呪われた真祖 作:俺はオモチャ、それでいい
人の賑わいは、非常に多かった。
江戸時代、またはそれよりも前からあるのだろうか。和風建築が随所に建ち並ぶここは、日本の観光スポットとして一番に挙げられることもある『京都』の中枢地点。
まるで、時代劇の最中にいるみたいだ。
遠くに高所に見える神社へ続く、灰色の階段を登っていく大勢の人間。石畳で造られた大通りは、オレンジ色の街灯で照らされている。
「こんばんは。アルクェイドさん」
日が暮れた夜空の下。
街明かりに照らされる歩道の隅で、1人のスーツ姿の男が静かに言った。
基本顔色がブレないその男は、音もなく、小さく、確かに呼吸を乱していた。暑さとは関係のない汗が、頬に流れていくのを肌で感じる。
指先で撫でられてるかのようなその感覚に、気持ち悪さを覚えながら相手の顔色を伺う。
「…………」
「まずは一級術師認定、おめでとうございます。まさに快挙と言える事でしょう」
男は睡眠不足からなる目元の隈が特徴的だった。
彼の目前に、アルクェイドは立っていた。
彼女は瞳ではなく、その下にある隈を見ながら男の話を聞き続けている。腕を組んで、退屈さを隠す気もない様子だった。
「……」
「……早速ですが、本題に─────」
男は静かに息を整えると、頭の中で組み立てた内容について語った。
「事前に連絡した通り、これから解呪の任に赴いてもらいます。場所はここから1キロほど離れた西陣の一つの裏路地。そこでは1週間前から夜な夜な、人間の失踪が相次いでいる。これを、解決してもらいたいのです」
「別にいいけど、目星はついてるの?」
男は首を横に振った。
「いいえ。呪力の残穢を確認しに向かった補助監督も、消息を絶っています。現在、その裏路地に続く周囲一体を閉鎖。一級術師の到着次第、解呪という方針です」
アルクェイドが男の隈から眼を逸らす。
目の前を通り過ぎていく人々を見ながら、退屈そうな様子で言った。
「裏路地へ侵入、そこからの失踪。結界術の類ね」
「こちらでも、同じ考えです」
「ちなみに、裏路地を通った人間は見境なく引きずり込まれるの? また帰還者は今のところゼロ?」
「はい。現場を通過した術師、非術師、年齢、性別、すべて関係ないかと思われます。また帰還者どころか、死体すらも確認できていないのが現状です」
「動物は?」
「動物は対象外でした。恐らく、『縛り』が含まれているのかと」
「……なるほどね。『夜の時間、人間だけに限定し、かつ場所を変更しない縛り』によって、見境なく人を引きずり込んでるわけか。これを意図的にやってるのなら、呪詛師であるのは確定ね」
「はい。……しかし、これがもし仮に、呪霊による呪いの行使であったのなら─────」
かなりの確率で、特級事案となり得る……!
「……今回の任務は、呪霊の討伐だけではありません。結界内に閉じ込められていると思われる、行方不明者の救助。これもまた、必須項目とさせていただきます」
「えー……? 結界内の構造が分からないから、適当なことは言えないけど、かなり無理があるでしょ。何人いるのよ、行方不明者」
「補助監督を含めて、33名。その内、31名が非術師です」
「学校の1クラス分ね。修学旅行の遭難じゃないんだからさ」
「ええ。1人での統率は難しい。そのため、人員を可能な限り増やしています」
男の言葉に、初めてアルクェイドが彼の目を見た。
「どういうこと?」
「詳しい事は後ほど。今は移動しましょう」
_______________________________________________
「初めまして、三輪霞です。よろしくお願いします!」
「西宮です。よろしく」
「…………禪院真依でーす」
薄暗い市街地の中。
周囲の建物から漏れている黄色い室内灯が、光源となって視界を照らしている。その中で響いた3人の少女による自己紹介を聞き流しながら、アルクェイドは補助監督の男を睨んだ。
「…………ほんとに、どういうこと?」
「人員の割り振りです。ここ京都にも、東京とはまた別の高専がある事はご存知ですか?」
「つまり高校生3人を新たに加えた、36名の引率って事よね……? わたしのこと舐めてるの? もう旅行だけして帰るけど?」
「そう言わずに。貴方がいてもらわないと、大変困ります」
ふざけるな、とアルクェイドは顔を歪ませた。
「…………まぁ、いいわ」
頭を掻きながら、アルクェイドは真紅の瞳を巡らせる。これから先の道となる、暗闇が続いている裏路地。
まるで、明かりのないトンネルのよう。
吹き抜ける生温い風は、どこか怨念めいていた。
「皆様、これだけは伝えておきます」
補助監督は静かに、そしてはっきりと、包み隠さずに言葉を放った。
「この任務は偵察に近い。貴方たちは先兵です。結界突入から1週間、帰還や情報伝達が為されなかった場合、この件は特級事案として繰り上がり、早急な対応の末、五条 悟が投入されます。しかし、言い換えれば1週間が経つまでは、呪術高専は一切の介入を行わないということ」
「…………」
アルクェイドを除いた、3人の緊張感が高まる。
水色の髪の少女は、冷や汗をかいている。
魔女のような少女が、箒を強く握り締める。
短髪の少女は、リボルバーを手に取った。
アルクェイドは、出る筈のない欠伸を堪えながら黙って話を聞いていた。
「もし仮に、結界内から脱出する手段を得られたのなら、迷わず出てください。未知に対する情報には、ダイヤ以上の価値があります。その輝きがあれば、道は照らされ正道を歩める」
「……」
「ただし、解呪、帰還に意識を割きすぎないよう。重要なのは生き延びることです。特に京都校のお三方は、アルクェイド様の意向に従うようお願い致します」
「……はい!」
三輪が力強く言った。
それを見て、補助監督の男は頷くと、
「では、突入を。どうかご武運を」
これから向かうのは、地獄かもしれない。
アルクェイドはいつも通り笑みを浮かべながら、迷うことなく路地裏へと足を進める。
心の準備を整える間もない。
三人は早足で、その背中を追った。
_______________________________________________
裏路地というのは、薄暗く汚らしいイメージがあった。飲食店のゴミ箱が置かれていて、エアコンの室外機が設置されていて、何より異様に狭いという印象。
実際問題、この道は薄暗く汚かった。
ただ意外だったのは、和風建築が所々に混じっていたところ。赤色の木造建築が、昭和のレトロ街と合体しているような感じだ。
アルクェイドにとって、日本の建築様式は新鮮味が強いものばかりだった。都会の見た目重視に整備された街並みには慣れているが、この娯楽と生活重視が混合した風景は初めて見る。
そも、京都に来たことがなかったのだ。
アルクェイドは世間知らず。
それは自分自身、理解していた。
「……あの……アルクェイドさん……?」
「…………」
「ぷっ。無視されてるわよ、霞」
ムキー! と三輪が、短髪の少女に食ってかかる。「まぁまぁ落ち着いて」と、魔女っ子の呪術師が箒で間に割って入っていた。
三輪はかなり怒ったような様子だったが、少し歩いて心を落ち着けると、アルクェイドに対して再び言葉を投げかけた。
「はぁ……アルクェイドさん。まずはお互いに、ちゃんとした自己紹介をしませんか? これからの任務の為にも、情報共有は必要だと思うんです」
「必要ないわ」
「え……?」
「わたし1人で片付ける。というか、型がつく。無駄っていうのかな? 馴れ合いはしたくないのよね、極力」
「…………」
三輪は呆然としたような表情で固まった。
あまりの言葉の端々……というか、真ん中にある棘に嫌な予感しかしなかったのだ。
(東堂先輩と同じタイプだ……なんで呪術師ってこんな協調性が無い人ばかりなのー!? )
この任務は緊急性が高い。
平たく言えば難易度が高いのだ。
高ければ高いほど、術師としての評価基準も比例する。この任務を達成すれば、もしかしたら等級が一つ上がることがあるかもしれない。
三輪にとって出生は、術師をやる意義とでも言えることだった。
しかし、それはそれとして死にたくはない。
生存第一が三輪のモットー。
だからこそ協力したいと言うのに……
「良いんじゃない?」
その時、短髪の少女が言った。
「真依……?」
「勝手に終わらせてくれるなら、それでいいと思うけど。お好きにどうぞって感じー」
「そ、そうは言っても……! それじゃあ私たちが呼ばれた意味無いじゃない!」
「んー……私も真依ちゃんに賛成。勝手に終わらせてくれるなら、それで万々歳。私達は行方不明者の捜索に集中しとけばいいんじゃないかな?」
「もー! 桃先輩までー!!」
後ろが騒がしい。
高校生とは、いつもこんなものなのか。
「それに、別に倒さなくたっていいんでしょ? 1週間も経てば五条 悟がやってくるんだから。あの人が来れば、勝ち確定。適当に時間潰すのが最善な気がするんだけど」
真依が常識を解説するような声色で、歩きながらそう言った。西宮は当然だったが、真面目が取り柄にみえる三輪も反論できずに黙ってしまった。
事実、五条 悟の到着は事件の解決を意味する。
この結界が蜂の巣だとするのなら、三輪たちは蜂の巣の除去を命じられた専門家という立ち位置になる。技術、装備、知識……様々な分野の力を使い、仕事をこなしていく。
対して、五条 悟は意思を持った戦略兵器と言える。
殺虫スプレーだとか、蜂を吸い込む掃除機だとか、そんな次元の話ではない。例えるなら、蜂の巣にミサイルをぶち込むようなものだ。
「……でも! それが任務を放棄する理由にはならないですよ! 私達に与えられた指令は、閉じ込められた人達の救出と、この事件の解決! 五条 悟が来るまでの時間稼ぎじゃありません!」
「だーかーら……この結界はわたしが破壊するって言ってるの。時間稼ぎだとか救出だとか、そんなつまらない話はやめてくれる?」
アルクェイドが面倒臭そうに言い放った。
口論になりかけていた三人は、その言葉で押し黙らされる。僅かに振り返るアルクェイドの横顔に、物を言わせない気迫を感じたからだった。
「─────……っ」
その時、アルクェイドがふと立ち止まった。
優美な顔を上げ、感覚を研ぎ澄ませる。
(さっきまであった、無数の人間の気配が消えた…………間違いなく、結界に入った……)
あまりにも一瞬に。
最初からいなかったかのように、消滅した。
空気の流れ、その呪術の澱みは、結界に侵入したことを容易に示していた。入り口の所在を認識することは出来なかったが、そこは大した問題ではない。
だが、確かな問題はあった。
(…………外殻が、無い……?)
結界術。
空間を分断し、設定された空間を展開する呪術。
使用用途は異なるが、基本は利益を総取りできる環境を創り出す為に、広げられることが多い。
その為、結界の発動、維持には洗練された技術と強固な縛りが必要となる。結界の大きさ、強度、
求められる設定は多岐にわたるが、その代わり得られるメリットは大きい。またやり方次第では、詐欺れることだってある。
しかし、
「………………あり得なくはない、けど」
はっきり言って、予想外だった。
これほどの──────
「何があり得なくないの?」
アルクェイドの思考を断ち切るように、西宮が後ろから冷静に聞いた。他の二人も、視線をアルクェイドへと集中させている。
アルクェイドは振り返らずに答えた。
「結界の外殻が無い。人を攫い、閉じ込める。これが可能である第一の有力候補として、結界を用いたテレポートがあった。それなら唐突に、人が消える理由にも説明がつくわけだし」
裏路地の出口は見えている。
変わらないこの光景が、アルクェイドにとっては不思議でならなかった。
「けど、わたしたちは移動していない。このまま歩けば裏路地の出口に繋がるし、いま引き返しても、さっきまで歩いた道に繋がっている」
人が唐突に消えた。
無数の人間が、一瞬に。
この少ない情報から、アルクェイドは瞬く間に回答を作り出した。
「同じ空間に折り重なるように、別の空間を据え置きしていて、わたしたちが自らその入り口を通り過ぎた。ここはさっきまでいた街中のようで、まったく別の異空間ってコトね」
「…………」
三人の緊張が目に見えて伝わってくる。
その中の一人、西宮が先程と続けて問い掛けた。
「それと外殻が無いことに、共通点があるの?」
「? 当たり前じゃない。結界は外殻を創ることで、その内側と外側の空間を分断してるのよ? 外殻は単純なフロントガラスの役割を果たしているだけとでも思ってたの? アレは空間のズレを意図的に引き起こしやすくして、その誤差によるバグを防ぐ為のもの。バリアとしての役割もあるけど、主な理由はそっちでしょ?」
「……待ってください。それじゃあ、もう既に結界内に入ってるって事ですか!?」
三輪が慌てたように、そう叫ぶ。
「………………」
アルクェイドは呆れたような顔をすると、何も答えずに西宮に視線を戻した。
「わたしはてっきり、結界内に入った者だけが認識できる外殻によって、空間が分断されているのかと思ってた。かなり無理があるけど、それは結界の条件を変更することで、一応は可能なわけだしね。けれど、内側から見てもそれが無い時点で、これはかなり不自然」
「……すみません。質問してもよろしいですか?」
三輪がまた、慎重に手を挙げながら発言した。
今度はおずおずと言った調子で、他の二人は「よう行くな」と言いたげな顔で彼女を見ている。
まるで猛獣を前にした小鹿だ。
アルクェイドはジト目で彼女を見ると、仕方ないように「どうぞ」と手を空に差し出した。
「実は私、簡易領域の使い手なんですけど……簡易領域にも、結界の外殻はありません。なら、この結界も、簡易領域と同じモノである可能性はないのでしょうか……?」
「…………いい線いってるじゃない?」
真紅の瞳が、三輪を見た。
「簡易領域であれば、外殻無しで空間に作用することは出来る。わたしも前に、簡易領域を使う呪霊と戦ったことがあったけど、その時は時空間にも干渉してきた。……けれど、今回のコレを簡易領域と仮定するのなら、空間ではなく人間そのものに作用していることになるのよね。もっと平たく言えば、魂と質量。人間を消滅させる効果は、簡易領域の領分から逸脱してる。それはもう─────」
アルクェイドが囁くように言った。
「領域展開による、必殺の攻撃」
「…………じゃあ、私たちは……領域の中に、自ら飛び込んだって事ですか……?」
三輪が青ざめた顔で言った。
術師ならば理解している、領域の恐怖。
その中に飛び込むというのは、自殺することに等しい。知らず知らずのうちに、刃物の刃先が喉元に突き立てられていた。
死が目の前にある感覚。
立ちくらみを抑えずにはいられなかった。
「かもしれないし、そうじゃないかもしれない。現状、あまりにも未知の情報が多すぎる。結界が無い領域による必殺の術式なら、わたしはともかく、貴方達がとっくに死んでるわ。けどそうでないなら、実際は違うって事なわけだし」
心象風景の具現化。
それを結界で閉じず展開する場合、空間の面積にズレは生じない。また建造物を呑み込むこともなく、目に見えない領域の効果範囲のみが広げられることになる。
必然、非術師に悟られることはない。
共通点は多い。
だが、否定材料もまた多い。
(…………最有力なのは、通常の領域展開。次にあり得るのは、未完成の領域。その次に閉じない領域かな……? これがただの結界でないことは、すぐに分かることなんだけど……)
アルクェイドは吸い込まれそうな暗闇の空を見上げながら、思い耽るように考えた。
(後で30キロぐらい移動してみようかな。もしかしたら、何処かに外殻があるかもしれないし)
アルクェイドが観測できないほどの、巨大な領域であるという可能性。億が一にもあり得ないが、完全に捨てきれない以上、この目で確かめるしかない。
(それにしても、気になるのは結界へ招かれた人達がどこに行ったのか────……周囲一体には誰一人いない……全員死んでたら、流石に笑うなぁ)
戦闘シーン全然無いな…