少し疲労を感じ木陰で休んでいたそのとき。
地面が揺れた。曇り空に鳥が飛び立ち、その鳴き声が静寂を切り裂く。
異常事態かもしれない。さすがに皆と合流すべきだと思い、宿の方へ向かう。生徒や教員、騎士団員がいるはずだ。走っていると再び地面が動いた。木々が荒々しく揺れ、葉が何枚も落ちてくる。
森を抜けて宿にたどり着いたが、誰一人いなかった。多数の足跡が残っている。東、街の方に向かったらしい。ただ、魔獣の足跡が見られない。一体何から逃走したというのか。
答えはすぐに分かった。空だ。翼竜型の魔獣が上空を飛んでいる。
東へ向かう魔獣を追いかける。飛行している高さは約十メートル。ヴェルザなら届く。触手状の灰外殻でも届く。波導を集中させればジャンプしても届く。問題は人に見られる可能性があることだ。
そこで、灰外殻を自分の体を覆うように展開し、翼を生やす。もちろん動かないが、人の形には見えないなら十分だ。目撃者には鳥や魔獣だと勘違いしてほしい。
この状態で脚に波導を集中させ、地面を蹴って飛び上がる。魔獣が俺に気付き、振り返るがもう遅い。灰の槍で魔獣の体を串刺しにする。核が飛び出し、地面へ落ちた。俺も着地し、核を回収する。上手くいった。パッと見た限り、誰にも見られていないようだった。
とりあえず空飛ぶ魔獣は倒したが、地面の揺れの原因が分からない。逃げた人たちの後を追いかける。
荷物を持って街へ走っていると、声が聞こえてきた。この先だ。街の入り口にたどり着く。
目に映ったのは、炎に包まれる街。人々が逃げ惑い、騎士団員がなんとか避難誘導をおこなっている。
どうしてこんなことになっている?
地震が起きて火事になったのか?
その割には建物はあまり崩れていない。街中に放火されたような印象だ。
そんなことを考えていると、突然背後に気配を感じた。振り返った先にいたのは、ドームで見た黒いローブに身を包んだ男だ。
黒ローブが手に持っている剣で斬りかかってくる。右肩から斜めに振るわれる剣を下へ回避して懐に潜り込む。右腕を振り上げて顎を殴ると、黒ローブは気絶して倒れた。
周囲の状況を確認してから男のローブと衣服を剥ぐ。ズボンも脱がす。
「今日からお前は黒ローブじゃなくて白ブリーフだ」
などと言いつつ、白ブリーフの体と衣服を改めていると、男の肩に見覚えのあるマークがあった。
外側に円、右上から左下へ二重螺旋が貫通し、中心には小さな円と二枚の羽。
『ACE』のエンブレム。
ゼリアでのキメラ騒動、ドームでのテロも『ACE』によるものだろう。そしてダインでことを起こした、という訳だ。
確実に潰す。少なくとも、この街に来た部隊は。
白ブリーフはとりあえず木に縛り付けておいた。急いで燃える街の中心へ向かう。今、この街には騎士が少ない。騎士団は何人もゼリアの警戒へ向かわせてしまったはずだ。『ACE』の狙いが二十年前から変わっていないならば、それは――
『導脈』の掌握。
『ACE』は以前から魔獣の研究をしていた。『導脈』を利用できれば研究が進むと考えているのだろう。ダインの街の地下深くには『導脈』の通り道があり、そばにはアヴァリティアスの導脈研究施設がある。このままでは、まずい。
炎上する住宅街を抜け、中心街にたどり着く。『ACE』の部隊の姿はない。既に研究施設に向かったか。
しかし、唯一、見覚えのある人影があった。紫色の髪、長い襟足。二メートル近い身長。キメラ戦後に俺を拉致し、ドームでバルトを連れていった男。
灰の仮面と灰溜まりを用意し、ゼクシオンを展開する。その音に気付き、男が振り向く。
「ほう、久しぶりだな。そういえば名乗っていなかったか。トロンだ」
「ゼリアのドーム以来だ。お前に教えてやる名前はない。お前も『ACE』の一員か?」
トロンが頷く。その瞬間に地面を蹴ってトロンに近づく。ゼクシオンで頭を狙うが、後ろ飛んで避けられる。
トロンもマギアを展開する。
「起きろ、『ファールス』」
トロンの右手に直剣が現れる。腕と武器の長さを足すと、リーチは同じくらいか。
俺は一気にトロンへ迫り、腹を狙って突きを放つ。トロンが剣で弾き、右足で蹴りを放ってくる。俺は左腕で蹴りを受け止め、ゼクシオンの側面で斬りかかる。
トロンは左足で地面を蹴って跳躍、空中から大量に斬撃を飛ばしてきた。
一振ごとに四、五発の斬撃が発生している。
後ろへ下がって回避する。先ほどまで俺が居た場所に斬撃が降り注ぎ土煙が上がる。体勢を整えようとした瞬間、土煙を裂いて一際巨大な斬撃が飛んでくる。ゼクシオンで受けるも、威力に耐えられず手から離れてしまう。トロンが煙の中から飛び出す。俺の腹を両断せんとする剣。
「『灰外殻』ッ!」
背中の灰溜まりから四本の触手を展開、剣を叩き落とす。バランスを崩すトロンの左脇腹に蹴りを入れて吹っ飛ばす。空中で体勢を変えて着地するトロン。その顔には怒りが浮かんでいる。
「俺はお前を舐めていた。本気で殺りにいく。ここで消す」
言い放った瞬間、トロンが消えた。周囲を見るがどこにもいない。背筋に冷や汗が走った。嫌な予感がして後ろに灰外殻を展開すると、いつの間にか背後にいたトロンが剣を振るう。俺は吹き飛ばされ、さらにトロンが詰めてくる。
「クッソ……。『ヴェルザ』!」
マギアを展開して打ち合う。
体勢が悪かった俺は地面に倒れ、トロンにマウントをとられる。なんとか鍔迫り合いになっているが、このままだと確実に負ける。
そのとき、トロンの背後、空中から声がした。
「二人まとめて消えろ」
巨大な岩石の塊が落ちてくる。避けるためにトロンが離れ、俺も逃げ出す。
「チッ。外したか」
現れたのは、赤色のショートヘアの騎士。
「イブ・ランデル。第一等級か」
「よく調べたな、トロン・ランサー。それと、そっちの奴……。やはり『灰貌』か」
「あんたもドーム以来だな。世話になったよ」
「お前たちは危険因子だ。捕縛なんて甘いことはしない。殺す」
やっぱ怖いこの人。
「俺もそのつもりだ。第一等級を削れば騎士団の戦力も下がるだろう?」
とトロンが語る。
戦わざるをえない。見逃してくれるタイプではないし、本気でやらなければ死ぬ。
互いに警戒し合うなか、最初に仕掛けたのはイブだった。イブが地面を殴る。その瞬間、俺とトロンに向けて一直線に岩が出現する。剣山のようになった岩が地面から伸びる。横に飛んで回避する。
イブ本人が俺に迫ってきた。彼女の右腕は異形になっている。重い拳を灰外殻で受け止める。
刹那の拮抗は斬撃によって崩れる。漁夫の利を得ようとトロンが放った斬撃。回避した俺と受け止めたイブ。次の動きはイブの方が速かった。再び俺を襲う異形の拳が灰を突き破る。ヴェルザで受け止めるも、吹き飛ばされてビルの壁に激突した。
さらに追撃を仕掛けてきたイブの右ストレートを転がって回避し、反撃に出る。灰外殻でイブを刺しにいく。避けられるが、回避された先へヴェルザを伸ばして振り回す。受け止めて刃を掴むイブ。俺はヴェルザを縮ませ、イブの目の前に急接近する。剣を振り抜こうとした瞬間、トロンがいないことに気付いた。
「後ろかッ!!」
背後のトロンの剣撃にヴェルザを合わせる。今の俺はトロンとイブに挟まれている格好だ。両足に波導を込めて飛び上がり、ビルの屋上に逃げる。直後、イブがトロンを狙い拳を振り抜く。トロンは後ろへ飛んで回避、距離をとった。
再びの膠着状態。
一度整理しよう。
トロンの波導術はおそらく『透明化』。飛ぶ斬撃はマギアの能力だろう。
一方イブ。波導術は『岩石の操作』か?あの異形の腕は『竜化』、イブは多分竜人だ。どの程度の力を持っているのかは分からないが、別の部位も変形することができるはず。
どう立ち回ってもリスクはある。だったら、俺から仕掛けさせてもらう。
「『灰霧』」
灰溜まりから大量の灰を放出し、一帯を灰色に染める。灰外殻の出力は下がってしまうが、この霧の中でなら透明化されても位置が分かる。
ゆえに、まずはイブを狙う。三十本の灰の槍を空中に展開し、その全てをイブに向けて飛ばす。イブの目の前の地面が隆起し、盾となって槍を防ぐ。
その間に斬撃を飛ばすトロン。俺とイブの両方を狙ってきやがった。隣のビルへ飛び移る。次の瞬間には、さっきまで俺がいたビルが消し飛んだ。イブは腕で防ぎながら前進している。
トロンの斬撃が止んだ瞬間、地面が爆ぜた。イブがトロンへ急接近する。
「当たらないぞ、ゴリラ女」
トロンが後ろへ飛ぼうとした瞬間、イブの踏み込みで地面が動いた。トロンの背後に高さ五メートル、厚さ三メートルほどの土壁が出現し、逃げ場が消える。
「これなら当たるだろ?」
振り抜かれる拳。受け止める剣。衝撃によってトロンが吹っ飛ぶ。その体は土壁を砕き、ビルを三棟ぶち抜いた。
「次はお前だ」
イブが地面を蹴ってビルの屋上に飛んでくる。着地と同時に打ち込まれる拳をバックステップで避け、ヴェルザを伸ばして反撃する。
「ヌルいな」
腕で簡単に止められるが、それでいい。
ヴェルザの先端はその先、反対側の焼け焦げたビルの手すりに巻きついた。ビルを飛び降り、ヴェルザを縮ませる。同時に灰外殻を伸ばしてさっきまでいたビルを切断する。イブも崩れかけのビルから飛び移る。
掛かった!
「俺の勝ちだ」
移動先のビルには既に灰で満ちている。火事のせいだ。そこに、俺の灰を少し混ぜた。
屋上から内側に灰外殻を伸ばし、内部に積もる灰と接続する。これで建物内の全ての灰を操ることが可能だ。そのうえ、波導で強度も上げられる。
イブが距離を詰めてくる。窓から灰が吹き出す。ビルを覆い尽くす。彼女に逃げ場はない。操作できる岩石や地面もない。膨大な量の灰が屋上に降り注ぐ。
「滝の如く流れ、穿て。『
俺の一撃でビルは完全に崩壊、地下深くまで穴が空いた。さすがにイブも動けまい。
そう思っていた俺は、甘かった。