※この物語に登場する人物にはモデルになった人物はいません。また出て来る企業や技術等もすべて創作ですので、その辺は注意しましょうね?
待ってた方がいたなら投稿遅れてすみません。
アンキモ。……の元が三匹。つまりはアンコウである。それも結構デッカい。
アンコウの旬は寒い時期、だいたい11月から4月の初旬くらいまでだろうか。その頃のアンコウは栄養を溜め込み、肝も大きくなっている。
だが、今は七月である。とっくにアンコウの旬は終わっており、今の時期は痩せたものしかとれないはずだ。なのにこのアンコウはまるで旬のアンコウ、しかもとれたてでさっきまで生きてたんじゃないか?と思うほどに状態がいい。
正直、ありえない。
そのありえないアンコウを、祭の時に羽織るような法被を身につけたおっさんらが止める間もなくソイヤっソイヤっとか言いつつ冷蔵カーゴ付きのトラックから運び出してきてあれよあれよと言う間もなくウチの駐車場に吊して行く。
さらに何故かデカい太鼓と褌姿のオッサンらも準備オーケーな状態で待機。人んちの駐車場でなにしとんねん。鴎縞水産。しかも青と白の横断幕まで。祭じゃねぇぞおい。
俺は何か得体の知れない不気味なモンを見るような気分になった。いや、鴎縞水産は一体、どのようにしてこんなアンコウを用意したというのか。
だが、なつきさんと吾妻は妙にハイテンション、ウッキウキでキャッキャしながら母子でスマホ持ってアンコウと一緒に楽しげに写真撮ってる。インスタ?とか言うのに上げるとかなんとか言いつつ。
いや、あんたらこの異常な事態になんとも……思ってたら写真なんぞ撮らないか。なんとも思っちゃいねぇ。
「おぅ、南部のぉ。来たぜぇ!」
そして冷蔵カーゴトラックの後ろから年季の入ったスクーター、ラビットをぺぺぺぺぺーっと特徴的なマフラーのいい音鳴らしてしてやってきたアロハにハーフパンツなグラサンのおっさんが威勢良くやって来て、親父の真ん前にラビットを止めて下りてきた。
「おう、真延の。……あれが成果と言うわけか?」
対する親父は着流しに下駄。吊されたアンコウを見て呆れたように言う。成果、とはどういう意味なのか。おそらくこの異常な季節外れのアンコウに関することなのだろうと俺は内心、答えを待った。
真延と呼ばれたおっさんは歯を見せる。まるで奥の金歯を見せるような大きな笑みでニカッとして、
「おう、見ての通り鮮度最高のアンコウだ。すげーだろ?半年前に水揚げして冷凍保存してた奴だ。白星のAIと竹井の冷凍・解凍技術、その成果の御披露目だ」
「……ふん、ただのデカいアンコウではないか。大物と言っとったからワシはてっきり大マグロを期待しとったぞ」
親父がそう言い放つが、ちょっとまてやおい。半年もアンコウを冷凍保存してあんな鮮度とか有り得ないはずなのにその異常性に気づいていないのかこの親父。いや、それとも普通にマグロを食いたかっただけなのか。
「いやいや親父、これの異常さがわかってねぇのか?いくらアンコウが冷凍保存に適していると言われてても精々ひと月が関の山なんだ。つか半年前にとれたアンコウがこんな風に取れたばっかみたいな姿なんて普通ありえねぇんだぞ」
「アンコウも悪くは無い。だがワシはマグロ尽くしが来ると思っとったんだ!」
だめだ、この親父。つかこの勝手な言い草、ワガママ野郎かてめぇは。
「全然わかって無ぇ!つかどんだけマグロ食いてえんだアンタは!」
「あー、アンチャン。言っても無駄だ。コイツは昔からこういう奴だからよ」
真延と呼ばれたおっさんは諦めたように肩を竦める。どうやらこのファンキーなおっさんは親父の昔馴染み、それもかなり親しい人間のようだ。
……なんせ親父を相手にコイツ呼ばわり出来る人間なんぞこの県では希少だ。大抵は親父の顔面の圧と様々なエピソードから恐れを抱いてビクビクしているか逃げ出すかペコペコとコメツキバッタみたいになるかのどれかだからだ。
「しっかしアンチャンはさすが料理人だな。その通りだ。通常の冷凍庫じゃそんだけ経つと冷凍焼けしたり悪くなっちまうし、それに解凍しても食おうって気にはならねぇわな。だが、コイツを見ろや。皮の張りも取れたてのまんま。臭みもアンモニア臭もねぇ」
キシシ、と上機嫌で真延のおっさんはそう答えつつ笑う。
「……ああ。皮も浮いてないし、状態はかなりいいように見える。冬ならいざ知らず7月にこんなアンコウはまずお目にかかれない」
「かーっ!そうだよな?そうそう。普通はそういう反応するよな!俺ぁそういう反応が欲しかったんだ!」
アンタわかってんなーと言いつつ、次に真延のおっさんは親父を指差し、
「コイツはどんなモン出してもこんなんだからな。コレを実現すんのに皆がどんなけ苦労したかわかってねーんだ。つか説明しても『ああそうか』、『それで?』。かぁーっ、面白くねぇんだよ!てめぇ、ちょっとは驚いて見せろや!」
と親父を責めるように言った。しかしそれにも親父は動ぜず腕を組み、
「ふん、ワシがいちいち何か反応せねばならんのか?」
とふてぶてしく抜かしやがった。なんつう憎たらしげなオッサンだよ親父。
とはいえ親父は専門外の事とか自分が理解してないような話を振られた時は平然な振りして誤魔化す癖がある。
『やはり南部さんは動じていない!』とか『この威風堂々とした佇まい、流石は南部さんだ!』とか、親父に好意的かつあんまし親父の性格を知らない人間はそう思うのだが、親父と敵対していたり良く思っていない人間からはそういう態度でヘイト増し増しになるのだ。
はっきり言うが、単に我が儘で自己中で自分の顔面鬼瓦なのを利用して自分のわからんことを誤魔化す厄介なオッサンなのだ、この親父は。
「あー、真延さんは親父とは付き合い長いんですかね?」
親父のその辺を理解している人間は大抵昔馴染みな人間が多い。俺はこの真延というおっさんについては知らないが、多分、そうなのだろうと踏んで聞いてみる。
「おう、それこそガキの頃から殴り合ってたぜ。ま、高校ん時には白星と竹井と黒岩と……その辺と連んでよ。まぁ、アホな事してた仲よ」
果たしてそうだった。そりゃ知っててもおかしくない。
しかし、白星と竹井というのは確かAIのコンピューターシステムで有名な『白星ギアテック』と県で一番の業務用電気機器メーカーの『タケイ電機』の社長ではなかったか?あと黒岩は玄関で胃薬を飲んでるここの県知事だ。
つうか親父の人脈すげぇ、と思うもみんななんでこんな厄介なオッサンと連んでたんだろうか。つか息子の俺でもどうかと思うくらい厄介なオッサンなのに。
「これに使った機械は冷凍保存の革命的発明といっても過言じゃねぇ代物でな。つうかそれがわかってて俺らはコイツが出資を言ってきたと思ってたんだ。だが違ったんだよ。『ワシ抜きで面白そうな事をやるな。ワシも混ぜろ』ってよ。仲間外れにされると思ってたんだ、コイツ」
……親父。寂しがりかよ。いや実はみんな親父をハブろうとしてたんじゃねーか?厄介過ぎて。
「……ふん、お前らが銀行から融資を渋られて困っていると聞いたから投資を持ちかけただけだ。そんな事は知らんな」
「確かに銀行が貸し渋りして来やがって困ってたし助かったのは確かだわな。つうか額が額だったからおめぇに言うのは憚られたから遠慮してたんじゃねーか。だが知ってっか?おめぇが金を出したせいで銀行の支店長がクビをトバされたってよ。大手海外メーカーと懇意にしてやがった奴だ。俺達の計画を潰そう潰そうとあれやこれややってた、あのハゲだよ」
「……それは知らんかった。だが融資しなかったのはソイツだ。自業自得だろう。あと支店長なんぞ小物の事などワシの知ったことか」
「アイツだけじゃねぇ。銀行の連中、今回の件で幹部連中とかも巻き込んでクビだの左遷だの右往左往してエラい騒ぎんなってるってよ」
「……そこまでなっとるのか?」
「奴らが俺らの開発した新技術に噛めなくて儲けを逃したからだ。あと銀行としての信用も落ちた。これで関わってた連中になんのお咎めも無かったら流石に俺らも銀行、見限ってたぜ」
「しかしたかが冷凍庫の開発で何故そうなるんだ?ワシは単にトラックに積めるような高性能な物を量産する為だと思っとったんだが?」
親父は鴎縞水産のトラックを見ながら言ったが真延のおっさんは溜め息吐いて首を横に振ってお手上げのポーズをした。
「……マジでわかって無かったってかそんなんであんだけの資金掛かるわけねーだろ。出してて気付いてなかったのかよ」
つか俺の親父ってこんなポンコツだっけか?昔はもうちょっとマシだった気がしてたんだが。
しかし、親父の勘違いはともかく、ただの高性能な冷凍・解凍技術だけで銀行の幹部達までが巻き込まれるほどの騒ぎになるとか普通はありえない。その規模となるとかなりの需要が発生する、つまり金が動き銀行にもかなりのメリットがあったはずの代物なはずなのだ。そう、価値にして億、いや下手すると兆円規模の。
俺は恐る恐る真延のおっさんに聞いてみた。
「……銀行の上層部がトバされたりクビ切られたりするような技術って、実際どんな技術を作ったんだよ?ただの冷凍・解凍技術じゃないってのはわかるんだが関わってないから俺にもわからん」
すると真延のおっさんはなんかニヤリ破顔した。つまり答えたいってか聞いてもらいたかったのだこのおっさんは。
「へっへっへ、アンチャン、ホント良い奴だよなぁ。俺が質問してほしい質問をして聞いてくれんだからよぉ」
なんぞと上機嫌な様子で俺の肩をバシバシ。いや、痛ぇ。
……つうかこのおっさんも実は銀行云々とかどうでも良くて単に今回開発したとかいう技術の話を自慢したいだけなのでは?いや、銀行すらもしてやったとも思っている節もある。
親父と同じ穴の狢、いやそれ以上にアカン人間な気がしてきた。
「そう、ただの冷凍・解凍技術じゃねぇんだ。……医療用の移植用臓器の長期保存技術、それも桁外れの性能のAIによる冷凍保存システムだ。各種特許も出願してとっくに世界12ヶ国で通ったし、移植用生体器官の長期保存のギネス記録も塗り替えた!」
それを聞いてなるほど、とやっと納得がいった。
移植用の臓器の長期保存。多分それ、世界中の外科医の悲願なんでは無かろうか。たしか移植用の臓器は摘出後、冷蔵しようが何しようが1日も保たないって話だ。ギネス記録に関してはわからないが、かなりの日数なのだろう。
「で、何日保管出来たんだ?」
「県立医大ん教授がな、心臓を二週間移植手術出来る状態で保存出来たとか言ってた」
(※移植用臓器で人間の臓器の保存時間で最も短いのが心臓。だいたい約4時間ほどで移植不可になる。)
「……マジか!?」
「マジもマジモンだ。まぁ、医療用としちゃあ竹井も白星も実績が無かったし大学側もウチの魚や箕島(みしま)のおっさんとこの精肉所で採取したモツなんかで実験するしか無かったが足掛け二年。やっとこ実証実験にこぎつけて、この前成功したってわけだ」
魚とか動物のモツなぁ。とはいえ最初から人間の臓器で実験研究をするわけには行かなかったろうから、そういう冷凍と解凍が必要になるものを使ってやっていたのだろうが、たった二年で実証実験とか早すぎでは無かろうか。
とはいえ移植用臓器の保存期間が伸びればより助かる命は増えるだろう。患者の手術にしても緊急的なものは減り、余裕をもってスケジュールを立てられるだろうし、何より患者の心身的なストレスも減るはずだ。
つうかなぁ。
世界12ヶ国で特許を取ったって事はつまり世界規模の展開をも視野に入れているというわけで、そうなったならそりゃあ最初の融資をし損ねた銀行の実績と信用はガタ落ちというものだろう。金を貸さなかっただけなので銀行としての金銭的な損失は無いにせよ逃した魚はデカ過ぎたでは済まない。
親父がどれだけ資金を融通したのかはわからないが、個人が出せる額なんぞ銀行とは比べものにならない……だろう、多分。そんな額を貸し渋り邪魔したおかげで銀行は胴体近くまで尻尾切りをせねばならなくされたわけだ。
また親父、敵を作っちまったな。それも無自覚に。
そうでなくともこの親父は気に入ったら誰もが出資しないものにでも首を突っ込むことがある。
深く考えたりすることなく勘と直感で即決して出し惜しみせずにぽーんとどかんと金を出したりするのだ。
そして恐ろしい事にその結果それが当たるのだ。ハイリスク・ハイパーリターン。返しは倍々ゲーム、数倍になって親父の懐を潤す事になる。
そして世の中は結果が全てであり、知らない人間は過程なんぞそれこそ知った事じゃ無く、口々に親父の成功について先見性がある、未来を見据えた、誰の夢をだとも否定せず芽吹かせる男、などなど様々な言い方で美化したり褒め称えたりするのだ。
だが、それは大抵、真延のおっさんがバラした通り『ワシ抜きで面白そうな事をやるな。ワシも混ぜろ』でやらかした結果なのだ。つうかみんな最後の結果だけ見ずに最初を見ろ。トンデモねーんだから。あと騙されんなマジで。
と、そこへ買い出しに言ってた小早川社長の業務用ワゴンが戻って来た。
「お、やっと戻って来やがったか」
車から降りた小早川社長が小走りで真延のおっさんの元に来る。
「会長、お疲れ様です!」
「おう、お前もお疲れさん。ほれ、アンコウをとっととバラすぞ。今日は暑いからな。これ以上晒しとくと悪くなっちまわぁ。セットは設営したから、動画撮ってくぞ!しくじんなよ?」
「はい!了解です!あと白星ギアテックのお二人への出演を打診しましたがOKを貰えました!」
小早川社長が仕事の出来るサラリーマンよろしくキビキビと動く。うーむ体育会系のノリだ。しかし素の方の小早川社長を見るにすげー仕事が出来る男感がパ無い。
あと会長て、やっぱ真延のおっさんは鴎縞水産の会長だったか。
「おう、やっぱ若けぇアイドルに出て貰うのがいいか。宣伝は『3B』が基本、だっけか?」
……うーむ、『3B』なんて久しぶりに聞いたぞ。
3BとはCMや広告などでその効果を高める法則として広く使われているもので、『Beauty(美人)』『Baby(赤ちゃん)』『Beast(動物)』を言う。まぁ、だいたいの人に刺さりやすいが、世の中多様性云々で普通の感性を持ち合わせていないような方もいたりするので昨今ではなかなか使いにくくもある場合もあったりなんだりするので気をつけようね?←をい。
「おーい、カメラ!真由美!」
真延のおっさんが、三脚付きのやや大きい動画撮影用のカメラを持った女性、つまり真延のおっさんの娘にして小早川社長の奥さんを呼ぶ。
「はいはい父ちゃん、ちょっと待って!はい、設営の盛田クン、レフ板もう少し斜め。えーと、矢田部長、『百華ドールズ』呼んできて。あとケンちゃん!南部シェフにも出演依頼!とにかく有名人を出すのがいいのよ!動画はどんだけ初動で再生数稼げるか、どんだけ最後まで見られるかなのよ!」
「え?俺も出ねーといけねーの?」
「当たり前ぇだろ。アンチャンよぉ。商売繁盛で笹食ってこいな客寄せパンダって奴よ」
「いや、それは大阪の十日恵比寿だ。あと笹は食うんじゃ無くて持って来いだ。つうか客寄せなら俺よりなつきさんや吾妻が一番だろ」
さっきアンコウの方に居たな、とそちらを見ればなつきさんも吾妻もおらず、猫が猛ダッシュしてアンコウに向かって行くのが見えた。
「ありゃ?!家から猫が出て来とる!」
あの猫はウチのモモだ。おそらく親父が玄関開けっ放しで出て来たせいで逃げ出し、アンコウの臭いに釣られたのだろう。早く捕まえねばならぬ。
「モモーっ!外出たらだめーっ!」
あ、ウチのコギャルも猫を追って出て来やがった。
「親父ぃ、あんたが玄関開けっ放しで出て来たから猫が出て来たろうが。ったく」
俺は親父に文句を言うが親父は小首を傾げ、「猫は外に出るもんだろ」とか抜かした。
「今は外に出すと他の野良猫から病気とか貰っちまうんだよ!……いや、文句は後だ!」
つうか猫がアンコウに齧りついたりしていらんもんの味を覚えたら事だ。
俺は素早く猫の方へ向かう。
猫のモモはまだ生後一年も経っていないやんちゃ盛りの猫である。好奇心いっぱいだがあんまし魚とか見たことが無く、アンコウなんてバカでかい不気味なもんならなおさらなようだ。
アンコウの放つ魚類の臭いに誘われて出て来たはいいが、未知との遭遇ばりに見た目とのギャップで葛藤を起こして『コレナニ、コレナニ?』となって駆ける足をとめて警戒モードに移行して勝手に『フシャーッ』と毛を逆立てている。
コギャルは猫の後ろでマゴマゴしている。まぁ、シャーとなっとるシャー猫を捕まえるとかアヤツには流石に荷が勝ちすぎとるかも知れぬ、アルテイシアよ。
ふっ、ここは猫捕獲のプロのこの御兄様に任せるがよい。……元妻の不倫で心の居場所が無くて猫カフェにずっと心を癒やされに行ってたから猫の扱いはもうプロ級なのだ。ふふふふふ……、くすん。なんか言ってて悲しい。
さて、猫を捕まえる時は構えてはならぬ。無拍子で速やかにひょいっと首根っこを捕まえ、有無を言わさずやるのが良い。躊躇えば失敗する。あと引っかかれる。
ほれ、ひょいっ。
「ミギャアっ!」
首根っこを掴み尻を支えるように捕まえる。
抗議するように鳴いてもがいて暴れてもけして離してはいけない。猫を捕まえて逃したら最後、次に捕まえるのが至難の技となるからだ。
そして大事な事がもう一つ。けして猫を自分の正面に向けてはならぬ。爪で攻撃されるからだ。
ぷらーん。あ、おとなしくなりやがった。
なお、まだ生後若い猫は首根っこを掴まれると母猫に咥えられた時の感覚が残っている場合があるので、おとなしくなることもある。これが成猫だとそうはいかんので気をつけようね?
「ほれ、捕まえたぞ。玄関にキャリーバック、畳んで置いてるだろ?とりあえずそれに入れて逃亡を防止すっぞ」
「うん、わかった!オッサン」
……よしよし、猫を連れて玄関に向かい、そのまま撮影をバックレよう。正直面倒クセェ。
「あ、ちょっとウチ猫を隔離しに行くんで!」
シカタナイナーとわざとらしく周りに言い、とっととこの場を退散。目の端になんか魚用の網をもったなつきさんが見えた気がしたが、まぁ、それはどうでもよろしい。
「ほれ、行くぞ」
俺は捕まえた猫を持ってコギャルと共にパタパタと玄関に駆け込んだ。この前、動物病院にワクチン打ちに行ったままでキャリーバックは玄関の隅に放置されている(なお、俺が車を運転して連れてった)。次に使うときは避妊手術の時だと思っていたが、まぁ、そんな事はどうでもよろしい。
コギャルが速やかにキャリーバックを組み立てると、俺は素早くそれに猫を放り込み、ジッパーをジィィィっ。
「フニィ……」
情けない鳴き声。まぁ、閉じ込められたからしょげてんのかコイツ。
「猫をキャリーバックに押し込んで、ジッパー閉めりゃ、フニィと鳴ーく♪」
日本童謡の替え歌を歌いつつ、とはいえ猫よグッジョブ。あそこから離脱できたお礼にちょびっと魚を塩抜きして食わせてやろう。健康を害さない程度のちょびっとだけな。
「いや、何その歌」
「……いや、なんとなく」
まぁ天袋に入れて鞠にして突きたい訳ではない。暴れる猫は落ち着くまでこうせねば仕方ないし、また外に出て逃亡でもされたら厄介だからな。
「うーむ、可哀相だが致し方なし」
「もぅ!モモ。出たら、めっ!」
「親父にも、めっ!しといてくれ。猫にゃ魚ん臭いは本能的にたまらんかったんだろう。親父め、玄関開けっ放しにすんなっつーの」
「うっ、えーとおばさん経由で……」
「フニィ……」
まぁ、コギャルにゃ親父になんか言うとか無理か。無理だろうなぁ。いや、そろそろ親父に意見する事にも慣れささんといかん。言いたいことも言えないこんな家族じゃ、ポイズン。いやポイズンは関係ない。ただのノリだ。
「とりあえずコイツは二階に持ってくか。客達が帰るまで出すのは逃亡の危険があるからなぁ。まいったな」
俺はコギャルを促し、階段へ向かった。
「うーん、でも今日はなんなの?なんかいっぱい人が来てるけど……」
廊下を歩きながらコギャルが聞いてくる。親父め、コギャルに説明とかしとらんかったのか?いや、普通なら何が起こっているのか聞くだろうが、多分持ち前の遠慮の塊を発動させて部屋に閉じこもってたんだろうな、このコギャルは。
とはいえ俺も人のことは言えない。
俺はため息を吐きながら説明するが、俺だって聞いて無かったし、聞いたら聞いたでロクでもなく面倒な事をやらされる羽目になった。
「俺もさっき聞いたんだが、なんか駅前のショッピングモール?そのオープンのイベントの打ち上げをウチでやるらしい。お前も聞いてなかったのか?」
「聞いてたけどあんなに来るとか思わないじゃん。つうかめちゃ有名な芸能人まで来て、撮影云々とか……」
「あー、芸能人なぁ。なんならサインでも貰いに行くか?」
と持ちかける。まぁ、なつきさんとか吾妻ならめちゃ喜んで書いてくれるだろうしなんから記念撮影だって一緒に撮らせてくれるだろう。
「迷惑になるでしょ。撮影って事は仕事なんだろうし」
うわー、めっさ遠慮の塊を岩塊にしとる。塊魂極めって感じだよこの義妹。
つうかホンマにこの子はめちゃ人の事を考えられるええ子なんよ。よく親父の養女になってここまでピュアな子に育ったよなぁと思うくらいに。ああ、お兄さん涙出そう。
とはいえ遠慮し過ぎだ。消極的過ぎる。こう、もう少しハシャいだりミーハーになってもええのんよ?
「せめて一緒に記念撮影とか」
「もっと迷惑じゃん。邪魔したらダメじゃん」
むぅ、なんつーかいい子に育ち過ぎてて逆に心配だ。この年頃の子って芸能人とかいたら迷惑とか考えずに写メ撮ってインスタとかに上げたり学校のクラスメイトに自慢したりして盛り上がったりするもんじゃないのか?
つうかコイツ、学校で孤立とかしてないだろうな。いや、この前友達何人か来てたからそれは無いのかも知れないが、うーむむむ。お兄さんめちゃ心配。
コギャルを連れて階段を上がり、二階の廊下から引き戸を開けて俺の部屋に到着。コギャルの部屋へは俺の部屋に一度入ってその奥の戸を開けねば行けない。
しかしコギャルは俺の部屋のソファに座り込む。まぁ、俺のソファはイタリア製の座り心地最高のソファだから致し方なし。前の家の家具や調度品はほとんど捨てたが、このソファのセットだけは手放したくなかったのだ。だってこれ以上に座り心地いいのを探すのが面倒だし、同じメーカーに発注しても来るのに二年待ちなのだ。そんなん待ってられっかい。
俺はマンガ雑誌を入れてる低い本棚の上に置いてたリモコンをピッと入れて冷房を軽くかけた。二階は流石に暑くなってきている。猫もそうだが人間も熱中症は怖いからな。しっかし。
「……コイツ、もう引き戸開ける技を修得しとるからなぁ」
コギャルの部屋に閉じこめようにももう無理である。なんせコイツコギャルが学校行ってる時には俺の部屋に出て来て、今コギャルの座ってるソファの上に寝に来やがるからな。
キャリーバックの中のモモを覗いてどうすっかなぁと思案する。バックから出してやりたいがそうもいかん。
「普段はアタシの部屋からあんまし出ないんだけどなぁ」
「もうちょっと大きくなったら動き回るようになる。そいつ意外とやんちゃだからな」
俺は冷蔵庫からミネラルウォーターの瓶を出し、冷凍庫からキンキンに冷えたタンブラーを2つ出し、卓袱台にそれを置いて注いでピンクのタンブラーの方をコギャルの前に置いてやる。俺も一人掛けのソファに座り込み、ミネラルウォーターをくいーっと一度に飲み干してまた注ぐ。
なお、ミネラルウォーターのお値段は……、まぁ、中身がこの瓶のミネラルウォーターなら一本10万円なのだが、そんなもんはとっくに飲んでしまっている。中身はコンビニで売ってる200円もしない日本名水のミネラルウォーターだ。つうか日本の水は安くて質がいいし、中身を入れ替えたところで多分誰も気付かない。なんせテレビの格付け番組でも間違える芸能人が続出するくらいだからな。
「うーむ、猫ケージとかやっぱ必要かも知れん。こんな事でも無けりゃあんま使わんだろうがこのままだと水もご飯もやれん。明日、祝日で休みだろ?親父の車借りて買いに行くか?ついでに他のグッズとかも見て要りそうならゲットっつー感じで」
「うん、そうだね。というかいいの?」
「どうせ暇だしな。ニートだし?」
……猫よ、モモよ、お前は俺の幸運の天使か。おかげで明日、義妹とデートゲットだぜ。よーしよしうむうむよーし。
よーし、お兄さん明日は頑張っちゃうぞぉ!内心ガッツポーズ。うむ、きっと明日は良い日だ!
「ところでオッサン、なんか撮影とか言われて無かった?」
……そういやそれがあった。
「あー、まあなぁ。試聴回数増やす為に出てくれとさ」
気分が萎える。今日は最悪の日だ。
「オッサン出して増えるわけないじゃん。吾妻町子とか明星なつきとかいるのに」
いや、なにその目。バカなの?アホなの?死ぬの?みたいな冷たい目で俺を見ないでくれ。
「サプライズゲストって奴だ。こう見えても俺、ちょっと前はテレビじゃ引っ張りダコな有名シェフだったんだぞ?つうか見たこた無いか?『園都苑華(そのみや・そのか)のお料理礼賛』とか『芸能人格付けテスト』とか『料理の偉人』とかさ?」
「ウチ、テレビはリビングの一台だけだし、おじさんがチャンネル権持ってるじゃん。それにご飯の時はニュース番組だけだし、あとは見ないし」
ぐわーっ、そうだった!つか親父め、それ娘の情操教育に悪いんじゃねーか?つか昭和の家庭じゃあるまいしそんなんじゃいかんだろ。
……いや、俺もそんな家で育って来たんだからアレだけど。
「うむ、テレビも買いに行こう。というかな、お前学校とかで話題についていけてる?お兄さんそれめっさ心配」
「いや、普通にスマホがあるし。テレビ無くてもネットとかで情報とか普通に見てるよ。つか誰がお兄さんか」
……そういや昨今は若者のテレビ離れが加速化しとるとか言われとるがこれが普通なんだろうか。あと頑なに俺を兄と認めてくれないのなんなんだろうか。
「よしPC、いやタブレット?とにかく良さげなのを……」
「大きいのは要らないよ。かさばるし荷物になるし」
「いや、だって大きい方が見やすいだろう?つか持ち運ばずに部屋で使えばいいし。つかお前のスマホってリンゴの奴か?」
「うん……」
ギャルがスカートのポケットから出したのはリンゴの最新機種だ。それも一番高い奴。
「おぅ、最新高額機すげーな。ならそっちのタブレット、いやパッドか?ま、俺もそろそろ使ってるノートPCが古くなって来たから、電気屋にも行く……」
話してると、戸がトントンと叩かれた。ん?お袋か?と思えば、
「うっふーん、吾妻町子よぉーん、儀一っちゃん、撮影始まるから早く来てぇーん」
吾妻だった。つか何故に『うっふーん構文』?
コギャルは吾妻による突然の『うっふーん構文』に固まる。
なお、うっふーん構文とは……なんか知らんがSNSで突然流行した構文なのだが何故そんなもんが流行ったのかは知らん。それを使うとどんな言葉を当てはめても色っぽいお姉さん的な感じになる、とかなんとか。ただ吾妻がやるとマジでシャレにならない。演技力がパ無いし、ふざけていてもアホなので全力でやらかすからだ。つまり本当にエロいおねーさんみたい、いやそれそのものな声でなんか反応しそうになる。
……本人はアホなのに。いや、アホだからなのか。
多分、生まれた時から手加減する調整メモリがぶっ壊れてんだろう……って母親のなつきさんもそんな感じなのでもはや遺伝レベルなのか。つか外付けメモリを誰かアイツに付けてくれ。
「吾妻、しばし待て。つうか只今、我ら兄妹は重要な猫会議中であるからして」
「えー?猫会議?それなにー?」
「我が家の大事なお猫様を外に逃亡させぬための方策を話し合っとるのだ。とりあえず豪華な猫ケージを買いに行くことで話はついたので、今からお猫様にそれで良いかお伺いを立てねばならぬのだ……」
「とかなんとか言って、撮影ブッチする気でしょ?」
「くっ!バレてる?!」
遠慮も何も無しにガラッと戸を開けて我が物顔で入って来る吾妻に、俺はコイツマジでか、と思いつつ、
「プライベート空間への不法侵入ぅ!」
と言ってやる。しかし相手は吾妻町子である。そんなもん屁の突っ張りにもならぬ。
「ああ、儀一っちゃんの御母様には許可もらったからぁー」
へらへらへらと笑う吾妻。表情もコロコロ替わりやがる。
「くっそ、ウチの親はどっちも俺のプライベートを無視しやがんな、ちくせう!」
嘆くフリをする俺……つうかそんなもんが無いのは物心ついたときから知っているが……を楽しそうに見る吾妻を見て、
「……えっと、本物の吾妻町子?!ええっ?!なんでなんで?!オッサンなんでぇ?!」
と、狼狽えるコギャル。
おお、目がまん丸んなっててかーわいーい!
が、それはともかく、自分の家に世界的に有名ってか世界オリコン一位を連発しまくっているアーティストが来て、しかも普通になんの遠慮も迷いも無く、まるで自分の家みたいな態度で平然と上がり込んで来るとかそら誰でも驚くし脳がバグるだろう。
「ふむ、妹ちゃんだと思ってたけど、儀一っちゃんをオッサンと呼ぶって事は……つまり姪っ子さん?」
ま、そう思われても仕方ない。三十路男とまだ十代中頃の女の子だからな。
「ズィスイズ南部栄子。俺が都会で汚れっちまった悲しみにゆやゆよーんと明け暮れている頃に実家に突如として現れた妹的な可愛い生命体だ」
まぁ、本当は遠縁の子で親父達が養親になってはいるがその辺を説明するのは相手が吾妻だと言え、やはりエーコの心境を考えれば憚られる。まぁ、いつものようにぼかすとしよう。
「いや、生命体て。たしかに可愛いけど。……つまり、儀一ちゃんがいない間におとうさんとおかあさんが一緒に一生懸命励んじゃったんだね?夫婦円満ラヴラヴじゃーん。″まぁ、家族にはいろいろあるよね″」
……直感鋭いな。つか目で『アタシに誤魔化しは通用しないからね?』とか『後で必ず話してくれるんでしょーね?』としっかり猛禽類のような目で言ってくるのがまた難儀な。とはいえこちらの事情も汲んでくれる辺りいい親友でもある。
「生々しい事言うな。俺はその事を知らず、祖母さんの十三回忌ん時に帰って来たときに仏壇の前におったこの子を見て座敷わらしかなんかかと勘違いした。あとスマホにも撮った」
俺はスマホを取り出し、前のスマホから移したデータを吾妻に見せた。
「うわぁ、オッサン!いつの間にそんなん撮ってたの?!」
「心霊現象だと想ったんで、こっそり撮った。残念ながら座敷わらしではなくお前だったわけだがこれはこれで可愛いので保存しといたのだ」
なおPCにもハードディスクにも保存している。なんなら一時は待ち受けにしとった。今の待ち受けはこないだ撮ったコギャルが居眠りしてよだれ垂らしてた時の画像だが。
「うぉ、ようぢぉ可愛い!うわー、浴衣姿で和室ですげー座敷わらし感あるー」
「だろう?つかこんなんが祖父さん祖母さんの仏壇の前におったらそら座敷わらしと間違えでも仕方あるまい」
「いや、消せぇ!」
「何を言うか。大事な家族のメモリーを消すとか出来るかよ。……なお、この画像は親父とお袋もエラく欲しがったので家族全員もっとるぞ?」
「うげ、それマジ?」
「マジだ。……まぁ、それはそうとして。この画像を激写した後に俺の姉貴に『座敷わらしがウチに出た!』と画像送ったんだが、そん時に『あんま栄子で遊ぶなww』とメールが返ってきてな。なんかおかしいと思って親父達に話を聞いた訳だがそん時に『あー、お前に話しとくの忘れとったわ』。酷いと思わんか?」
「うん、何気に大事なことなのに放置されてたとか」
「だが問題なのは親父達はこの子に俺というスーパーシェフの存在を全く伝えて無かった事だ。あと近所に住んどるウチの姉貴は『おねーさん』なのに俺は『オッサン』呼びやぞ。この悲しみ、わかるか?可愛い妹的生命体に兄と認識してもらえぬこの嘆きが……!」
「いや、妹的生命体って呼び方やめれ。とはいえ儀一っちゃんも三十路のオッサンだし、急に家に知らないオッサンが帰ってきて我が物顔で住み着いたらそりゃ、エーコちゃんも戸惑うし、ましてやそれが三十路のオッサンならお兄さんとか思えないわよ。ねぇエーコちゃん」
「う、うん……」
なお、親父は引き取って保護者となったがコギャルは正式にウチの養子になったわけでは無い。故にコギャルにとっての俺は遠縁のオッサンであり、義兄でも何でもないのだがそれはそうだとしても、そのうんはこの兄っぽい俺の心を抉るのに充分な威力だぞエーコよ。効果はバツグンだ!
「あ、私はおねーさんって呼んでくれていいわよ?町子おねーさん、いや、ここはおねーちゃんの方が良いかも知れない。というかその方がエモい」
「いえ、その、それは吾妻町子さんにそれは失礼なのでは?芸能人だし、それに凄いアーティストだし」
「……聞いた?オッサン。アタシのこと凄いアーティストだって!」
「いや、誰がオッサンじゃ。つうかお前俺より2つ下なだけだろうがよ。へっ!三十路突入二年目おめでとう!町子オバチャン!」
「誰がオバチャンじゃ、このフレンチシェフカッコワライ!」
「おう?人の黒歴史を抉るとかもうそれ戦争やぞ?おう、表出ろや『モロパンP』ぃ!」
「……あったま来た。ニ○動で活動してた時のP名出すとかマジでやんぞ、この、フレンチなのに和と中で戦って偉人になった『初代洋食の偉人』!」
「るせぇわ、ボカロの3DのPV作ってパンモロ連発して運営に怒られてBANされた奴にいわれたくないわい!」
俺達は過去の黒歴史をお互いにさらしあいながら階段を降りて外に出た……ら、撮影のスタンバイを終えて待ってた連中に捕まった。あとなつきさんに怒られた。
当然、撮影からは逃げれなかったよ……。
【鴎縞水産】
創業60年。日本全国に幅広い販路をもつ県1の水産会社。社名の鴎縞は初代社長の名前である。
二代目社長の真延(現会長)は先代社長の娘婿であり、鴎縞水産を県一の水産会社にまで成長させてきた。地元の漁業組合等の名誉組長でもある。
【真延洋一(60代)】
現鴎縞水産の現会長。県の漁業を守るために会社を立ち上げた鴎縞社長の右腕となり、その後社長となった。奥さんの『光子』氏は鴎縞社長の一人娘である。
【小早川健一(33歳)】
鴎縞水産の若き社長。
地元の商社の遣り手の営業マンをやっていたのだが、ひょんな事で真延社長の一人娘である『真由美』氏と知り合った事で真延社長に目をつけられ、
『お前は鴎縞水産に来い。娘と交際したい、ならお前はウチの会社に入るしかない。鴎縞水産は男の職場だ。荒くれ漁師達が歓迎してくれる。上司にイヤミを言われ厄介な後輩のフォローをしてそれでも評価されず胃を傷めているだと?ならお前は鴎縞水産に来い。鴎縞水産では下らない嫌がらせなんぞ皆無だ。なにかあったら拳固でどつきあい。男らしく堂々と解決だ。もし胃を傷めるとしたらそれは生魚を食って寄生されたアニサキスのせいだ。正露丸三粒で大抵治る。大体概ね、多分。』
などとヘッドハンティングなのかなんなのか解らない説得を延々と10時間以上エンドレスで聞かされ、なにがなんだかわからないうちに気がついたら元の職場を退職していたという。……洗脳かな?