背後から声が聞こえた。
「あなたが原因ですか。この街がこうなったのも、イブが重傷を負ったのも」
三番隊の先頭に立つシエルが尋ねる。とりあえずイブは死んでいないらしい。よかった。この質問に嘘をついたところで無駄だろう。
「ああ。俺がやった」
「そうですか。あなたの身分、立場を聞くつもりはありません。ただ、消えなさい」
シエルは冷たく言い放ち、ゆっくりと俺に近づいてくる。
俺の足は動かない。怖い。負けるのが目に見えている。シエルの強さはよく知っている。多分ここで俺は死ぬ。
あの日死に損なった俺は、もう自分の生き方に興味はない。どのように死ぬとしても変わらない。失えるものは全て失った。ただ、行けるところまで行くだけだ。
だから、もういいんだ。誰に罵声を浴びせられても、誰に自分を否定されても。泥に塗れ、苦痛に苛まれ、辛酸を舐めるのも。
その全てが、アッシュ・グレーンであり、バーンモルトだ。
「"
全身を黒い灰が覆う。背中の灰溜まりが蠢く。灰の仮面を着けて振り返りる。
「俺にとって、世界は地獄だ。運命は酷いモンだ。でも、それくらいが丁度いい」
正面に立つシエルは三番隊全員を下がらせる。
「みなさんは退避してください。くれぐれも巻き込まれないように」
全身に雷を纏い、シエルが構える。
雨空と灰に覆われた暗い世界を照らす、蒼白い光。
街を越えて響く轟音とともに彼女は飛び出した。雷の如き速さで接近してくる。真正面から受けようものなら確実に再起不能になるだろう。
物凄いスピードで迫るシエルの拳を灰の翼で受ける。接触と同時に翼が崩壊しつつも、なんとか軌道を逸らす。左後ろへ突っ込んだシエルへ何本もの灰の槍を発射する。一本残らず破壊されるが、灰が散ってシエルの視界を埋めている。
背中の灰溜まりから伸びる黒い灰の触手八本。その全てをシエルに向けて突き刺す。黒い灰の強度は先ほど槍の比ではない。十分な脅威になるはずだ。
しかし、彼女は四本を正面から破壊、残りの四本を回避しながら俺に突っ込んでくる。
接近されれば俺に勝ち目はない。なんとしても距離をとる!
「"
右の灰の翼を動かして風を起こす。同時に大量の灰を放出することでシエルの正面を灰の渦で塞ぐ。しかし、
「"
スピードに任せて無理矢理突破するシエル。彼女は既に拳を構えている。
放たれる閃光の右ストレート。俺は灰を纏わせた左手で拳を滑らせる。走る激痛。
直撃を免れてもなおダメージを受けるレベルか。直撃していたら左肩から先が千切れただろうな。
拳に怯えつつも、後ろへ飛んで距離をとる。しかし、シエルも安易には飛び込まず、
「"
雷撃で遠距離攻撃を仕掛けてくる。降り注ぐ雷。
死を直感した。この雷撃を避けても受けても、その隙にシエルは接近してくる。その後の一撃を貰えば終わりだ。
残る手は一つ。前に出る!
地面を吹き飛ばしながら前へ飛び出す。シエルも同様に飛び出している。構えられたシエルの拳。俺も右手を握る。互いの殴撃が交わる直前、シエルは体勢を低くする。見知った動きだ。相手の攻撃を避けつつ、自分の攻撃は胴体に直撃する。以前、鍛練中に何度もしていた動き。
対策なら、知っている。
飛び上がって左足でシエルの右手を止める。咄嗟に手を引くシエルだが、もう遅い。右足で飛び出したシエルの脇腹を蹴り飛ばす。地面を転がるシエルに灰の触手で追撃し、土煙があがる。しかし、突然触手が爆ぜた。
「電流のエネルギーか」
シエルの電流によるカウンター、"
受けた攻撃に超高圧電流を返すというとんでもない技。シエルは格闘術にこの技を混ぜてくる。俺にとって近接戦闘は不利な要素しかないのだ。
しかし、シエルは再び雷撃を放つ。同じパターンだが、さっきの対策はもう通用しない。そのため、雷撃を翼で受けて触手を構える。少し体が痺れた。正面からシエルが迫る。灰の触手を一本にまとめ、蹴りを放つシエルの右脚にぶつける。触手が崩れていくが、蹴りが減速したことで避けられる。
ギリギリで回避した次の瞬間、目の前にはシエルの左脚があった。回し蹴りか!いや、焦るな。
シエルの体勢は悪い。威力もそこまで。受けられるはず――
「受けられるでしょうね、蹴りは。私のカウンターは衝撃に反応するんです。つまり、自分から当てても発動するんですよ。」
シエルの脚が光を纏う。マズい!
「"
閃光が走る。体中を流れる電流。皮膚が焦げ、肉が焼ける。さらに、腹部にシエルの拳がめり込む。内臓を吐きそうになるほどの衝撃。吹き飛ばされた俺の体は、ビルをいくつか破壊してようやく止まった。
あばらが折れ、神経がイカれた。筋肉はところどころ断裂している。灰ももう十分に放出することができない。
何かが右手に触れた。イブ、トロンとの戦いで失くしたヴェルザだ。柄を握って立ち上がる。
「まだ、動きますか」
目の前に来たシエルが目を見開いている。俺は彼女を見つめて
「ああ、死ぬまでな。足掻いて、足掻いて、進み続ける。俺にできるのはただそれだけだ」
失ったはずの確かな熱が宿る。燃えないはずの灰に火がつく。
「俺の手には何もない。空っぽだ。だから、まだ諦めきれねぇんだよ」
ヴェルザが炎を纏う。黒い灰と赤い炎に包まれていく。
俺を睨むシエルが動き出す。地面を蹴って閃光と化す。
「"
一直線に近づいてくるシエルが脚を振り抜く。
ヴェルザの柄とガードの部分で受け止め、弾き返す。着地するシエル。
炎を纏ったヴェルザを伸ばして横に凪ぐ。シエルが上に飛んで回避したところへ、ヴェルザを離して左の拳を振りかぶる。燃える殴打。シエルは両腕で止めるが、そのまま押し込んで地面に叩きつける。あがる土煙。
俺は右足を振り上げて、地上のシエルへ踵を落とす。転がって避けたシエルが貫手で俺の顔を狙ってくる。仰け反って回避するが、衝撃で仮面が割れた。そのとき、指を弾くような音が聞こえた。
何かは分からないが、仮面なんてもうどうでもいい。
シエルの腕を掴み、体を捻りながら投げ飛ばす。受け身を取って着地するシエル。俺はヴェルザを掴む。再びヴェルザが炎に包まれる。俺の残りの波導量的に、次が最後だ。
シエルが構える。両手を合わせて指先をこちらへ向けている。迸る波導と電流。格闘術ではなく、純粋な波導術による攻撃。
俺は両手でヴェルザを握る。切先をシエルへ向け、半身に構える。
地面を踏み砕いてシエルに近づく。流れる視界。その中心に立つシエル。
師の炎と弟子の雷。互いのリーチに入った瞬間、
「"
街を覆い尽くすほどの光。強烈な電流が走り大気が爆ぜる。三度に及ぶ雷撃の爆発。
全てが俺を阻む。対する俺は、
「"
璧のように輝く斬撃。燃え上がる刃。その熱量が周囲の全てを焼き尽くす。
雨が降りしきる街。轟く雷。燃え盛る炎。
シエルの攻撃を押し返しながら進む。
一歩、また一歩。
「うおおおおあああ!!」
ヴェルザを握りしめる。腕にありったけの力と波導を込める。この嵐を、越えられる。
そう思ったそのとき、
炎が、消えた。限界を超えた肉体は耐えきれなかった。
電流と爆発が俺の体を包んでいく。全身に衝撃が加わる。遠くにあったはずのビルの壁にぶつかり、そこで意識が途切れた。
最後に見えた景色は、低い曇り空だった。
シエルは今しがた吹き飛ばしたアッシュのもとへたどり着いた。アッシュの意識は既になく、身体は血まみれになっている。
シエルは最後に見た炎に疑問を抱きつつも、トドメを刺そうとしたそのとき、
「リュミエール隊長!! 下がってください!!」
上空から一体の竜が落ちてきた。土煙をあげて着地する白い竜。その目は横たわるアッシュに向いている。すると、その竜は口を開けて――
アッシュを、食った。
突然の事態を飲み込めないシエルと騎士たち。彼女らを嘲笑うかのように、竜は飛び去っていった。
呆然とする三番隊に、四番隊が合流する。
「こんなところで何してるんですか? みんなポカンと大口開けて」
シンがシエルに尋ねる。
「え、ああ。いきなり竜が飛んできて、『灰貌』を食べて、そのまま……。いえ、こうしている場合ではありませんね。とりあえず作戦の終了を宣言しないと」
こうしてシエルの口から騎士団全体に作戦の終了が告げられ、騎士団員たちは散っていく。ある者はすぐに捜索へと移り、またある者は避難者に状況を説明している。
作戦本部で治療を受けるシエルのもとへ、騎士団本局から連絡が入る。
「何でしょうか? 緊急事態ですか」
『いや、緊急ではない。だが重要なことだ。三、四番隊の作戦遂行中に『ACE』が国内の電波をジャックした。』
「そうですか。『ACE』は、何を?」
『ダインでのテロ行為の犯行声明だ。そして、アヴァリティアスへの宣戦布告。内容を見てもらったほうがいいだろう』
本局の人物はそう言って一本の動画を送ってくる。シエルがその動画を開くと、顔を隠した男の姿が映り、音声が流れ始める。
『アヴァリティアスの諸君、ダインの状況は知ってもらえているかね? そう、今あの都市は危機の真っ只中にある。もちろん我々の仕組んだことだ。これは君たちへの宣戦布告だ。アヴァリティアスに生きる者たちよ、新たなる人類の礎となることを光栄に思うがいい。君たちの屍が人々の明日を作り上げるのだ! 私たちは『ACE』、Anomaly of the Cellular Evolution ―― 人類を、進化させる者である!!』
そこで映像は途切れた。忌々しそうに画面を見つめるシエルの手に力が入る。
「始まるんですね。二十年前と同じ、戦争が」
眩しい光で目が覚めた。目の前には知らない天井。
ここはどこだ。というか俺はなぜ生きている。シエルに殺されているはずでは?
そんなことを考えていると、聞き覚えのある声がした。
「おはよう。いい朝ね。ってもう昼間か」
声の主はふわふわした金髪を靡かせながら歩いてくる。見覚えがある。たしか、
「あんたは、クラリス・ヴェリテ……」
「ええ。その通り。『また会いましょう』と言ったでしょう? いろいろ疑問はあると思うけれど、まずは――」
彼女は俺に手を差し出す。
「ようこそ、『