「騎士団に入ったばかり、いや、もっと前からいっつも死にかけて、それでも諦めなかった。」
聞きたくない。あの頃の俺はもういない。
「いるよ。まだここにいる。守ってきたはずのものと敵対して負けた程度じゃ、貴方の熱は消えなかった。諦めきれなかった。」
諦めきれなかったのは事実だ。でも、今の俺には何も無い。
「そうだね。何も無いよ。
悲しみと期待に満ちた目をしながら、そう言い残して彼女は消えていく。
二十年前のあの日、俺は死にきれなかった。自分の全てを捨てて生き残った。まだ抗える。まだやるべきことが残っている。
目を開く。脳が冴えていく。燃え尽きたはずの神経が熱を持つ。
顔を上げる。敵を睨む。拳を握り立ち上がる。
「トバすぜ」
先程までとは比べ物にならない速さで魔獣に近づき、掌から膨大な量の灰を発生させ、槍のように成形して突き刺す。魔獣の体表の棘が何本か折れ、再び俺に殺意が向けられる。
「ちいっ、浅いな。簡単にはいかないか」
今の俺は波導神経全体のうちの三割程度が使えるようになっただけだ。それに加え、かなりブランクがあり、そのうえ灰の使い方に慣れていない。ならば、と思い逃げるように疾走する。後ろから足音を響かせながら魔獣が追いかけてくる。
「ギギギ、ゴギャアアッ!!」
魔獣が咆哮とともに触手を振り回す。触手で建物を破壊しながら狙ってくるため、瓦礫にも意識を割かねばならない。俺も、コイツも!
「っ!邪魔だあっ!その触手!!」
瓦礫の陰から飛び出し、灰の粒を振動させながら刃状に形成して波導で覆い、触手に打ち付ける。激しい衝突音が響き、灰が霧散し、触手が切れる。
「キアアアアア!!」
「うおわっ!」
残った触手をなんとか回避して距離を取る。どうしたものか。現状、俺の火力では明らかに殺しきれない。周囲を見渡し、だったら、と周辺で最大のビルへ走る。魔獣から離れすぎず、追い付かれない距離を保ち続ける。ビルに到達する。
エントランスを通り、入り口の反対側へと走る。直後、魔獣がエントランスを破壊する。壁を壊し、ビルを抜けた瞬間、高速振動させた刃状の灰を手から伸ばし、ビルを横に切断する。刹那、魔獣が壁を破り、牙を剥くーー
が、その牙が届くことはなかった。外壁と柱を切断された事で轟音とともにビルが崩壊、上階が魔獣の身体を潰したのだ。三十階建てのビルに押し潰されればその巨体であっても圧死する。
「ゴア……アア……ア」
呻き声を上げながら魔獣は消滅した。崩れたビルの側に、波導を放つ、手のひら大の石のようなものが落ちていた。魔獣核だ。
「は……?」
それ自体に異常はない。魔獣が消滅したのだから核が残るのは当然だ。圧縮された時に飛び出たのだろう。問題は数だ。
「な、なんで三つも?それに……」
基本的に、一体の魔獣に核は一つ。稀に複数持つ個体も存在するが、一つ一つの形状、色は似通っている。しかし、今目の前にあるのは、色も形も全く違う三つの核。魔獣核は売ったり武器に加工したりすることができるため、とりあえず回収していたその時。
「まさか、騎士団でもない奴にやられるとはな」
背後から低い声がした。咄嗟に持っていた魔獣核をしまい、灰を盾のように構えるも、
「脆い」
男の拳がいとも簡単に灰を貫き、そのまま腹部に直撃するーー
数分後、ゼリアのオフィス街近辺にて。赤髪の女性ーーアヴァリティアス騎士団三番隊副隊長であるイブ・ランデルが部下を連れて瓦礫の山を歩いていた。
「ひどい有様ですね、副隊長」
「そうだな。しかし、まったく魔獣と人の気配がない」
「ホント、誰が倒したんですかね」
騎士団が被害地域に到着した頃には、すでに魔獣の姿も、魔獣核もありはしなかった。この不可解な状況に、現場の誰しもが戸惑っていた。
「引き続き、周辺の警戒を怠るな。魔獣の痕跡及び、保護した子どもたちが言っていた『灰色の髪の青年』についても手掛かりを探し出せ」
日が暮れてもなお懸命な捜査が行われたが、有力な物証、痕跡の発見には至らなかった。