「は?」
『クラリスちゃんの胸のマギアを喰えば、形勢逆転が狙えると思わない?』
前方に立つ女、イリュスはそう言った。クラリスは気を失ったままだ。
「そんなことをすれば、クラリスはどうなる」
一体化したマギアを外したならば、波導神経に大きな影響を受けクラリスは死ぬだろう。
「だってそうでしょ? このままだと負ける。二人とも死ぬ。でも、クラリスちゃんを犠牲にしたらあなたは助かるかもしれないわ。違う?」
それは事実だ。俺は、魔獣核を喰えば波導神経の性能が向上する。ブランに勝てる可能性が出てくる。
「それに、あなたにとってクラリスちゃんは何? 自分の目的と命よりも大事なもの?」
「もう説得はいいだろ、イリュス。オレは本来の強さのバーンモルトと戦いたいんだ。無理矢理喰わせよう」
ブランが近づいてくる。
「ほら、その女を離しなよ。核ならオレが取ってやるからさ」
クラリスの体を掴む。灰の触手を構え、先端をブランに向ける。
「はあ。面倒だね、君」
ブランが地面を蹴った。俺の左側に来たブランが刀を振りかぶる。
振るわれる刀に灰の触手をぶつけて止める。
火の粉が舞い、灰が散る。
灰外殻が破られる。刀は地面に刺さった。
俺が後ろに飛ぼうとしたそのとき、
ブランの脚が俺の左腕に直撃する。クラリスの体が離れ、俺は側の建物に突っ込んだ。
「さて、と。じゃ、解体しようか」
ブランが刀を持ち上げた。横たわるクラリスの胸の上に構える。
動け! 動け!! クラリスが殺される!! 体が上がらない。脚に力が入らない。
頭の中で、白髪の自分が聞いてくる。
『また失うのか?』
暗い目をした自分が言う。
『クラリスを失えば、別の誰かを救える力が手に入るかもな』
幼い自分が問いかける。
『俺が、本当に守りたいものは何?』
「俺が、守りたいもの……」
国? 世界? 自分? 仲間?
はたまた遠い過去の約束?
決まっている。答えは一つ。
「全部だ!!」
ブランの刀が突き刺さる。
皮膚と肉ではなく、地面に。
クラリスはもう、そこにはいない。
「ハッ! 流石だよ。それでこそだよ! バーモルト!!」
「まさか、この土壇場で?」
ブランとイリュスが目を見開いている。
波導神経が活性化する要素は主に二つ。
ある程度過剰な波導の使用。
そして、瞬間的かつ莫大な、ストレス。
白と灰が混ざった髪の男は、クラリスを抱えながら、
「お望み通り、燃やし尽くしてやるよ。ブラン!!」
「ハ~イ、ちょっとタンマ~。久しぶりー、『灰貌』。そのコは医療班まで連れてくよー」
いきなり上空から降りてきたのは、
「レレア? 騎士団が着いたのかって、あ、ヤベッ!」
パシャリ、と写真を撮る音。
「いやー、イイ表情してるねー! 『灰貌』の素顔激写ー! じゃ、預かるよ。大丈夫、必ず助けるから」
クラリスを抱えてビルの上を飛び渡っていくレレア。
「あの『六天』はわたしが追うわ」
とブランに告げ、イリュスが飛び出した。
「邪魔者は消えた。ヤろうか、バーンモルト。これは、オレという存在の証明だ!」
ブランが両腕を広げ、俺を見つめる。
「証明? 知らねぇよ。俺は、お前が気に食わないからぶっ飛ばす。それだけだ」
俺の全身を炎が包む。
ブランが刀を構え、火が点いた。
燃え盛る二つの火炎。
轟音、爆発とともに飛び出す。ブランが剣を振り抜く。
袈裟斬りを下へ回避、燃える拳でブランの腹を殴る。片腕で受け止めるブラン。もう片腕で刀を振り上げている。斬撃を転がって避け、体勢を立て直す。
ブランから距離を取れた。落としたヴェルザを拾っておく。
「速くなっただけかい? バーンモルト!」
ブランの火力が上がる。刀から紅蓮の炎が立ち上り、爆発とともに俺に迫ってくる。
ブランの刀をヴェルザで受けると、ブランが連撃を放ってくる。
斬撃の度に炎が巨大化していく。火力が上がり続けている。
「いつまで耐えられるかな? ほら、反撃してこいよ!」
ブランの斬撃の威力に耐えきれなくなり、足が下がってしまう。
ブランが刀を振りかぶり、俺に飛び掛かる。
「終わりだ。炎の火力は上がりきった。焼き尽くしてやるよ!
"
周囲を溶かし、焦がす炎が刀身を覆う。
先ほどとは比較にならない熱。
刀が振り抜かれる前に、波導を帯びたヴェルザを振るう。
「その程度、今更効かないなぁ! 」
蛇腹状のヴェルザを弾きながら、ブランが突っ込んでくる。
ヴェルザがブランを囲う。
無視してブランは進み続ける。
俺の身体に刀が届く。
その前に、波導術を発動する――
「ヌルいな、お前の火は。最大火力が足りない。『火力を上げていく』じゃ足りない。俺には届かない。
俺の炎は、発動する瞬間から最大火力だ」
ヴェルザの周囲に波導が満ちる。
「
"
一瞬でブランが炎に包まれる。
ヴェルザの全体から同時に、超出力の火が出現する。
「な、にっ!? ぐああああ! あっ、熱う!」
「弱くなったとはいえ、元『六天』を甘く見るな。ま、活かすための次回なんてないが」
ヴェルザを元の長さに戻す。ブランはまだ炎に包まれたままだ。
「がああっ!! 焼ける、焦げる!!」
地面の上でのたうち回るブラン。腹を蹴り上げ、ビルに突っ込ませる。ビルの中でスプリンクラーが作動し、水がかかる。
「まあ、このくらいだと消えないか。殺しはしない。牢に入る前に反省しておくこった」
ブランの首根っこを掴んで持ち上げる。
レレアが向かった方向に進んでいると、シャイトスやハートたちがいた。
「アッシュ。その髪は……? ブランは……?」
すこぶる悪い顔色でシャイトスが尋ねてくる。
「髪? 俺からは見えな、あ、白髪生えてる」
目にかかった髪の一部が白くなっていることに気づいた。波導神経が活性化した影響か?
「ブランは、ほら、まだ生きてる。騎士団に引き渡すつもりだが。何か、言っておくか?」
ハートがすぐに答えた。
「ああ。頼む。少しでいい。時間をくれ」
「もちろん、いいぜ。そこで待っとく」
ブランを置いて離れる。もう抵抗することもないだろう。
ハートがブランに近寄る。他の生徒もその後ろにつく。
「なあ、ブラン。俺たちの仲は、これまでの思い出は、嘘だったのかよ。俺にとって! お前は、仲間なんだよ! ブラン!」
「言ったじゃ、ない……か。オ、レは、嫌いじゃなか……ったよ。迷ったさ。なん、ども。何度、も。でも……譲れ……なかった。オレは、オレ、は……」
「馬鹿野郎……! そんなこと、俺たちは、どうすれば良かったんだよ! どうすれば、お前と……いられたんだよ、俺たちは」
「ゴメ……ンな。オレは、バカで、クズで、どうし、ようもな……い、な」
ブランが目を瞑る。手から力が抜ける。
みんなが驚愕と不安が入り混じった顔をしている。
「死んじゃいない。気絶しただけだ」
ハートたちに言う。すると、シャイトスが話し掛けてきた。
「悪かった、アッシュ。それに、ありがとうな。ブランは、こんなんでも、友達なんだ。声が聞けて、良かった」
「そうか。こいつは騎士団に引き渡す。殺されはしないはずだ。気が向いたら、面会に行ってやれ」
ブランを抱え、その場を後にする。
「お前なら、やり直せるかもな。ブラン」
俺にとってはただのクズでも、あいつらにとってはそうじゃない。お前を待ってくれる人が、いるかもしれない。
焼けた頬には、涙の跡が残っていた。