※この物語に出て来る人物や団体にモデルはいません。あとアンコウは冬。
アンコウと言う食材はスッポン、フグと並ぶ高級食材にして珍味の部類に入るが、まだ普通に受け入れられ易い部類なのではないかと俺は思う。
なんせフグは毒魚であり人によってはそんなもん食う奴の気が知れないと思われたりするし、スッポンは亀でありこれまたゲテモノ料理感を持たれたりする。
しかし先人達は毒があるフグを食べることを諦めず調理法を確立させたし、ゲテモノと言われようとスッポンを食って来たのだ。それはやはり美味いから!に他ならぬ。
だが、アンコウは毒が無くゲテモノ感も見た目以外に無いのに『東のアンコウ、西のフグ』などとフグの向こうを張っているし、かつて江戸時代には将軍家への献上品として珍重された三鳥二魚(さんちょうにぎょ)の中の二魚の内の一つとして数えられていたほどの珍味だったのである(三鳥二魚とは鶴、雲雀、鷭の三種の鳥と鯛、アンコウの二種の魚を指す)。
あと捌くのに少し技術はいるが毒も無く内臓も食えるわそれどころか捨てる所が無いわどの部分も美味いわ出汁も最高だわ、と正直俺の中で超高評価な魚だ。
だが、そのアンコウも禁漁時期がある。七月~八月くらいまでの産卵期、つまり今頃である。
なのにぶらーんと吊されて並ぶこのデカいアンコウのこの異様さよ。
「はーい、今から吊し切りの撮影に入りまーす!」はい、専務さん、常務さん、会長さん、社長さん、準備はよろしいですかー?」
ようやく動画撮影である。
吾妻の芸能事務所のマネージャーさんが鴎縞水産の重役達に声をかけ、小早川夫人が動画撮影用の中型カメラを構える。
小早川夫人が全員をカメラに入るようにカメラの三脚を調整し、「こちらOKでーす!」と言いつつ手でOKサインを出した。
……太鼓の撥を持ってるフンドシ姿(なおフンドシの下にスパッツのようなものを履いている。)のオールバックの筋肉質なおっさんが鴎縞水産の専務、白い板前調の白衣のやや小太りの禿げたおっさんが常務だそうだ。しかしそこに混ざるサングラスにアロハに姿の真延会長と特撮風の流れ者的な格好の小早川社長の、この画のシュールさよ。
専務が太鼓役で常務と会長そして小早川社長がアンコウを捌く役……のようだ。
「おう、こっちはいつでもいけるぜぃ」
と、アロハシャツの上からエプロンをし、手に衛生手袋を着けた真延会長が言う。昨今は衛生観念云々とかで調理系の配信をする時にはそういう装備をしておかないと叩かれるとかなんとか。無論、小早川社長もちゃんとそういう格好をしている。
つうか小早川社長、革ベストの上から白いビニールのエプロンって暑くないのか?
「はいはい、吊し切り実況の『百華ドールズ』のお二人~。台本はきちんとバイザーに出てますかー?」
「は、はい、ホワイティア、台本テキストオッケーです!」
「ブラティア、こっちもオッケー!」
ホワイティアとブラティア、と名乗ったメカコスの女の子達が、マネージャーさんに応える。つうか動画配信者も事務所所属となるとマネージャーさんが付くのか。
などと考えながらもメカ少女達の格好を見る。
この二人はそれぞれ開発元の白星ギアテックとタケイ電機の社長令嬢で、初期の頃からパワードスーツのテストに関わっており、動画配信活動はそのパワードスーツのPR活動のために行っているそうだ。
白い方が白星ギアテックの令嬢の『白星輝(しらほし・ひかる)』、黒い方がタケイ電機の令嬢の『竹井華倶也』。なんとも芸名っぽいが本名らしい。
俺はよく知らんのだがチャンネル登録者数が100万人突破という、吾妻の動画系芸能プロダクションでは吾妻に次ぐ人気アイドルデュオであり、いろんな意味で日本だけでなく海外でも注目されているという
なんでも本物のパワードスーツを着た世界初のアイドルで、着ているFRP製の特撮スーツにしか見えないコスチュームには『白星ギアテック』と『タケイ電機』が共同開発した……つうかここでも白星とタケイが出てくんのかよ……医療介護用のパワーサポートフレームや障害者用の動作サポートシステム付き装具などが組み込まれており、150㎏までなら軽々と持ち上げられるパワーと5kmを時速10kmくらいで走ってもあまり疲れない運動サポートがついている……とかなんとか。
俺もそんな話は初耳ってのかさっき聞かされて知っただけなのだ。ニュースとかネットとかで話題になってるとか言われてもメディアから離れた生活をしてたのでそれこそ知らんがなとしか言えない。
というか。パワードスーツと特撮スーツの融合とか言われても、ア、ソウデスカとしか。
まぁ、アンコウの鮮度優先で挨拶もそこそこ、つうかドタバタ撮影開始である。
「解説の南部シェフは二人のフリが終わったらすぐに入って行って下さいね。待機位置はあちらです」
マネージャーさんが指示してくるが、俺、台本的なもんとかなんも無しなんだが……?
「あー、俺の台本は?」
百華の子達はバイザーで台本がリアルタイムで見られらしいのだが、俺にはそんなもんは無い。どないせぇっちゅーんじゃ。
「ボード代わりにあのタブレットでセリフを出しますので困ったら見て下さい。あとは流れで」
マネージャーさんが示した方を見れば環さんがタブレットを掲げていた。片手を離して俺に手をフリフリ。
「環さんって実質、運営の上の人では?」
「人手が足りないから仕方ないんです。というか吾妻さんとなつきさんはあなたのお母様にお茶に誘われて家の中に連れて行かれましたからね……」
……大物芸能人でもお構いなしにお茶に誘うウチのお袋ェ。
つか、あれはお友達感覚っつー感じだったが多分お袋はあんまし芸能人とかわかってない可能性が大である。とはいえ如何にもお袋となつきさんは気が合いそうってかある意味同種な感がするからなぁ。一緒に家ん中に入っていった姉貴が慌ててたけど。
姉貴の旦那と下の子、つまり俺の姪っ子は向こうで撮影を見るために残っている。義兄が言うには姪っ子は『百華ドールズ』が大好きだと言うことで、本物の百華ドールズを初めて間近で見たとの事で、大興奮だ。セー○ームーンとか魔法少女とかに女の子が憧れるのとおんなじ感じなのだろう。多分。
ちらっとそちらを見ると義兄さんと目が合って頭をぺこり。姉貴んとこの姪っ子はなんかヒーローショウでも見てるかのように目を輝かせて百華ドールズの二人を見ている。いや、そのものか。
『おじちゃん、ホントはすごい人だったんだねー!』
みたいに言われたが、姪よ。お前は俺をなんだと思っとったんだ?つか姉貴は子供に俺の事をどう説明していたのか一度膝を詰めて聞いてみたい。
それはともかく。
仕方なくカメラの外へ行き待機する。すると小早川夫人がまるで映画の撮影よろしく、
「五秒前!四!三!二!一!スタートっ!」
と大きな声で撮影開始の合図を掛けた。
「百の希望を胸に!」
「星の願いを心に!」
二人は手に持ったスマホを腰のバックルにセットする。するとガキーン!という音が内蔵のスピーカーからだろう鳴った。
キュイイイイイン……!とボディの継ぎ目の線に光が走り、
「ホワイトスター・ショウ・アップ!ホワイティア!」
ピコピコピコピコ……とFRP製のアーマーのあちこちのLEDのランプが子供用の特撮ヒーローのおもちゃのように光る。
「ブラックスター・ショウ・アップ!ブラティア!」
キュインキュインと腰のベルトのスマホみたいなパーツが鳴り、それをタップするとヘルメットのバイザーや肩などの飾りがジャキーン!と起動し、額のアンテナブレードが開いてV字アンテナになる。
「「百華ドールズ!ステージ・イン!」」
目のバイザーのライトが目の形に光り、二人は見栄を切るように決めポーズをして変身アバン終了。
どっかーん!……は無いが、多分後から編集で入れる……のか?ようわからんけど。
そんな感じでポーズを取るメカコスプレ少女達、いや百華ドールズだっけか。なんか一昔前の魔法少女アニメと宇宙刑事シリーズとか合わせたような、ツッコミ所満載な登場の仕方である。
……姪っ子の方を見ると義兄に口を押さえられてはいるが、めっさハシャいでいる。うんリアルヒロインショーだわ、これ。
「というわけで、はい、今私達百華ドールズは『いいとこ とことこ ○○県オールスターライヴ20××』のライヴお疲れさまの打ち上げ会場に来ておりまーす!」
白い方が元気良くマイクに向かって喋り出す。
なお、『いいとこ とことこ ○○県』というのは駅前の大型ショッピングモールのオープンセレモニーと同時に行われた県の物産展……らしい。うん、俺興味無かったからどんなイベントなのかシラネ。つかどーでもいい。
とっとと終われ。明日になーれ、な心境である。
「……と、言ってもその外なんだけどねー?」
黒い方がダウナー気味にツッコミ風の説明を付け加える。ダウナー気味なのにきちんと声が通っている辺り、ボイトレはしっかりしている様子だ。
「でもこちらでは!」
「見て下さい、この大きなアンコウ!」
「アンコウと言ったら吊し切りぃ」
ドドン!と専務さんの太鼓が鳴る。専務さん、音響担当なんかよ。
「ふわぁ、黒ちゃん黒ちゃん、お口フックだよ、痛そうだよ!」
「白ちゃん、吊し切りゆえ仕方なし。というか今から捌いてもらって美味しいお料理になるの、是非もなし」
どうやらこの子達はお互いを白、黒、と呼び合っているらしい。まぁ、わかりやすいのはいいんだが、キャラ名で呼ばんのかいお前ら。ホワイティアとかブラティアとかまぁ、言いにくそうではあるんだが。
「お料理かぁ。アンコウさん、なんの料理になるのかなー?美味しくなぁれ、萌え萌え……お口フックぅ!」
元気にアッパーカット。なんかブォンとか風切り音がしたが、それ人に当たったらヤベェ威力秘めてないか?つうかそれマジでパワードスーツなんかい。
「白ちゃん、お口フックに萌えはないわ。そしてそれはボクシングのアッパーカットよ。つかパワーを落とさないと危ないから下げなさい。人がタヒるパワーよそれ」
「ああ、いけないいけない。パワーダウン、っと」
腰のバックルのホルダーに納められた液晶画面のアイコンをタップする。きゅうぅぅん、と音がした。すると、
「ううっ、ちょっと身体の動きが重いぃ……」
などと白い方が肩を少し落として言うが、芸が細かい。周りからアハハハハ、と笑いが出る辺りおそらく白い方は元気で熱血風だが少しおっちょこいょい、といったキャラ付けで、これはおそらく定番の演出なのだろう。
「エネルギーは有限。省エネしようね?」
黒い方は人差し指を立てて、少し小首を横に倒して言う。まるで電力会社のCMのようだ。こっちは冷静かつ少し物静かというかウィスパーボイス。
白と黒、キャラ付けがキチンと対比になっててしかもそれぞれが補うような感じになっていつつそれぞれの個性が生かされている。彼女らのプロデューサーは有能な人……って、多分環さんなんだろうなぁ。如何にもって感じだし。
「それはさておき、白ちゃんはアンコウの解体って見たことある?私は今回初めて」
「私だって初めてだよ。というか解説しろ、とか言われても初めてだから何やっていいかわかんない!」
「大丈夫。初めては怖くない。実は今回ものすごく頼りになる方を解説にお呼びしてます!」
「そう、今回の超スペシャルゲストぉ!」
「飯が美味けりゃ大抵なんとかなる!」
「美味くて悪いかご飯だもの」
「「せーのっ、フレンチシェフの南部儀一さーん!!」」
ソイヤっ!ドドン!←専務が掛け声と共に太鼓を鳴らす。
マイクを持たされて、俺は指定された立ち位置まで移動する。動画にせよなんにせよカメラで映されるとか本当は面倒だから嫌なのだが、この白黒コンビのおかげでなつきさんの説教から解放されたのだ。つうかなつきさんは普段そんなに怒る事は無いのだが説教し始めるとなかなか終わらないという少し難儀な人でもある。
この子らは撮影が押していると言ってその説教を中断してくれたので、俺としてはちょっとは協力してやるか、という気もしているのだ。ほんのちょっと、だが。
「はーい、言った事の無いセリフをやたら俺の発言のように捏造されがちな 通りすがりの料理人・南部儀一です」
とはいえ面倒なのは変わらないのでテンション低い目だ。しかし言った覚えの無いのに俺が言った事にされている謎の語録が俺の知らない所でどんどん増えている。こういう現象を俺は『エ○ちゃん現象』と呼んでいる。
「実家で長期休暇を満喫していたら何故かここに引っ張り出されたわけなんだが。我を休暇中に働かせようとする者にはもれなく海老天の衣が三倍四倍になる衣詐欺天の呪いをかけてやる……。いや、単にアイツが喜ぶだけなのでやめとこう。チッ」
「なんだかヤサグレてますね」
「というか吾妻先輩に引っ張り出されたんですね?わかります」
……衣詐欺天で特定するとは、侮れんなこのメカ少女。いや、有名だからそら知ってるか。
「はい、南部シェフにはアンコウの解説だけでなく、ライブを頑張ったみんなのご褒美!打ち上げのお料理を作っていただきまーす!みんな拍手ぅーっ!」
「わー、パチパチパチパチぃ!」
ひゅーひゅーっ!おおーっ、やったー!などと歓声と拍手。周りの動画配信者とかが手を叩く。
「うむ、苦しゅうないぞ。俺はこの後苦しいけどな。つうか某大物歌手の方に無理難題言われて季節的に無理!とか言ったら、今回のスポンサーさんがドカンとあんなモノをお出しされたらなぁ……。なつきさんスゲェわ。あとリクエストで無茶言い過ぎぃ!」
「いや、名前言ってますし。……でもアンコウ、ですか」
「……すっごく、おっきいです」
いや、黒い方。その発言はちょっとあかん気がするぞ?
「普通、夏にアレは有り得んし、六月から八月までくらいか?禁漁時期なはずなんだが、しかし今の時期にとれたとしてもあの大きさはありえない。が、その辺の説明は後で識者にやってもらおう。というかそういう手筈になっている。つかそれは俺の仕事じゃない」
「メタぁ!」
「メメタァ!」
「まぁ、それはさておき……アンコウの吊し切りの解説だな。とりあえず鮮度が落ちるといかんので、だーっと説明していこう」
「お魚は鮮度が命!」
「はい、お願いします!」
「まず、アンコウは相撲になぞらえて東のアンコウ、西のフグなどと言われる事がある。つまり横綱級に美味いと昔から認知されていたんだろう」
「へぇー、そうなの?」
「でもフグっておいしいって聞きますけど、毒があるって怖いですよね……」
「無論、フグを調理するにはその為の免許が必要だ。なお、俺は持ってないから扱えない。まぁ、フレンチでフグはまず料理しないからな。フグを食べるなんて日本人のみだ」
「日本人の飽くなき食への執念!」
「美味しいもの大好き!」
「とはいえアンコウも負けていない。アンコウは大きければ大きいほど美味い。あれは……かなり期待が出来る」
俺は吊されたアンコウのフックを指さす。
「とはいえ大きすぎると捌くのは大変なんだ。アンコウを何故ああやって口フックで吊して捌くのかといえばアンコウは身体の大半が水分でさらに皮がぬめぬめしているため平らな台に乗せると安定しないんだ。ぬめって滑るし切りづらいし、それでは危険だからな。あと、あんな大物になるとどんだけデカいまな板がいるんだって事になる」
「なるほど。確かに大きいですねー」
「ご家庭のまな板では無理、と」
「まぁ、ご家庭であんなデカいのは捌かないだろうけどな」
と、向こうから小早川社長が水道から走って来た。ガラガラガラと水道のホースのリールからホースを出しながらだ。
環さんのタブレットのカンペに『注水が始まります』と出ている。つまり注水の説明をしろという事だろう。
「あれ?こばやっちがなんか水道のホースのリールをもって走って来たよ?」
「ああ、こばやっち、ちーっすちーっす」
……いや、今回のスポンサー企業の社長をこばやっちとか言うな。多分、そういう風に言うのは示し合わせた上だろうけど。
「いや、アレ鴎縞水産の社長さんやぞ、なにそのノリ?!」
「えー?こばやっちウチの事務所の後輩だしー?」
「私達のが先輩だしー?」
「……小早川社長も吾妻んところの事務所所属なんかーい!」
ドンドンドン!
「すりゃっ!注水ぃ開始ぃ!」
専務さんが太鼓を叩き、号令した。小早川社長が持ってきた水道のホースを常務さんが受け取りアンコウの口に突っ込む。
「水道栓、開けろーっ!」
真延のおっさんが拳を振り上げつつ言う。
「行くぜ、うりゃあっ!」
小早川社長は水道のリールの方へまたダッシュし、リールの止水栓をあける。
「うわっ、水責め?!」
「まさか、胃の洗浄?」
「あれは重心を安定させる為に胃に水を入れるんだ。そうしないと捌く時にブラブラ動いてやりにくいからな」
三匹目のアンコウの注水が終わり、ドドドン!
「あい、注水止めっ!」
また、小早川社長が走ってリールの栓を締めに行き、また走ってアンコウの前に……って息、めちゃくちゃ切らしてるぞ、おい。つうかそれ、ネタなのか?もしくはいぢめなのか?
流石に専務さんも小早川社長の息が整うのを待っている。
「さすが三十路、体力無い」
「仕方ないよ、暑いのに革ベストなんだよ?ネタ的には定番だけど」
まぁ、ネタのようだ。というか小早川社長もわざとぜーはーぜーはーと息を荒げる演技をしてから、顎から流れる汗を首に巻いたタオルで拭き、「へへっ」とニヤリと笑ってカメラにサムズアップ。
「三十路をディスんな。あと小早川さんは社長やっちゅーに」
……まぁ、俺もさっき吾妻を年齢でいろいろ言ったけどな。
「これよりぃ、鴎縞水産っ!アンコウの吊し切りぃ、はぁじめぇっ!」
ドドン!
専務さんの号令と太鼓の音と共に三人の男達によるアンコウの解体が始まった。
ドンドンドドドンドンドドドン!アソリャ!ドンドンドドドンドドドンドン!ホイャ!ホィヤ!スリャスリャスリャスリャ!
三人は太鼓の音に合わせて一糸乱れぬ動作でアンコウを捌いて行く。
太鼓の音に合わせ、切り込みを入れ、手と包丁で皮を見事につるりと剥き、シンクロしたかのように同時に包丁をするりと入れて行く。
「これは……見事です!なんてシンクロ!」
「あんな大きなアンコウがみるみる捌かれて行く!こばやっちやるぅー!会長さんも常務さんもすごい!」
……いや、せやから小早川さんは社長やっちゅーに。
「ううむ、一人たりとも遅れず一糸乱れず確実な包丁捌きでアンコウの七つ道具を無駄無く切り分けて行く。流石は鴎縞水産!」
ううーむ、と唸って見せる。マネージャーがこっちに見せるために掲げている大きなタブレットに鴎縞水産を誉めて、と書かれてあったのでそう言ってみる。
「えっと、7つ道具ってなんですか?」
白が聞いてくる。うむ、いい質問だ。
「うむ、いい質問だ。アンコウは昔から捨てる所無しって言われているが全くその通りでな。肝、胃袋、鰭、鰓、皮、卵巣、身、そのどれもが美味い。捨てるところと言えば目玉や骨、あと硬い顎とかだが、しかし。実際には7つ道具どころじゃなく、骨も良い出汁が出るからな。まぁ、使わないのは目玉くらいか」
「目玉は……ちょっと気持ち悪いかも……」
「大抵の魚の目玉の周りには良質のコラーゲンがある。プルプルでお肌の美容に良いぞ?というかアンコウそのものが良質のコラーゲンの塊みたいな魚だから女性には特におすすめだな」
「おおーっ、目玉はさておきそれは楽しみです!」
「うん、目玉はちょっとヤダ……」
しかし本当に見事ってのか、三匹同時に一糸乱れず捌いて行くこのパフォーマンス。これはなかなかお目にかかれるものではない。
あれよあれよという間に解体されていくアンコウ。つうか解説が間に合わん。つうかこれだけですごいパフォーマンスなんだから解説は特にいらんのではないかな。
「あっ、今全ての解体作業が終わったようです!というか吊されてたアンコウがまるで消えちゃった!」
「うん、口フックがただのフックだけになった」
「みるみるうちにというが、まさに見てる間に全てが解体された。宝がとられれば無くなる。まさにアンコウは海の七宝。お見事でした!」
『拍手!』とカンペのタブレットに表示されたので、とりあえず俺は拍手。
「はい、皆さん、鴎縞水産の皆さんに拍手ぅーっ!」
パチパチパチパチパチパチ!と周囲の動画配信者やその他スタッフとおぼしき者達から拍手が起こる。
カメラに向かって鴎縞水産の四人が一礼する。
「はい、左から小早川社長、真延会長、田野中常務のお三方と太鼓と掛け声は百地専務ぅーっ!お疲れ様でしたー!」
「いやー、久々にやると腰に来るなぁ、常務」
「ははは、本当はアンコウなんて冬のもんで、まさか夏に解体するとは思いませんでしたよ。しかも撮影付きで」
「はぁ~っ、お二方に合わせるのに必死でした。まだまだ精進せねば……」
会長と常務に小早川社長も加わる。
「ははは、そりゃあ年季が違わぁな。だがお前もよく着いてきたな。弟子の成長してる姿ってのは感動するもんだなぁ、常務」
「はい、立派なもんでさぁ」
……なんつうか一昔前の特撮のヒーローとおやっさんの会話みたいな雰囲気を出してやがんな。ズバッとなヒーローにはそんなんおらんかったはずなんだが。
「えっと、会長さん。先ほど常務さんが言ってましたが、アンコウは冬のもん、と言うのは?」
「おぅ、そりゃあアンコウの旬は冬でな。夏のアンコウは本来痩せてて、肝もさほど肥えてないんだ」
「いや、それは俺も気になっていた。夏にあの鮮度のアンコウ、それもまるで肥えた冬のアンコウそのものにか見えない。今取れた身も、この肝も、今の時期に有り得ないはず……」
本当はとっくに聞いて知っていたが、カンペでこう言えと言われた。すると小早川社長が前に出て来て、
「ははっ、それはだ。『百華ドールズ』、君達のパワードスーツを発明した『白星ギアテック社』と『タケイ電機』、そして県立医大の研究室ががっちり手を組んで開発した新しい冷凍保存技術!このアンコウはその試作機を使って……保存していたのさ!」
と言いつつ被っている帽子を上げて、ひゅう!
「な、ななななっ?!私達の博士達の会社がそんな技術を開発していたの?!」
「マジかこばやっち?!」
驚く『百華ドールズ』の二人。そして横から白衣を着た、知らん女性と知らんオッサン、そしてやはり白衣を着て聴診器を首から下げた医者みたいな人物がさささっと出て来た。
「はい、ここからの解説は『白星ギアテック』の電脳AI開発部主任の『白星陽子(しらほし・ようこ)』と!」
「えーと『タケイ電機』、機器開発部、部長の『竹井則夫(たけい・のりお)』」
「そして県立医科大学の臓器移植研の『内藤晃(ないとう・あきら)』、この前まで準教授でしたが、このたび教授になりましたー、わーぱちぱちーっ!……が、お送りいたします」
この三人が出て来た事で画面の人数が多くなったため、『専務と常務、社長、南部シェフは退場して下さい。あと南部シェフは解体したアンコウを鮮度が落ちる前にとっとと調理しちゃって下さい』 と、テロップが出て鴎縞水産のお偉いさん達とカメラ外に出た。
なお真延会長は残る模様。
「あー、では南部シェフ。解体したアンコウを運びましょうか」
小早川社長が通常モードになってるって事はもう出番は無いって事だろう。
「いや、凄い汗ですよ?というか給水せんと」
「いやいや、このベストには保冷剤が入ってましてね?」
革ベストの内側を捲って見せてくれたが、ポケットが幾つも付いてて保冷剤がびっしりだった。
「流石に対策はしてますよ、あと汗に見えるのは帽子の中の保冷剤が結露した水分です」
……暑さ対策、ちゃんとしとんのかーい。
そうして俺は小早川社長とアンコウの詰まった氷入りの発泡スチロールの保冷箱を持ってウチの台所まで何往復も運び入れたわけである。
【百華ドールズ】
世界初本物のパワードスーツを着たスーパーヒロイン系アイドルデュオ。吾妻芸能プロダクション所属。
二人とも現役高校生だが、顔などをヘルメットとバイザーで隠しているのとヘルメットから出ている髪の毛のウィッグ部分やキャラの性格付け等で偽装され、正体がわからないように配慮されている。……が、クラスメート達にはバレバレで生暖かい目で見守られている。
またデビュー曲は吾妻町子と瑪瑙環がガチで二人の為に書いた曲で、現在オリコン急上昇中(なお、テレビ出演はNG)。
女子児童にはかなりの人気を博しているが、全世界の特撮ファンなお兄さん達やらなんやらにも大人気である。