ゲインアゲイン   作:十割二八

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第四話 不灰

「ここは……?」

 

 見知らぬ部屋を見渡す。周りは石でできており、唯一の窓は鉄格子で塞がれている。手には枷が嵌められており、足には鉄球が繋がっている。そうだ、魔獣を倒して、その後、後ろに知らない奴がいて、

 

「目が覚めたようだな」

 

 俺を背後から襲った人物が鉄の扉を開けて入ってくる。紫色の襟足を伸ばした髪に黒い瞳の、ロングコートを羽織った長身の男。

 

「あんたは、何者だ?」

 

 と答えを期待せず聞くが、

 

「逆に聞く。答える必要があると思うか?」

 

 案の定だ。

 

「お前は俺の正体より自分の将来を気にした方がいい。もっとも、気にしただけで変わる未来は無いがな。」

「役に立たない助言をどうも」

 

 と吐き捨てながら男を睨んでいると、開いた扉の間から金髪でジャラジャラとアクセサリーを付けた男が見えた。

 

「コイツかい?君が持ってきた新入りは」

「ああ。サブル、俺はしばらく別の隊の世話をする。この施設にいる奴らは好きに使っていい。部下も、捕虜もな」

「ほう!そりゃあいい!早速準備しないとなぁ」

 

 と、金髪が意気揚々に去っていく。襟足の方も扉を閉めて歩き出したようだった。一人残された俺はしばらく部屋を探った。

 分かったのは、どうしようもないということだけ。動ける範囲には脆い部分がまるでない。枷も全く外れそうにない。それに加え、波導を吸われている感覚がある。これでは脱出など不可能だ。仕方なく眠りにつく。冷たい床の感触だけが伝わってきた。

 

 

 

 目が覚めて少したった頃、突然扉が開けられた。

 

「やあ、まだ元気そうだ」

 

 昨日見た金髪の男だ。サブル、とか言ったか。

 

「君は、栄転だ。退屈な窓際社員から、上司に好かれる玩具にね」

 

 そう言って俺の足枷を外した。まだ波導が戻らない。反抗すれば返り討ちにあうだろう。

 

「ついてきたまえ。新しい部屋に案内しよう」

 

 そうして連れて来られた部屋は

 

「な、なんだ――」

 

 壁一面が血液に彩られ、そこかしこに無惨な姿をした人の死体が転がっている。むせ返るような腐乱臭が充満し、素足で歩く度にネチョネチョした気色の悪い感触が伝わってくる。部屋の中心には、凄惨な光景とは裏腹に、汚れ一つない洒落た椅子があった。サブルが椅子を俺に向けて座らせる。

 

「良い椅子だろう?今日からここが君の席だ。少し待っていたまえ。」

 

 そう言って地獄のような部屋から出ていく。最悪の気分だ。吐き気とめまいが治まらない。俺も、血をぶちまけてあの死体の山に埋もれるのだろうか。

 扉が開いてサブルが戻ってくる。血に塗れた箱を携え、口角を上げながら。

 

「さて、一応仕事はこなしておこうか。コレらに見覚えはあるね?」

 

 ポケットから取り出されたのは二つの魔獣核。俺がこの前倒した魔獣が落としたうちの二つである。嘘をつく意味もない。

 

「まあ、な」

「そうか。コレらは我々が開発した合成魔獣、キメラというヤツの核でね。三つあるはずなんだがね。……もう一つはどこだ」

 

 突然サブルの声が低くなり、脅すように聞いてくる。しかし、素直に答えるわけにはいかない。

 

「さあ?知らないな。そのキメラとやらを倒してすぐに襲われ――」

「く、くくっ。それでいい!その答えが欲しかった!!その方が楽しめるっ!!ははははははは!!!!」

 

 突然サブルが笑い出す。同時に、俺の手を掴みつつ血塗れの箱を開けて小型のペンチを取り出し、

 

「さあ、どこだ?どこだどこだどこだどこだ、どぉこぉ、だああっっ!!!」

「つっ、あああああ!!」

 

 狂ったように叫び、俺の手の爪を一枚ずつ剥がしていく。尋常ではない痛みが襲う。

 

「ふう、次は足だぁ」

 

 と悪魔のような笑みを浮かべ、足の爪を剥がしに移る。

 

「ぐああっ、つあああ!!」

 

 手の痛みも引かぬうちに足の痛みが加わる。地獄のような光景、ヒトだったモノが腐った臭い、与えられ続ける痛みで頭がおかしくなりそうだ。

 

「ふうっ、はあっ、はっ」

 

 サブルが荒い息を吐きながら俺の顔を見る。

 

「まだだ、まだ足りない。波導術も使おう」

 

 サブルの体から大量の砂が放出され、次の瞬間、

 

「ごはっ!もがががががががが」

 

 砂が鼻と口から気管に侵入する。息ができない。

 

「こう、かなぁ」

 

 サブルが砂を操ると、右耳の鼓膜が破れ、砂と血が飛び出した。

 

「ごほおっ!げええばばば!!」

 

 体の中で砂が暴れ回る。意識が遠のき、上半身の感覚が消えていく。その時、砂が抜けていき、

 

「耐えられるのはここまでかぁ。まあいいや。その辺の奴らならとっくに発狂して死んでるレベルだ。それを耐え切るとは、明日が楽しみだなぁ」

 

 ニヤニヤと笑いながらサブルが去っていく。なんとか耐えられた、という安堵と明日もこれが続くのだ、という絶望。きっとあの死体たちも同じ目に遭って死んだのだろう。悔しさと怒りが頭の中を巡るなか、ふっと意識が途切れた。

 次の日も、地獄は続く。サブルの砂を使った拷問が――息ができない、肉が削られる、痛い、痛い、イタイイタイイタイイタイ!!

 叫ぶ気力ももはやない。消えそうな意識が痛みで蘇る。目の前の男は興奮した様子で、

 

「想像以上だ、いい!!しかし!今日の朝、命令が下った……。全て壊してここを離れろ、と。俺と君の時間も終わりだな。本当に、ほんっとうに残念で仕方がない!!!」

 

 俺の周囲に砂でできた壁が現れる。構成する砂粒は高速で振動しており、床が削られていく。

 

「コレが最後の楽しみ!取っておいたデザートだぁ!!今から、この砂の壁で削り殺す。ゆっくり、ゆっくりとなあ!!肉も骨も残らないが、俺がお前をよぉく覚えておこう!!さあ、最期に、最高の声を聞かせろおおお!!!」

 

 

 周囲の砂が迫るなか、俺は砂の壁の向こうにいる男に話しかける。

 

 

 

「知りたいか?残り一つの魔獣核の在りか」

「フン、今更そんなことに興味はねぇ!シラケさせてくれんなよぉ!!!」

 

 サブルはそう答え、研磨機と化した砂がより速く、激しく動き始める。

 

 

 

 ガキャッ、と音が鳴る。砕けた()()は不味かった。体が熱い。熱が高まる。神経が燃えている。

 砂が皮膚に届く、その瞬間。砂の壁は粉々に砕け散った。目の前には目を見開き、ポカンとしたマヌケ面のサブルが立っている。

 

「魔獣核なら、ココだぜ」

 

 そう言って金色の欠片が乗っている舌を見せる。大半は既にバラバラになって俺の腹の中だ。

 

「お前、まさか……。()()()のか!?ありえねえ!!そんなことすりゃ、即死のはずだ!」

「普通ならな。ただ、生憎(あいにく)、俺の体は普通じゃなくて、なあっ!!」

 

 動揺しているサブルに接近し、腹に拳を打ち込む。衝撃で部屋の壁まで吹っ飛ぶが、すぐに立ち上がってくる。

 

「そうか。そうかよ。だったら、遊びは抜きだあ!!俺が、俺の手で、殺してやるよおお!!」

 

 サブルが壁一面を覆うほどの砂を放出し、巨大な渦を作り出す。

 

「”砂塵嵐(さじんらん)”!!」

 

 波導を纏った砂嵐が部屋を破壊しながら接近する。血と肉片を舞上げ、凄惨な景色を作り上げる。身を捻りながらなんとか回避し、床が壊れるほど蹴って、再びサブルに接近する。灰を槍状に固め、心臓目掛けて突き刺す。サブルも両腕を交差して防御する。

 

「っ!!」

 

 槍が通らない。サブルの両腕が砂に覆われ、攻撃を防いでいる。

 一度距離を取ろうと後退するが、

 

「”砂獣の猛腕(さじゅう もうわん)”」

 

 サブルの肩から砂が吹き出し、長い触手のように固まる。そのまま俺の脇腹を叩き、全身に衝撃が走る。

 

「くっ、ははっ、ははははは!!」

 

 俺を吹き飛ばしてご機嫌なのか、サブルが大声で笑う。

 

「核を喰ったのには驚いたが、所詮この程度!ボコボコにしてやるよぉ!!」

 

 砂と波導による柔軟かつ高威力な攻撃。だが、灰と砂という似通った波導術。サブルにできる戦法なら、俺にも再現できる。それをさらに上回ってやれば、勝てる。

 

「誰が、誰をボコボコにするって?」

 

 灰という物体の性質上、威力や固さは波導による強化で補う他ない。波導が肉体の神経から伝わる以上、灰と体は接触している方が良い。大量の灰を圧縮させて作った『灰溜(はいだ)まり』を、肩から背中にかけて密着させる。これで波導の効率が上がる。形状はどうするか、と考え、思い出す。強力な触手を。

 

「魔獣のアレ、良さそうだな」

 

 灰溜まりから灰を噴出し、四本の触手として成形する。灰の流動性で絶えず形状を変化させ、外側に波導を纏わせて威力を引き上げる。名付けるなら、

 

「”灰外殻(はいがいかく)”」

 

 床を踏み砕きながら、サブルに近づく。サブルも上半身を砂で覆ったうえ、肩の触手を巨大化させる。

 

「ぬおおおおっ!!潰れろぉっ!!」

 

 叫びながら砂の触手が叩きつけられる。灰の触手で受け止めた瞬間、床が砕けて沈み込む。

 が、灰は砂に刺さっている。内側から砂の触手が崩壊し、砂が散る。俺は重さから解放される。自由になった灰外殻にさらに灰を追加し、一気に伸ばす。砂の鎧を貫通し、サブルの腹に突き刺さる。

 

「がはあっ!!テ、テメエッ!!なっ、ぬおおっ!?」

 

 そのまま外殻を振り抜いて投げ飛ばす。轟音とともに、壁が大きくヘコむ。

 一瞬の後にサブルが体勢を立て直したが、もう遅い。俺は地面を蹴って飛び上がり、四本の外殻を一つにまとめる。

 

「これで終わりだ、サブル」

 

 太く、より強靭になった灰の触手を叩きつける。壁と床が崩れ、サブルが纏っていた砂の鎧が粉々になる。

 

「ぐうっ、ぐおおお」

 

 呻き声を上げているサブルにゆっくりと近づき、灰の触手を手の爪に引っ掛ける。

 

「さて、キメラとやらの核、お前が前に見せた二つはどこだ?」

「…………」

 

 サブルは答えない。ならば、仕方ない。

 

「ぐあああっ!!!イッデエエエ!!」

 

 灰の触手で爪を剥がす。

 

「さっさと話せよ。次は足だ」

 

 サブルの靴を破り、足へと触手を伸ばす。顔は苦痛に歪み、体はビクビクと震えている。

 

「ここを出てすぐの、突き当たりに隠し扉があるっ!そこの先だ!本当だっ!だから……!」

「そうか。じゃあな、テメエの作った山に埋もれてろ」

 

 サブルの脇腹を灰外殻で殴り、吹き飛ばす。短い呻き声が聞こえ、ドサリ、と数多の屍の中に倒れる。気絶したサブルを残して部屋を出ると、かなりの数の足音が聞こえてきた。

 何かがぶつかる音、叫ぶ人の声も聞こえる。

 急いで隠し扉へ向かい、先へ進むと、

 

「お、あったあった」

 

 二つの魔獣核。キメラ魔獣を倒したときに残ったものだ。すぐに回収し、建物の出口を探す。

 角に差し掛かったその時、一際大きな足音が聞こえた。すぐそばに誰かいる。自分の体を見つめる。ボロボロの制服、自分の血とサブルの返り血で汚れた体。見られればどうなる?そもそも、相手は何者だ?そばにあった部屋に飛び込み、様子を伺う。

 

 現れたのは、アヴァリティアス騎士団員だった。事情を話すか?もし怪しまれて、肉体、波導の精密な検査をされたらどうなる?もしかしたら俺がバーンモルトであることがバレるかもしれない。それだけ波導の判別に長けた騎士がいるのだ。その人物に調べられたならば『裏切りの英雄』として確実に処刑される。それは困る。まだ死ねない。

 

 足音が近づいてくる。

 

「誰かいるのか!?」

 

 と騎士団員の声が聞こえる。素早く全身を灰で覆い、灰を圧縮して顔を隠すマスクを作る。騎士団員が部屋に入ってくる瞬間、壁を破壊して逃げ出す。

 一目散に走り、途中にある壁は全てぶち抜いた。途中、俺の鞄があったので拾った。端から見ると全身灰色の人っぽい化け物が壁を壊しながら爆走する、という謎な状態に呆然とする騎士団員が見えたが、無視して進むといきなり外に出た。建物の中にいて分からなかったが、夜だったらしい。辺りは真っ暗だ。とにかく建物から離れ、スマホの電源を入れ、地図アプリを開く。現在地は町外れの廃工場だ。

 

「五日も経ってたのか。家は……あっちか」

 

 とにかく家に帰りたかった。全身が痛い。重い体を引き摺るようにして歩く。四時間が経った明け方、ようやく家にたどり着いた。独り暮らしで親はいない。顔も名前も知らない。物心ついたときには既に一人だった。なんとかソファまで体を運び、倒れるように眠りにつく。

 

 

 

 目が覚めたのは次の日の朝だった。血と汗と泥で汚れた体をシャワーで洗い流す。

 

「つううっ、いってえ」

 

 身体中の傷にお湯がしみる。風呂場を出てすぐに器具を取り出して処置を施す。日常生活に支障は出ない程度まで痛みは和らいだ。

 

「明日は……、学校行くか。一週間無断欠席ともなるとかなり怒られそうだなー」

 

 ベッドで横になりながら休んでいると、そのまま寝てしまった……。

 

 

 

 一方、町外れの廃工場にて。アヴァリティアス騎士団は、ある敵対組織の基地の制圧作戦の事後処理に追われていた。拷問に使われていた部屋で二人の騎士団員が記録をつけている。

 

「酷い有り様だな。吐きそうだ」

「ここで倒れていた組織の幹部とやらはどうなったんですか?」

「ここにいた他の奴らと一緒に捕まってるらしい。情報を聞き出そうにも、発狂してて大変だとか」

 

 組織の人間と騎士団四番隊との戦闘は騎士団の完全勝利で終結した。同時に、いくつかの不可解な点を残しつつも、作戦は完璧に遂行された。

 

 

 

 そして、騎士団の出入りする元・基地を遠くから見つめる人影があった。

 

「基地、潰れちゃったねえ。まあでも取り壊す予定だったっけ?」

「ああ。俺たちはこのまま作戦の用意だ」

「仲間がやられてんだぜ、少しはなんか、こう、あるだろ!」

 

 話しているのはピンク色の髪をツインテールにした女性、紫色の髪で長身の男、黒い尖った髪の大柄な男である。

 

「サブルか。嫌いではなかったがな。趣味を優先させる悪癖があった」

「評価は聞いてねえよ。悲しいー、とか、俺がお前らの代わりにー、とかねえの!?」

「ないな。まあいい。戻るぞ。作戦は3日後。ゼリアのドームだ。キュラ、隊の全員にそう伝えろ」

「あいあーい。ふふっ、楽しみだねえ」

 

 ゼリアの街には、生ぬるい風が吹いていた。




裏話 : アッシュはもともと胃の中に核を丸呑みして隠していましたが、一度口に戻して噛み砕きました。魔獣核は胃液では溶けません。



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