ゲインアゲイン   作:十割二八

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第四十三話 王は一人

「アルス・エルバート、石炭紀の世界へようこそ!」

 

 紫ローブの男が楽しげに笑うなか、現代に似つかわしくない地面や生物が周囲を侵食していく。

 

「この波導術、環境を丸ごと塗り替えているな。もしアンタが死んだらここはどうなる?」

 

 アルスが尋ねる。彼は危機を感じていた。目の前の男の波導術が不可逆である可能性を案じているのだ。

 

「安心してほしい。私が生きている限り侵食は止まらない。でも私を殺せば綺麗さっぱり元通りになるよ。

 殺せるなら、ね」

 

 瞬間、アルスの頭上に出現したのは膨大な量の海水と氷塊。石炭紀の寒冷地域でできたものである。水と氷が波導に包まれながらアルスに迫り、

 直撃する前に砕け散る。

 

「殺してみせるさ。それがオレの、アヴァリティアスで一番強い奴の役目だ。それに、過ぎた時代の力など滅亡とは相性最悪だろ?」

 

 アルスが全身に波導を纏わせて構えを取る。それに対しローブの男は、

 

「まあそうだね。私の能力じゃ君の波導術の対処はキツい。でも、仲間が近くで頑張ってるのに大規模な術は使えるかい?」

 

 それこそがローブの男の狙いであった。二人がいる戦場から一キロメートルほどの場所にはアヴァリティアス騎士団とポテンティアの騎士たちがいる。アルスが広範囲・高火力の攻撃を放てば確実に巻き込まれるだろうと踏んでいたのだ。

 

 一方、アルスもそれはよく分かっていた。『滅亡の呼び声』は規模のコントロールが非常に難しく、基本的に強力な攻撃を放とうとすればそのぶん範囲も広くなる傾向にある。

 あくまでも、()()()()()

 

「使えるぜ。"小再現(リブレイク)"以外に、一種類だけな。これなら向こうにいる仲間には届かない。

 

 "終末因・万象病葉(テロス・モルブス)"」

 

 

 アルスの周囲から目に見えない何かが広がっていく。ローブの男は一歩下がったものの、その何かに巻き込まれる。その直後、蔓延していた異常な空気が消えた。ローブの男はアルスを見つめながら言う。

 

「何だい、これは? すぐに解除したみたいだけど」

 

 アルスの足元に赤い液体が垂れる。それは、アルスの口から零れていた。その様子を見てローブの男は、

 

「おやおや、君が血を吐いてどうする。まだ私は手を出していないんだが……ゴホッ、は!?」

 

 咳をしたローブの男の口からもアルスと同様に血が吹き出した。

 男はようやく気づいた。周囲の生物が死んでいっていることに。自身が呼び出した石炭紀の植物が次々と枯れていく。地を這う昆虫が裏返り、空を飛ぶものは突き刺さるように墜ちていく。

 

「教えてやるよ。これはウイルスだ。ある程度範囲を絞っても威力が落ちなくてな。コホッ。代わりに、オレ自身も巻き込んじまうんだが。ちなみに、生物を殺しまくるウイルスはオレを殺せば止まるぜ。

 さあ、チキンレースだ。オレとアンタ、どっちが先に倒れるか!」

 

「面倒なことを、アルス・エルバート! けれど君のほうがキツいんじゃないかい? 私と違い、この環境に慣れていないだろう?」

 

 過剰なほどの酸素と凍える空気がアルスの体力を奪っていく。ローブの男はこの気候などなんでもないかのように振る舞っている。

 

 さらには疫病により倒れる木の下からまた新たな植物を伸ばし、腐った植物を栄養として節足動物が集まっていく。その中からおよそ二メートルの動物が大量に飛び出し、アルスの体を押し潰そうとする。

 

「アルトロプレウラ。現代で言うところのムカデだね。皮膚が固いんだ。勿論、波導で余計硬くしてるしね」

 

 アルスは後退しながらムカデを避けるが、その先で直径三十メートル程度の氷塊が空中から落ちる。ついさっきと同じように回避しようとするアルスの背後と足下から氷河が飛び出し、肉体を挟んで固定する。

 

「万全の状態ならともかく、病に罹っていて気候もヒトの生存に適していない、この状況で耐えられるかな?」

 

 氷から抜け出せずにいるアルスへ巨大な氷塊が直撃する。その表面は波導で覆われており、衝突後も砕けることなく形を保っていた。

 

「あーあ。閉じ込められたなぁ、アルス。おーい、生きてるかい? ケホッ。

 ……まだ、死んでないね。いつまで耐えられそうだい?」

 

 崩壊しない氷に閉じ込められたアルスはローブの男から見えないところで、

 

 

 笑っていた。

 

 

「アンタこそ、もう耐えられないんじゃないか?」

 

 突然ローブの男が膝から崩れ落ちる。全身から冷や汗が垂れ、怠さどころか重さがその体にのし掛かる。

 

「な、これは!? 何で君より先に、私に限界が……?」

 

「この環境に慣れてるアンタと一緒だよ。何でオレが、ウイルスに慣れてないと思ったんだ?」

 

 アルスが氷を破壊して現れる。額から血を流しながらもその顔にはニヤリと笑みを浮かべ、手と膝を地面につくローブの男を見下す。

 

「なるほど。侮っていたよ、アルス・エルバート! くそっ、体が……!」

 

 既にローブの男の神経と筋肉の組織はズタズタに崩壊している。

 初めの吐血はあくまで初期症状。その後、症状が出ない間にウイルスは体を蝕んでいき、熱と身体の重さにより気づいた頃にはもう体内がボロボロになっているのだ。

 早い段階で対処しなければ手遅れになる。しかし、早い段階で倒せるほどアルス本人が弱くない。さらにはある程度の耐性を獲得している。発動させてしまえばほとんどの強者を葬れる技である。

 

「余裕ぶっこいてるからこんなところで負けるんだ。()もアンタに負けることはない。じゃあな、『ACE』の『王』」

 

 アルスがローブの男の首を切り落とす。頭が地面に落ちた直後、男の肉体は消滅し周囲の環境も元に戻った。

 

 

 

 

 

 クレール王国某所。椅子に座りながらこの様子を見ていた一人の男が呟いた。

 

「あーあ。分身の私がやられたか。まあいいか。さて、そろそろ()()自身も動き出すとしよう。時は近い。()()の、()()()の、()の大願は、理想のヒトはようやく……!」

 

 椅子から立ち上がり、空を見上げる紫のローブの男。

 

 光に照らされたその顔には、真っ暗な孔が空いていた。

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