それは優太が中学一年生の頃の話。優太はセーラー服の女子に手を引かれるようにしてカラオケ店を後にしたところだった。
「優太君ってさ、もしかして……カラオケ、嫌だった?」
「ん、別に?」
優太は基本的に、断る理由がなければなんでも受け入れてしまう。この女子は、そんな優太を正しく理解しているようだ。
「いやぁ、なんていうかさ……」
「え、なに。俺、なんか変だった?」
「変っていうか。音痴」
「マジか」
「マジ」
優太は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。それはそれとして、指摘を素直に受け取れるだけの余裕はあるようだ。
「次のカラオケまでに練習しとく」
「あぁいや、そういう意味じゃないの」
女子が慌てて手を振って、言葉を続ける。
「別にカラオケじゃなくてもさ、デートできるとこいっぱいあるじゃん?わざわざカラオケにしなくてもいいよね?って話」
「あー、うん?そういうもん?」
「うんうん、そういうもん」
この話はここで終わって、優太は帰宅した。そして、畳敷きの茶の間で祖父と夕飯を食べていた時、優太は口の中の食べ物を咀嚼しきって飲み込んでから、口を開いた。
「じいちゃんってさ、歌上手い?」
優太の祖父は怪訝な顔をしながら、もぐもぐと口を動かしている。飲み込んでから、話し出す。
「どうやろ、たまにスナック行って歌わしてもろうとるけど。90点より下は見たことないのう」
「……なに、点数つくの?」
「……なんで若いお前が知らんの」
ちなみに何故知らないかと言えば。当時の交際相手であった女子が優太の歌を聞いた瞬間に採点をオフにしたからだ。
「若いからって、新しいモンなんでも知っとるわけじゃないがいぜ。どうやったら歌上手くなる?」
「うーん。とりあえずいっぱい歌ったかのう。わしも別に、最初から上手に歌えたわけじゃなし」
「えー。カラオケ高いよ、そんないっぱい通われん」
優太の祖父が顎をしゃくるように、テレビの横を指した。そこにはテンキーがついている少々大きめのマイクらしきものが鎮座している。
「わしは結局上手く使われんかったけんど。お前なら使えるやろ。テレビにつないだらカラオケできる」
「なんでそんなものが家に……」
「ちょっこ前に
それからというもの、優太の日常に歌の練習が組み込まれた。時に録音して聞き直し、自身の音痴具合を確認しては顔を赤くしつつ反省し、音程を外した箇所を意識してまた歌う。
こうして優太は歌が上手くなったのだが、結局優太はフラれてしまった。
当時交際していた女子は、後にこう語った。
「優太君?あー、すごくいい人なんだよ、すごくいい人なんだけど。なんにでも真面目すぎて、見てるこっちまで何かしなきゃって気持ちになるから、ちょっと疲れるんだよね」
Q.どのようにフったのですか?
「う、嫌な事聞きますね。普通に、『私って優太君ほどストイックになれないから、ごめんね』って言いましたよ」
Q.いつ頃ですか?
「掘るのやめてください……。いつだったかなぁ、夏休み中だったかな」
どうやら優太の交際履歴の中には、ちゃんとまともな女子もいたようだ。ただしあの宮城島優太である、自分が原因でフラれたという事実しか脳内に残っていないのだろう。
「──あいつ、元気にしてるかなぁ。俺ってそんなにストイックかなぁ?」
優太は空に向かって独り言を投げた。それを受け取る者は、どこにもいない。