ようこそ実力至上主義の教室へ ──Another Note : L's Game 作:ぐぬぬです
さて。
早速だが、皆さんに一つだけ問いを投げ掛けたい。
悪とは何だろうか。
人を傷付けることだろうか。
それとも法を犯すことだろうか。
あるいは、自らの利益のために他者を踏みつける行為だろうか。
この問いに対して、明確な答えを持つ人は少なくないだろう。
むしろ、ほとんどの人は自分なりの定義を持っているはずだ。
だからこそ不思議に思う。
それほど多くの人が悪を知っているにもかかわらず、どうして悪は無くならないのだろうか?
もちろん、私もその答えを知らない
もし知っているのなら、もっと楽な人生を送れていたはずだからだ
___かつて私は、とある男を追い続けたことがあった
彼は大勢の人々から支持されていたが
その一方で、同じくらい多くの人々から恐れられてもいた
彼が正義だったのか‥‥‥それとも悪だったのか
今さらその結論を語るつもりはない
そもそも私自身、それを語れるほど立派な人間ではないのだから
___ただ、一つだけ言えることがある。
彼は恐らく、自分の正しさを証明したかったのだろう。
世界のため。
社会のため。
人々のため。
そうした理由が全く無かったとは思わない。
けれど、その奥にはもっと個人的で、もっと人間らしい感情があったように思う。
自分は特別な存在なのだと___
自分だけは間違っていないのだと____
そう、信じていたかった
あるいは、そう信じなければならなかった
私にはそんな風に見えた。
人は案外、自分自身のために行動している。
誰かを助ける時でさえ
誰かを憎む時でさえ
その感情の根は思っているよりもずっと深い場所にある
だから善悪というものを考え始めると、私はいつも少し困ってしまう
悪人だから悪事を働くのか
それとも悪事を働いたから悪人になるのか
鶏が先か卵が先かのような話だ
だが、長いこと人間を観察しているうちに、一つだけ共通しているものが見えてきた。
他人を妬む人間。
他人を傷付ける人間。
他人を利用する人間。
そうした人々を眺めていると、その動機は驚くほど似通っている
____自分には手が届かなかった
____自分には出来なかった。
____自分には持っていなかった
たったそれだけのことで、人は時に残酷な選択をする
もちろん、それ自体は珍しいことではない
誰だって羨ましいと思うことはあるし、自分の未熟さに落ち込むこともある
問題なのは、その先だ
その感情と向き合うのか。
それとも目を逸らすのか。
違いが生まれるとしたら、きっとそこなのだろう
だから私は今でも考えている。
悪とは何なのか。
まだ答えは出ていない。
この先も出ないかもしれない。
それでも、もし現時点で最も納得できる言葉を選ぶのなら──
悪とは
弱さから生ずるすべてのものなのかもしれない
♢
人生とは選択の連続だ。
そんな言葉を聞いたことがある。
だが少なくとも俺にとって、それはあまり実感の伴う言葉ではなかった。
進学先
将来の夢
交友関係
多くの人間は人生の節目で何かを選び、何かを捨てる。
だが、俺は違った。
選ばされたことはあっても、自分で選んだことは少ない。
だからだろうか‥
高度育成高等学校へ向かうこの時間にも、特別な感慨は湧いてこない。
窓の外を流れる景色を眺めながら、そんなことを考えていた。
車内はそれなりに混雑している。新生活への期待からか、同年代の学生も多い。
もっとも、その大半とは今日限りの付き合いになるかもしれない。
そんなことを考えていると、不意に違和感を覚えた。
最後列に座る男子生徒が視界に入った。
____妙な座り方だな。
最初の感想はそれだった。椅子の上で膝を抱いている。いや、抱えているというよりもしゃがみ込んでいると言った方が近いかもしれない。
少なくともオレは今まで見たことがなかった。
……いや、待て。
本当にそうだろうか。
一般的な高校生の行動を、オレはどれだけ知っている?
友人と遊んだ経験はない。
学校生活らしい学校生活も送っていない。
つまりオレの常識は、世間一般の常識と少なからずズレている可能性がある。
だとすると‥‥
あの座り方は普通なのか?
それとも普通ではないのか?
判断がつかないな‥‥‥
試しに周囲を見てみる。
前方の女子生徒が一度だけ彼を見たが、その後すぐに目を逸らした。
通路に立っている男子生徒も同じだ。ちらりと視線を向けてから、何事もなかったように友人との会話へ戻っている。
‥‥‥なるほど
少なくとも珍しい座り方ではあるらしい。そう結論付けた時だった。
「あ、おはようございます。
ここだけの付き合いかもしれませんがよろしくお願いしますね」
彼は目線を横目でこちらに向けながらそう口にする
一応、念の為周囲を確認するが彼が向ける視線の先に俺以外の人物が入っていない為、ここでやっと彼は俺に話しかけてることを理解した。
「‥‥‥俺か?」
「そうです。同じ制服ですし、高育の新入生ですよね?せっかく目があったんですし、挨拶しておこうかなと」
「‥‥確かに、それが礼儀なのかもな‥‥こちらこそよろしく頼む」
「どうも。」
そう返事をすると、男子生徒は満足そうに頷いた。そのまま会話が終わる‥‥終わるのだが
なんとなく気まずいような気がする。
挨拶を交わしたのだから、次は自己紹介でもした方がいいのだろうか。
俺にはそう言った経験が全く無い。
友人を作ったこともなければ、同世代の人間と雑談を交わすなんてことも殆ど無い。
こういった場合、何を話すのが正解なんだろうか?そんなことを考えていると
「ところで」
彼の方から再び口が開いた。
「あなたは人助けを好んでする方ですか?」
「‥‥‥人助け?」
「はい」
思わず聞き返してしまった。話の脈絡が見えない、更に言えばこれは初対面の相手に聞くような質問なのだろうか
‥‥まあそこらへんの常識を俺が考えても仕方ない
「‥‥わからないな」
少しだけ考える。
"人助け"
定義にもよるが、困っている人間がいたら助けることを指すのであればだ。
「‥場合による‥‥かもしれない」
「場合、ですか?」
「あぁ、と言ってもそういった経験が無いからな。実際に出くわしてみないとなんとも」
男子生徒は「なるほど」と小さく呟いた。
「でしたら、あの人は助けますか?」
そう言いながら前方へ視線を向けた。つられて俺もそちらを見る。そこには高齢の女性が立っていた。
更に良く見てみると優先席にはで足を組んで座る男子生徒が居るが、高齢の女性を見てもなお席を譲る気は全くなさそうだった
なるほど‥‥そういうことか。
先程の質問はこの為だったらしい。
だが、なんだか不思議だった。
彼は老婆を見ている。‥‥見ているはずだが
"本当に見ているのはそこじゃない。"
そんな気がした
むしろ‥‥これから起きる誰かの行動を待っているかのような‥
そんな印象を受ける
「あんたはどうするんだ?」
「私ですか?」
そう尋ねると、彼は一度だけ高齢の女性へ視線を向けた
「そうですね……」
彼は顎に指を当て、考えるような仕草をする
しかし、本気で悩んでいるようには見えない。
どちらかと言えば、答えを探しているというより、自分の考えを言葉にする順番を整理しているような印象だった。
「多分、譲るんじゃないでしょうか」
「……多分?」
「私も座りたいですし、その時の気分に寄るかもしれません」
思わず彼の方を見る。
普通なら、もう少し聞こえの良い答えを選ぶはずだ。
少なくとも初対面の相手に対してなら
だが彼は取り繕う様子もなく、当然のようにそう言った
不思議と嫌な感じはしなかった
善人ぶろうとしている訳でもなければ、冷酷ぶっている訳でもない
ただ思ったことをそのまま口にした
そんな風に見えたからだ
「そういえば」
不意に彼が声を上げる。
「今さらですが、名前を聞いても?」
「‥本当に今さらだな」
「ええ。順番を間違えました」
本当にそう思っているのかよく分からない口調だ
「私は
「……綾小路清隆だ」
「綾小路くんですか」
竜崎は小さく頷く。
名前を聞き出した割に、特に感想を述べる訳でもない。
世間一般的な常識に疎い自分でも思わず、
何なんだこいつは。と思ってしまった
「改めてよろしくお願いします」
「‥ああ。よろしく頼む」
だが、何故か彼には"何か"を感じさせた
変人だからだとか、特徴的だからだとか、そういう理由ではない何か
曖昧な表現になってしまうが‥‥‥そうだな。
初対面で言うのもおかしいのかもしれないが
俺と彼は、"どこか似ている"そう思ってしまった。
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