ゴールデンウィーク明けの平日。
久しぶりに出社したオフィスは、あの島に行く前と何一つ変わっていなかった。
窓の開かない部屋には淀んだ空気が満ち、耳障りな電話のベルが鳴り響いている。デスクの前に座る同僚たちの顔は一様に土気色で、溜息混じりに無機質なキーボードの音を響かせている。すれ違いざまの上司は、僕の顔を見るなり、連休中に出社しなかった理由を嫌味ったらしく聞いてきた。
かつての僕なら、この空間の息苦しさに押し潰され、心の壁の中に引きこもって嵐が過ぎ去るのをじっと待っていただろう。自分を被害者に仕立て上げ、理不尽を強いる組織を心の中で呪いながら、ただ沈んでいくだけの日々。
僕はデスクの上の右端に置かれた、鋭く欠けた石の欠片を見つめた。あの島から一つだけ持ち帰ったものだ。キーボードを叩く手を止め、右手の指先でそのゴツゴツとした硬さと、皮膚に食い込む微かな痛みを確かめる。
手のひらに残るこの感触が、僕に教えてくれる。
この社会は荒れ狂う自然と同じだ。理不尽な納期も、押し付けられる責任も、吹き荒れる暴風雨の一要素にすぎない。
魚を釣れば魚が手に入り、雑草を抜けばマイルが手に入ったあの島で、僕は自分の手で価値を生み出し、自分の足で立つことの意味を知った。自分が動いた結果は、100パーセント自分に返ってくる。ならば、この社会でどう生きるかを選ぶのも、すべては僕自身の『責任』だ。
思えば僕は、悪い意味で自分を世界の中心に置いていたのかもしれない。自分が一番理不尽な目に遭っていて、周りの人間はすべて僕を苦しめるための『敵』なのだと。自分の殻に閉じこもり、自分ばかりが損をしているのだと思い込んでいた。
だけど、あの島で過ごした時間が、僕のその歪んだ認識をひっくり返した。
僕は、世界の中心なんかじゃない。この途方もなく巨大な社会を形作る、無数の命の一つに過ぎないのだ。
あの島で、たぬきちやバーバラさんたちが、自分の意志で大地を踏みしめ、それぞれの生活を営んでいたように。上司も、顔も見えない元請けの人間も、僕を陥れるための『敵』なんかじゃない。彼らもまた、この広大で複雑な社会の中で、それぞれの責任とプレッシャーを背負って必死に生きている、僕と同じ人間に過ぎないのだ。
世界が自分を中心に回っていないと気づいたとき、僕を縛り付けていた見えない鎖が、ふっと解けるのを感じた。
世界は理不尽だ。嵐のように吹き荒れ、時に僕の生み出した価値を奪い去っていく。けれど、その巨大なつながりの網目の中で、自分がどう生きるかを決める権利だけは、絶対に誰にも奪えない。
他人の引いたレールの上で、文句を言いながらただ流されて生きるのか。それとも、自分の心の奥底から湧き上がる感覚を信じて、自分の足で立つのか。
上司が再び僕のデスクの横を通り過ぎ、急かすように新しい仕様書の束を置いていった。その風圧を頬に受けながら、僕は石の欠片からそっと指を離し、キーボードの上に両手を構える。
視界は、驚くほどクリアだった。
自分の意思で帰ると決めて、水上機に乗ったあの朝の桟橋が思い浮かぶ。
プロペラはもう回っている。
どんな向かい風が吹こうとも、僕はもう、目を背けてコックピットから降りたりはしない。自分の向かう先は自分で決める。
ここは僕の