「何、これ? 人? いや、魔獣?」
「おそらく、人だ。正確には元人間。手足の欠損部を魔獣の一部で補ってるみたいだ」
言っている自分でもよく分からない。魔獣の一部を人体に付けるなんて可能か? 魔獣はあくまでも波導の塊。非生物ではある。義手や義足に使えるかもしれないが、確実に良くないことが起きる。拒否反応や波導量不足に陥るはずだ。
「どうしよう。いくらこの状況とはいえ、人を置いていくわけにも……」
「もう死んでる。無理矢理波導を送って魔獣の一部を残しているだけだ。このまま放っておいて騎士団に見つけてもらう方が良さそうだ」
「そう……かもね。」
悔しそうな顔をするクラリス。救えるのなら救いたいはずだ。でも、残念ながら手遅れだ。割り切るしかない。
「もう戻ろう。一度回収したものの整理もしないといけないだろ?」
「ええ、そうね。もう大丈夫。ちゃんとするわ」
こうして廃工場を後にし、拠点とするクラリスの家に戻る。
「とりあえずこんな感じね」
廃工場で回収したものを分別した。いくらか手がかりになりそうなものがあり、特に重要な物は二つ。人体実験の記録と幾つかの点が打たれた『地図』だ。地図上の点が何を示しているのかは分からない。調べてみても有力な情報は得られなかった。これら二つの書類を含め、手がかりは騎士団にも見てほしいので、コピーを持ち帰ってきた。
「この地図に載っている場所、行くのか?」
「いずれは行くわ。各地で活動してる仲間たちが戻ってきてからになるけれど」
「それまでに騎士団が見つけて調査してるかもな」
「まあ、それはそれで」
そんな話をしつつ、夕食の準備をする。オリーブオイルを馴染ませたフライパンでキャベツ、玉葱、人参、ブロッコリー、ジャガイモとウィンナーを炒めた後、水とコンソメを入れて煮る。しばらく煮詰めたら、ポトフの完成!
「「いただきます」」
「そうだ、明日から二人、この拠点に人が増えるわ。仲良くしてね?」
「分かった。どんな人たちなんだ?」
「それは明日のお楽しみ。一つ言っておくなら、いい人よ。二人とも」
「気になるな。まあ、明日まで待つしかないけど」
夕食、片付け、入浴などを済ませ、その日は部屋で眠りについた。
目が覚める一秒前。なんだか腹の辺りに重さを感じた。
「なんだ?」
と言いながら目を開けて起き上がると、目の前には謎の少女。黒いショートヘアの髪の少女が俺の上に乗っている。バッチリ目が合った。
「あ。クラリスさーん。起きましたよー」
「分かったわ。アッシュと一緒に戻ってきて」
クラリスの言葉と同時に、少女は降りて部屋から出ていく。俺もさっと身支度をしてリビングへ向かうと、クラリスと先ほどの少女に加え、薄い緑色の長髪の男がいた。
「おはよう。そこの二人が……?」
「おはよう、アッシュ。ええ。昨日話した二人よ」
少女と男が自己紹介をする。
「はじめまして~。アン・ハイランドって言うッス。よろしくッス」
「お初にお目にかかります、ミスター。私はザイル・インヴィ。以後、お見知りおきを」
小動物みたいな仕草の少女とまさに紳士とでも言うべき振る舞いの男性。正反対すぎる。
「こちらこそ、はじめまして。俺は……」
言いかけて気付く。俺はどちらの名前を言うべきだ?
ディクトは俺がバーンモルトであることを知らない。シンは自力で気付いて釘を刺してきた。クラリスも二人きりの時以外は『アッシュ』と呼んでいる。
助けを求めてクラリスの方を見ると、口が『ア』の形に開いている。
「アッシュ・グレーンだ。よろしく」
「じゃあ、朝ご飯にしましょ。お互いに聞きたいことは、そのときに」
クラリスが言って全員席に着く。もう出来上がっているらしい。
「「いただきます」」
「今日は私が用意させていただきました」
と自信ありげに語るザイル。確かに美味しい。突然、アンが俺に質問してくる。
「アッシュさんっておいくつなんスか~」
「75だ。二人はどうなんだ? そもそも種族は?」
「私が竜人で72歳、アンは混血で32歳です」
俺の方が上だったのか。なんというか、精神性でザイルに負けている気がする。もう少し大人らしい振る舞いをしよう。
「そういえばクラリスの年齢知らないな」
「レディに聞くとは良い度胸してるわね? 一応言っておくと70よ」
まあ誤差だな。竜人にとって10歳程度の差まではないに等しい。
「そうか、近いな。ちなみに、今日の予定は?」
「何もなければ訓練ッスよ。アッシュさんの力を見てみたいッス」
「場所は私が用意しますので、遠慮なく、全力を見せていただきたい」
「二人とも。アッシュは結構強いわよ。無理しないでね」
クラリスがアンとザイルに忠告する。それなりに強さに自信があるとはいえ、二対一か。なかなか手強そうだな。
朝食を終えて二時間ほど経ち、全員で外に出た。
「ふむ、ここなら十分でしょう」
来たのはすぐ側の広い公園。ザイルは地面に巨大な円を描いている。
「何をしてるんだ?」
「準備よ。訓練をする場所のね」
円を描き終えたザイルそのが中心に立ち、
「"
突如として風景が変わる。緑に溢れた公園が赤い土の荒野に変化した。
「私の波導術です。ここは簡単に言うと別の空間。周囲から隔離された場所。それゆえ、ここでのどのような行動も本来の空間に影響を与えません」
「じゃあ、アッシュさん、位置について~。ほら、ザイルさんもッスよ」
「私は見学ね。この戦いの結果、興味あるし」
「よし、やるか。"灰外殻"」
背中に灰溜まりを生成し、全身に波導を流す。
アンとザイルも準備万端らしい。
「はじめ」
クラリスの合図とともに、アンが一気に距離を詰めてくる。アンが空の右手を振り抜く。その腕の長さではとても俺に届く距離ではないが……、いや、まずい!
「うおっ!!」
咄嗟に灰の翅を展開して守り、飛び上がる。翅が何かによって切れていく。灰で減速したおかげでなんとか避けられた。
「わあ。一回目で無傷とはやるッスねぇ。じゃ、次いくッスよ!」
再びアンが両手を振るう。今度は先ほどより距離がある。だというのにアンの攻撃が届く。灰で防御するも、左腕に一本の切り傷が入った。
よく見ると、アンの両手から何か光るものが伸びている。
「糸か!」
「正解ッス。いや~、よく見てるッスね~。この糸、めちゃくちゃ硬くて。まともに受けたらバラバラになるんで気をつけてくださいッス」
そう言ってアンは両手を振り回す。地面に何本もの線が入っていく。
「さ、構えないと死ぬッスよ、アッシュさん」
アンが右手を横に振るう。同時に左手を上から振り下ろし、回避先をなくしてくる。
だが、問題はない。
「"灰外殻・黒燐"」
灰溜まりの灰が黒色に染まる。翼のように広がった灰が糸を弾き返す。
脚に力と波導を込めるが、俺が地面を蹴り出すよりも早くアンが糸を滑らせる。
もう一度黒い翼で守る。糸自体は防御できるが、このままでは近づけない。ジリ貧になれば波導の効率的に俺が先にダメになる。
「こっちならどうだ?」
翼を消し、灰を八本の触手へと変える。迫りくる糸を触手で弾き返し、一本をアンに向けて伸ばす。
「あわわっ!!」
いきなり対応されたのに驚いたのか、焦って声を上げるアン。
両腕を開いているアンの胴体に灰が当たる瞬間、アンが消え、声も消えた。
「ミスターアッシュ、私のことをお忘れでは?」
響くザイルの声。
突如、舌を出してウインクするアンと余裕のある笑みを浮かべたザイルが、何もない空間から現れる。
コレは、なかなか厳しい戦いになりそうだ。