第三十五話 未来死
夢を見ていた。
もう、六十年も前のこと。
焼けた村。霞んだ視界。黒い人影。
誰かが俺の腕を掴む。目を塞がれ、連れてこられたのは無機質な白い部屋。その中心に銀髪の少女が立っている。
「私、カノン。貴方は?」
「バーン。バーンモルト……」
カノンとはすぐに仲良くなった。特にやることもない部屋の中で、二人で考えた遊びをする。度々黒い服の大人たちに別の部屋に連れていかれては、実験と称してよく分からないことをされる。いつも傷痕と痛みが残っていた。
夕方になると、紫色のローブの男がやって来る。俺とカノンをまじまじと観察し、そばの黒服の男に
「上出来だ。この調子で頼むよ。しっかり記録もつけておいてくれ」
とだけ言って帰っていった。
あるとき、観察するだけじゃ不満だったのか、その男が俺たちに話しかけた。
「君たちは将来、人類を救うんだ。痛いこともあるだろう。辛いこともあるだろう。でもその全てがみんなの未来を作るんだ」
そんな言葉を吐いて部屋から出ていく。
ある日、俺たちを監視していた黒服が本を置いて部屋から出ていった。俺とカノンは一瞬顔を見合わせ、すぐに本を開く。たくさんの写真と解説の文字が並んでいた。
「なんだろうね? これ」
カノンが一つの写真を指差しながら言う。
「これか? これは『火山』っていうらしいぜ」
カノンは、言葉は話せるが文字の読み書きはできない。十才くらいだというのに何年も前からこの施設にいるせいで、文字に触れる機会がなかったそうだ。言葉は黒服が教えてくれたのだと聞いた。
「へえー、かざん、火山ね。その横の、石と水みたいなのは?」
「これだな。これは『温泉』って言うらしい。温かくて、みねらる? とかいうのが入ってるんだって。人が中に入ると体にいいみたいだ」
「お風呂みたいな感じ? でもいいなあ。いつか入ってみたいな! もちろん、貴方も一緒にね!」
無邪気に笑うカノン。こんな部屋の中でも、いつも楽しそうに笑顔を作っていた。
その顔が、曖昧になる。表情が消え、冷たくなっていく。
景色が変わる。無機質な部屋から森の端の崖際へ。
「え?」
俺の口から声が漏れる。
俺の心臓を貫く氷。目の前には無表情なカノン。氷が引き抜かれ、鮮血が噴き出しながら凍っていく。
彼女が俺を崖から突き落とす。
「じゃあね、バーン。次、また会えたら、今度こそ私と……」
そう言ったカノンは、ひどく悲しそうな目をしていた。
目が覚めた。見慣れてきた天井。
俺やアン、ザイル、テルズの他にも、各地に散らばっていた『障壁を越える者』のメンバーが暮らす新五番隊隊舎。一ヶ月ほど暮らしてようやく生活に慣れてきた。
「おはようございます、ミスター・バーン」
「おはようございまッスー! 今日は一日中晴れるみたいッスよ」
「ああ、おはようザイル、アン」
その後もメンバーたちと挨拶を交わし、朝食をとる。
五番隊隊長ジーデン・スパーダムの死と二番隊隊長マティク・ワイルズの裏切り。アヴァリティアス騎士団全員に衝撃を与えた二つの出来事。これらによる戦力不足を補うため、俺と『
新五番隊の隊長はテルズ・ヴォーチェ。元騎士団であるうえディクトの兄ということもあり、他部隊の隊員からの信頼も厚い。それゆえ騎士団側が彼を隊長にすると決めたのだ。
一方、副隊長には『障壁を越える者』側からザイルが推薦され、そのまま就任した。本人は
「ミス・クラリスが戻ってきたら譲りますよ。本来、私がいるべき立場ではない。それまでは精一杯務めるつもりです」
と言っていたが、メンバーをまとめる手腕は流石のものだった。
もちろん俺はヒラである。裏切り者に権力と立場など与えられるはずがない。それどころか首輪を付けられた。チョーカーのような見た目だが、等級が高い騎士団員が持つスイッチを押すと首が飛ぶ。
さらには、俺のバイタルと位置情報は常に監視されている。
『一応味方だけどまあまあ危険人物』として警戒されているのだ。
もともとは会話が聞かれ、周囲の状況を録画されるというプライバシーを侵害しまくる機能がついていたが、三度の『ACE』の撃退が評価されたことでマシになった。
その際、何人か『ACE』の構成員を捕まえて問い詰めたものの、クラリスの居場所の手掛かりや『王』及び幹部らについての情報は得られなかった。
訓練に励み、『ACE』の警戒をしていたある日、俺は騎士団本局に呼び出された。ゼリアにある隊舎からキャンドの本局までは最速で三時間。
朝七時に出発し、何事もなく到着した。守衛に要件を話して通してもらい、エントランスで受付を済ませる。
騎士の一人に案内された部屋で待っていると、入ってきたのは、
「ハァー、久しぶりだな、バーンモルト。お前が絡んだことでろくなことになった試しがない」
「対面して最初にすることがため息をつく、なのはどうなんだ、コール」
コール・ポーター。俺が騎士団にいた頃は本局の中間管理職だったが、今や局長になっている人物だ。純人間なので普通に老けていた。貫禄が身についたな。調子に乗るから本人には言わないけど。
「胃に穴が空きそうなことばっかり起きててな。疲れてんだよこっちも。それに、俺ぁただのパシリだ。呼び出したやつならすぐに来るから待ってろ。
……随分、変わっちまったな。俺も、お前も」
コールはそう言って部屋から出ていく。
それから五分。廊下で話し声が聞こえた。
カツン、コツンと足音が近づき、扉が開く。
入ってきたのは二人。
緑色の髪に切れ長の目をした長身の男性。もう一人はベージュがかった白い髪に丸い目の女性。
「よ、久しぶりだな。三十年くらい経ったか?」
「お久しぶりです、バーン。元気にしてましたか?」
二人に挨拶を返す。
「久しぶり、ブレン、ロゼ」
ブレン・リュトモス、ロゼ・リュトモス。二人は竜人の兄妹だ。
特筆すべきはその圧倒的な強さ。
二人は同盟国であるポテンティアの最高戦力であり、全盛期の俺でさえロゼ相手にはギリギリ勝ち越し。ブリーズには二勝三敗で負け越している。もちろん、訓練においてだが。本気で殺しあったことは一度だけある。
以前はアヴァリティアスとポテンティアの関係はあまり良くなく、戦争に発展しかけたこともあったが、無駄な犠牲を払いたくないということで騎士団上位層どうしで代表戦をすることになったのだ。
俺、クロス、レレアの三人がかりでロゼとブレン相手に互角だった。
激闘の後に無事和解して同盟を結んだ。それ以降二人とも良好な関係が続き、合同訓練では何度か手合わせをした。周りへの被害がデカすぎて毎回止められたが。
そんなこんなで知り合いの二人が目の前にいる。事情はある程度把握しているようだが、どこから話したものか。
そう思案していると、
「これまでのことは聞かせて貰った。あのアルス? とかいう『六天』に。アイツ強そうだな~! 今度手合わせする約束したぜ!
さて、どうなんだ、バーン。お前は、アヴァリティアスの騎士としてまたやっていけそうか?」
ブレンが聞いてくる。後ろでロゼもウンウンと頷いている。
「まあ、やっていくしかないだろうよ。こんな俺でも、信じてくれる人たちがいるんだ。戦い続けるさ」
「余計な心配だったみたいですね。これからはポテンティアもクレールと『ACE』相手に戦いますから、必ず生きて勝ちましょうね」
「途中でアッサリ死なないでくれよ? アヴァリティアスにはまだお前が必要だろう」
「縁起でもないこと言うなよ。俺は弱くなってんだ。ま、『ACE』相手に負ける気は微塵もないけどな!」
その後、これまでの生活の話をしたりポテンティアの現在について聞いたりし、数時間が経った。
「もう時間だな。名残惜しいが、じゃあな、バーン」
「また会いましょう! 今度は、ご飯とかお酒を用意して話したいです!」
「ああ、楽しみにしてるぜ。またな」
二人と別れを済ませる。
部屋の外に出ると、コールが立っていた。
「楽しそうだったな、バーン。
……重要な話だ。次の『ACE』の襲撃の場所と日時の予測が立った。予想される規模も相当だ。対処には当然お前にも参加してもらうわけだが――
ぬかるなよ、バーンモルト」
「それは、
「ああ。だから伝えた。死ぬなよ」
「努力はする。全力で抗ってやるさ」
コールの忠告の意味はただ一つ。どうやら、このままではその作戦で俺は死ぬらしい。