「朝だよ葵。早く起きて」
耳元から囁くようにそんな声が聞こえてきた。
思わず飛び起きて、耳を押さえる。
「おはよう葵。そんなに驚くようなら、今度からしないことにするよ、ごめんね」
「あ……うん、そうしてね、モーリス。ビックリしたから」
枕元から聞こえてくる声に顔を向ければ、青い小鳥がそこにいた。
私のパートナー。名前はモーリス。私をウィッチに、スカイブルーにした本人。
そうだ、寝ぼけてたけど思い出してきた。
昨日はウィッチになって、インクブスを初めて倒して、パートナーに言われて家に帰ってきて……うん、ちゃんと覚えてる。
あ、そういえば今何時だろう。
そう思って時計を見てみれば、時計の針は午前七時を指していた。
丁度良い時間に起こしてくれたみたい。今日は大切な日だから助かる。
「先に着替えないと」
「忘れ物の確認もね」
「わかってるよ」
布団から出ると、まずカーテンを開ける。日の光が心地良い。寝ぼけていた頭も冴えてきた。
次は制服を着る。
今日初めて着る制服は、なんだか硬かった。これから着ていけば柔らかくなるのだろうか。
ふと、私のパートナーはどうするのだろうかと思い出し、毛づくろいをしている青い小鳥に向かって口を開いた。
「モーリスはどうするの?」
「葵に付いていくよ。普段は鞄の中に隠れるから」
「うーん、バレないのかな……?」
「大丈夫。でも、もし心配なら離れた場所にいるけど、どうする?」
制服を着終わり、鏡を見ながら身だしなみを整えつつパートナーの言葉を考える。
どうしたいのか、と言われれば、少し悩む。
パートナーのことは他の人には話してはいけない。正確には無闇矢鱈に正体を明かすことは推奨されない、らしい。
魔法少女……正確にはウィッチだけど、そういうのの定番と言えた。
確かにウィッチになったのを知られたら、色々と心休まなそう。
知られないに越したことはない、のかも?
「じゃあ、バレないようにね」
「もちろんさ」
忘れ物はないか鞄を開けて確認。
ハンカチもある。制服も着た。身だしなみは問題ない。
あとは朝ごはんを食べて、洗面台に行って……うん。
「今度から、もうちょっと早く起きるようにする」
「女の子は大変だねー」
■
インクブスが現れたのが三年前。
当時の状況は、それはもう酷かったらしい。
現代兵器は効かず、ただ殺され連れ去られる人々。
そんな中で現れたウィッチという存在は、どの国でも英雄視する人は絶えなかったらしい。
そんな存在に、自分が成った。
あまり自覚とかないんだけど……でも、ウィッチに成ったからには頑張るつもり。
小学校でもウィッチは話題に出てたけど、進学したらもっと膨らんでいた。耳が拾ってくる話題がウィッチだらけになるくらいには、多い。
「空野さんはウィッチは誰が好き?」
「うーん……私、あんまり知らなくて」
「えー、勿体ないよー。私が教えてあげる!」
「ありがとう、宮園さん」
入学式が終わってすぐに仲良くなれた宮園さんと一緒に帰路につく。
小学校もそうだったけど、入学式が終わればすぐに家に帰る。元々の風習もあるけど、なによりインクブスのこともあるから。
だから歩けばお巡りさんもいる。こちらを見つけたらペコリとお辞儀して、私達もお辞儀で返して過ぎ去っていく。
「最近だとねー」
「うん」
宮園さんの話を聞きながら歩みは止めない。
私は自分の方から喋るタイプじゃないから、話を聞くのは楽しいし、宮園さんが喋ってくれるのはとても助かっている。
昨日は……ウィッチに成ってテンションが上がっていたのが原因だと思う。
今まではウィッチに興味はあっても聞こうとはしてこなかった。
けれど、今は私もウィッチだから。
聞けることは、聞いておくほうが良いかも。
多分。
「空野さん、私こっちだから。またね!」
「うん、またね、宮園さん」
そう言い合って、私達は道を分かれた。
彼女の背中が見えなくなるまで手を振り、私も家に向かう。
そして、それを見計らったように開けていた鞄の中からパートナーが顔を出した。
「良い友達が出来たね、葵」
「うん。宮園さん、とてもお喋りで楽しかった」
パートナーの感想に私も良い返事を送る。
宮園さんは良い人だ。間違いない。
「話は変わるけど、夜はどうする? 今日もパトロールするかい?」
「うん、出来るところまでやってみたい」
だからこそ。
ウィッチとして、インクブスを倒さないと。
インクブスが関わることのせいで泣いてる人は、同級生に何人もいたから。
宮園さんが泣かないで済むようにしたい。
今の私なら、それが出来るはずだから。
「帰ったら一度、マジックを試していい?」
「使えないか確かめるんだね? 良いとも、君がしたいのならそうするといい。僕は君のパートナーだ。君をサポートするよ」
「ありがとう」
帰ったらご飯を食べて、お風呂に入って、明日の支度をして……その後は、ウィッチになってパトロール。
今までの生活に、全く異なるものが混ざる。
慣れるのには時間が掛かるかもしれないけど、モーリス……パートナーがいるなら、きっと大丈夫だと思う。
そう思いながら、私は家への道を進んでいった。
「ただいまー!」
「おかえりなさい」
家について、玄関を開ければお母さんの声が聞こえた。
我が家には母と父がいる。
お母さんはいつも家にいて、お父さんは夜遅くまで仕事をしている。
私が寝る頃になってもお父さんは帰ってこないから、相当長いお仕事をしてるんだと思う。
お母さんは帰ってくる頃には料理を作ってくれたり、学校での話を聞いてくれる。
自慢の優しい母だ。
「手洗いうがいはー?」
「今からやるー!」
こういうところはきっちりしてる。
洗面台に行って手洗いうがいを済ませ、そのままお母さんのところに向かう。
「今日ね、友達が出来たんだよ!」
「あら、良かったじゃない。どんな子だったの?」
「えっとねー」
そうして今日のことを話した。
入学式、中学校の友達、帰宅中の会話、話せることはなんでも話した。
「良い子じゃない。仲良くなったら、家に招くといいわ」
「うんっ、わかった!」
お母さんから許可も貰ったので、機会があれば家に遊びに来てもらうのも良いかもしれない。
そうやって話し込んでいるうちに時間が過ぎるのは早くて、その頃にはご飯の時間になっていた。
けど、良いことは重なるもので─────
「ただいまー」
「あっ! お父さんおかえりー!」
「おかえりなさい、あなた。今日は早かったのね」
「あぁ、珍しく早く帰れてね。元気だったか、葵」
「うん!」
本当に珍しくお父さんが帰ってきた。
こんなに早く家に戻ってくるなんて中々ない。
良いことが沢山ある日だ。
それからお父さんともいっぱい話して、お父さんも私の話を聞いてくれた。
楽しかった。幸せだった。
ご飯を済ませて部屋に戻っても、ニコニコとした顔が止められなかった。
「嬉しそうだね、葵」
「うん! お父さんがこんなに早く帰ってくるなんて、滅多にないもん。だから話せる機会も中々ないから、良かった!」
「それは良かった」
青い小鳥が寝転がる私を見下ろし、でもその瞳には優しい光がある……ように見える。
鳥の目なんて中々見る機会はないから、私がそう思ってるだけなんだけどね。
いやまぁモーリスはパートナーだから、正確には鳥とは違う……うん、まぁいっか!
「よしっ、それじゃあモーリス、行こう!」
「了解、スカイブルー。今日も安全に行こう」
「うん!」
ウィッチに変身し、窓に足をかけて強化された身体能力のままに跳び上がる。
跳び上がった私を、月の光が照らしてくれる。
「今日は、満月だ」
良いことが沢山あった。
この幸せが、より長く続きますように。
そんなに長くは続かない。