どうぞ。
この世界にはインクブスという存在がいる。
実際に見たことはないけど、人を襲い、攫ってしまうらしく、人類の敵なんだとか。
学校で必ず習う分野だと言っていい。それだけ危険で、恐ろしい存在なのだと皆が言う。
遠い国をいくつも滅ぼし、支配下に置いているらしい。
どれも私にとっては遠い出来事で、何処か現実味のない話だった。
それより気になるのは、ウィッチという存在だろう。
ウィッチ。日本語に直せば魔女になる。彼女たちは女しか成る事ができない存在で、インクブスから人々を守っているらしい。
これも、直接見たことはないけど、でも写真とかでウィッチの姿が出回ることがあるから、実在しているのは確かなんだと思う。
ウィッチとはなんなのか。それを詳しく知る人はいない。多分、国の偉い人とか、軍人さんとかしか知らないのではないだろうか。
ウィッチ。女性しか成れない、正義の味方。
私はとても興味があった。
成れるのであれば成ってみたい。そう思うくらいには。
「こんばんわ、はじめまして」
そんなときだった。
私のパートナーとなる青い小鳥が現れたのは。
「わぁ……!」
彼なのか彼女なのかわからないけど、青い小鳥……オールドウィッチと呼ばれる人から派遣(本人はそう言ってた)されたパートナーは、私をウィッチへと誘った。
インクブスとの戦いは辛く苦しいものになる。最初にそう言われたけど、それでも私は承諾した。
そして今、私はウィッチとなった。
服装が変わり、きらびやかなものとなっている。まるでアニメで見るような魔法少女だった。
「髪色も変わってるし、なんだか力が漲ってる気がする!」
「気がするじゃなくて、実際にそうなんだよ。ウィッチになればエナを扱えるからね」
「エナ?」
「僕達やウィッチ、それにインクブスに共通する力の源だよ。詳しい話は追々説明するね」
見知らぬ単語が出てきたが、追々と言ってるからちゃんと教えてくれるのだろう。多分。
「さて、葵……いや、スカイブルー。君はウィッチとなった。最初に言ったことは覚えてるね?」
「うん。インクブスと戦う、だよね」
「そう。まだまだ成り立ての新米ウィッチな君だけど、残念ながら戦い方を教えてくれる人がいるわけじゃない。僕がサポートするけど、それも完全じゃない。少しずつでいいからウィッチとして必要なことを覚えてほしい」
スカイブルー……ウィッチとしての名前が必要だというから、私が提案した名前だ。簡単に名字と名前から取ったものだけど、だから一体感的なものもある。
私はスカイブルー。そしてスカイブルーは私。そういう認識が出来ている。
パートナーの言う通り覚えなくてはならないことがいっぱいあるだろうけど、なったからには全力を尽くすつもりだ。
「うん、頑張る!」
「良い返事だ。それじゃあまずはウィッチの基本のエナの扱い方と、マジックを覚えようか。それを知らずに戦いには行けないからね」
「あ、でもその前にいい?」
「何かな?」
いざ、という直前で声を掛けてしまって申し訳ないけど、一つ聞きたいことが思い浮かんだ。
というより、最初に聞くべきことを忘れてた。
「あなたの名前は?」
「あぁ、言ってなかったね」
小鳥は片翼を上げて、応えてみせた。
ちょっと可愛いと思ったけど、口には出さない。
「僕の名前はモーリス。以後お見知りおきを、スカイブルー」
■
「エナの扱い方については、実のところ僕から言えることは何もないんだ」
「そうなの?」
「うん。感覚的なものだし、ウィッチなら意識すれば使えるから、理論的なものはないんだよね。つまり身体で覚えるのがエナ。これはいい?」
「うん」
私のパートナー、モーリスが知ってることを教えてくれる。
「次はマジック。これに関しても手伝えることは少ないんだ」
「そうなの?」
思わずさっきと同じことを口にしていた。
エナは感覚的に使えるもの。意識すれば使えるとあったから試してみたら、なんとなくだけど感覚的に血とは違うものが身体の内側から溢れてきているのがわかった。
けど、マジックは少し違う。そんな雰囲気だったけど……?
「ウィッチによって扱えるマジックが違うからね。自分に合ったマジックを使うのが一番なんだ」
「自分に合った……」
自分に合うマジック。
マジックっていうのはいわゆる魔法で、エナを燃料になんかすごいことを起こせる、という認識で良いみたい。
自分専用のマジックを考えなくてはいけないらしい。
うーん………………………?
「自分に合った……?」
「ちょっと難しかったか。まぁ一度試してみればわかるよ」
「試すって言われても……」
何をどうすればいいというのだろうか。
試すと言われても、何が出来るのかさっぱり分からない。
エナを動かすのは難しくなかった。
だから同じ要領で何か出せないかと試してみるけど……なんだろう、何も出てこない。
イメージも、実体も。
うんうんと頭を悩ませたけど、結局三十分くらいしてもマジックは使えなかった。
ただ、何かが違うという違和感だけがあった。
「駄目かぁ。ウィッチの中にはマジックが不得意な人もいるって言うし、スカイブルーもそうなのかも」
「えぇー、そんなぁ」
「こればっかりは性質次第だから仕方ないよ。ほら、切り替えていこう」
「むぅ……はーい」
マジックが使えない。
そういう人もいるって慰めてくれるけど、とても残念だし、才能がないと言われているみたいで、なんだか悲しい。
ううん、実際に才能がないのかもしれない。
こんなのでウィッチとしてやっていけるのだろうか。
ウィッチになったことに若干の後悔を覚えながら、私はパートナーの指示通りに行動を始めていた。
「パトロール?」
「絶対じゃないけどね。どうする?」
「行く!」
パートナーが言うには、インクブスは時間というものを知ってはいるけどそれを守ってくれたりはしないらしい。
夜だろうと昼だろうとこちらの都合を待ってはくれない。
好き勝手に暴れるし奪うし犯す。その、犯すというのがよくわからなかったけど、とにかく危ないらしい。
一番危険なのは夜なんだとか。人が寝静まって、活動している人が少ない。だからその分、インクブスはウィッチの目を気にせずに行動できる。
もちろんウィッチもそれに合わせて夜に活動してる、らしい。
「夜行性ってこと?」
「基本的にはね。昼に行けばウィッチも軍隊も出てくる。それを面倒に思った奴らは夜ならウィッチだけで済むし、なにより捕まえるのが楽だと考えたんだと思うよ」
「ずる賢い」
「汚いだけだよ」
パートナーの言葉は、インクブスに対してかなり荒い。
それだけ嫌い、ということなのだろうか?
そんなに言われるインクブスって、一体どんな化け物なのだろう。
「人型の醜悪な魔物どもだよ。人型だからって加減しちゃ駄目だよ?」
「えっと……うん、わかった」
パートナーはインクブスが嫌いらしい。
とりあえずそれだけがわかって、私は初めての夜のパトロールに足を踏み出した。
そこで思い知った。ウィッチって、すごい。
走ればすごく速い。
跳べば何処までも跳んでいけそう。
夜でも遠くを見通せる。
耳から色んな音が聞こえてくる。
高いところから落ちても平気。
マジックが使えないことは残念だった。
けれど、ウィッチの身体ってすごく強い。
心が高揚感で満ちていた。
それに、行ったことのない夜の世界は、すごく綺麗で新鮮だった。
これを大人が、ウィッチが、堪能していたのかと思うとズルいと思ってしまう。
「楽しそうだね?」
「うん! 楽しい!」
少し前まで心に浮かんでいた後悔は、今この瞬間には消え去っていた。
ウィッチとして身体を動かすのは、普通の人としてでは得られない爽快感があった。
だって人はこんなに高く跳べないし、走ることも出来ない。
でもウィッチなら出来る。
ウィッチなら、出来ないことが出来る。
それは、とても楽しかった。
笑っちゃうくらい、跳んで走ってを堪能したと思う。
「全く、ちょっと浮かれすぎ─────スカイブルー」
「え?」
呆れた様子のパートナーが、次の瞬間には声色を硬くした。
まるで危険な状況にあると言わんばかりで、不安になってしまう。
けど、その不安は的中してしまった。
「─────インクブスだ。武器を構えて」
「え、あ、うんっ」
パートナーに言われて、慌てて武器を取り出す。
私の武器は、弓だった。
大型の弓だ。私と同じか、それより大きめの青い大弓を左手に持っている。
普段は背中に付けてるけど、今は必要だから左手に。
矢を入れる矢筒はない。代わりに直接エナから構築された矢を使って放つ……予定だ。
まだ試したことがないからわかんないけど、多分出来る気がする。
「まだ少し遠い……高いところに行こう。見つけられる可能性も高いけど、その分発見も早い。もし見つかっても奴らは一人でいるウィッチを放っておくなんてことはしないはずだから、必ずやってくる」
「わかった!」
詳しいことはわからなかったけど、とにかく高いところに行けばいいのはわかった。
ウィッチの身体能力を使って、一番高いビルの上へと登る。
そこから見下ろす風景は、とても静かだった。
夜であること、捨てられた街であること、そして人が誰もいないこと。
そういった理由があるから、とても静かで……物寂しかった。
「スカイブルー、下を見て」
「あ、うん。下?」
覗き込めば、確かに何かいた。
人と同じ形をした、けれど人じゃない何か。
インクブス……夜という視界の悪い中でも見える。人とは違う肌と、目と、体型。それに手に持つ武器。棍棒とか剣とか持ってる。
あれが、インクブス。
人の、敵。
それが何体もいる。
「ふむ……あれはゴブリンか。丁度良い、腕試しには都合の良い相手だ。数もそこまで多くはない。やれるかい、スカイブルー」
「……うん、やってみる」
息を吐いて、吸って、吐く。
弓を構える。
弦に手を添え、そこからエナを放出、構築し、矢が生み出す。
最初だから少し多めに。
矢を弓にあてがい、引き絞る。
「うん」
なんだろう。
さっきはインクブスを見た途端に緊張したのに……今は違う。
高揚も、緊張も、何もない。
ただ自然な状態が維持されているのが、自分でも分かった。
手を離す。
矢が放たれた。
それはこちらに気付いていないゴブリンの一体を狙い、そのまま頭に命中する。
エナで作られた矢はゴブリンの頭を貫通し、地面に矢を突き立てた。
ゴブリンが倒れる。他のゴブリンが気付いて慌てる。でもすぐに上を見上げて、こちらを視認した。
「……行けそう」
見られる頃には、既に次の矢をつがえていた。
一本だけじゃ逃げられるから、残りのゴブリンの数に合わせて五本。指は自然と動いてた。
ゴブリンしかいないから、多分大丈夫。
うん。
「当たった」
矢を放つ。
放たれた五本の矢は、それぞれ違うゴブリンに向かって突き進む。
ゴブリンが対応する。
その前に、ゴブリンの頭に当たって、頭を弾けさせた。
私の見つめる先に、もう動くゴブリンはいない。
ふぅ、と息を吐いて、そこでようやく緊張が戻ってきた。
「……凄まじいね」
パートナーが静かに口にした。
「遠距離からとはいえ、こんなに的確に素早くインクブスを倒すなんて……スカイブルー、経験でもあったの?」
「……経験?」
「その反応を見るに、本当に初めてだったんだね。それでアレか。成長すれば、どれだけ強くなれるのかな」
褒めてくれている、のだろうか。
多分褒めてる。
それは、なんだか嬉しかった。
「スカイブルー、今日のところは一旦帰ろう」
「え、でも……まだ疲れてないし、平気だよ?」
「油断は禁物だよ。初めてインクブスを倒したんだ、心の何処かで疲れが出ていても不思議じゃない」
「……そうなのかな?」
初めてだらけのことだ。
パートナーが言うことだから、きっとそうなのだろう。
知らないことは知ってる人に……人?に頼ればいい。
私はパートナーの言う通り、今日は帰ることにした。
「わかった、今日は帰るね」
「ありがとう、スカイブルー。少しずつ、少しずつ、ウィッチのことを覚えていこう」
「うん」
私はビルの段差から、少しずつ地面に戻っていく。
ある程度まで進んだら、他の屋根に跳んでいく。
そうして私は家までの帰路についた。
その間に何もなく、何事もなく、家に帰ることが出来た。
私の初めてだらけの一日が、一旦の終わりを迎えた。
《スカイブルー》
弓の才∶S
戦闘の才∶S
『戦闘に入ると自然に心が平静を保ち、動揺が消える。戦闘センス、及び弓の扱いも天才的である』