ディクトが膝をつく。腹部からは血液が垂れ、氷柱に当たって朱色の氷が伸びていく。
「隊長! 今すぐ手当てを!!」
四番隊の一人がディクトに近寄ろうとするが、
「ダメだ!! 奴から目を離すな!! この程度なら、僕は死なない」
氷でできた城から銀髪の女性が歩み出てくる。
そして、その横には、紫色のローブに身を包んだ男がいた。ディクトを刺した張本人であり、そばにいたシンやザイルたちが反応するより速く事を終わらせていた。
「『王』よ、なぜここに?」
銀髪の女性がローブの男に尋ねる。眉間には少し皺が寄っていた。
「君の実力に不安があったわけではないよ。自分の手でやりたかったことがあった。そのついでさ」
落ち着いた、どこか他人に恐怖と安堵を与えるような声で男は話す。
「ほら、そこの二人。彼女には見覚えがあるだろう?」
男がアンとザイルを指差し、布を一枚捲る。内側から現れたのは、気を失ったままの――
「クラリスさん!!!」
「ああ、そんな名前だったね。私の大切な実験体の一つだ。それも、君たちとは違って成功にかなり近い。連れていくが、構わないかな?」
「ミス・クラリスは私たちの仲間だ。返して頂きましょう!!」
「あんたなんかに渡すもんか! 許さないッス!」
アンとザイルがローブの男に飛びかかる。しかし、銀髪の女性が作り出した氷に阻まれて『糸』は届かない。
「ふむ、所詮気概だけだね。まるで使いこなせていない。やはり君たちは失敗作だ。後ろの騎士団ごとまとめて処分しておいてくれ」
「了解」
銀髪の女性が前に出る。彼女が右手を挙げると、四番隊と六番隊を囲むように分厚い氷の壁が出現した。
挙げた右手に波導が集中し、周囲の全てが凍るほどの冷気が漏れだしていく。
「させへんよ」
レレアとシンが銀髪の女性に攻撃を仕掛ける。シンの槍が女性の胸を貫く寸前で、シンの動きが止まる。
「は? なんや、コレ? 体が、動かん!」
槍を少しでも突き出そうとするシンだが、彼の腕が前に出ることはない。
「はあっ!!」
レレアが十メートルほど離れたところからエネルギー弾を放つ。銀髪の女性は背を向けたまま、
「届かないよ。貴方たちの攻撃は全部無駄」
エネルギーが霧散する。氷に阻まれたのではない。銀髪の女性に当たる直前で弾が消失したのだ。ディクトが重傷を負い、シンとレレアの攻撃は届かない。
目の前の絶望的な光景に、騎士団員たちは何もできずただ立ち尽くすのみ。
「さようなら。全員地獄で待ってなさい」
銀髪の女性が空に両手を伸ばす。
雲が割れ、山と見紛う大きさの氷塊が現れた。落ち行く先はこの街。
氷の壁の内側が絶望で満ちていく。
避難所となっている学校では、人々の悲鳴が木霊する。
地上に落ちる、その直前。
「間に合ったか。急いだ甲斐があったな」
氷塊が砕け散る。
突如として飛来した複数の隕石が直撃したのだ。
氷の壁の上に
「アヴァリティアス騎士団一番隊、ここに」
「『ACE』の『王』が来ているそうだな。面倒な宣戦布告もしてくれたものだ。ここで、死んで貰おうか」
氷塊を破壊したのは、
『六天』 アルス・エルバート
全員の視線が彼に集まるなか、
「クラリスは、返してもらうぜ」
『王』の背後で炎が舞う。
振り抜かれた蛇腹剣が紫色のローブを捉えるが、銀髪の女性が氷で刃を覆う。
灰と白の髪の青年と、銀髪の女性の目が合う。二人は目を見開き、口を開く。
「そう、いたんだ。弱くなったくせに、よくやるね」
「お前こそ。相変わらずのしかめっ面だな。年取ると皺が消えなくなるぞ」
「生意気な性格は変わらないんだね、バーン」
「お前の方が何倍も生意気だろうよ、カノン」
目の前にいる銀髪の女性。見紛うはずもない。俺とともに『ACE』の実験を受け、最後には離別した女、カノン・グラキエス。
『ACE』の一人なのは知っていたが、こんな前線まで来ているとは。
それに、横の紫ローブの男、コイツは――
「ふふっ、ふはははっ! そうか、まさか君の方から来てくれるとは。私は運がいい。久しぶりだね、バーンモルト」
「『ACE』のトップがでしゃばってくるとはな。ついに『ACE』も人手不足か? というか、クラリスを返せ」
起動したヴェルザを構える。俺一人であれば絶対に勝ち目はないが、反対側にはアルスたちがいる。勝機だ。潰す、今ここで。
「それは出来ないね。それに、潮時だ。私たちに構っている暇はないのだよ、バーンモルト。アヴァリティアス騎士団、君たちもだ」
振り返った『王』をアルスが見つめる。
「フン、みすみす逃がすと思うか?」
アルスが『王』とカノンの前に着地する。
「逃がさざるを得ないんだよ」
その言葉と同時、ゼリア全体に波導が充満していくのを感じる。まさか、
「お前ら、『導脈』を!?」
「察しが良い。いや、これでも悪くなった方かな? 以前ならもっと早く気づいていただろう。さあ、時は満ちた。この街を魔獣で覆い尽くそうか!」
ゼリアの各地で魔獣が発生する。中心街の真下を通る『導脈』をハッキングしていたのか。
騎士団が戸惑い、俺もどうするべきか考えていると、『王』とカノンは氷の壁の上へ飛び上がった。
カノンが最後に言葉を紡ぐ。
「じゃあね、バーン。次に会う時こそ、約束を果たそう」
次に、『王』が口を開いた。
「ああ、アヴァリティアスの諸君。言い忘れるところだった。すぐにでも連絡が入るだろうがね、伝えておくよ」
俺は二人を追うが、間に合わない。騎士団全員が次の言葉を待っている。
「二番隊と五番隊から連絡はあったかい? なかっただろう? 当然のこと。
ジーデン・スパーダムは死んだ。それに、二番隊も壊滅したよ」
そう言い残して、二人は去っていった。