コールが続けて話す。
「一応アポは取った。今からでも会いに行け。こんなところで死なれちゃ困っちまう」
「え、今から? もう十八時だぞ。あいつがいるところまで六、七時間……。
日、跨ぐじゃん」
ぼやいていると、後ろからアルスが話し掛けてきた。
「いいから行ってこい。この国は本当に終わるぜ、アンタに死なれちまったらな」
「買い被り過ぎだ。まあでも、死にたくはないから会って話を聞いてくる」
俺の死を予言したあいつ、といのは『巫女』という人物である。アヴァリティアスにとってはかなり重要な人物の一人であり、今回の予言などの情報を騎士団に提供してくれている。彼女が俺の死に方を知っているならば、話をする価値はある。『巫女』が見るのはあくまでも現時点での断片的な未来。ある程度変えられる余地が残っているのだ。
騎士団本局を出て七時間。辿り着いたのはアヴァリティアス北部の谷。真っ暗なため遭難しないか怯えながら山中を進んでいく。
周囲を山に囲われた暗い森を抜けると目に映るのは、荘厳にして壮麗な神殿。外壁には一片もの綻びはなく、月明かりを受けて白く輝いている。
巨大な扉を叩く。返事はない。
午前一時だし当たり前か、などと思い引き返そうとしたところ、急に扉が開いた。
周りには誰もいない。警戒していると扉がパタパタと動く。入れ、ということだろうか。
神殿の中に足を踏み入れる。内部も外壁と同じように傷や汚れがまったくない。時が止まっているかのように静かだ。
少し進んで見えてきた神殿の奥、一段高くなった場所に彼女は立っている。
神殿の中を流れる水が鏡のようにその姿を反射する。天井から漏れる月光は彼女一人だけを照らし、暗い世界に一輪の花が咲いている。祈りを止め、俺の方に振り向く。
「……来ると思ってた、バーンモルト。視たもの全部を教えてあげる」
絹のような真っ白の髪。
未来を見通す透明の瞳。
『神託の巫女』と呼ばれる彼女の名は
スフィア・アヴニール
遥か彼方にアヴァリティアスに飛来した特殊な竜の一族の末裔にして、アヴァリティアス王家の血も引いている混血の女性だ。
俺が『六天』であった頃にも何度か会っている。主にアヴァリティアスの未来についての問題が見えた際、対策を考えるために詳しい情報を聞きに来たくらいだが。
あまり人とは喋り慣れていなかったらしく、初対面にも関わらず
『あなた、そろそろ死ぬわよ』
なんて言われたときはとんでもない奴だと思った。今ではかなりマシになったみたいだ。
「これまでのことは把握済み。今は未来の話を優先しなきゃ。あなたはこのままだと死ぬ。因縁の相手に心臓を貫かれて、そのまま……」
スフィアが俺の胸に貫手のジェスチャーをする。
「因縁の相手? あー、バキラ・オードか? 心臓を貫かれる、と。なるほど。
どう対策すればいいんだ、それ。普通に戦闘で負けてないか?」
今の俺ではバキラと戦って勝つなんて不可能に近い。仲間がいれば話は別だが。
「その通り。あなたに残された選択は二つ。短期間でできるだけ強くなるか、もしくは戦闘に参加しないか。
前者ではまだ死ぬ可能性がある。後者ではあなたのぶんの戦力の穴のせいで、別の誰かが死ぬかもしれない」
「前者しかないだろう。バキラが相手ならなおさら逃げるわけにはいかない」
「そう言うと思った。だからここに来たのは大正解。
あなたが死んだ、正確には死にかけた後にね、あるものを従者が拾ってきてくれたの。これ、『相棒』なんでしょ?」
「ああっ!! こんなところにあったのか! 『レディン』!」
『レディン』というのは俺が『六天』時代に使っていた剣のマギアだ。アルスとの戦闘の後に失くしてしまったのだが、スフィアが持っていたとは。
「手に馴染む? これだけで勝てるようになるわけではないけれど、きっと役に立つから」
「ああ、前とまったく変わらない。有り難く使わせてもらうよ」
「あと、最後に。ついてきて」
そう言ってスフィアが神殿の外へ歩きだす。その後ろを追いかけ、神殿の裏へと回る。
途中、スフィアが神殿の中に咲いていた一輪の花を摘んでいたのが見えた。
「ここでいいかな」
暗い夜と豊かな自然の中でスフィアが立ち止まる。
緑の草原の中心。空には数えきれないほどの星が光っている。
ふと、俺の頬を白い光が撫でた。
「ん? これは……」
花びらが風に乗る。灯りとなった花弁が俺とスフィアを照らしている。
「綺麗でしょ? 神殿のそばに生えてる花をわたしが摘んだときだけ花びらが光るの。多分、わたしの血筋と波導に反応してるのね」
「そんな花があるのか。そういえば俺はいつも明るい時間帯に来てたっけ」
「そう。初めて見せるわ。これは
スフィアが両手を掲げる。その手から花びらが放たれ、光となって飛び回る。そよ風と木々の音だけが響く世界に彼女の声が木霊する。
「その過去に称賛を。
その現在に憐憫を。
果てなき未来に祝福を。
『
草原に光が満ちる。あまりの眩しさに閉じた目蓋を開くと、スフィアが俺を見つめていた。
「うん、成功。あなたの運が良くなったはず。何かしらの役には立つかも」
「運、か。意外と重要だからな。ある程度の実力差は運と相性で簡単にひっくり返る」
「そうなんだ。じゃあ、ほら。お代。今ここでできることは全部やったから」
そう言ってスフィアが手を伸ばす。
「まったく、仕方ない。怪我されても困るしな」
スフィアをおんぶして山を下っていく。従者に甘やかされてきたのか、両親がいないのが寂しいのか、割とスフィアの精神は幼い。あくまでも神殿が山にあるだけで、日常生活自体は麓でしているそうだ。
麓にある巨大な屋敷の玄関の前でスフィアを降ろす。すぐに従者の一人が屋敷から出てきた。
「すみません、スフィア様をありがとうございました」
いや全然、と応えると、従者はスフィアにすぐ戻るよう進言する。
それを受け入れて別れ際にスフィアが言う。
「ここから先はあなた次第。頑張ってね」
「おう、ここまで手貸してもらって負ける訳にはいかないさ」
そう返答して、俺はゼリアに戻るために歩いていく。
未来に不安はある。それでも、ただやれることをやっていくだけだ。