さて、トロンがどうなっているか見に行かなければ。既に近くまで迫っている可能性もある。注意しておこう。
そんなことを考えていたとき、穴から轟音が響く。現れたのは両手両足を『竜化』させ、翼と角を生やしたイブ。
「なかなか効いたよ、『灰貌』。捕縛しても良いと思っていたんだが――」
気づくとイブが目の前にいる。いつ動いた?目で追えなかった。
「やはり、お前は殺しておく」
腹に強烈な痛み。防御に用いた灰を貫通し、内臓が弾けそうだった。一瞬意識が飛んだ。百メートル近く吹き飛ばされたらしい。
「うおわぁっ!!」
イブが追撃してくる。なんとか回避できたが、正直分が悪い。
しかし幸運にも、避けた先に転がっているゼクシオン。これならまだ戦える。
突っ込んできたイブの殴撃と俺のゼクシオンでの刺突。途轍もない衝撃。周囲の建物が耐えきれず崩壊していく。
そこへ――
何本もの斬撃が飛んでくる。イブは空いている左腕と翼で防御する。俺も灰外殻で撃ち落とすが、防ぎ切れず右半身から鮮血が吹き出る。
「う、ぐっ!!」
右腕の力が抜ける。なんとか左腕を添えてイブの右腕を押し返す。そのとき、
ゼクシオンが砕け散った。
イブの右腕が腹にめり込む。胃液と血液が逆流する。骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げる。衝撃で身体が放り出される。
目が覚めたのは知らないビルの中。まだ戦闘の音は聞こえている。イブとトロンが戦い、トドメを刺す機会を逃したのだろう。
起き上がりたい。立ち上がりたい。なのに体は動かない。今の自分の限界を感じた。
放てる中で最高火力の『灰瀧』を受けて倒れないイブ。そんな彼女の一撃を受けてなお反撃してくるトロン。
漁夫の利を狙おうにも、二人して俺を潰しにくるだろう。今の俺には勝ち目がない。
昔の俺なら勝てたのに。弱いから負ける。弱いから傷つく。弱いから死ぬ。
何かを失うのは巡りが悪いからじゃない。運がないからじゃない。ただ、弱いからだ。
弱者は淘汰され、強者たちが生き延びる。またその中の弱者が消え、強者が残る。生命はこうして進化してきた。
世界とはそういうものだ。
奪う者と奪われる者。
手に入れる者と贄となる者。
亡びる者と栄える者。
喰う者と喰われる者。
俺は、どちらだ。
手を伸ばす。鞄を掴む。中には十五個の魔獣核。全て喰らう。拒否反応で死ぬかもしれない。そんなことはどうでもいい。
足掻いて、壊して、殺して、喰らって、そして、その先まで――
そのために俺は生まれたのだから。
アッシュが致命的な一撃を食らって数分。イブとトロンの戦闘は続いていた。イブの攻撃はトロンに避けられ、トロンはイブの防御を崩し切れない。お互い決定打を欠くなか、
全身を黒い鎧で覆い、血管のように赤い線が走っている。背中には翼と触手が生えており、周囲には黒い靄がたちこめる。禍々しいカタチをしたその人型は二人を見据え、
「ーーーーーー!!!」
声にならない咆哮を上げた。
「『灰貌』か……!?」
目を見開いたイブに、灰の獣は狙いをつけた。
地面が砕ける。距離を詰めた獣が拳を振り抜く。イブは左腕で受けつつ、右手で反撃の殴打。しかし、獣の翼に阻まれ、がら空きの胴に灰の触手が直撃する。
イブは咄嗟に腹部を竜化させ防御するが、三十メートルほど吹き飛ばされる。その直後には、既に獣がイブの眼前に迫っている。
伸びる灰の触手。後退するイブ。穿たれる地面。
イブが足を地面に叩きつけた瞬間、砕けた岩石が壁となる。波導で覆われた石の壁は獣の攻撃を防ぎ、さらに獣を囲っていく。空いた天井。獣の目にはイブの姿が映る。
彼女の腕は大量の岩石を纏い、さらに波導で強化されている。振り下ろされる巨大な両手。
岩の質量、イブの筋肉と波導が獣を圧し潰す。地面が割れ、沈み込む。街全体が揺れ動くほどの衝撃。
「なっ!?」
岩石の腕が砕け散る。灰の獣がニヤリ、と笑う。背中から八本の灰の触手が伸び、空中のイブを襲う。イブは両腕で防御するが、捌ききれずビルに叩きつけられる。壁にヒビが入り、ビルが崩れる。
追撃しようとする獣の首に刃が触れる。透明化して近づいたトロンが首をハネようと剣を引く。しかし、灰の翼が勢い良く広がり、トロンを弾き飛ばす。全身から灰を放出する獣にはほとんど隙がない。
(一度退く……。いや、コイツを押さえておかなければ作戦が……)
トロンが逡巡していると、灰の獣が動いた。トロンはすぐさま『透明化』を発動して背後に回る。イブが獣の正面に戻ってきており、トロンとイブで灰の獣を挟む格好になる。
拳を構えるイブ。
剣を振りかぶるトロン。
吼える灰の獣。
三人の戦闘を見ている者がいた。
キュラ・ハンター。『ACE』の一員である。彼女の波導術は『
その光景を見て、彼女は言葉を失った。
街の中心からは建物が消え、クレーターができた。半径十キロ近くが瓦礫の山と化している。
クレーターの端にはボロボロになって動かないイブ・ランデル。その反対側にはトロンが同じように倒れている。
数秒前、灰の獣に飛びかかった二人であったが、獣は信じられない量の灰を放出。巨大な翼と触手になった灰が辺り一帯を破壊し尽くした。
至近距離でその攻撃を受けた二人は重傷を負い、とても動けるような状態ではない。
動く生命はただ一つ。中心に立つ、灰の獣。