朝、寝ぼけた目を擦る。顔を洗い、身支度をする。朝食は簡単なサラダとチーズ、食パン。遅刻するほどではないが寝坊したのだ。
家を出て学校へ向かう。
下駄箱を開ける。以前はあったいじめも今日はなかった。みんなそれどころではないのだろう。
教室に入る。机と椅子にも新しい傷やいじめの形跡はない。教室中に緊張感が漂っている。これまでの訓練とは訳が違うのだ。とはいえ、流石は養成学校の生徒だけあって暴れだすような人物はいない。
パシリにされることもなく、朝の時間が過ぎていった。
「全員いるかー」
教師が扉を開けて入ってくる。クラスメイトは全員席に着いている。
「まあ知ってると思うが、騎士養成学校の全員に緊急時の手伝いをするよう要請がきた。教師陣も含めて、国内全ての養成学校に、だ。そうは言っても戦ってもらうわけじゃあない。ほとんどはまだ戦力にならんからな」
生徒の経験不足は事実だ。知識はついているので、騎士団に入ってから経験を積んで強くなる者がほとんどである。ごく稀にとんでもない才能の持ち主もいるが。
「まあ足手まといにならんよう、お前たちには一般人の避難誘導をしてもらう予定だ。ちゃんと動けるようにしておけよー」
この日の午前中は、講義の代わりに緊急時のマニュアルの解説を受け、昼休みになった。
知り合いを見て安心したのか、生徒たちの雰囲気も朝より柔らかい。購買で買ったパンを食べていると、
「やあ、初めまして、だな。アッシュ・グレーン、だよな? 少し来てくれないか?」
話し掛けてきたのは他クラスの男子生徒。顔は見たことあるが名前は知らない。
「ああ、そうだけど。何か用か?」
「外で話そう。ここでは邪魔になるだろ?」
立ち上がって教室の外、階段の踊り場に出た。
「俺はシャイトス・サーク。よろしく」
名前を聞いて思い出した。去年の戦闘技能大会――生徒の戦闘能力の実質的なランク付けがおこなわれるイベント――で優勝した生徒だ。学年の人気者らしい。そんな生徒が、
「俺に何の用なんだ?」
「一つ、頼まれごとがあってな」
「頼まれごと? 誰から?」
「先生からだよ。お前、よく集団行動無視してどっか行くだろ? 注意しておけって」
確かに、ドームでも魔獣の討伐合宿でも俺は単独行動だったな。流石にそろそろ怒られそうだ。
「そんで、クラスでいじめられてるのが理由なら、俺の仲間に加えろって言われてる。どうなんだ?」
「遠慮しておくよ。別にいじめが原因でもないしな」
「そうか」
面倒だな、とシャイトスが呟いた。聞こえていないと思ってるんだろうな。まあ面倒なのは分かるが。
すると、階段の上から五人ほどの生徒がぞろぞろと降りてきた。
「シャーイートースくん! 何してるの!」
「昼休み終わっちまうぜー」
「ん? その人は?」
シャイトスが生徒たちを見て反応する。
「みんな、ちょっと待ってろー。俺はコイツと話してるんだ」
シャイトスがこちらを向き直して続ける。
「アイツらがさっき言った仲間。どうだ? 俺としては入ってくれると楽なんだ。頼むぜ」
「明日まで待ってくれないか。少し考えたい」
「よし分かった。じゃ、良い答えを期待しとくぜ」
そう言ってシャイトスは集団の中に混ざっていく。
青春ってヤツか。羨ましいような、そうでもないような。でも、俺には身に余るものだろう。
背を向けて教室に戻る。
午後はこれまで通りの訓練だ。特別なこともなく終わり、下校となった。
歩いて向かう先はスヴェラトールの拠点。鍵を開けると、中にはアンがいた。
「おかえりッス。アッシュさん」
「ただいま、アン。ザイルは?」
「今買い出しに行ってるッス。そろそろ戻ってくるはずッス」
手を洗い、リビングで一息ついていると、
「ただいま」
「ただいま戻りました。おや、ミスターアッシュもいますね」
「おかえりッス」
「おかえり。帰って来てすぐで悪いが、相談したいことがあるんだ」
「構わないわ」
三人にシャイトスから伝えられたことを話す。
「まあ、こんな感じでな。ただ、シャイトスの集団に入るとかなり行動が制限されそうで困る」
「学校だと問題児扱いッスねー、アッシュさん」
「加わっていいんじゃないでしょうか? 断ると余計に目をつけられてしまうのでは」
「そうね。ただ、アッシュとしてはどうなの? その人たちと気は合いそう?」
「うーん、ビミョーだ。話してみないと分からない。ま、参加することにするよ。ザイルの言うとおりだしな」
翌日、朝。普段通り登校し、教室で暇を潰しているとシャイトスがやってきた。俺が教室の外に出ていくと、
「よっ。早速だけど返事、聞かせてもらっていいか?」
「ああ。一緒に行動させてもらいたい」
「オーケーオーケー。じゃあまた後でな。ちゃんと来てくれよ」
シャイトスは答えを聞くと、すぐに戻っていった。
『また後で』というのは今日から始まる緊急時の行動演習のことだ。四人単位の班を作って行動するのだが、俺はクラスから離れてシャイトスたちと行動することになる。
朝の挨拶を終え、行動演習が始まる。隣のクラスの集合場所へと移動すると、シャイトスが待っていた。周りには昨日見た生徒たちが立っている。七人、俺含めて二班ぶんか。
「よっ。ちゃんと来たな。じゃあみんな、自己紹介頼む」
順番に自己紹介を済ませていく。最後は俺だ。
「アッシュ・グレーンだ。よろしく」
「ヨロシク~!」
「よろしくなぁっ」
The・体育会系って感じの男が握手を求めてくる。名前はハート、だったか。それに応じ、握り返す。少し、驚いたような顔をしていた。今度は茶髪の男が笑みを浮かべながら手を差し出した。ブラン、とい名前だった。かなり強いらしい。
「よろしく、アッシュ君」
「ああ、よろしく」
「さて、俺たちも移動しよう。置いてかれちゃ困るからな」
シャイトスが全員に呼び掛ける。今回の実戦演習は校外でおこなわれる。
『騎士団のサポート』と云えども楽な訳ではない。避難誘導、規制線の配置、けが人の救助などやるべきことは多く、危険も少なくない。
訓練の設定としては、開始時刻に学校から見て東にある施設が『ACE』に襲撃され、住民の避難及び救助をおこなう、というものだ。
「さて、いくぞ」
班員は俺以外に三人。
黒い髪の男子生徒 シャイトス。
黒髪ロングの女子生徒 ユーム。
茶色のサイドテールの女子 ライファ。
そして、もう一つの班と協力して動いていくことになる。
ハートやブランはそちらの班だ。
校門をくぐる。訓練開始だ。