落ち行く星が見えた。相変わらずものすごい規模の攻撃だな。東部の地形は変わってしまったことだろう。
「拠点に戻るのか?」
横にいるクラリスに話しかける。俺たちが今すべきことはもうない。
「そうね。アンとザイルも戻るみたいだし。……一つ、帰ったら話をするわ。あなたに言っておきたいことがあるの」
拠点に向かうクラリス。俺はその後ろをついていく。
拠点の扉を開け、中に入る。鍵をかけ、リビングへ向かう。部屋には夕日が差し込んでいる。
オレンジ色の光の中、クラリスが振り返る。
「口で説明するより、見てもらった方が速いかもね」
クラリスがシャツを脱ぎ始める。
「ちょっ、いきなり何を!?」
突然のことに手で目を覆っていると、
「目を背けないで、よーく見なさい」
クラリスが俺の両手を掴んで目から離す。
彼女が腕を動かし、シャツが床に落ちる。
下着姿になったクラリスの胸には、
藍色の石が、埋まっていた。
「ま、魔獣核?」
「まあ、正解ね。加工されているから、正確にはマギアよ」
知っている。人間の肉体にマギアを埋め込む。その実験を、俺は知っている。
「『ACE』の、適合実験の被験者……か?」
「ええ、その通り。あなたもでしょう、バーン?」
俺は騎士団に入る以前、『ACE』の研究施設で実験体として過ごしていた。
アヴァリティアスとクレールの戦争によって、俺の生まれ故郷は焼け野原になった。生き残ったのは俺一人。両親の顔も名前も知らぬまま、俺は誰かに拾われた。そうして行き着いたのが『ACE』の研究施設。
そこで、ある銀髪の少女と出会った。最後には、酷い別れになってしまったが。
「ああ。俺はそこから運良く逃げ出せた。その直前、心臓にマギアを埋め込まれたよ。皮肉なことに、二十年前は、そいつのおかげで生き延びれたんだけどな」
「あなたの身体にもマギアが埋まっているとわかったから、仲間に引き込んだのよ。『
「それで……騎士団には入れないから自分たちの組織を?」
『ACE』の実験を受けた人間など、騎士団では受け入れられないだろう。俺が拾われた頃はまだ『ACE』の存在が浸透していなかったうえ、マギアが表面からは見えないため、俺は騎士になれた。でも、クラリスは違う。
「『障壁を越える者』は、騎士団から弾かれる者たちの集まり。普通の人とは違う者たちの居場所。そして、今も『ACE』の実験に苦しむ人々を救うための組織よ。
あなたは私たちの希望。『障壁を越える者』の象徴になりうる存在。だから、これからも手を貸して、バーン」
「最初からそのつもりだよ、俺は。そもそも、騎士団に入ったのは『ACE』を潰すためだ。まあ、師匠と会って『この国を守る』もすべきことに加わったけどな。俺はお前たちと全力を尽くす、そう決めていた。改めてよろしく、クラリス」
「ありがとう……!!」
彼女は本当に嬉しそうな顔をしている。普段とは違う、柔らかい表情。
突然、ガチャリ、と鍵の開く音がした。
「ただいまッス~」
「二人ともいらっしゃるようですね」
扉を開けて部屋に入ってくるアンとザイル。二人の目には俺と上の服を着ていないクラリス。
「あ、お邪魔しました~……。二人でごゆっくりと~。ほら、出ていくッスよ、ザイルさん!」
ザイルを押しながら部屋から出ていこうとするアン。
「いや待て待て待て! 違うって! そういうことじゃないんだ!」
俺が必死に弁明するも、
「はあー!? こんな状態でナーニが『そういうことじゃない』ッスかー!!」
聞く耳を持たないアン。すると、
「アン……? いい加減にしなさい?」
俺の背後のクラリスがスゴい表情を浮かべていた。目が冷たい。怖すぎる。さっきまで澄ました顔をしていたザイルでさえ恐怖している。
「……なるほど、そういうことでしたか」
ザイルにこれまでの経緯を話した。ちなみに、アンは隣の部屋でクラリスから説教を受けている。よほど頭に来たらしい。
「ちなみにですが、私は背中、アンは右肩にマギアが埋め込まれています。アンの 『糸』はマギア由来の波導術なんですよ」
埋め込まれているとはいえ、マギアはマギア。波導を流せば使えることに変わりはない。身体への負担は少し大きいが。
「私のマギアの波導術は『マーキング』です。円を描くと、その円の周囲の状況をどこからでも把握できる。『隔絶現世』の内側で描くと、隔絶した外の様子も見ることができます。私にとってはかなり有用な波導術ですね。ミスターアッシュ、あなたのは?」
「詳しくは分からない。なんせ、一回しか発動してないからな。まあ、おそらく『再生』だ。以前死にかけたときにマギアのおかげで全身の傷が治った。それ以前もそれ以降も、同じように治ったことはない」
「私のは『反転』よ」
隣の部屋からクラリスが出てきた。横にはぐったりしたアンがふにゃふにゃと歩いている。コッテリ絞られたようだ。
「私の波導術を『反転』したものを発動できるの。『真実が見える』の反対、『偽りを見せる』になるのよ」
「なるほど。前に俺の素顔を隠したっていう幻術はそれのことだったのか」
頷くクラリス。
突然、俺とクラリスの携帯が鳴った。
「メッセージ? 学校からか」
長々と書いてあったが、要約すると
『緊急時の人手不足を緩和するために、生徒にはアヴァリティアス騎士団の手伝いをしてもらう』
というメッセージだ。担当するのは避難誘導などだろう。流石に生徒を戦力として見ているはずがない。
「どうしようかしらね、コレ。明らかに行動が制限されるわ」
「拒否できる感じしないけどな」
かなり面倒ではある。しかし、アヴァリティアスにとっても、騎士養成学校の生徒にとっても重要なことなのだ。
「出るしかないかもね。私たちは『ACE』と戦えなくなるのが勿体ないけれど」
クラリスが言うと同時、何者かが扉を開けて部屋に入ってきた。
「君たちは学校に従っておいてくれ。市内の別の拠点に戦力を追加しておいた。心配するな」
入ってきたのは青色の髪の男。どことなく見たことあるような……、と考えていると、その男が俺を見つめた。
「君がアッシュか。分からないかい? 少し前まで通信機で声を聞いていただろうに。まあいいさ。初めまして、テルズ・ヴォーチェだ。よろしく」
「ああ、よろしく。作戦の指揮官、だよな?」
「そうだ。スヴェラトールの行動の指示を出していた。ついでに言っておくと、四番隊隊長のディクトは弟でね、弟からも『面白そうな人』と聞いている」
面白そうな人ってなんだ。どういう評価なんだ。
「まあ、無駄話はこの辺にしておこう。さっきも言ったが、君たちは学校に従っておいてくれ。『ACE』との衝突は騎士団のおかげでなんとかなりそうだ」
「ならいいけれど。私は機会があれば戦うから」
「俺も。何もしないわけにはいかない。もちろん、学校に与えられたぶんはちゃんとやるつもりだ」
「まあいいだろう。好きなようにやるといい。それが、君たちにとっての正解だ。
今日はここに泊まらせてもらっていいか? クタクタでな」
テルズが腕を曲げて言う。
「逆に俺は一旦自宅に戻りたい。荷物やら制服やらが家に置きっぱなしなんだ」
「じゃあまた明日、学校でね、アッシュ」
「ああ、みんなも。おやすみなさい」
外に出ると、辺りはもう暗かった。二十分ほど歩くと、家が見えてきた。ボロアパートの一室の扉を開ける。
誰もいない自宅。静まり返った部屋。
シャワーを浴び、荷物を整理して布団に入る。
緊張のせいか、嫌な予感か。
寝つきがかなり悪かった。