無人島生活、2日目。
この日、僕は真っ昼間から労働に勤しんでいた。島の至る所に生い茂っている雑草を抜いてはポケットに入れ、抜いてはポケットに入れ、と、ひたすら単純作業を繰り返していた。
「くそっ、あの詐欺師め」
思わず口から暴言がこぼれる。どうして僕がこんなことになっているかというと、それは数時間前のできごとに遡る。
***
「ボクさ~ん」
「おーい、ボクさ~ん。起きてるだなも~?」
う、うーん。なんだ、朝から。せっかく連続深夜残業の果てにつかみ取った休みなんだから、ゆっくりさせてくれよ。……ってうわ!
寝返りを打ったつもりが、ベッドから転げ落ちて硬い地面に放り出されてしまった。
「いたた……。僕のベッドってこんなに狭かったっけ」
そう思って振り返ると、そこには小さなキャンプ用の折りたたみベッドが置いてあるだけだった。
そうだ、思い出した。僕は昨日、ちょっとした気分転換のつもりで無人島移住パッケージとかいう怪しげなサービスの話だけ聞いて帰ろうとしたら、あれよあれよとしゃべる謎のたぬきに無人島に連れ去られ、これまた不思議なしゃべるヤギとアヒルと一緒にキャンプファイアをして、それから眠くなったからテントに戻って休んでたんだった。ということは、テントの外から聞こえてくるこの特徴的な口癖の声は――
「起きてたら、ちょっと外に出てきてほしいだなも~!」
しまった、
僕は周囲を警戒しながら、ゆっくりとテントの入口を上げて外に出た。するとそこには、予想通りたぬきちが立っていた。
「よかった、ボクさん。無事だったんだもね。テントに戻ってから丸一日、見かけないから心配しただなも!」
無事だった、ってなんだよ。まるで何かに襲われでもするかのような心配のしかたじゃねーか。
こいつ自身は、僕をわざわざ起こしてから声をかけてきたということは、直接害するつもりはないと見ていいだろう。ということは、昨晩、僕を襲ってくる可能性があったとすれば、昨日の
くそう、二人とも、昨日はそこそこ打ち解けたような気がしていたけど、運営がわざわざ寝起きに安否確認をするくらいだ。油断はできないということか。
「それで、用件はなんですか、たぬきち――社長」
そうだ、確か昨日こいつは、僕を連れ去った二人のたぬきから、『社長』と呼ばれていたはずだ。仮にも主催者側のトップ。ここは警戒の意味も込めて、きっちり役職で呼んでやろう。
「社長だなんて、堅苦しく呼ばなくてもいいんだも!」
「……」
「それはそうと、大事な物を配りに来たんだも! まずは、これをどーぞ!」
「これは……?」
「我が社オリジナルのスマホなんだも!」
僕の警戒心をよそに、たぬきちは僕に一台の真新しいスマホを渡してきた。たぬきちからいくつかのアプリの説明があったが、どうやらこの島の環境でも使えるスマホで、外部への連絡などは制限されている代わりに、島での生活に役立つ情報等が配信されるようだ。
なるほど、参加者専用の通信端末っていうわけだ。
「さて、それじゃ、アプリの話はここまでで、もう一つ、大事な物を渡すだなも……」
そう言うと、たぬきちは一枚の紙切れを僕に手渡してきた。
「はい! この移住者パッケージの請求書なんだも!」
「はい?! お金取るんですか!?」
「何言ってるんだなも。当たり前なんだも」
いきなり無人島に連れて来られて、デスゲームまがいなものに参加させられて。その上、金まで取られるなんて、あんまりだ。けど、これも社会人の悲しい性なのか、請求書と言われるとつい真顔で目を通してしまう。
えっと……渡航費・人件費・設備費・スマホ代、って、え、さっきのスマホ、支給品じゃないんだ……。
諸々の不当な経費をあわせると――
「合計、49800ベルになりまーす!」
「いや、いくらだよ!!」
なんだよベルって。聞いたことないよ、そんな単位! 一体どこの国のお金だよ。為替レートすらわからない。
目の前のたぬきちに目を向けると、ほくほく顔で僕を見つめてきていた。ベルの価値はわからないけど、きっと笑いが止まらないくらい美味い商売なんだろうなぁ。
「……払えません」
「えっ……あはは! ボクさん! さては、無人島だからって何も持たずに来ちゃっただもね!」
くっそぉ、とぼけやがって。強制連行しておいて、わざとらしい煽り方をするんじゃないよ。
「まあでも心配はいらないだなも! こんなこともあろうかと……!」
ともったいぶりながら、何やらたぬきちが『たぬきマイレージプログラム』などという怪しげなサービスの紹介をし始めた。たぬきちの話によると、島での活動に応じてポイントがたまるシステムで、たまったポイントを使って費用を払えということらしい。島での活動、って言っているけど、十中八九、労働が含まれているに決まっている。
それに、「島での」ってことは、完全にこの島独自の通貨システムだ……。ベルっていうのも聞いたことなかったけど、まだどこかで使われているだろうお金の単位であることは分かった。けどこっちはもっとやばい。つまり、借金のカタとして独自通貨で囲い込んで、自由の身にさせないつもりだ……。完全に、某地下労働施設のペ〇カ的なシステムじゃないか。
「ちなみに、移住費用は本来の現金だと49800ベルかかるところ……マイルならなんと、5000マイルぽっきり!」
1マイル約10ベルっていうことか? だとしたら、しれっと端数を繰り上げてる。うーん、せこい。
「とにかく……、ボクさんはこのプログラムに登録させてもらったから、現金ではなく、マイルで支払ってね!」
「あ、ちょっと!」
たぬきちは一方的な説明を終えると、そそくさと立ち去ってしまったのだった。
***
――具体的なポイントの集め方は、渡したスマホに入ってるたぬきマイレージのアプリをチェックしてね!
そう言い残して去っていったたぬきちへの苛立ちをぶつけるかのように、僕は必死になって働いた。草むしりから始まり、砂浜で貝殻を拾い集めたり、島の木になっているリンゴを収穫したりした。たぬきちの思い通りに動いているようでひどく癪だったが、無人島で借金で首が回らなくなり身動き取れなくなるよりはマシだ。
途中、どこで手に入れたのか、釣り竿を川辺で垂らしているピータンさんを見かけた。「サカナのヤツめ、オイラとの真剣勝負を逃げる気かー?」と呟いていたので、釣果はかんばしくないようだ。ずいぶんとのんきなものである。例の請求書は大丈夫だったんだろうか? それとも、まずは食料の確保を優先したのだろうか。
……それにしても、改めて見ると、魚釣りしているアヒルっていう絵面の違和感がすごいな。絶対自分で潜って捕った方が早いと思う。
「ふう……これだけやれば、そこそこマイルもたまっているんじゃないかな」
そんなことを考えつつ、雑草やリンゴをあらかた狩り終わった僕は、木陰で休みながらスマホのアプリを確認してみた。だてに6年もブラック企業で過ごしていない。これくらいのタスクなら、僕の社畜力の前ではあっという間だ。
「あれ? 全然増えていない」
あれーおかしいな。とりあえず手近なところにあった『草むしりボランティア募集』と書かれたアイコンをタップして、説明をもう一度読む。
――雑草を引き取らせてもらった数に応じて、マイルをお渡ししているだなも!
もしかして、わざわざたぬきちたちのところへ直接報告に行かないといけないのか……。自動付与じゃないのかよ。上司に残業の申請をしに行くときの気分だ。いやだなぁ。なるべくならあいつらには近づきたくないんだよな~。
でも背に腹は代えられない。しかたない。僕は意を決して、中央広場に陣取っているたぬきたちのテントに向かった。
***
「あっ、ボクさん。いらっしゃいだなも!」
テントに入ると、そこには三人のたぬきがたむろしており、早速たぬきちが声をかけてきた。
「何か必要なものがあれば、まめきちに聞いてみてほしいだなも」
マイルをもらうための報告もまめきちでいいのかな?
テントの中にはたぬきちの他に、小さいたぬきが二人いた。入口の近くに一人と、テントの奥にもう一人。奥の方のは座布団に座ってのんきにジュースを飲んでいた。
あの小さいのは、僕らを島に連れて来たり、初日に点呼したりしてたやつだよな。えっと、どっちがまめきちだったっけ? まあいいか、とりあえず入口近くのほうに声をかけてみよう。
「あっ、ボクさん!さっそく来てくださったんですね!」
「まめきち、さん、であってますか?」
「はいっ!」
「あ、それなら、あの、これ」
こっちがまめきちで合っていたみたいだ。ひとまず拾い集めた雑草、貝殻、リンゴを渡してみる。
「色々お持ちくださったんですね!えーっと……」
「合計――ベルでのお買取りです」
『ピコン』
そう言って拾い物を渡すと、スマホのマイレージアプリから小気味良い通知音が鳴った。画面を開いてみると、『草むしりボランティア募集』『貝がら拾いの達人』『フルーツ狩りを楽しもう』という三つのアイコンに承認印のようなスタンプが押されており、画面右上のマイルが増えていることを確認できた。
なるほど、集めたものをまめきちに渡して、初めてタスク完了の報告となるみたいだ。その上、買い取り扱いになっていて、ベルというお金も貰えた。意外と良心的なのか……? いや、そもそも強制的に背負わされた借金のカタにやらされているようなものなんだから、全然良心的じゃなかった。危ない、騙されるところだった。
まめきちからベルとマイルを受け取り、ここに来た目的を達成した僕は、改めてテントの中を見渡した。すると、右奥の方に作業台のようなものがあるのが気になった。おもむろに近づいてみると、たぬきちが再び声をかけてきた。
「それはDIYをするための作業台なんだも! DIYは絶対にこの島での暮らしに役立つから、ボクさんも良かったら体験していかない?」
絶対に
背中に冷たい汗が流れる。くっ、いよいよ本格的になってきた。
僕がこのデスゲームの参加者に選ばれた理由は分からないし、奴らの目的も謎のままだけど……でも、こんなところで息絶えるのだけは絶対に嫌だ!!
僕は湧き上がる生存本能に従い、震える声をごまかしながら、たぬきちの問いかけに力強く返事をした。
「やってみます!」
***
三十分後。
僕は自分のテント近くの川で、虚無の表情で平和に釣りをしていた。
覚悟完了! みたいな顔してDIYに臨んだのに、出来上がったのは木の枝で作ったショボい釣り竿だった。
『奴らの目的も謎のままだけど……でも、こんなところで息絶えるのだけは絶対に嫌だ!! (キリッ)』
うわぁぁぁぁぁぁぁ、恥ずかしい、恥ずかしいっ……!!
くそっ、くっそ、なんなんだよ。もう!
……けど、冷静になって改めて考えてみると、あのDIY作業台は、非常に便利なんじゃないだろうか。今回作ったのはショボい釣り竿だったけど、アイディア次第で相当に色々なものが作れると思う。悔しいけどたぬきちの言う通り、
今思えば、さっき見かけたピータンさんが持っていた釣り竿。おそらくあれも、たぬきちから教わってDIYで作ったのだろう。バーバラさんの状況は分からないけど、たぬきちが僕とピータンさんにだけ教えて、バーバラさんには教えないということは無いだろう。つまり、DIYは島にいる参加者全員の基本スキルになったと考えたほうがいい。
それに、僕が雑草抜きやリンゴ狩りをしていた時点で、既にピータンさんはDIYのスキルを身に付けていたことは間違いない。僕が見かけたときには釣り竿を持っているだけだったけど、あの後自分で色々試している可能性だってある。もし彼が
「あっ、引いてる」
おっと、いけない。今は釣りをしているんだった。よーし、恥ずかしさの気晴らしと実益も兼ねて、釣って釣って、釣りまくってやる!
***
あれから僕は、恥ずかしさを忘れるために夢中で魚を釣り続けた。釣竿がショボいせいで途中で何度か壊れてしまったので、DIYの練習がてら新しい竿を自作したり、釣った魚を全部まめきちに引き取ってもらったりしている間に、すっかり辺りは暗くなっていた。気が付くとマイルも合計5000ポイントを超えていた。
ということで、さっそくたぬきちのところへ完済の支払いにやって来たのだった。
ちなみに、まめきちは僕が持ち込んだ物を毎回律義に買い取ってくれたが、そのお金はどこから来ているのだろうかと気になった。まめきちは買い取りだけではなく、商品の販売もしていると聞いたので、それで稼いでいるのだろうか。
そこで、ちらりと雑貨の売り物欄を見てみたところ、虫取り網やパチンコといった道具類や植物の種などの陰に隠れて、リンゴが1個400ベルで売っていた。それはどう見ても僕が持ち込んだものと同じようなリンゴだった。確か、僕が引き取ってもらったときの売値が1個100ベルだったから、販売価格は4倍。つまり原価率は25%だ。飲食店の原価率が大体3割程度って聞いたことがあったけど、あながち間違いじゃなかったんだ……。
うん、なんか生々しいところを見てしまった。魚は売ってなかったけど、もしかしたら裏でたぬきちがどこかへ輸出しているのかもしれない。僕は何も気付かなかったことにして、売り物リストをさっと閉じた。
ほかにも、たぬきちのテントの中には入口の近くにコンビニATMによく似た謎の端末が置いてあるのに気が付いた。
「それはタヌポートといって、島での暮らしをより楽しんでもらうためのサービスを提供する端末なんだも」
僕がまじまじとその端末を見ていたからだろうか、たぬきちが説明をしてくれた。タヌポート……ああ、やっぱりコンビニによく置いてあるチケットとかが買えるアレに似ている。そう言えば名前も、どことなく昔、某コンビニチェーンの店頭に置いてあった物を彷彿とさせる。
適当に触ってみると、『たぬきショッピング』という通販機能と、ベルの出し入れができるATM機能が使えるようだった。とりあえず『たぬきショッピング』のボタンを押してみる。すると画面には、通販サイトのようなUIが表示され、さまざな家具や服などが注文できるようになっていた。
「へ~、思ったより普通の通販サイトだ」
いきなり始まった無人島生活のせいで、こういった見慣れたはずの物にさえ妙に懐かしさを感じてしまい、画面の中の商品に見入っていた。
おっと、そんなことより、たぬきちに5000マイルを払いに来たんだった。本来の目的を思い出した僕は、タヌポートの終了ボタンを終了して、たぬきちに移住費用のことについて話しかけた。
「まいどありー! はいはい! 5000マイル、確かにちょうだいしただも! 支払いも済んだし、あとはもうご自由に暮らしを楽しんでもらったらいいだなも!」
良かったぁ。これで意味不明な独自通貨で借金を背負わされたあげく、強制労働させられる最悪の未来とはオサラバできる。まだまだ先行きは不安だらけだけど、ひとまず肩の荷が下りた気分だ。
「……あっ、そうそう! ちなみに、なんだけど……」
うん? 僕が感慨にふけっていると、たぬきちが小声で話しかけてきた。なんだぁ……? また何か面倒なことを言い出すんじゃないだろうな。
「ボクさん、テント生活の具合はいかがだなも?」
と思ったら、ただの世間話のようだ。なんだ、警戒しすぎか。
テント生活の具合か~。まあそりゃ、早く自分の家に帰ってふかふかのベッドで寝たいけど、ここで運営に突っかかってもろくなことにならないのは目に見えている。かといって、「サイコー!」などと言って無駄に肯定してしまい、僕がこの無人島サバイバルに乗り気だと思われるのも困る。
「フツーかな」
「あはは、まあフツーってことは、この環境になじめてるってコトで安心しただなも!」
何の面白味もない回答だったが、大丈夫そうだ。こんなところに長居したくないし、適当に流してテントへ帰ろう。
「じゃあ。僕はこれで――」
「ちなみに、もしフツー以上の快適な暮らしをしたいってコトなら……」
気配を消して帰ろうとした僕を遮るように、たぬきちが強引に営業トークを繋げてくる。
「この移住パッケージでは、ご希望の方にはマイホームを建てるオプションサービスも提供させてもらっているだなも! もちろん、こんな離島にお家を建てるのは大変だから、それなりに値は張っちゃうけど……マイホームの購入には ローン を組むことができるから、そこのとこは心配無用なんだも! というコトで、ボクさんももしお家に興味がわいたなら――」
「アッ、ケッコウです」
なんかめっちゃ早口でまくし立ててきたけど、ローンという破滅的なワードだけは聞き逃さなかったぞ。島での快適な生活を餌に、さらなる長期の借金を背負わそうっていう魂胆だろうけど、そうはいかない。この守銭奴め。
「――また、相談に来てちょうだいね! ってあれ? ボクさんどこいっただなも?」
僕は悪徳セールスマンの話を一方的に切り上げるように、足早にたぬきちのテントを後にしたのだった。