大好きだったお兄ちゃんとの再会よりも、サボり魔な同僚のお世話を優先してもいいですか?   作:Wig

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戦術機大隊ヴェアヴォルフ

1981年 冬 国家保安省 武装警察軍 本部食堂

オーデル川東岸第3防衛線での苛烈な死闘から数日が経過し、戦場での轟音が嘘のように、食堂内は静かな食器の音と、兵士たちの低い話し声で満たされていた。

だが、その空気はどこか浮ついている。特に、先日配属されたばかりの彼女にとっては、そこは別世界だった。

「……うわぁ、凄い……!」

リィズがトレーの上を見て、感嘆の声を漏らした。

そこには、温かい湯気を立てるハンバーグ、野菜の形が残っているスープ、そして固くない黒パンが並んでいる。

「これ、本当に食べていいの?夢じゃない?」

「……夢じゃねぇよ。まぁ、せめて飯くらいは奮発してもらわないとな……割に合わねぇよ」

隣でトレーを置いたミハイルは、対照的に気だるげな表情だ。彼はフォークでハンバーグを突っつき、慣れた手つきで口に運ぶ。

「見た目はいいけどな。中身は合成肉で味はゴムタイヤだぞ、これ」

「ええっ?タイヤなんて食べたことないよ、ミーシャ」

「例えだ、例え。……ほら、座るぞ」

二人が空いているテーブルに座ると、リィズが手を合わせ、勢いよくハンバーグを頬張る。

「いただきまーす!」

その瞬間、彼女の目が大きく見開かれた。

「んんーッ!美味しい!ミーシャ、これ凄く美味しいよ!」

「……マジかよ。お前の舌、どうなってんだ?」

ミハイルが呆れる中、すぐにいつもの面々が合流してきた。同じ第8小隊のメンバー、32と33だ。

「よう、ミハイル。それにお嬢ちゃんも。ここ、いいか?」

トレーを持って現れたのは、人懐っこい笑顔を浮かべる金髪の青年、ヴェアヴォルフ32だった。

そしてその少し後ろに、茶髪の小柄な少女、ヴェアヴォルフ33が、眼鏡の位置を直しながら控えめに立っている。

「おう、ルーカス。ハンナも。……座れよ」

ミハイルが促すと、二人は当然のように席に着いた。

「ハハッ、無理もねぇよ。一般部隊の飯なんて、泥水みてぇなスープと石みてぇなパンだからな。ここの飯は、東側じゃ三ツ星レストラン級なんだぜ?」

ヴェアヴォルフ32、ルーカスと呼ばれた青年は身を乗り出し、改めてリィズに向かってウィンクしてみせた。

「そういや、まだちゃんと自己紹介してなかったな。……俺はルーカス・マイヤー少尉だ。一応、この中じゃ最年長の兄貴分ってとこだな。まぁ、階級は一緒だから敬語はいらねぇぞ、リィズちゃん!」

「へぇー、ルーカスさんが一番お兄さんなんだね!頼りにしてるよ」

「おう、任せとけ!俺といりゃ弾には当たらねぇよ、なんたってラッキーボーイだからな!」

ルーカスの軽い調子にリィズが笑うと、続いてヴェアヴォルフ33、ハンナと呼ばれた少女が静かに口を開いた。

「……私は、ハンナ・ウルリヒ少尉です。ポジションは打撃支援。……以後、お見知り置きを」

「あ、はい!リィズ・ホーエンシュタイン少尉です。よろしくお願いします、ウルリヒ少尉!」

リィズが姿勢を正してペコリと頭を下げると、ハンナはほんのわずかに眉をひそめた。

「……階級は同じですから、敬語は不要です。それと……その名前で呼ぶのはやめてください。ハンナで構いません」

「えっ、でも……」

ハンナのその瞳は、まるでゴミでも見ているかのように、ひどく冷たく、無機質な色を帯びていた。

思わぬ拒絶にリィズは一瞬戸惑い、助けを求めるように隣のミハイルをチラリと見上げる。だが、当のミハイルは頬杖をついたまま、「言われた通りにしろ」とでも言うように気だるげに肩をすくめるだけだ。

ほんの少し気まずくなりかけた空気を察し、すかさず向かいのルーカスが苦笑交じりにフォローを入れた。

「ハハッ、気にすんなリィズちゃん。こいつのことはハンナでいいんだよ」

ミハイルの無言の肯定とルーカスの言葉に背中を押され、リィズはすぐに気を取り直すと、花が咲いたようにニコリと笑った。

「う、うん。……じゃあハンナちゃんって呼ぶね!よろしく!」

「……ちゃん、ですか。……まあ、許可します」

ハンナが小さくため息をつきながら了承すると、リィズは嬉しそうに頷いた。

「やったぁ。……あれ?ハンナちゃん、そういえばデザートの缶詰手をつけてないけど、お腹いっぱいなの?」

リィズが不思議そうに尋ねると、ハンナは少しむっとしたように答えた。

「……私は基礎代謝が低いので、これで十分です」

その様子を見て、ルーカスが意地悪そうに笑った。

「そりゃそうだろ。14歳の胃袋に、俺たちと同じ量はキツイって」

「……えっ?」

リィズがフォークを取り落としかけた。彼女は目を白黒させながら、ミハイルとハンナを交互に見る。

「じゅ、14歳!?ハンナちゃんが!?」

「こいつ、最年少で入隊したエリート様だぞ」

ミハイルがフォークで付け合わせのボイルされた野菜を突っつきながら、他人事のように言う。リィズは驚愕の表情のまま固まっていた。

「嘘……私より2つも下なの!?すごくしっかりしてるから、てっきり年上かと……」

「……身長が低いのは気にしています。あまり子供扱いしないでください」

ハンナは顔を赤くして、スープ皿に視線を落とした。その反応を見て、リィズはようやく納得したようだ。

「そっか……ごめんね。でも凄いなぁ。最年少で入隊なんて……私も頑張るね」

「年齢は関係ありません。戦場では生存した者が正義ですから」

ハンナの慰めにリィズが微笑む。和やかな空気が流れる中、リィズがふと、隣で黙々とパンをかじっているミハイルに視線を向けた。

「あれ?そういえば、ミーシャは今いくつなの?」

「……ん?」

ミハイルの手が止まる。彼は何を今更という顔でリィズを見た。

「何言ってんだ。お前と一緒だろ、16だよ」

その瞬間、リィズが「ええっ!?」と今日一番の大声を上げた。食堂中の視線が一瞬こちらに集まる。

「お、同い年!?嘘でしょ!?」

「……なんだそのリアクションは。喧嘩売ってんのか」

ミハイルが不機嫌そうに眉を寄せるが、ふと思い直す。

(……あー、そういや言ってなかったか)

「ち、違うの!だってミーシャ、私に対してすっごく上から目線だし、「ついてこい」とか「バカ」とか、完全に年上の態度じゃん!」

リィズは頬を膨らませて抗議する。確かに、ミハイルの態度は常に偉そうだ。命令口調は当たり前、褒める時もどこか小馬鹿にしている。

「……一応小隊長だぞ、俺は。実際偉いんだ」

「むぅ……!それに、なんかこう……醸し出してる空気が年相応じゃないっていうか……貫禄がありすぎるっていうか……」

リィズの言葉に、ミハイルは呆れたように鼻を鳴らした。

「はいはい。悪かったな、老け顔で」

「老け顔とは言ってないよ!……もう、素直じゃないなぁ」

ふと、リィズの視線がミハイルのトレーで止まった。合成肉のハンバーグは綺麗になくなっているが、付け合わせのボイルされた人参と、スープの中の野菜だけが、手つかずのまま残されている。

「あれ?ミーシャ、人参残してる」

「……味がしねぇんだよ。ただのオレンジ色の固形物だろ、こんなの食い物じゃねぇよ」

ミハイルは不機嫌そうに顔を背ける。その態度を見て、リィズはニシシと悪戯っぽく笑った。今まで散々「危なっかしい」だの「子供」だのと言われた仕返しをする絶好のチャンスだ。

黒とグレーで塗り固められたこの世界で、その鮮やかなオレンジ色は、ミハイルにとって許しがたい異物のように見えたらしい。

「だーめ。ちゃんと食べなきゃ大きくなれないよ?」

「……俺の成長期はもう終わってる。余計なお世話だ」

「ふふん。私のこと子供扱いしてたけど、好き嫌いする方がよっぽど子供だよ?……ほら、食べて?」

リィズは自分のフォークでミハイルの皿の人参を突き刺すと、それを彼の口元へと突き出した。

「……は?おい、やめろ」

ミハイルがのけぞるが、リィズは引かない。

「ダメ。どうせ残す気でしょ?……ほら、あーん」

「……ッ!?ふざけんな、誰がそんな……!」

ミハイルは顔を真っ赤にして周囲を見渡す。

ルーカスはニヤニヤしているし、ハンナも心なしか口元が笑っているように見えた。このままでは、本当に口に突っ込まれる。それだけはミハイルの、小隊長としての尊厳に関わる。

「……チッ、わかった!自分で食うからフォークを下げろ!」

ミハイルは観念し、リィズの手から乱暴にフォークを奪い取ると、人参を口に放り込んだ。もぐもぐと苦そうに咀嚼し、無理やり飲み込むその顔は、冷徹な衛士ではなく、ただの不貞腐れた少年のそれだった。

「よしよし、偉いねーミーシャ!」

「……はっ倒すぞ、てめぇ」

リィズは満足げに微笑み、ミハイルは耳まで赤くして黒パンをかじった。

その様子を見ていたルーカスが、楽しそうに口笛を吹いた。

「ヒューッ!仲が良いこって。……おまえ達、もしかしてコレなのか?」

ルーカスが小指を立てながらニヤリとリィズを見やる。リィズはその立てられた小指の意味を理解し、慌てて否定した。

「そ、そんなんじゃないよ!」

「いやいや、戦闘中も熱かったぜ?『ミーシャ!』『リィズ!』って呼び合ってよぉ。俺らが入り込む隙間なんてなかったもんなぁ、ハンナちゃんもそう思うだろ?」

ルーカスに同意を求められ、ハンナも眼鏡の奥の瞳を光らせた。

「ええ。通信ログを確認しましたが、お二人の会話占有率は異常値でした。……質問ですが、お二人は以前からお知り合い、もしくは友人関係なのですか?」

「え……」

リィズは言葉に詰まる。友人?それとも、ただの監視者と元囚人?答えあぐねていると、ミハイルがため息交じりに答えた。

「……腐れ縁だ。昔ちょっとな」

「……そ、そう!昔からの腐れ縁なの!」

リィズも慌てて同意する。だが、その顔が茹でタコのように赤いことは、誰の目にも明らかだった。

「はぁ……。14歳、16歳、16歳、19歳か。……改めて文字にすると、幼稚園みてぇな小隊だなここは」

ミハイルは天井を仰ぎ、深々とため息をついた。だが、その口元はわずかに緩んでいる。先日の地獄のような防衛戦を生き延びた仲間たちが、こうしてバカ話をしている。それだけで、ゴムのようなハンバーグも少しはマシな味に思えた。

窓の外には冷たい雪が降り続いているが、このテーブルだけは、ささやかな温もりに包まれていた。

これが、彼らの日常。いつ壊れてもおかしくない、硝子細工のような幸福な時間だった。

 

 

その日の午後、大隊は次なる任務までの束の間の休息と、機体のオーバーホール期間に入っていた。

油と鉄の匂いが充満する格納庫の第8小隊の駐機ブロックでは、ミハイル・ホフマン中尉が自分のMiG-23の脚部装甲の横で、盛大にため息をついていた。

「あー、めんどくせぇ……。なんで衛士の俺が、整備班のチェックシートの束なんて確認しなきゃなんねぇんだよ。文字ばっかで目が死ぬ……」

「半分、私がやるよ」

クリップボードを放り投げようとするミハイルの横から、リィズがひょっこりと顔を出した。彼女はミハイルの手元を覗き込みながら、少し遠慮がちに、けれど明るい声をかける。

「私、こういう事務作業得意だから、一緒にやろ?」

「……お前なぁ。自分の機体のメンテは終わったのか?」

「うん、バッチリ!だからお手伝いさせて?」

子犬のように小首を傾げるリィズを見て、ミハイルは頭をガシガシと掻いた。

「……勝手にしろ。間違ってたら整備の親父に怒られるのはお前だからな」

「えへへ、任せて!」

リィズは嬉しそうにミハイルの隣に並び、チェックシートの束を半分受け取った。少し歪な、しかし彼らなりの平穏な光景。その後方で、ルーカスとハンナは呆れたようにその様子を眺めていた。

「まったく。あいつら、あの死線潜り抜けてから妙に距離が縮みやがって。見てるこっちが照れるぜ」

ルーカスがドラム缶に腰掛けながらタバコを咥え、ジッポライターを取り出した、その時だった。

「ルーカス。悪いけど、火、貸してくれない?」

背後から、格納庫の無骨な空気には全く似つかわしくない、ふんわりと柔らかい大人の声が響いた。

「お、マレーネ。生きてたか」

ルーカスが振り返り、自分の咥えていたタバコの火を、隣に立った女性将校のタバコへとスッと移す。

第2中隊第5小隊隊長、マレーネ・ヴァーグナー中尉は、明るめの茶色いウェーブがかったセミロングの髪を揺らしながら、細く紫煙を吐き出した。軍服は隙なく着こなしているが、その纏う空気はどこまでも温和で、殺伐としたヴェアヴォルフの衛士とは思えないほど優しげだ。

「ええ、なんとかね。うちの破壊狂のせいで、寿命は縮んでるけど」

マレーネが苦笑いを浮かべた直後、いつもは無表情なハンナが、パッと顔を輝かせて直立の姿勢をとった。

「マレーネさん、お疲れ様です。先日の防衛戦における第2中隊の火器管制データ、後で拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」

「ハンナもお疲れ様。ええ、もちろん。本当に勉強熱心ね」

マレーネが優しく微笑むと、ハンナは「ありがとうございます」と嬉しそうに頭を下げた。自分と同じ計算と後方支援を担い、完璧に仕事をこなすマレーネを、ハンナは頼れる先輩として心から尊敬し、慕っているのだ。

一方で、ミハイルは気まずそうに視線を逸らし、バインダーで顔を隠すようにボソリと呟いた。

「……お疲れ様です、ヴァーグナー中尉」

「……ホフマン中尉。声が小さいわよ」

マレーネのジト目がミハイルを射抜くが、ミハイルは生真面目な彼女の小言が苦手なのか、露骨に目を逸らした。そのやり取りを、リィズはミハイルの隣でバインダーを抱えながら、じっと見つめていた。

(……誰だろう、あの人。ルーカスさんとタバコを吸ってて、ハンナちゃんも凄く懐いてる。それに、ミーシャにもあんな風に言えるなんて……)

自分とは違う、大人の余裕と艶やかさを持ったマレーネの姿。リィズは、少しだけ警戒するようにミハイルの背中に身を寄せた。

そんなリィズの視線に気づき、マレーネはふわりと微笑んで歩み寄ってきた。近くで見ると、タバコの煙に混じって、ほのかに甘い香りがする。

「あなたが噂の新入りの子ね?たしか……ホーエンシュタイン少尉だったわよね?」

「あ……はい。リィズ・ホーエンシュタイン少尉です」

リィズが少し身構えながら答えると、マレーネは「第2中隊所属、第5小隊隊長のマレーネ・ヴァーグナー中尉よ」と優しく目を細めた。

「そんなに警戒しないで。ホフマン中尉が隊長で大変でしょう」

「えっ……あ、いえ!そんなこと……」

マレーネのフランクで人当たりの良い声と、心から自分を気遣ってくれているような温かい瞳。それに触れ、リィズの中でピンと張り詰めていた警戒心が、ふっと解けていくのを感じた。

「……この部隊、まともな人間が少ないから、新人は苦労するわよね」

マレーネはルーカスの隣のドラム缶に軽く腰掛けると、格納庫の奥を見渡しながらタバコの灰を落とした。

「ホーエンシュタイン少尉は、もううちの部隊の構成は覚えた?」

「えっと……大隊長がいて、第1、第2、第3中隊がある……くらいしか」

「そうよね。せっかくだから、簡単にだけど教えてあげる」

マレーネはふふっと笑い、指を一本立てた。

「まず第1中隊。あそこは大隊長であるブレーメ大尉の直属部隊よ。大隊長直々に選抜されたエリート中のエリート、文句なしの精鋭部隊ね」

「精鋭……」

「ええ。……そして同時に、部隊内の監視役でもあるわ」

マレーネはふっと声を落とし、周囲に気を配りながらリィズの目をまっすぐに見つめた。

「彼らは思想に問題がないか、常に私たちに目を光らせている国家保安省の猟犬よ。……あなたの過去の経歴は、彼らにとって格好の標的になりやすい。発言や行動には、くれぐれも気をつけるのよ」

「え……っ」

亡命未遂。監視。標的。マレーネの優しさゆえの忠告が、リィズの脳髄を直接揺らした。

(……見張られてる。失敗したら、また、あの地下室に……っ!)

視界が急激に歪む。冷たいコンクリートの感触と、鼻をつく消毒液と血の臭いがフラッシュバックする。

「あっ、ひ……はぁっ……、ぁ……」

リィズの顔から一瞬で血の気が引き、喉の奥からヒューッと空気が漏れる。バインダーを持つ手がカタカタと激しく震え、過呼吸に陥りかけた、その時だ。

不意に、バインダーの陰で。温かくて優しい手が、リィズの震える指先をギュッと強く握りしめた。

「……っ!」

隣に立つミハイルだ。彼はマレーネから視線を逸らしたまま、気だるげな表情を一切崩さずに、しかし明確な力強さでリィズの手を握っていた。

彼の手から伝わる微かな暖かさ。それが、リィズを暗闇の底から現実へと一瞬で引き戻す。

「……大丈夫だぞ。俺の命令通りに動いてりゃ、誰にも文句は言われねぇよ」

ぼそりと、誰にも聞こえないような声でミハイルが呟く。その言葉と手の温もりに、リィズは弾かれたように息を吸い込み、コクコクと小さく頷いた。震えが、ゆっくりと引いていく。

その様子を見て、ルーカスがわざとらしく明るい声を上げて肩をすくめた。

「おいおいマレーネ、うちの可愛いルーキーを脅かさないでくれよ。こいつには俺たち第8小隊っていう優秀なボディーガードがついてるんだからよ」

「ルーカスさんの言う通りです。リィズさんがミハイルさんの指示に従っている限り、不穏分子として粛清される確率は限りなくゼロに近いです。安心してください」

ハンナも眼鏡を押し上げながら、淡々と、しかし確かな庇護の意志を持って告げた。恐怖に怯える少女と、彼女を不器用ながらも必死に守ろうとする、三匹の狼たち。

それを見たマレーネは、少しだけ目を丸くした後、ふわりと花が咲くような、本当に優しくて温かい笑顔を浮かべた。

「……ふふっ。そうね、心配いらなかったみたい。ごめんなさいね、ホーエンシュタイン少尉。あなたには、こんなに頼もしい仲間がいるものね」

「あ、いえ……ありがとうございます、ヴァーグナー中尉」

リィズはバインダーの陰で、ミハイルの温かい手をぎゅっと一度だけ強く握り返した。そして、その指先の熱を惜しむように、ゆっくりと、名残惜しそうに手を離しながら、少しだけ照れくさそうに笑った。

「さて、気を取り直して。次は私のいる第2中隊だけど……ここは長距離からの支援を行う砲撃部隊よ。配備されてるMiG-23も、重武装に耐えられる特別な砲撃戦仕様にチューンナップされてるの」

「へぇ……確かに他のMiG-23と違いますね」

ふんわりとした笑顔で丁寧に語るマレーネ。だが、その横からルーカスがニヤニヤと笑いながら口を挟んだ。

「おいマレーネ。一番大事な説明が抜けてるだろ」

「……え?」

リィズが小首を傾げると、隣で書類を見ていたミハイルも「ああ」と深く頷き、からかうような視線をマレーネに向けた。

「ヴァーグナー中尉。ガンダ大尉のあのトリガーハッピー、いい加減なんとかしろよ。こないだも味方ごと吹き飛ばしそうになってただろ?」

その言葉を聞いた瞬間だった。

マレーネの纏っていた、ふんわりとした柔らかいお姉さんの空気が、すっと絶対零度の冷たさに変わった。

「……っ」

リィズは思わず息を呑んだ。マレーネは俯き、ギリッと奥歯を噛み鳴らすと、わなわなと怒りを露わにして肩を震わせた。

「……あんた達に、わかる?」

「え?」

「面制圧の時、データリンク共有前に射撃開始の指示を出される気持ちが……ッ!?」

血を吐くような、切実すぎる裏方の悲鳴。それにルーカスは腹を抱えて笑い出した。

「アハハハッ!違いねぇ!半端ねぇよ、お前のところの中隊長は!」

『オーイ!!マレーネェェェッ!!どこ行ったぁぁぁ!!』

格納庫の反対側、第2中隊の駐機ブロックから、地響きのような大声が轟いた。噂の第2中隊隊長、ブルーノの怒号だ。

『演習用の120mm砲弾の申請書がねぇぞ!弾がねぇとぶっ放せねぇだろうが!早く持ってこい!!』

その声が響き渡った瞬間、マレーネの瞳からは完全に温もりが消え失せ、冷徹なスーパーコンピューターのような鋭い殺意が宿った。

「……あの筋肉ダルマ……。申請書は昨日の夜、あんたのデスクの真正面にテープで貼り付けておいたでしょうが……ッ!!文字も読めなくなったの……ッ!?」

マレーネは吸いかけのタバコを携帯灰皿に乱暴に押し付けた。

「……あぁ、もう!少し目を離した隙にこれよ!……次に「ぶっ放す」なんて言ったら、あのヒゲごと砲身に詰め込んでやるわ……!」

ブツブツと物騒な呪詛を吐きながら、マレーネはくるりとルーカスたちを振り返った。その瞬間、表情は再び、パッと花が咲いたような優しい笑顔に戻っていた。

「ごめんね、ちょっと脳筋の世話に戻らなきゃ。……それじゃあね」

ヒラヒラと手を振りながら、マレーネは早足で第2中隊のブロックへと戻っていった。その後ろ姿を見送りながら、第8小隊の面々は無言になった。

「……相変わらず、マレーネはスイッチの入り方がエグいな」

ルーカスが引き攣った笑いを浮かべる。

「あれが、第2中隊の事実上の頭脳ですから。……ガンダ大尉の無茶苦茶な砲撃が味方に当たらないのは、すべて彼女の強靭な精神力のおかげです」

ハンナが深く同情するように呟いた。

そのやり取りを聞いていたリィズは、マレーネが消えた方向を見つめたまま、ふと一瞬考えるような素振りを見せた。そして、ハッと息を呑む。

「……おい、リィズ。どうした?」

隣のミハイルが怪訝そうに尋ねる。

「……あの、ね。ミーシャ」

リィズは恐る恐る、不安そうな顔でミハイルとルーカスを見上げた。

「この間の、第3防衛線での戦い……最後、第2中隊が救援に来てくれたよね?あの時も、もしかして……」

その言葉に、ルーカスが「ブッ」と吹き出し、腹を抱えて笑い出した。

「あぁ、そういうことだ。あの筋肉ダルマが、いちいち前衛の退避確認なんてするわけねぇだろ」

「えっ……じゃあ……」

「もしマレーネさんの演算がコンマ数秒でも遅れていれば、私たちはBETAごと第2中隊の面制圧で綺麗に吹き飛ばされていましたね」

ハンナが紅茶を飲むような平坦なトーンで、恐ろしい事実を補足する。一歩間違えれば、BETAではなく味方の大砲でスクラップにされていた。そのあまりにも理不尽な事実に、リィズの顔からサーッと血の気が引いていく。

「……っ、ヴァーグナー中尉がまともな人で、本当によかったぁ……」

心の底から安堵の息を吐き出すリィズを見て、ミハイルは「ハッ」と呆れたように鼻を鳴らした。

「まぁ心配ねぇよ、第2中隊はあの筋肉ダルマ以外、いけすかねぇインテリ連中の集まりだからな」

「インテリ……?」

「あぁ。大尉の無茶苦茶な命令に合わせて、部下全員が無言でキッチリと緻密な弾道計算をこなす、クソ真面目な連中なんだよ。頭のネジが飛んでるのはトップのガンダ大尉だけだ」

ミハイルがやれやれと肩をすくめて不満を漏らす。

その愚痴を聞いて、リィズは顔に赤みを取り戻し、少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。

「ふーん、真面目なんだ。……じゃあ、ミーシャも少しは見習った方がいいよ?」

「んだと。俺はこれでも効率よく生きてんだよ」

図星を突かれたミハイルは気まずそうに顔を逸らし、再び自分のバインダーに目を落とした。

「ほら、減らず口叩いてないで手動かせリィズ。さっさと終わらせて飯にするぞ」

「あ……うん!」

リィズは慌ててミハイルの隣に並び、手元のチェックシートに目を向けた。

(私も……早く、ミーシャの隣で一緒に戦えるようになりたいな)

今はまだ、彼の隣で書類の半分を持つことしかできない。でもいつか、マレーネたちのように、立派なヴェアヴォルフの衛士に。リィズはミハイルの横顔を見つめながら、静かな決意を胸に秘めた。

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