『ACE』によるアヴァリティアス首都キャンド襲撃から数週間、アヴァリティアス国内への大きな襲撃はなく、アヴァリティアス・ポテンティアとクレール・『ACE』は国境付近で互いに戦線を維持したままであった。アヴァリティアス・ポテンティア側はクレール国内の情報収集に励みながら『ACE』の本拠地の襲撃作戦を練っていた。
「しっかし、どう攻めたもんかねぇ。半端な策じゃ返り討ちに遭いそうだ」
今いる『六天』を集めてコールが言う。
「アルスが一発で吹き飛ばせばいいんじゃなーい? あ、それだとバーン巻き込んじゃうんだっけ」
レレア・クラインが言うと、
「まあナシではないが。恐らく向こうの強い連中に止められるだろう」
アルス・エルバートが返す。そこでコールが口を挟み、
「ちなみにだが、『ACE』の要注意人物は粗方調べ終えた上にリストアップしてきた。
一人目、言うまでもないが『ACE』の『王』。前線に出てくるかは分からんがな。
二人目、カノン・グラキエス。街を氷漬けにした銀髪の女だ。
三人目、セルーバ・アマズ。六十年前にもいた植物男だ。一度撃退したとはいえ気を抜くな。
四人目、クルヴァンガ・ナーガリー。詳細は不明だが若い男だそうだ。
そして五人目、マティク・ワイルズ。……まあ何も言うまい。分かってるとは思うが慈悲も同情もやるなよ。
あと一人。騎士団が当たるかは分からんが、クレール王国兵団団長、エドワード・ウェイト。多分ポテンティアが対処するだろうが一応覚えとけ。あと他にも何人か危険な奴らはいるがここでは止そう。全員リストに目ぇ通しとけよ」
『六天』たちが手渡された資料をペラペラ捲って眺めるなか、ディクトが口を開いた。
「ところでなんだけど、
ディクトが目を向けた先に座っているのは真っ白な髪に透明な瞳の少女。『神託の巫女』 スフィア・アヴニール。
「どうしてって。王家の血を引くこのわたしがアヴァリティアスの危機に出向かないはずがないでしょ。引きこもりの国王サマとは違うの。それに、わたしの波導術は役に立つから。今はなんにも見えないけど」
スフィアが胸を張りながら言う。それを見たシエルは柔らかい目をしながら、
「来てくれたのは嬉しいのですが、戦場には立たないようにしてくださいね。危ないですから」
「分かってる、シエル。ちゃんと、自分にできないことはしないから。わたしには、未来を伝えることしかできない。変えられるのは当事者だけ。だからバーンのことも……。それでも、信じてるから。だから、ここでみんなの帰りを待つ」
「それなら何も言うことはありません。覚悟を聞いた以上は、私も頑張らないといけませんね」
二人の話に区切りがついたところで、コールが作戦立案に話を戻す。
「さて、いいな? 俺たちの目的はただ一つ、『ACE』の殲滅。そのための本拠地襲撃だ。位置はクレール王国北東部の中央。ここからおよそ五百キロくらいだ。
問題は経路でな。少し迂回することになるうえに襲撃されやすい平地を行くか、足場は悪いが山地を越えるか」
「さすがにこの大人数で山地はないね。足手まといが増えるだけじゃないか?」
ディクトが言うが、
「でも平地で襲撃されたときも一緒じゃなーい? アタシとか絶対味方巻き込んじゃうし」
レレアが反対する。しかし、アルスが自信ありげに解決策を提示した。
「オレが山を吹き飛ばして襲撃が来る前に突っ切ればいいだろう」
「「確かに!」」
「滅茶苦茶ですね……」
「ま、それでいいか」
とコールが言って採用となった。その後も会議は続き、彼らは数時間後に解散した。
翌日、アヴァリティアス騎士団全部隊が並んだ。壇上に立つコールがマイクを持って話し出す。
「全員、よく集まった。我々はこれから移動を開始する。戦場に向かうまでの大移動だが、その途中が戦場に変わる可能性はある。一瞬たりとも気を抜くな。
全体、出発だ!」
「「了解!!」」
騎士団全員の声が木霊する。
闘志を滾らせた者、恐怖に怯える者、自信満々で進む者。違う顔を浮かべながら、同じ道を進み始めた。
目が覚めた。ここはどこだ。そもそも俺は何をしていたんだっけ?
「うぐっ、眩しっ」
眩んだ目を無理矢理開けると、そこは一面の花畑だった。どこだよ、ここ。
そして思い出す。
俺は、バキラとの戦いで限界が来て……。
「いや待て。勝ったはずだ。それに、ちゃんと治療されれば死ぬほどじゃなかった。まさか死んでるわけがなくてーー」
「そうだな、お前はまだ死んでない。ついでに、ここは現実じゃない。お前の精神世界、とでも言うべきところだ」
突然背後から声が聞こえた。聞き馴染みのある声だった。振り返った先にいたのは、金髪で顔に大きな傷を持つ男。
「なんで、あなたが? 俺の精神世界? 意味が分からないんだが!」
アヴァリティアス騎士団旧『六天』クロス・ライター。俺の師匠だったが、もう三十年ほど前に死んでいるはずだ。ここはあの世か?
「納得しろ。それしかできることはない。おれもただの幻影でしかない。憧れになった自分、というやつだ。自己の対話のためだけに用意された存在だ」
「わ、わかった。とにかく、目の前にいるクロスさんは俺の想像でしかないってことか。それはいいんだが、自己の対話? そもそも外はどうなってるんだ? 今はそっちの方が問題なんだ」
「いいから焦るな。今すぐに外界に対してできることはない、肉体はそう判断してる。だが、チャンスはある、と言えるかは微妙か。それについて考えるための時間、もしくは運命を受け入れるための時間。それが今だ」
「は、はあ? 具体的には何をすれば?」
「決断しろ。このまま何もせずに時間を過ごすか、死とそれ以上の苦しみを味わうリスクを背負っててでも、起きて戦うか。
……今、この体は星から流れ出る波導を注入されている。『ACE』の『王』の手によってな。幸運にも、と言うべきか、なんとか波導の流入を食い止めることができている。だが、波導神経へのダメージが大きすぎてこのままじゃ動けない。
もしも、星の波導を受け入れるならば波導神経が復活する可能性がある。それも、全盛期の頃のレベルでな。ただし、『この星の波導を受け入れる』ことでこの体に何が起きるかは分からない。少なくとも、人間の体で簡単に制御できるものではないだろうな」
と、クロスさん(俺自身?)が二つの選択肢を提示した。
「そんなことになってるのか……。それで、俺は星の波導を受け入れるか、拒絶するか決めなきゃいけない、と。このまま待っていれば、仲間が来る可能性があるんじゃないか?」
俺が呟くと、今度はクロスさんではない。
昔の、子どもだった自分の声が語りかけてきた。
「でも仲間が負ける可能性だってある。それも、戦える人が一人でも多ければ勝てたかもしれないのに」
今度は騎士団員だった頃の俺が現れた。
「そもそも星の波導を体に入れれば死ぬかもしれない。仲間が俺の死体を見つけるか、仲間ともども死ぬか」
俺の肩に手を置きながら、俺が最も沈んでいた頃、二十年前に騎士団と戦った後。街じゅうに流れた
『裏切り者が死んだ!! 非道な悪であるバーンモルトを殺して、自分たちはこの国を守りきった!!』
そんな声に包まれていた頃の自分が耳元で囁く。
「何をしたって結末は変わらない。本気でアヴァリティアス騎士団が勝てると思ってるのか? アルスはとんでもなく強い。みんなだってかなり強い。でも、『ACE』に勝てるほどじゃない。『王』とアルス、『六天』二人でカノンと互角以下だと、そう思ってるんだろ? 分かるぜ、この前会った時にある程度実力は推し量れたんだからな。このまま待っていても助けは来ない。
かといって星の波導を受け入れるなんて正気じゃない。人の体に魔獣そのものを入れるようなものだ。魔獣核じゃない、魔獣そのものだ! 見ただろう、ゼリアの廃工場の最奥にあった死体! 魔獣と人が混ざった化け物の亡骸を! あれが、星の波導を受け入れた先、俺の末路だ」
これまでの俺が言う。
『どうすればいいか』、『どうしたって変わらないだろう』。
クロスさんの形、憧れを体現した俺は何も言わずにこっちを見つめている。
俺は、今の俺は、どうしたいんだ? どうすればいいんだ?