義妹を餌付けしようとしたら……。
さて、台所の食材のチェックの時間です。
炊飯器を開けて、よーし。米は炊けてる。
まぁまぁよしよしお袋グッジョブ。飯があれば飯は食える。多少炊き加減は柔いがなんとかなる。
冷蔵庫には卵、合い挽きミンチ、牛乳、冷凍室に冷凍のミックスベジタブル。特に卵があればもう勝ったも同然、肉気と野菜がありゃ鬼に金棒だ。牛乳も十分足りる。ベーコンとかハムがあれば良かったがそれらは無かった。
調味料入れとか戸棚とか見て出汁や香辛料チェック。
塩、砂糖は基本として胡椒に黒胡椒。コンソメに旨味調味料、シチューのルーにカレーのルー、ハッシュドビーフのルー。粉末バジルとかもあるが開封されとらん。お袋はなにかの料理に使うつもりだったのかそれとも間違って買ったのかはわからないが期限は切れとらんからよし。ニンニクパウダーとか七味は頻繁に使ってるようだ。おそらく親父の酒のアテつくんのに使っとるのだろう。
あとはアイスコーヒー用のコーヒーフレッシュのボトル、野菜は玉ねぎ、ネギ、人参、ジャガイモ、大根、ブロッコリー。キャベツ、レタス、カイワレ。
乾物に乾燥ワカメとか切り干し大根、高野豆腐、ひじき。うーむ、これは使わんからスルーで。
ちらりとコギャルの方を見て、ふーむ、と少しメニューを考える。
お袋が作るご飯のおかずは大抵の場合、親父が好むようなものが多い。というか日本酒好きの親父は和食、それも和の総菜系とか魚とかそういうモンを好むわけで若い娘が好きそうなモンはあんまし出て来ない。よくてカレーとかシチューなぁ。ルゥあるもんなぁ。
……コギャルもたまには洋食とか食いたかろう、というか俺は洋食専門だ。和食も作れないことはないが本職の和の人達にはやはり劣るし、あとはやはり可愛い義理の妹にすごーい!とか言われてみたい(本音)。
ならばやはりアレであろう。材料はシンプルだが料理人の腕を要求されるアレしかない。見せ場もあるからな。ならばメニューは決まった。
『THE オムライス』。洋食の定番中の定番だ。
「よーし、お兄さん頑張っちゃうぞぉ」
「いや誰がお兄さんか」
義妹のツッコミが炸裂する。
「俺がっ!俺がお兄さんだっ!」
ヤケクソ気味に言う。元ネタ知らんけど。
「はいはいオッサンオッサン」
親父ですらおじさん、姉貴ですらお姉さんなのに、どぼぢてーっ!
「今日も義理の妹が冷たいです」
涙が出ちゃう。だってオッサンだもん。しくしく。
ヤケクソで妹子とツナはー仲良しこよしー♪とか歌いながら棚にあった缶詰めの中からツナ缶を手に取るも、ツナ缶も特に用はないよなぁと思い直し、
「だがツナ、お前はダメだ」
そぉい!とツナ缶を元あった場所に声の勢いとは裏腹にそっと置く。オムライスにツナ缶は使わん……あ、なんか韻が同じだ。ツナ缶は使わん。意外と語感がいいなのでいつかなんかのシチュで使おう。使わんかも知れんけど。
俺は持ってた黒い箱を台の上に置き、腕まくりしてからそれを開けた。中には赤い布が敷かれたクレイドルの溝に俺の愛用のキッチンナイフ各種が収まっている。
牛刀からペティナイフまで、メーカーから何から何までこだわり抜いて購入した、どれもがシェフ御用達の最高の包丁。どれも手入れを怠らず磨きに磨き、研ぎに研いだ業物ばかり。この箱だってメーカーの違うそれぞれの包丁に合わせて家具の製作所の職人さんに作ってもらったオーダーメイドだ。
「うわっ、アンタそんなもの持ってたんだ」
と、エーコがなんか危ないものを持った奴を見るような目で見てきたが、失礼な。
「これはシェフの魂だ。プロの道具とはすなわち……あー、えーと。カッコいい言葉がなんも思い浮かばんが、まぁ仕事道具だ」
なんか良さげな事を言いたかったが単なる仕事道具です。
俺はその中でも細く小さいものを取り出し、シンクの水を出して刃を洗い、そして玉ねぎを手に取る。
ヘン○ルス?いいや、安心と実績のメイドイン関。日本製の包丁だ。その使いやすさと切れ味は何物にも代え難い。
素早く薄く茶色い皮を剥ぎ、そして流しっぱの蛇口の水で剥いだ玉ねぎを洗い、半分に切って半分をスライスにし、半分をみじん切り。薄く細い包丁の刃はしゃしゃしゃしゃっと小気味よい音をさせてそれを素早く、そして細かく刻む。
目なんぞ痛くなりようもない。目にしみる玉ねぎの成分は硫化アリルという物質なのだが、よく切れる包丁を使って細胞を潰さずに繊維に沿って切ればまったく飛ばないのだ。
なお、みじん切りはライスに、スライスはスープに入れる用。
……サラダ用とスープ用に人参も刻んどくか。
ストトトトトトっ、と小気味よい音で人参だってこの通り。日本の包丁しか勝たん。……洋食なシェフだけど、俺。
「おお!マジシェフみたい!」
「いや、シェフだっての」
そして、マグカップ二つに湯を入れ、一つ目にはコンソメのキューブを割った二分の一とクリームシチューのルゥ一欠け、コーヒーフレッシュ適量とバター、醤油一滴、粉チーズを入れ、二つ目には同じく割ったコンソメのキューブと塩胡椒、やはり醤油一滴を入れて電子レンジに投入。
その様子を見ていたコギャルが、
「つか電子レンジ使うとんだ。つかなんでシチューのルゥ?あとコーヒーフレッシュ?」
なんぞと言って頭に???を浮かべていたが、
「プロだって電子レンジを使うときは使う。手間を省くためと時短の為だ。市販のシチューのルゥとコーヒーフレッシュはわりかしいろいろ使えるぞ?クリームコロッケ作る時とでもな」
「え?それでクリームコロッケ作れんの?!」
「今日は作らねーけどな?」
ルゥっうモンは結構な発明だと思う。なんせそれ一個で料理の手間をかなり省けるしそしてシチューにせよカレーにせよその用途以外にも応用して使えるのだ。特にシチューのルゥは逆解析したら小麦粉、出汁そして牛乳成分とスパイスであり、それらを使う大抵の料理に使うことが出来たりする。なんせクリームシチューの作り方とクリームコロッケの中身の作り方はほぼ同じであり、汁気ってのか水分の多い少ないと細かい材料の違い、それとあとの工程が違うくらいだったりするのだ。
なんなら、クリームパスタのソースだってシチューのルゥを使って手抜き出来たりするぞ?本場のイタリア人には邪道ってかそんなパスタはイタリアには無い!とか言われそうだが。
「ま、店じゃ1から作るし、材料も揃えるところだが流石に家の台所じゃ無いもんもあるからなぁ」
鍋でバターと小麦粉と牛乳を練って作るのが本来の作り方だが、時間かかるしなぁ。今回はシチューのルゥ時短の手抜きだ。で、コーヒーフレッシュはコクを足すために足している。
電子レンジで温めている間、キャベツを千切りにし、人参を極細に切る。さらにボウルを出して冷水を張り、水に軽く塩を振ってザルを乗せてレタスを手で千切る。これはサラダ用だ。手際よく洗って水にさらし、ザルでちゃっちゃっと水を切った野菜を皿に盛り、レタス、キャベツと人参、そしてゴマドレをかけて野菜の天辺に洗ったプチトマトを乗せる。なお、ゴマドレなのはドレッシングの類がそれしかウチに無かったからだ。
これで前菜のサラダは良し。まぁ、コース料理を作ってるわけでもないんだが。
「ほれ、先にサラダ食っとけ」
と、テーブルの上に置いてコギャルに椅子に座るように促す。
「サラダだけ?ご飯は?」
「飯物は今から作る。あと飯ん時に先に野菜食うのがダイエットにいいらしいぞ?」
俺は卵を四つ、冷蔵庫から出しつつそう言った。
俺がそういうとコギャルは何も言わず、モグ、パリ、むしゃむしゃ。
うむ、手が掛からん子よなぁ、コイツ。
「つかキャベツフワフワじゃん。千切りってこんな細かく出来んだね」
「ふふん、それがプロの業よ」
主婦であるお袋の千切りも上手いことは上手いんだが、普通の千切りだ。つかキャベツも細く切るとより食べやすくてたくさん食える。食っておけば多少油の多い料理を食っても胸焼けを防止出来るからな。トンカツ屋のキャベツとか。
取った卵を小さめのボウルに割って入れる。コイツが今日の主役だ。
と、丁度電子レンジがチン!と鳴ったのでカップを二つ取り出し、カップの二つとも中身を菜箸でかき混ぜ、その後ボウルの卵と牛乳もかき混ぜる。
で、今は放置。というかメインに使う材料の一つがこれで出来たわけだ。
さて、主食たるご飯だが、シンプルに挽き肉と玉ねぎで炒めよう。ケチャップライスにする事も考えたが、クリームソースを卵に仕込む事を考えればそれは重くなる。あと、彩りに冷凍庫のミックスベジタブルを使うことも考えたが、コーンの甘味が強すぎてちょっと味のバランスを損ないかねない。
つうわけで飯はシンプルににんにくと塩バター胡椒、香り付けにバジルパウダーだ。
フライパンでバターを溶かして延ばし、オリーブオイルは少々。ニンニクそのものは無かったのでガーリックパウダーで代用する。
コンロの火をやや強めにして玉ねぎのみじん切りを手早く炒め……って、むぅ、家庭用のコンロはちょい火力弱いな。強でやるか……挽き肉投入、混ぜ合わせて塩と胡椒、米をダマにならんようにダダダっとへらで切るように混ぜ、匂い付けの醤油を軽く数滴。炒飯なら回し掛けとかするんだがこれはチャーハンではなく洋食のバターライスだからな。
手でひとつまみして味を見て、やや濃いくらいの味でおっけー。玉子を乗せるからな。
飯を皿に乗せ、ぱらぱらとバジルパウダーをかけて飯はオッケーだ。
そしてもう一つカップを取って、コンソメを溶かしてた方のマグカップから半分うつし、スライスした玉ねぎと細切り人参を入れて湯を足して、それぞれに塩と胡椒をひとつまみ。そしてまた電子レンジに投入。
まぁ、これは普通にコンソメオニオンスープだ。
さて、それでは今回の見せ場、オムライスの仕込み玉子焼きに取りかかろう。
飯を炒めたフライパンを手早く菜箸とキッチンペーパーでさささっと掃除して、オリーブオイルを多めに敷く。飯の粘り気がフライパンに残っていたら失敗するのでその辺はきっちりやっておく……といっても一般に市販されている家庭用のテフロンコートのフライパンだ。失敗の心配は無い。
加熱し、牛乳と卵をかき混ぜた液を薄くフライパン全体に延ばすように広げ、玉子の皮をまず焼いて作る。それが形成されたら次いで液を注ぎ、皮を厚くして破れないようにしていき、充分な強度になったならここからが勝負だ。その上からカップのシチューのルゥを溶かしたクリーム液を投入。そして液をさらに入れてクリームと卵液を手早くかき混ぜ半熟状にし、塩胡椒を全体に振ってからフライパンを揺すりつつ玉子を滑べらせるようにしてドーム状に包んでいく。
テフロンコートのフライパンはこういうのがやりやすい所がいいんだよなぁ。つるっと滑るからな。
焼けたのは楕円形の玉子ドーム。外はつるっと焼けて中は半熟。そう、これは一時、テレビとかに取りざたされた『とろふわオムライス』だ。
この『とろふわオムライス』も洋食の世界では結構バリエーションが増えたもので、ライスがケチャップライスだったり、ガーリックライスだったり、ホワイトソースで炊いたご飯だったり、エッグドームにとろけるチーズや具材を仕込んだり、果ては和風出汁でドームを作った親子丼バージョンだってあったりする。
まぁ、玉子で包む料理なのでギミックにいろいろ仕込めてアレンジが楽しい料理ではあるが、地味に料理人のテクニックが要求される料理でもありドームの中に何か仕込もうとすると各段に難易度が跳ね上がる。
「よっ、と」
皿に乗せたオニオンライスの上に玉子のドームを乗せて完成っと。よし、玉子に焦げ跡もなし。よーしよしうむうむよーし。
「ほい、メインの『ふわとろオムライス・ホワイトソース版』だ」
俺はどや顔でコギャルの前に『とろふわオムライス』を出してやった。
この間、コギャルがサラダを食い終わるまでで完成だ。さらに電子レンジがチン!と鳴り、スープも完成。
全て計算通り。
「おわっ、これ、テレビとかでしか見たこと無い奴だ!ええっ、オッサンこんなん作れんの?!」
電子レンジから二つカップを出して、一つをコギャルの前に置いてやる。
「あとオニオンと人参のスープ。市販のブイヨンで作った。まぁ、こっちはプロの仕事とは言えんがなぁ」
「いや、なんでスープはちょっとテンション下がってんの?」
「いや、お湯に固形スープの元と塩を溶かして玉ねぎと人参入れてチンしただけだからな。出来れば一から作りたかったが、材料も時間も無かったからな」
そう、出来ればちゃんとフォン(出汁)取って作った本格的なスープを出してやりたかったが仕方ない。
気を取り直して、
「このオムライスの見せ場は玉子のドームを割るところだ。ほれ、割ってやるから見とけよぉ?」
俺はコギャルの目の前で玉子のドームに細身のクッキングナイフで縦に切れ目を入れて開いてやった。
すると、とろーりと半熟の玉子が蕩け出しオニオンライスにかかって湯気とホワイトソースのいい匂いを上げた。
「うっわぁ本当に中がトロトロだ!オッサンマジ凄い!」
コギャルに効果は抜群だ!
「ふっふっふっ、そうだろうそうだろう。温かいうちに食べてくれ。うまいぞっ?」
スプーンを渡しつつ顎をやや突き出して言う……が、若い子にはこのネタはわからんかも知れんなぁ。クッキン○パパ。
しまった、作る前の『出来らぁっ!』を忘れていた。あれも定番だったのに。
「うんっ!オッサンすごっ!いただきます!」
「おぅ、お上がりよぅ!」
これも定番のセリフだよな。しかし俺、いただきます出来る子は好きだぞ。つうかそろそろオッサン呼び止めてお兄さんと呼んでくんないだろうかな。うん。
だが俺の思いなど知らぬとばかりにコギャルはふわとろオムライスに集中していた。スプーンを入れてご飯とトロトロ玉子をすくってはふっ。
「んんんーっ、うっまっ!へぇえーっ、シチューのルゥとコーヒーフレッシュで玉子がこんなんなるの?!ちゃんと玉子に味があっておいしい!凄い凄い!」
オムライスを頬張った義妹の驚く顔がすぐに笑顔に変わる。ああ、料理人してて良かったと思うのは、こういう笑顔に出会えた時なのだ。
こんなん見たら金持ちやグルメ気取りの連中に飯を出して金取ってた日々にゃ戻りたく無くなる。あとテレビのグルメ番組とかホテルとレストランの為に出演したこともあったが、実際はなんで俺、あんなお笑い芸人とか芸能人共にへらへら笑いながら料理してたんだろうな、とか思ってしまう。
……師匠も、そんな気持ちでやってたんかな。
「あれ?そういやオッサンの分は?」
きょとん、とコギャルが食べる手を止めて言ってきた。いかんいかん、考えてもどうしようも無い。
「ん?……ああ、フライパン一個しか無いからな。今から……」
焼くところだ、と言いかけ、それと同時に玄関のチャイムがぴんぱらぽんと鳴った。
来客か宅配便か?と思うもチャイムの音と同時に門が解錠され、鍵が閉まってたはずの玄関ドアが開く。
この家は作りは古いがセキュリティーは最新のものを使っている。ホームセキュリティー会社のシステムがあちこちに張り巡らされ、鍵も最新の電子鍵なのだ。
こんな早さで入ってこられるのはつまり家の電子鍵を持っている人間しかあり得ない。とすると親父達が帰ってきたのか?とも思ったが、
「ただいまー」
とか女の声が聞こえ、それはすぐに廊下をドスドスドスと質量のある足音を響かせてこっちに向かって来た。小柄なお袋はこんな足音を床に響かせはしないし、親父はめったに早足で移動せず、とす・とす・とす、と足音のテンポはやや遅い。そもそも親父は女声なんぞ出さない……って、もう誰かはわかっている。
姉貴だ。
「おーい、エーコちゃんいるー?」
ドスドスとこっちにやってきてガラガラっと戸を開けて顔を出す。やはり姉貴だった。
つうかこの前見たより質量増やしてねーか?おい。
「……トドが歩いて来やがった」
「誰がトドじゃーい!って愚弟にエンカウントしちまったぜぃ、最悪ぅ!つか起きてたのかよお前ぇ!」
この小太りの質量多めかつエキセントリックなオバハンが俺の実の姉である。
まったく、アンパンマンみたいなつやっつやで血色いいほっぺしおってからに。健康そうでなによりだが、もう少し家の床に優しい体重しててくれ。
「って、あーっ!エーコちゃんもうお昼食べてるじゃーん、つうかもう少し早く来れば良かったぁーっ!」
姉貴はコギャルが食べてるふわとろオムライスを目ざとく見て、かぁぁーっ!などと唸って手で自分の目を覆った。
「えっと……」
スプーンでふわとろオムライスをすくったまま固まっているコギャル。
「くっそ、愚弟がベッドでうだうだしててご飯なんて作ってあげてないと思ってたのに!」
我が姉はなんかものすごく悔しそうに言ったが、おそらくコギャルが飯にありつけていないと思って来たのだろう。つうか食材とかそんなもんも持っていないあたり、外食に連れ出そうとしていたのだろう。
この姉もやたらコギャルを気に入っており、何かと連れ出しているようだ。まぁ、一応三児の母にして主婦なのでなかなか時間は作れないようだが。
……しかしヤバかった。あのままうだうだしてたら姉貴に義妹とのランチタイムを取られてしまってたところだった。内心、冷や汗を掻くも俺は姉に向かってニヤリとニヒルな笑みを向けて、
「はっはっはーだ!遅かったな姉よ、この三ツ星レストラン副料理長の俺がとっくにエーコいご飯を与えていたのだよ!残念だったな!はーっはっはっは!」
と、なんか悪役な貴族風に言ってやった。すると姉貴は
「ぐぬぬぬぬっ、この愚弟め、猪口才なぁ!」
と乗ってくる。お互いに悪態はついているが姉弟仲はそんなに悪くない。だが姉よ、猪口才な!とか時代劇かよ。今時そんなん言う奴おらんぞ。
「つかエーコを飯に連れてくつもりできたのか?姉貴」
「ええ。あんたはどうせ寝てて起きないだろうと思ってね。まぁ、起きれるようになってんだ」
「そりゃ、帰ってきて数日はな。あっちでもう動き回って疲労がたまってたからな。おかげさまでゆっくり休めたから回復したよ」
俺は肩をすくめて見せる。
帰省する前は何かと動き回らねばならず、それに俺がテレビなどに出演したり、元妻が芸能人だった事もあってマスコミ連中とかにいろいろ周辺を嗅ぎ回られたり、パパラッチに張られたりとかしていて気が休まる事も無かった。流石の俺も体力的にも精神的にもまいってたのだ。
それも流石に半年もすれば無くなったけど。主に元妻が犯罪で捕まってその辺でマスコミにアンタッチャブル扱いされてしまったのが原因だろう。
「つか、姉貴、子供達は?義兄さんは親父と一緒に仕事で駅前のショッピングモールに行ってんだろうけど」
俺は口調を普通に戻して姉に聞いた。なお姉の旦那は親父の土地の一部を管理している信託会社の社員だ。その会社の大口顧客である親父の娘である姉貴と結婚したことでかなりの出世はしたものの、話を聞けばいつも仕事をさせられているイメージがある。
……つうか、親父と関わった人間の大半はみんな何かしら苦労する事になるのである意味、義兄に会うと非常に申し訳無い気持ちになってしまうのだ。
おそらく駅前の土地のショッピングモール建設のプロジェクトでも親父とモールに出店する業者達の間で板挟みになっていると思われ。
……ある意味、エーコとは違ったベクトルで親父のお気に入りだからなあの義兄さんは。
「旦那はそのとーりよ。長男は塾の夏期講習、次男も塾、下の娘は水泳教室。私は時間開いたからここに来たってわけ」
「子供なのにずいぶん習い事だらけだな」
「子供だからよ。長男は来年中学受験だし。私学のところにやるつもりよ。次男は再来年で、娘は水泳の選手になるとか言ってかなり本気で通ってるわ」
「中学受験って事は私立狙いか?俺も姉貴も地元のフツーの公立だったのに?」
「旦那の親がその辺うるさいのと誰に似たのかあの子達、成績が良いのよ。それに公立は荒れてるって話もあるし。あー、私に似たらバカなのにねぇ」
姉ははぁぁぁーっ、と溜め息を吐いた。
姉貴んとこの子の頭の良さは義兄に似たんだろう。
俺なんぞその荒れてる公立から荒れてる高校行ってそのまま料理人の世界に行ったから、学歴なんぞ人様に恥ずかしくて言えない。それに、姉と違って結婚しても子供さえ、いない。
元妻の妊娠を知ってもそれが俺の子供ではないことを先に知っていたから、だからその子供が産まれても喜びの情すら湧くことも無かった。
「ま、姉貴も大変だな。昼飯がまだだったら食ってけ。作ってやっから」
俺は椅子に座った姉貴の前に俺の分のサラダとスープを置き、先に前菜食っといてくれ。今から焼くから、と言い、ボウルの卵液を静かにかき混ぜた。
「え?どういう風の吹き回し?あんたあたしらに料理なんて作ろうとしなかったのに」
「お袋が作ってたろ。つか親父は洋食とか苦手なのしってるだろ。胆石の手術してからは特にな。お前の料理は油が多い!とか言って食ってくれねーんだよ」
別に作りたくなかったわけではなく、親父が俺の料理にケチをつけやがるから作らなくなったのと、親父のコレステロール値を考えるとお袋のがその辺キチンと管理出来ているから、それを乱すような事をやりたくなかったのが理由だ。
「……そう考えるとお袋は凄いよな。ちゃんと親父の健康とかコントロールしてんだから」
玉子を焼きながら、俺は今更ながらにお袋の凄さを思う。なんだかんだで俺はいろいろとお袋には敵わないと思う。
「そうねー、というか私も最近太って来てさー。ダイエットしなきゃねー」
……つかダイエットなぁ。
ふわとろオムライスは見た目以上にカロリーが高い。たしか昔に計算して約800kcal前後だった気がする。
まぁ、二郎系ラーメンよりはマシか。あと姉貴はダイエットしなきゃ、とか抜かすがいつも続いた事は一度もなかった。
よし、俺しーらね。
俺は姉貴の前に置いたライスの皿に焼きあがった玉子ドームを乗せた。カロリー爆弾どーん。
「って、うわ!焦げとかまるで無い綺麗な黄色!あたし玉子焼いたら絶対焦げが付くのに!」
「……そりゃ俺、プロだからな。味だけじゃなく見た目もキチンしてなきゃ客に出せない」
包丁でドームに切れ目を入れるとやはりとろりと半熟の玉子が流れ出す。
「かぁーっ、マジで店出せんじゃない?」
「いや、店で管理職やってたからな?副料理長だぞ。……ま、熱いうちに食ってくれ」
姉貴は、言われなくてもいただくわよ!と結構な速さで食い始めた。
ま、多分この一食くらいじゃそんなに影響はないだろう。多分。
姉登場。なおデブ。
姉スペック:東方籐子(ひがしかた・とうこ)。旧姓は南部である。年齢は39歳。
主人公の姉である。昔はそれほど太っていなかったが結婚して子供を出産したら体質が変わったのか徐々に太ってしまった。主婦友多数。性格はしっかり者の肝っ玉かぁちゃん。主人公とは普通に仲はいい。義妹を可愛がってはいるが三人も子供がいるとなかなか忙しくて遊びに来れない。