正午、俺はようやくゼリアに戻った。ゼリアとキャンドの間で三時間、キャンドと神殿の間で六時間。二日間で往復十八時間の大移動というハードスケジュール。電車での座りっぱなしの状態と山登りのせいでクタクタである。
隊舎に戻って真っ先にシャワーを浴びて体を乾かした後ベッドへダイブ。夕方七時頃に目を覚まし、欠伸をしながら共同スペースの広間に向かう。
「よく眠れたッスか? バーンさん」
アンが夕食の準備をしながら聞いてきた。バッター液に浸けられた魚と油が溜まった鍋。今日の夕飯はアジのフライか。
「ああ。そりゃもうぐっすりと」
と返しながら冷蔵庫を開けて卵、マヨネーズ、玉ねぎ、調味料を取り出す。卵を茹でながら玉ねぎを千切りにしておき、ゆで卵を潰して玉ねぎ、マヨネーズなどの調味料と混ぜる。
「っし、こんなもんかな」
タルタルソースの完成だ。アンが用意していたアジフライの方も出来上がったので、皿に盛り付けてテーブルに並べていく。すると、ぞろぞろと隊員たちが外から戻ってきた。
「おや、これはすみません、二人とも。今からでも手伝うものがあれば」
ザイルが扉を開けて部屋に入りながら言う。他の隊員たちもせっせと支度を済ませて準備を始める。
「構わないさ。そっちのやつ頼んでいいか?」
作りかけの料理を指差すと、ザイルがすぐに続きを進めてくれた。
準備を終えて夕飯を食べる。『
片付けを終え、隊長であるテルズに二日間の内容を報告する。もちろん、俺が死ぬという予言も含めて。ザイルとアンには死ぬ未来予測の話はしていない。必要以上の心配をかけてしまうかもしれないと思ったからだ。とはいえ、隊の誰にも言わないというのは流石にまずいのでテルズには伝えておいた。テルズは、
「そうか。そのバキラとかいうやつと対面したらすぐに言ってくれ。役に立つかは分からないが何人か向かわせる」
と言っていた。『ACE』の大規模な襲撃が近いことについては各隊に伝えられていたらしい。既に部隊の動きも決まっているそうだ。
隊長室を出て、身支度を済ませてから眠りにつく。まだかなり疲労が残っているのだが、明日からはハードな訓練もしていく必要があるので早めに寝た。
翌日、午前十時頃。
木の枝を飛び移る。ギリギリまで引き付けては回避するを繰り返す。
「ぬぬぬ、当たらないッスねー。流石!」
縦横無尽に振り回されるアンの『糸』を避け続ける。向こうも本気ではないとはいえ、『受ける』という動作ができない環境ではなかなか大変だ。
訓練の一環である。動体視力や身体操作といった基礎的な部分を強化するためにおこなっている。バキラの攻撃は一発でも直撃すれば致命傷になる可能性がある。できるだけ回避する能力を上げておきたいのだ。
「むぅ、そろそろ避けられ過ぎてイライラしてきたッスね」
「え、おい。ちょっと待てー!!」
アンが両手を振りかぶる。振り下ろされのは人が絶対に通れないような目の細かい網。しかもかなり巨大なせいで逃げ場がない。詰んだ。
「うおわーーっ!!」
「ふっふーん! どうスか? バーンさんでも避けられなかったッスね!」
自信を顔に浮かべながらアンが笑っている。一方俺は糸が絡まって動けない。
くっ、負け惜しみだ。負け惜しみでしかないが……!
「武器が、武器さえあればー!」
「ダメッスよー。『受ける』じゃなくて『避ける』訓練なんですから。もっと速く走るッス!」
「ぐうの音も出ません……」
そんなこんなで訓練を続けること二週間。かなり身体機能や波導の量及び出力が向上し、久しぶりに握ったマギアであるレディンの扱いもいくらか思い出した。
そして、その日がやってきた。
午後八時、夕食の片づけをしていたときにその音は鳴り響いた。
何度も耳にしたサイレン。全員に緊張が走る。すぐに無線から声が聞こえる。
『こちら騎士団本局。騎士団全員に通達する。『ACE』と思われる集団が首都キャンドを襲撃! 三、四、五番隊は急行せよ。繰り返す……』
音声を聞いたテルズが隊長として隊舎にいる全員を集め、
「『
「「了解!!」」
俺は部屋に戻り隊服に着替えて二つのマギアを内ポケットに突っ込む。隊舎の脇に止めてある車両に乗り込むと、既にザイルがエンジンを掛けていた。
五台の車両にぞくぞくと隊員たちが乗り込んでいく。定員に達した車両から出発していき、隊舎の確認を終えたアンが最後に俺とザイルの車両に乗る。先を進む車両に続いてキャンドを目指す。その途中、別の車両に乗ったテルズから通信が入った。
『本局から情報が届いた。『ACE』は大規模部隊と魔獣を引き連れながら進攻中。二部隊に別れて一方がアヴァリティアスの王宮へ、もう一方が北部郊外の『導脈』噴出口へ向かっているそうだ。郊外の対応に向かうぞ。いいな?』
了解、とザイルが答える。それにしても
「王宮だと? 『ACE』は本気でこの国を落とすつもりなのか」
「どうッスかね。国王の命をダシに何かとんでもない要求を突きつけてくる気かも」
「いずれにせよ私たちがすべきことは変わりません。飛ばします。何かに掴まっているように」
ザイルがエンジンを吹かして加速させる。周りの車両も応じるように加速し、ものすごい速さで外の景色が流れていく。
法定速度をガン無視して進む黒塗りの巨大車両。地面を揺らしながら走り続け、三十分ほどでキャンド郊外に到着した。
停止した車両から飛び出して周囲の状況を確認する。
すぐそばには何も変わったところはない。道路や建物は全て無事だ。
しかし、どこからか大きな音が聞こえる。
例えば、巨大な何かが歩いているような。
もしくは、凶暴な生物が咆哮しているような。
「行くぞ。全員警戒を怠るな」
テルズが隊の中央に、ザイルが隊の先頭について音のする方向へ向かう。
高まる緊張。
段々と大きくなる音。
激しくなっていく地鳴り。
そして、音の主たちと接敵する。
中型の狼のような魔獣の群れ。
そして、全長約二十メートルほどの異形の魔獣。四本の足と二つの犬のような頭を持ち、全身に黒光りする鎧を纏っている。爪と牙は獲物を求めて怪しく光り、四本の刺々しい尾が振り回される。
外見から伝わる凶暴性とその強さ。
隊員たちは安易に足を踏み出せない。
それに、周囲の狼型の魔獣も厄介だ。巨大な異形を相手にしているところを狩りに来られると重傷を負いかねない。
どうしたものかと考えているとアンがそばに来た。
「バーンさん、デカイやつ倒せそうッスか? 小物は『糸』で一網打尽にできるんスけど、あのサイズはちょっと……」
「いや、それで十分だ。あいつ相手に頭数揃えても意味がない。俺一人でさっさと倒すさ」
「じゃあ任せるッス。余計な魔獣は絶対に行かせないんで! 安心してボコしちゃってください!」
「おう!」
地面を蹴って建物の屋根に乗る。すると、隊の先頭に立つザイルが、
「皆さん、少し離れてください。
ミスター・バーン。あの巨大魔獣を任せて良いでしょうか。私が近くまで運びます」
そう言って竜化する。白と緑が混ざったような色の鱗に覆われたドラゴンへと姿が変わる。
俺がその背に乗ると、ザイルは上空へと飛び出した。