉める。

 部屋に蝉の鳴き声が、何処かに消え去った。

 

「…………何者だ。何の用でここに来た?」

 

「順番。いま、わたしが訊いたわよね?」

 

 ズッ……と、空気が重くなる。

 夜蛾は何か────恐ろしいものを肌で感じた。

 

 まるで、『死』がそこにあるかのような。

 

「……夜蛾正道、ここの学長だ。再び問おう。君は何者で、何をしにここへ来た?」

 

 アルクェイドは口元に笑みを浮かべると、ゆったりとした足取りで夜蛾の元まで近づく。

 夜蛾は椅子に座ったままだったが、自身の肉体に呪力を纏わせて臨戦体制に入った。どの攻撃にも耐えられるよう、強度を高める。

 

 ほぼ目の先、机の前でアルクェイドは止まった。

 

「呪術師になりたくて。別に今すぐである必要はないんだけど、出来ることならなるはやが嬉しいの。だから呪術師の起点である高専で、貴方みたいな偉い人を探してたってわけ」

 

 夜蛾の眉がより一層険しくなる。

 アルクェイドの楽観的な顔とは反対にだった。

 

「呪術師になりたい。つまり、今までは呪術師ではなかったという訳だ」

 

「そうだけど……それ、確認必要?」

 

「呪いは? 視えるのか?」

 

「当然」

 

 互いに正面から見据えている。

 席についている夜蛾と、少し肩をすくめて立っているアルクェイドでは、まるで立場は夜蛾の方が上のように見える光景だ。

 しかし、アルクェイドのその視線。

 まるで見下ろすような眼。

 

 それが状況を、言外に表している。

 

「…………そうは見えんな。今の君では、術式どころか帳すらも─────」

 

 そう言いかけて、夜蛾はサングラスの奥で目を大きく見開いた。

 

(無い……!? 呪力が無い! 真希と同じ体質……!?)

 

 何故、気が付かなかったのか。

 あまりにも唐突な出現。

 反応しない高専の結界。

 

 異常事態がすぎるあまり、抜けていた。

 この女の異常性に─────

 

(いや……呪いが視えると言った。ならば、悟と傑が戦った男と同じか……!!)

 

 およそ10年以上前。

 2人の学生に与えられた星漿体護衛の任務。

 

 それを破壊した一人の男。

 

 夜蛾の頬に嫌な汗が流れる。

 

(迂闊な真似はできない……! 私では勝利するどころか、逃げ切ることすら不可能……この距離にまで近づかれた以上、話し合いで収めるしかないか……?)

 

 高専結界が反応しないとは言え、あまりにも不用心が過ぎた。天与呪縛で呪力が無くなるというのは、かなりのレアケース。

 

 しかし前例がある以上、これは失態。

 

「それで? してくれるの? くれないの?」

 

 アルクェイドは退屈そうに、そう訊く。

 早くしてくれないかなー、と。

 夜蛾ではなく、そっぽを向いていた。

 

「…………誰かからの助言か?」

 

 だが、その夜蛾の質問。

 それを聞いて、アルクェイドは眉を寄せた。

 

「……もう一度言ってくれる?」

 

「誰かから、呪術師になれと言われたのか? はっきり言って、君が心の底から呪術師になりたいと思っているようには到底見えない。アルバイトの面接とは違うんだぞ」

 

「あ、そう。どう違うの?」

 

 あまりにも静かだ。

 

 この部屋以外の全てが、まるでただの背景のように夜蛾は感じた。そう思えてしまうほど、何かを感じる事ができなかった。

 

「……人を助ける気はあるのか?」

 

「場合によっては。助けるかどうかは、その人次第でしょう?」

 

「その人次第。助けない場合もあるんだな?」

 

「生殺与奪を誰かに握られた、弱者である当人の問題よ。この世界は弱肉強食、助けてもらえる『可能性』がある事自体が恵まれてるの。わたし間違ったこと言ってる?」

 

「…………いや」

 

 彼女の言っていることは正しい。

 

 正しい、だけ。

 

(イカれ具合は呪術師として二重丸。だが、あまりにも危うい─────)

 

 彼女の思想は、呪術師向きじゃない。

 確かに呪術師全員が善人な訳ではない。

 

 悪人と呼ばれる人間も、多くいる。

 

 だが、アルクェイドの考え方は危険だ。

 人への見方が、他人とは大きくズレている。

 

「………………」

 

 夜蛾の、アルクェイドに対する警戒。

 それは当の本人に伝わっていた。

 伝わって尚、アルクェイドは笑っている。

 

 回答次第─────それが暗に示されていた。

 

「……良いだろう」

 

 個人を呪術師にするかどうか、それは夜蛾一人で決められるものではない。厳正な判断のもと、幾つもの手順を踏んで認められるのだ。

 

 しかし、夜蛾をそれを話さなかった。

 

「だが、一つ条件がある」

 

「……まぁ、当然よね。でも辟易するなぁ」

 

 条件……約束事ばかりだ。

 

 夏油の顔を思い浮かべて、アルクェイドはため息を吐いた。

 

「ん……条件って?」

 

「実力を見せてみろ」

 

 夜蛾の短い一言。

 それがアルクェイドの視線を吸い寄せる。

 

「呪術師には等級がある。四級から特級までだ。最初に割り当てる為にも、事前に知っておかなければならない。その者の実力を」

 

「……一向に構わないけど、やり方はどうするの?」

 

「──────そうだな」

 

 夜蛾はそう言うと、重い腰を上げた。

 ギィ、と椅子がのしかかる質量から解放される。夜蛾はアルクェイドの横を通り過ぎると、部屋の引き戸を滑らせた。

 

「ついて来い」

 

 試してみるか、と。

 夜蛾は言葉に出さず思った。

 

 

 

 _______________________________________________

 

 

 

「先に聞いておこう」

 

 呪術高専の敷地面積は膨大だ。

 通常の教育機関とは比較にならないほど広く、和風の建造物が至る所に建っている。

 そして重要なのは、その地下には幾層もの巨大な空間が存在していること。

 

 第一層に、呪物を取り扱う忌庫。

 

 正確には違うが、第二層に迷宮。

 

 第三層に、浄界の主が眠る薨星宮。

 

「何故、呪術師になろうとする?」

 

 アルクェイドは招かれざる客。

 薨星宮への侵入は許されず、空性結界での妨害に遭うのは確実だろう。

 

 しかし、目的はそこには無い。

 目指しているのは第一層の忌庫。

 そこには呪物だけでなく、また別のものも眠らされている。

 

「どうでもよくなーい?」

 

「よくないな。重要なことだ」

 

 薄暗い地下通路に、二人の声が反響した。

 あまりにも物理的に静かな空間では、ほんの少しな音も木霊する。足音でさえ、楽器のように大きく響いていた。

 

「んー……あえて言うなら、暇つぶし?」

 

「……そうか。暇つぶしか」

 

「そ。でも他にもいるでしょう? わたしみたいな理由で呪術師になろうとする人」

 

「いいや、そうでもない。多くの呪術師を目指す若者を受け入れ、排出してきたが、今までで一番最低な理由だった」

 

「…………ちょっとビックリ」

 

 アルクェイドは本当に驚いた様子で言った。

 

 それとはまた別で、アルクェイドは疑問に思っている事があった。夜蛾の背中を見ながら歩いている彼女は、この声が反響する空間で静かに訊いた。

 

「ちなみになんだけど、わたしのこと知らない?」

 

「…………いや……」

 

「ふーん……そっか」

 

 夜蛾は振り返らずに言った。

 

「何処かで、会った事があったか?」

 

「ん……? …………あ〜……別に?」

 

 あまりにも不自然な問い、そして答え。

 夜蛾はアルクェイドの実態を掴めない。

 

 やはりズレているのだ。

 常人とは、大きく。

 

「─────それにしても、空性結界なのね」

 

「……」

 

「天元……だったかしら。この下に眠ってるんだ」

 

「何が言いたい……?」

 

「警備がザル過ぎない? 高専結界も、空性結界も、結界術に長けた術師であれば簡単に抜けられる。日本全土に結界を張り巡らしている、言うなれば『守り神』を護っているにしては、あまりにも危うい気がするけど」

 

「──────少し、怖くなってきたな」

 

 深い地下通路で、夜蛾は無表情で言った。

 

「天元様の命を狙っている……なんて事は、ないだろうな?」

 

「まさか。混沌の引き金を引くつもりは、今は無い」

 

 地下通路の終わりが、ようやく見えてきた。

 眩いとは言えないものの、目に陰をつくりたくなるような光が差し込んでいる。この先に忌庫があるのだというのは、説明せずとも理解できていた。

 

「今は…………?」

 

「敵対しないなら、殺さない」

 

 アルクェイドは冷徹だった。

 

「無用な血は流さない」

 

「──────」

 

 地下通路を通り抜けた。

 その先にある光景は、幻想的だった。

 

 多くの光る樹木が、森のように立ち並んでいる。

 この世に存在しない白色の植物だ。

 天井はまるで宇宙のように暗く、吸い込まれてしまいそうな気さえする。

 

 夜蛾自身もここに来たことは、数回程度しかなかった。

 

 

 _______________________________________________

 

 

 

 

「高専地下に存在する忌庫。そこに保管されているのは、呪物だけではない」

 

 幻想的な空間とは一変、中世の収容所のような退廃的な空気を持つ建物の一つに入った。何十メートルもの高さがある天井、そこまで伸びる長い鉄骨。それが何本も並んでいる。

 

 それは牢屋の檻だった。

 通常の檻と違うのは、何百枚もの札が貼ってあること。何かを封印しているというのは、目に見えている。事実、暗闇が広がっているこの檻の向こう側にはガサガサと何かが蠢いていた。

 

「準一級の呪霊だ。これで試させてもらう」

 

「馬鹿なの? 回りくどいんですけど」

 

 ズガッッ!! と、アルクェイドが大量の封印札が貼られている檻を蹴り飛ばした。

 複数の鉄骨に分かれた檻は、金属音を奏でながら暗闇へと吸い込まれていく。広大な独房の中で巣食う何かは、自由への穴が空いたことで歓喜の唸りを捻り出した。

 

(呪いは、呪いでしか祓えない。真希が呪具を使っている理由もそれだ。もし呪霊を祓う手段があるのであれば、ここで実力と共に把握する事ができる)

 

 夜蛾の思惑はそれだけ。

 実力を測るだけであれば、夜蛾自身が相手をする。しかし、呪術師として知っておきたい。

 アルクェイドの、呪いを祓う手段を。

 

「─────」

 

 呪力が無いアルクェイドは、躊躇いもなく檻の中へと入っていく。どれほどの身体能力を持っていようとも、攻撃手段が無い以上、防戦一方になるのは確実。

 それは変えようの無い呪術のルール。

 

 しかし、彼女は恐れる事はない。

 何故か。理由はあった─────

 

「◾️◾️▪️ ─────ッッ!!」

 

 暗闇がアルクェイドに迫った。

 ベダベダベダベダと、大量の素足による足音を鳴らしながら呪霊が攻撃に移る。呪力の無いアルクェイドは、呪霊から見れば殺害、もしくは捕食対象にしか見えない。

 

 もしくは、犯せる肉。

 

 完成されたようなアルクェイドの女性としての肉体は、人間の負の感情が元になっている呪霊にとって、極上の餌となる。故に、呪霊は一直線にアルクェイドへと突っ込んだ。

 

 それが、どれだけの愚行か。

 

「挽き肉ね」

 

 ズアッッ!! と。

 アルクェイドの右手から、朱い呪力(……)が飛び出した。

 

「ッ……!?」

 

 夜蛾が愕然とする間もなく。

 アルクェイドがその右手の爪を武器として、空気を撫でるかのように、ゆっくりと左斜め上に振り払った。

 

 

 瞬間、空間が破裂した。

 

 

 切り裂かれた空気は、呪力という未知のエネルギーと衝突して化学反応を起こしたかのように爆発したのだ。アルクェイドの攻撃対象は、呪霊ではなく、呪霊を含んだ前方の空間そのもの。

 

 彼女の一挙手一投足。

 その全てに、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎が絡む。

 

 アルクェイドにとって、攻撃は設定に近い。

 入力し、出力すれば、求める結果が得られる。

 

 アルクェイドの具現化した一撃は、津波のような衝撃波を伴って、檻とは反対側の壁をも砕いた。

 

「───────」

 

 夜蛾は見た。

 

 そこにある筈がなかった、朱い呪力を。

 

「─────大体40%」

 

 力は半分以下に失われた。

 これは試し撃ちだ。

 

 自分でも、正確な力加減が出来ない。

 

 力を強制的に失うというのは、四肢が無くなるのと同義と思っていい。人が義手や義足に慣れるかのように、アルクェイドは試しただけだった。

 

「こんなものね」

 

 爆発の余韻は、凄まじかった。

 夜蛾の耳鳴りは止まない。

 足元を地震のようにふらつき、天井には亀裂が入り石塊が落ちてくる。一部を蹴り飛ばされた鉄の檻は、今の爆発であらかた消し飛んだ。

 

「それで? 合格?」

 

『V』と、ピースをしながらアルクェイドは言った。

 

 彼女にとって、今のはデモンストレーション。

 魅せただけに過ぎない。

 

 しかし、夜蛾は思わずにはいられなかった。

 

(─────始まる気か……?)

 

 宿儺の器の出現。

 そして、アルクェイドという鬼の来訪。

 

 何かが胎動し始めたと、感じる他ない。

 

(呪いの時代が─────)

 

 

 

 

 




このアルクェイドの全力は、月姫の方のアルクェイドを10割とした場合、7割か8割ぐらいだと想定しています。
そこから半分ほどの力になった訳です。

こういう弱体化しないと物語にならないぐらいには強いと思ってるので、ちょっとだけ無理をしました。やっぱ飛び抜けた最強がいると、あいつ1人で全部良くね? ってなるものみたいです。
俺にストーリーの構成力があれば…

それと誤字訂正ありがとうございます!
マジ感謝!
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