上空に高く飛び上がるザイル。周囲に飛行するタイプの魔獣はいないので妨害に遭うことなく巨大魔獣の頭上に到着した。周りには崩れかかっている何棟ものビル。魔獣が一歩進む度に瓦礫が落ちる。
「よし、一番高いあそこのビルの屋上に降ろしてくれ」
ザイルに言って屋上に降り立ち、眼下を歩く魔獣を観察する。
全身を覆う傷一つない黒い鎧。首が二つあることや四本の尾の形状などを考えると恐らく複数の魔獣核を持つキメラの類いだろう。赤い魔獣核が首元で光っている。
初撃で潰しにいくべきか。
「ザイルはみんなのところに戻ってくれ。巻き込むかもしれないからな」
竜の姿のザイルが頷いて飛び去っていく。他の隊員たちも弱くはないが、ザイルとアンが頭一つ抜けているので仲間と行動させた方がいいだろう。
「さて、やるか」
全身に波導を流す。神経が熱を持ち感覚が研ぎ澄まされる。少し身体を伸ばしながらマギアを展開する。
「ヴェルザ、起動」
鈍く光る銀色の蛇腹剣を構える。
狙うは首。一撃で切り落としにいく。
ビルの屋上を吹き飛ばして飛び出す。炎を纏わせた足が床を砕き、俺の体が持ち上がる。魔獣の位置は真下から少し右にずれているが問題はない。
炎を伝播させたヴェルザを伸ばす。蛇腹の刃が異形の魔獣の首を捉える直前、やつがこちらに気づいた。
「ガッ、グオオオオ!!」
吼える魔獣。剥き出しの牙を俺に向けて噛み砕こうとしてくる。
だが、やはり図体がデカイだけあって動きが遅い。ヴェルザを振り抜いて魔獣の上下の顎に当て、絡ませた状態で少し縮ませることで魔獣の口を閉める。
そのまま鼻先に着地し、飛び跳ねながら魔獣の首に走る。魔獣もタダでは済ますまいともう一方の首と右前足の爪を頭の上で振り回すが、俺にとってはあまりにも遅い。指の間をすり抜けもう一方の頭を飛び越えて首の付け根に辿り着く。
やはりだ。関節部には鎧の隙間がある。
「"
熱を持った灰の槍を魔獣の首に突き刺す。何本も槍を飛ばし、抵抗してきたもう一方の頭の鼻にも投げる。頭は鎧で覆われているからか刺さりが悪い。
ひとしきり刺し終えたので魔獣の首から離れる。背中へと走ると次は魔獣の尾が俺を狙って振り回される。四本の尾を掻い潜りながら首から距離をとる。そして、
「爆ぜろ」
灰の槍が赤く光る。内側から熱が放出され空気を燃やしながら火が現れる。
次の瞬間、とてつもない音と光を放ちながらすべての槍が爆発する。何本もの槍が刺さっている魔獣の首は爆発を直に受けて黒煙が上がり、
「キエエアアアアア!! ギッ……」
ヴェルザで閉じられていない方の口から耳をつんざく叫びが上がる。しかし、その叫びもすぐに絶えた。先ほどまで俺を狙っていた尾が垂れる。四本の足の関節が曲がり、魔獣の体が倒れていく。
見ると、魔獣の頭は二つとも地面に落ちていた。首で爆発が起きたのだから当然だ。
落ちた頭が消滅していく。耐えられる訳がなかったのだ。
だが、気づいた。耐える必要がなかったのだと。
「ちっ、マジか」
ヴェルザの先端をビルに突き立てる。伸ばした蛇腹の刀身を縮ませてビルの外壁にぶら下がる。
首から先は消えたが、魔獣の肉体は消滅していない。それどころか、首から先が再生し始めている。
首元の核は潰れたはずだ。他の位置にも核があるのか? だとしたらどこに?
手っ取り早いのは全身を消し飛ばす方法だ。動きが遅いのでタメを作る時間は確保できる。しかし、あまりに規模と威力が大きい攻撃を放てば少し離れたところにいる仲間にも被害が出かねない。
考えている間に魔獣の首から先が完全に再生する。先ほどまでとまったく同じ頭が二つ生え、ギロリと俺を睨む。
魔獣が地面を駆ける。俺がぶら下がっているビルへ前足を伸ばし、爪が壁を削っていく。俺は外壁を蹴って飛び出し、別のビルにヴェルザを伸ばす。振り子のように移動して他のビルに飛び移る。魔獣との間に距離ができた隙に通信機を取り出し、
「聞こえてるか、ザイル。今大丈夫か? 俺が合図をしたら波導術で全員を保護してほしい」
『問題ありませんよ、ミスター・バーン。いつでも波導術は発動できるので』
ザイルの返答を受けて波導を溜める。神経が開き、熱を持つ。
「"
融けた灰を展開しながら灰溜まりを四つ作成しておく。これまでは灰の軟らかさの問題で背中に密着させた灰溜まり一つから放出していたが、波導出力が上がった今なら複数作成及び遠隔での発動であっても十分な威力が期待できる。流石に灰同士が繋がっていないと波導を纏わせられなくなるが。
一段階目。背中の二つの灰溜まりからそれぞれ極太の触手を一本ずつ伸ばす。ビルの間を通して街を囲うように巨大な触手を構える。
地面を揺らしながら魔獣が俺に向かって走る。ビルの外壁からパラパラと瓦礫が落ちていく。
二段階目。伸ばした灰の触手の先端まで二つの灰溜まりを送り込む。
眼前に迫る魔獣が牙を剥き、爪を振り上げて咆哮する。
「ゴガアアアアアアア!!」
そして最後、三段階目。
「ザイル、今だ!」
無線に叫ぶ。了解、と声が聞こえたので、心置きなく特大の一撃を放てる。
伸ばした灰の触手が何棟ものビルを迂回して魔獣の左右に回り込む。その先端が爆発し、灰溜まりから膨大な量の赤熱した灰が放出される。
「"
二本の灰の触手から放たれた灰が龍の頭を形作る。魔獣の両側から爆発の勢いのままに迫る赤い灰の龍。その牙が魔獣の首と胴を捉える。
「ミ゛ッ」
魔獣が反応するより速くその肉体を両断して飲み込み、そして、炎とともに爆発する。
紅く光る灰が舞い散り、爆炎が周囲の魔獣の群れを焼き尽くす。
ビルの壁が融け、爆風により崩れていく。
「ザイル! すまない、何匹か逃した」
『何匹かって……。まあ分かりました。すぐに対処します』
その間に周囲に魔獣核がないかを確認する。
大半は爆発で粉々になったようだ。幾つか形を保ったものもあったので回収してからザイルたちのもとへ向かう。
「お、戻ってきたッスね。こっちこっちー」
アンが飛び跳ねながら手を振っている。ザイルは横で少し呆れた顔をしながら、
「すごい威力ですね。まさか魔獣の群れごと吹き飛ば――」
ザイルたちの後ろのビルの上で何かが光る。煌めく
「ザイルっ! しゃがめっ!!」
「え? は、はい」
身を屈めたザイルの頭上を通り抜け地面に突き刺さる銀色の矢。
ビルの上に立っていたはずの何者かは既にそこにおらず――
「バーンさん! 後ろッス!!」
気づいている。振り向きつつヴェルザを振り抜き、背後からの攻撃を防ぐ。刃がぶつかったのは短剣。重量差があるというのに押し切れない。そこに立っているのは壮年の男。
「……待ってたぜ、バキラ・オード」
「ほう、私が来ることが分かっていたような口ぶりだ。一体どこでその情報を手に入れたのか、是非とも聞かせてもらいたい」
「お前と話すことは一つもない。ここで潰す。それだけだ」
「私は話すのが好きなのでね、それは残念だ。まあいい。これは私の流儀ゆえ一つ聞いておこう。祈りの時間は必要か?」
「お前こそ。死ぬ覚悟はできてるか? 数十秒なら待つぜ」
「死ぬ覚悟など不要。もとより私はいずれ来るべき死の神罰が下るのを待っているのだ。
ではこれより、『悪行』を為すとしよう」