ゲインアゲイン   作:十割二八

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第五十三話 空の王

 半身を消し飛ばされて倒れるマティク。彼の前に、ゆっくりとアルスは近づいてきた。

 

「使いたくはなかった。大量に波導を消費するからな。それになにより、『殺さない程度』に調整できない。マティク、アンタはもう……」

 

「ふん、最期まで君の憐れみを受けなければいけないか。どうやったとしても、超えられなかったな。やろうと思えば最初からそれで殺せたはずだ。所詮この程度では、『滅亡』からすれば、戯れにしか、ならないのか」

 

「そんなことはない。アンタの言う通りだ。オレのこの力は、誰も彼もを傷つけてきた。そばにいる人を、顔も名前も知らない人を、何度だって殺してきた。使いこなせずに巻き込みかけた。その度に、バーンが、みんなが、守っていた。オレの戦いはいつからか、波導術を操れるかどうかの戦いになっていた。戯れなんかじゃない、全力だった」

 

「アルス、おれは……何一つ、満足できなかった。『六天』の座も、他者より強いという優越も、心を満たさなかった。隊長? 『ACE』の幹部? 支配者側に立つことには、意味がなかった。おれは、どうしたかったのか……、ゴホッ、ガハッ。今になって、ようやくわかった。託されたかった。頼られたかった。誰からも、何もかも、任せられるような、人に……なりたかった。初めから、一人間の分際で……叶う夢では、あるはずもない」

 

「マティク……」

 

「最期に、教えておく。『王』はこの星と、『導脈』を通して同化するつもりだ。それももはや時間の問題。だが、まだ手はある。『王』が規格外の存在になろうとも、生命は生命だ。殺せない相手では……ない。やつは、『導脈』を……操るだろう。魔獣に……気をつけて……おくんだ。

 おれの、夢は……潰えた。君は……違う、そうだ……う……アル、ス」

 

 

 そう言い残して、彼は目を閉じる。

 

 

 

 

 息を止めた昔の仲間を抱え、アルスは立ち上がる。周りにはどこからかやって来たクレールの兵士たちが待ち構えていた。彼らには目もくれず、アルスは独り呟く。

 

「何をやってもウマが合わなかった。どこまでいっても正反対だった。それでも、少しはアンタのことを理解できた。墓くらいは、建ててやる。

 だから、オマエたちは邪魔だ……!」

 

 アルスがクレール騎士団を睨み、波導術を発動しようとしたその時、誰かが背後からアルスの肩を叩いた。

 

「誰だ?」

 

 アルスが振り返ると、そこに立っていたのは緑色の髪の長身の男。

 

「よっ。久しぶりだな、アルス・エルバート」

 

「ブレン・リュトモス……!」

 

「クレールの相手はポテンティアに任せろ。ボコボコにしとくから、さっさと騎士団の方に行ってやれよ? 一番隊隊長サン」

 

「恩に着る。少ししか話はしていないが、アンタの強さはビリビリと伝わってきた。負けるとは微塵も思っていない」

 

「当たり前だろ。昔のバーンと互角、なんならそれ以上だぜ? すぐにでもアヴァリティアスの援護に行くさ」

 

 その言葉を聞いたアルスはブレンの背中を叩いて、すぐにアヴァリティアス騎士団が先に向かった方へ走り出した。

 

 

 

 

 一人その場に残ったブレンがクレール兵団に向き直ると、兵団の中心から黒く重厚な鎧と兜を身に付けて巨大な両手剣を携えた者が現れた。

 

「へぇ、おまえがリーダーか?」

 

 ブレンが鎧に問いかけると、

 

「いかにも。クレール王国兵団団長、エドワード・ウェイト。貴様は……ポテンティアのブレン・リュトモスだな? 我らの国を荒らし、偉大なる願いを妨げようというのなら、ここで貴様を叩き潰そう」

 

 兜を通してくぐもった声で答えるエドワード。

 

 

 彼は兵団の中で最強を誇る混血であり、以前のアヴァリティアスとクレールの戦争では、かつての『六天』に重傷を負わせて引退に追い込んだ実力者である。

 

 

「クレールの最強だっけ? お手並み拝見、といこうか」

 

 ブレンは余裕の表情を浮かべた後、一般的な竜人より小柄な五メートルほどの竜へと姿を変えた。腕と翼が一体化した翼竜のような見た目だが、嘴はなく口には牙が生えている。全身を覆う白い鱗には緑や水色の模様が入っており、頭からは二本の角が伸びている。

 

 その姿を見たエドワードは、

 

「案外小さいな。ポテンティアのトップだと聞いていたがゆえ殊更巨大な竜へ変貌するかと思っていた」

 

 柄を握りしめて両手剣を構える。右足を引いて踏み切りの姿勢をとり、ーー

 

 

 一息でブレンの足元へ移動した。重厚な鎧兜、エドワード自身より巨大な剣を持っている状態からは考えられない速度。

 

 反応が遅れたブレンへ刃が迫る。剣が直撃する寸前でブレンは、

 

「なかなか速いな、想像以上だ。まあ、当たらないんだが」

 

 翼と一体化した腕を一振り。竜巻のごとき風が巻き起こり、エドワードの体を吹き飛ばす。その風は後方で武器を構え、波導を練っていたクレールの兵団さえも巻き込む。エドワードは剣を地面に突き刺すことで風に耐える一方、ブレンは風に乗って上空へ飛び上がる。

 そして、突然の急降下。

 圧縮された空気を纏いながら落下していく。

 エドワードはとてつもない速さで迫る竜を前に、剣を構えることもなく、

 

「"重力増加"」

 

 その体を地面に叩き落とした。大地を削りながら進むブレンを飛び越えて避けたエドワードが反撃に移る。

 高々と構えた両手剣をブレンの背中目掛けて叩きつけようとするが、

 

「っぶねぇ、急に体が重くなった。おまえの波導術か」

 

 と話しながらブレンが上昇気流を起こす。風に剣戟を防がれ、上へと弾き返されたエドワードは自身の重さを増やして再度剣を構える。

 

 

 

 エドワードの波導術は『重力』。一定の範囲内にいる生物、物体の重さを増加または減少させることができる。また、最大の特徴として()()()()()()()()ことが可能である。

 これにより横方向への移動、空中における斜め方向への移動が通常より速くなる。そのため、

 

「うおわっ! おんもっ!!」

 

 急激に加速したエドワードが両手剣を一閃する。避けられないと判断したブレンは波導を集中させた右腕で受け止めるが、その重さは約十トン。ブレンの肉体が耐えようと、地面が耐えられず足が埋まっていく。

 

 さらにエドワードは自身が纏う鎧の重さ、両手剣の重さ、そしてブレン自身の重さを増加させてブレンにかかる力を増大させる。

 

 途方もない力がブレンの肉体を押し潰す。

 

「ただでさえバランスが悪い翼竜の体。十秒もてばいい方だ。さあ、潰れろ」

 

 エドワードが言い放ち、周囲の空気の重さまで増加させる。

 

 

 エドワードの波導術には効果が適用される範囲こそあるものの、対象の数に制限はない。範囲内にあるもの全ての重力を操ることが可能である。

 

 

 

「ん、ぐあああっ!!」

 

 全身の筋肉に波導を集中させて重さに抵抗するブレン、ひしゃげそうな脚を気合いで持ちこたえさせながら耐える。

 

 

 

 

 エドワードが全ての重さを増大させて十三秒、ついにその時は訪れた。

 

 腕の骨が折れる。

 足の肉が断裂する。

 力が胴体に伝わり、内臓に損傷を与える。

 

 

 

 血を吐きながら倒れたのは、エドワード・ウェイト。

 

「かはっ、な、なんだ……、これは!」

 

 全身を壊すほどの重さから解放されたブレンが周囲に集まろうとするクレールの兵を風で弾き飛ばし、自分の肉体の状態を確認した後にエドワードの方に振り向く。

 

 

「波導術の名は『空の王』。操るのは風じゃあない。()()()()()()だ。おまえが重力を増加させていた間、俺はおまえの周りの空気を操作していたのさ。空気の重力が増えたときは焦ったが、そのままおまえを全方向から押し潰すにはなんら影響がなかった。いつだって自分が押し潰す側だと思ったら大間違いさ」

 

「ぐっ、貴様ァ!」

 

「悪いがアヴァリティアスんところにも早く行きたいんでなぁ、おまえは寝てろ。それとも、死ぬか?」

 

 ブレンが人の姿に戻り、踵を振り下ろす。エドワードの胴体に足が直撃し、鎧を砕く。短く呻き声を吐いた後、エドワードは泡を吹いて失神した。

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