マブラヴオルタネイティブ―ホワイトシャドウ 作:嫉妬憤怒強欲
「うっ」
……重い。
瞼が鉛のように持ち上がらない。
最初に意識を刺激したのは、規則的に繰り返される不快な明滅だった。暗闇のなか、まぶたの裏がじわり、じわりと赤く染まる。その執拗な光に引きずり出されるようにして、私はようやく目をこじ開けた。
「――――ぅ、くっ……!?」
重いまぶたを開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、管制ユニット内を血のように真っ赤に染め上げる
「そうか………私……」
ぼんやりとした思考の霧の向こうから、記憶の断片が一気に濁流となって押し寄せてきた。
―――――要塞級!?
―――――しまった!ビルの影に隠れて………
―――――いやあぁぁぁぁ!
―――――加速して!強行突破よ!
―――――篁、駄目!
――――しまっ、うああああああっ!
―――――唯依ぃぃぃ!
そうだ。あの謎の戦術機が要塞級を足止めしてくれている間に、私達は京都駅へ全速力で向かった。
だけど駅を目前に要塞級に襲われた。
ビルの影に隠れていたために反応が遅れてしまい、二機が衝角の餌食に。
なんとか強行突破をしようとしたけど、避け切れずにやられた。
姿勢を立て直せず、そのまま地上へ──。
「……っ!」
記憶が繋がった瞬間、意識がはっきりしだした。
警告灯の赤い光に照らされた自分の手が、恐怖と衝撃の残滓で激しく震えている。機体が沈黙している今、ここが敵地なら、一刻の猶予もない。
あれから10分近く経っている…。覚醒維持機能が動作しなかった…?
だとしたら強化装備に機能障害が出ている筈!
機体状況を確認すると、生命維持機能以外殆ど死んでいた。
おそらく、墜落のフィードバックから搭乗者を護るために、搭乗員保護機能が働いたんだ。
回路をショートさせなきゃ、遮断できないくらいのダメージだっただけに、私の乗る瑞鶴は大破した状態だった。
「護ってくれて……ありがとう」
ごめんなさい。私が未熟なばかりに…
嘆いている余裕はない。このあとどうするか決めなきゃ――――
まずは状況把握だ。
墜落前のログから現在位置を確認してみると、どうやら京都駅ビル屋上の大空広場とヘリポートの間にいるのはわかったけど………
「あっ!」
墜落地点とは真反対にある東広場のあたりに山城機のマーカーを検知した。
この距離で強化装備のセンサーでもマーカー確認できるってことは、主機が稼働状態にあるってことだ!
つまり、山城さんが可能性が高い。
他にいないか確認するが、探知圏内に他のマーカーはない。この戦域から無事に退避できたって思いたい…。
気を失ってから10分以上経っているというのに、友軍にもBETAにも放置されている状況。
この状況から言って、京都駅の集積場はとっくに壊滅していて、襲撃したBETA群も他の場所に移動している可能性が高い。
だとすれば、次に目指すべきなのは二条城の近衛軍司令本陣。
ただ、ここから最短でも4kmある。
敵中突破ともなれば生身では危険過ぎる。
そうなると、最良なのは生きている山城さんとの合流。
もし機体が使えなくても機械化歩兵装甲が手に入る。どちらも二条城に生きて辿り着ける可能性が跳ね上がる。
「………よし、行こう」
コンソールパネルを操作して管制ユニット前面部のパージ。
ハッチを開けると小型種に囲まれている可能性もあったが杞憂だった。
「山城さん……無事でいて!」
管制ユニットから出た私は、拳銃を手に歩を進めた。
◇
京都駅周辺へ到達するが、人の気配がなかった。
外観を見る限り特に損壊は見当たらなかったが、無線で言っていた駐留部隊の影はどこにもなかった。
周囲を索敵していると、ビルの屋上に倒れた山吹色の
接近して状態を確認する。
損傷の激しさから、要塞級の攻撃と墜落でやられたようだ。
だが管制ユニットは開いた状態で、中には誰もいない。
こじ開けられた形跡もないことから、搭乗者は自力で脱出したか。
擱座した状態の機体の中にとどまり続けるのは自殺行為だから妥当な判断だ。
問題は出た後どこへ向かったか。
ここに集積所があるのなら無事に保護されたと考えるだろうが、人の気配が無さすぎる。
不審に思い、各種センサーで周囲を索敵してみる。すると、駅内に複数の動きを検知した。
音振で大雑把にわかるサイズからして、戦車級と小型種か。
「小型種の襲撃を受けて全滅したか………」
それらが東側にある一つの大きな熱源へ向かって動いていた。
まるで、餌に群がる魚のように。BETAが食べるものといえば戦術機か人間くらいだが。
熱源が戦術機なら、搭乗者はそこへ向かうだろう。
ほんの僅かな間しか同行していないが、この機体の搭乗者は部隊の生存を優先していたことはわかった。
なら同じ場所に留まらず、危険を顧みず味方との合流を選ぶはず。
生きている可能性が低くても、戦術機が動かせればそれに乗ってこの戦域から離脱するだろう。
さて、どうしたものか。
集積所が壊滅した状況で、長居は無用だ。
すぐに離脱するべきだろうが、あの施設を出たばかりのオレはどこに向かえばいいのか分からない。
戦術機が東へ向かっていたことから、東に行けばわかるがそれだけだ。
安全な場所へ辿り着くには案内人が必要になる。
「………仕方ない」
丸腰では心許ないため、機体から近接武器や使用可能な火器を拝借させてもらう。
弾薬は残り少ないが、無いよりはマシだ。
残りの燃料も乏しい状態だ。さっきの基地で補給できなかったのは痛かった。
「………行くか」
♢
よく友人達と買い物に来ていた京都駅は地獄と化していた。
高さ11階ぐらいはある大階段を半ばまで下りたところで、ようやく見えてきた一階の駅前広場。
辺り一面は真っ赤な血一色に染まり、人間のものと思われる肉片と小型種の死骸が至る所に転がっていた。
「ひぃ――」
プシュー
強化装備の自動圧力注射機能が作動し、すぐに冷静になった。
以前真田教官が講義で言っていた。
小型種は要塞級によって胎内に収められ、前戦域に輸送されるケースが多いと。
京都駅に向かう最中に現れたあの数の要塞級が胎内からそれを放出したとすれば………京都駅の駐留部隊は小型種の襲撃を受けて全滅したんだ。
想定はしていたけど、ここまで惨たらしい地獄を……しかも間近で見るなんて…
本当なら今頃私は………錯乱して、狼狽えて…怯えて………あの場から動くことすらできなくなっていたと思う。
なのに、こうして冷静でいられるのは、事前処置のおかげだ。
強化装備の戦術薬物が残っている限り、私の心はこの地獄から切り離されたままでいられる。
でもこの先もこんな地獄になってしまっていたら………
すぐに戦術薬物が切れて、私は………
落ち着け私。
足の遅い要塞級がここにいるということは、今回東進してきたBETA群の最後尾が京都駅まで到達した証拠。
それはあと一息で、今回の侵攻を退けられるということでもあるんだ。
この帝都戦域で、私は一人で戦っているわけじゃない。
今この瞬間も真田大尉達が、帝国軍が戦っているんだ!
亡くなった兵士達に敬礼した後、次の行動に移る。
一階にあるBETAの死骸は兵士級のものばかり。だったら集積場には、沢山の兵員が集まっていた場所には絶対近寄るべきじゃない。
死体が多ければ多いほど、死肉を漁る残留個体がいる可能性が高いから。
四階の室町小路広場のところで右へ曲がる。
迂回路として南広場を通っていけば、向かいにある烏丸小路広場に出て、そのまま東広場へと上がれる。
幸い、南広場には死体はなかった。
確かここから一階の中央コンコースとバスターミナルを一望できたはず。
見下ろして確認してみると、バスターミナル周辺に蠢く影が見えた。
ほんの少しの間だけと、ライトを点けて下を照らしてみると…
「―――っ!?」
思わず悲鳴をあげそうになるのを必死にこらえる。
そこにあったのは、
「い……和泉……!」
共に京都駅に向かっていた友人の能登和泉がBETAにまとわりつかれ、食われている無惨な姿だった。
「はぁ………はぁ………はぁ……っ!」
プシュー
再び戦術薬物が投与されて落ち着く。
「能登………少尉の………KIAを確認……」
能登少尉は機体を撃墜され、機械化歩兵装甲にて緊急破壊脱出。
バスターミナルにある物資の確保、あるいは山城少尉の救出に向かうも、残留していた兵士級の襲撃を受けたのだろう。
すでに事切れているようだ。
動かない人形のように、ただ虚空を見上げて横たわる彼女の身体が、白い異形の群れによって貪られ、引きちぎられる。
「ごめんなさい………」
死して弄ばれる彼女に何もしてあげられないまま、私はその場を後にする。
『……たか………むらさん………』
「――!?」
通路を抜けた先にある烏丸小路広場に着いた時、突然インカムにノイズ混じりの声が入った。
この声は…山城さん!?
山城さんが生きている!?
「山城さん、無事なの!?応答して!」
何度も呼びかけるがノイズばかりで応答がない。
「待っていて山城さん、今行くから」
烏丸小路広場から、東広場がある七階へと続くエスカレーターを駆け上る。
今日一日で友人達を何人も失った。
同じ斯衛軍付属・山百合衛士訓練学校で衛士を目指していた仲間達が目の前で死んでいくのを、私は止められなかった。
だからこそ山城さんだけは………っ!
『………かむら……さ…い……で…』
「すぐ近くにいるから!もう少し待っ……」
長い階段を登り続け、ようやく山城さんがいる東広場へと辿り着く。
「―――っ!?」
その場の光景に、私は息を吞んだ。
広場の壁際に擱座していて、多数の
そんな……今までいなかったのに…どうして!?
『たか…むら………さん………逃げ…て………来ては……だめ……』
「山城さん!早く……早く…そいつらを振り払って!」
距離が近くなったことで山城機とのデータリンクが繋がり、彼女のパーソナルデータと機体ステータスが共有される。
―――右頭頂部挫傷。
―――左前腕粉砕骨折。
―――左下腿複雑骨折。
―――右肩脱臼。
―――操縦機能停止。
―――跳躍ユニット破損。
―――胸部管制ブロック破損。兵装担架埋没圧壊。
「………そんなっ」
酷い……兵装担架が…機体にめり込んで………?!
まさか墜落の衝撃で……?!
拳銃で自決してもおかしくない絶望的な状況なのに、山城さんは………ずっと私を遠ざけようとして……!?
複数の戦車級によって瑞鶴が破壊されていき、やがて管制ユニットのハッチが剝がされ、山城さんの姿が露わになる。
「は、離れろっ!」
私は携帯していた銃を戦車級に向け、引き金を引いた。
無我夢中だった。
戦術機の突撃砲に比べて豆鉄砲サイズでしかない銃弾では中型種に効果はないと、頭ではわかっていても撃ち続ける。
『……ばか………やめ…なさい………』
「離れろ!離れろ!」
『――やめてよおっ!』
「っ!?」
山城さんの声で我に返った。
『弾を……無駄にしないで………』
「山城さん……」
『篁さん、お願い…私を…撃って…』
えっ
私が、山城さんを……?
共に戦った仲間を?友人を?
『私はもう、自分で自分を………終わらせることはできない・・・だから、お願い』
「―――っ、うぅ!」
拳銃を山城さんに向けるが、手が震える。
いくら仲間を救うとはいえ………!
『こいつらにくわれる前に………殺して………』
戦車級の手がそこまで来たとき、山城さんは私に向かって叫んだ。
『――――撃ってよぉぉ!唯依いいいいいいぃぃっ!!!』
「あ"あ"あ"あ"あ"ぁぁぁ!!」
引き金を引こうとした時、
――――ダダダダダダダダっ!
――――パリイイイイイイィぃぃン
天窓のガラスが割れるとともに上からなにかが降り注ぎ、山城さんの周りにいた戦車級を撃ち抜いた。
「――っ?!?なに!?」
土煙が舞う中上を見上げる。
突き破られた天井から、一つの大きな人影が降下してくる。
「あれは………」
山城機の前に降りたったそれは、二度も私達の撤退を支援してくれた謎の白い戦術機だった。
♢
建物内で擱座していた一機の瑞鶴の周囲に群がっていた戦車級を排除した後、建物内へと着陸。
こっちを見上げて呆けている短髪の少女にマイクで呼びかける。
「生きているか?」
『は、はい……私は大丈夫ですが、山城さんが………!』
「他に生存者は?」
『……私達………だけです』
「………そうか」
状況を確認する。
あの山吹色の機体に乗っていたであろう短髪の少女は健在。
ボロボロの機体に乗っている長髪の少女は重傷で、管制ユニットから自力で脱出できない様子。
さらに周囲を他の戦車級が取り囲み始めていた。
間一髪のところを救うことはできたが、状況はあまり好転していない。
弾薬は残り数発、武装は長刀のみ。
近接武器は文字通り相手に接近して攻撃するための武器だ。
このままオレが前へ出れば、当然二人から離れてしまい守れなくなる。
負傷者を安易に動かせない以上、攻めではなく牽制に回るべきだ。
無事な奴を連れて負傷者を置いてここから離れるのも手だが………後が面倒になりそうなのでやめておこう。
「…となると」
擱座している機体の状態をもう一度赤外線センサーで確認する。
跳躍ユニットにまだ燃料が残っているようだ。
使えるな。
「それ、使わせてもらうぞ」
長刀で機体から跳躍ユニットを二つ切り離し、うち一つを持ち上げる。
そして短髪の少女の前に立ち、迫ってくる戦車級へと投げこんだ。
まだだ。
戦車級の群れの中へ落下した跳躍ユニットに向け、一発弾丸を打ち込む。
命中した瞬間、残っていた燃料に引火して爆発が起こった。
『きゃあ――!?』
短髪の少女が爆風で吹き飛びそうになるも、オレの機体脚部の影に隠れてなんとかやり過ごしたようだ。
爆風と破片で先頭の戦車級は吹き飛び、ミンチになって肉片と赤黒い血飛沫が周囲に飛び散っていた。
『跳躍ユニットを………即席爆薬として使うだなんて………なんて無茶苦茶ですの………』
「使えるものを使ったまでだ。それよりもう喋るな。舌を嚙むぞ」
後続の足が止まっている隙に機体の前に立ち、長刀を大きく振り上げ――――
『ちょ、いったいなにを――――』
「すぐに済む」
振り下ろす。
剣の軌道は管制ユニットを逸れ、右腕部ユニットを切り裂いた。
「勘違いするな。運ぶのに余計な部分を切り離しているだけだ」
発想の転換だ。
管制ユニットから出せない以上、出さないまま機体ごと運び出すしかないが、一機分となると重くて運びづらい。
そこでボロボロで重りにしかならない四肢を切り落とし、管制ユニットがある胸部のみにして、短髪の少女の前に下ろす。
『山城さん!大丈夫!?』
『え、ええ……』
「管制ユニットに張り付いていろ。ここから脱出する」
『わ、わかりました………!』
短髪の少女が管制ユニットに入ってから、近付いてきた後続に向けて二基目を投擲。突撃砲で爆発させ、脱出するための僅かな隙を作った。
弾薬の尽きた突撃砲を放棄し、空いた手で機体胸部を脇に抱える。
二人を落とさないように配慮しつつ、先程突き破った天井の穴に向かって上昇した。
飛行能力を持たないBETAでは当然オレ達を追いかけることができず、壁に貼り付いて登ってくるが遅い。
このまま京都駅から出られると思っていたが―――。
「は?マジかよ」
穴をくぐり抜け、建物の外へ出ると、京都駅周囲を囲むように複数の巨大な影が待ち構えていた。
『……要塞級』
一難去ってまた一難か。
京都駅周辺はBETAで埋め尽くされている。
管制ユニットを抱えているため、通常より機動が制限される。
仮にここでこいつらを放り捨てても、この規模を突破するのは難しいだろう。
ここまでか。
要塞級の衝角が目の前まで迫ってきた瞬間。
衝角は横から何かに撃ち抜かれて四散した。
「なんだ?」
センサーが新たな反応を捉える。
東の方向から複数の機影が近づいてきているのが見えた。
知らない戦術機だ。
ここまで来るのに見てきた機体よりも細見で、人型のフォルムでありながら日本の伝統的な「鎧兜」や「武者」を強く連想させる重厚かつシャープな頭部や肩のラインが特徴的だ。
赤、青、白、山吹色と、色がそれぞれ異なる複数の同型機が隊列を組み、BETA群に向けて一斉攻撃をしかけた。
突撃砲で要撃級や戦車級をハチの巣にしていき、途轍もない速度で距離を詰めて要塞級を切り伏せる。
ずば抜けた機動性と運動性能を持った機体が複数機で、しかも連携を取って周囲のBETA群を一方的に蹂躙していた。
機体もだが、乗っている衛士もかなりの技量を持っているのが分かる。
『そこの戦術機!』
青い機体がオレの前に来て、オープン回線で呼びかけてきた。
『見たことのない機体だな。どこの部隊だ?』
ウィンドウに相手の顔が表示される。
青みがかった黒髪の女性だった。
『その声は…恭子様!?』
『唯依!?貴女なの?!?』
どうやら短髪の少女と知り合いの様だった。
「……負傷者を運んでいるので、保護を要請します。話は少し長くなるのでそれから、で構いませんか?」
『え、ええ………聞きたいことがいくつもあるが、まずはこの状況を打破するのが先だ』
青い機体が前方のBETAを斬り伏せ、退路を開く。
その隙を逃さず、オレ達は撤退を開始した。
機体に囲まれて殆ど連行に近いが、文句は言えない。
補給手段も整備設備もなくも単独行動を続ければいずれ行き詰まる現状では、軍に保護される方が合理的だ。
少なくとも今は、だが。