同時刻、クレール王国北端。
異形となったバルバ・ゼババを下し、先を行くアヴァリティアス騎士団を追うシン・ルナールの前に、二人の『ACE』幹部が立ち塞がった。
「あら、ふふふっ、とぉっても懐かしい顔じゃない」
「知り合いか。オレにとってはどうでもいいが」
明るい茶髪の女性と紫色の長髪の男性。イリュス・ティグルとトロン・ランサーである。二人、特にイリュスを見つめながらシンは、
「ホンマ面倒なのが来よったな。容赦はせん。掛けてやる情けなんてあらへん。覚悟しろや性悪」
「冷たいのね、シン。昔みたいに仲良くしましょう? ホラ、甘えていいのよ?」
両腕を広げておいで、とジェスチャーをするイリュス。シンは一瞬こめかみに青筋を浮かべた後、
「……昔っからオレはとんだ阿呆やったなァ。ガキの頃にアンタと関わったせいでもう滅茶苦茶や。個人的な恨みも、アヴァリティアスを守るためって大義も、両方詰め込んでボッコボコにしたる。
槍のマギア『
花火が炸裂するかのような音とともに地面を蹴って飛び出したシン。手に持った槍が一直線にイリュスへと向かうが、トロンが間に割り込み剣で軌道を曲げる。
シンの体勢が崩れたところを狙ってイリュスが背中へ蹴りを放つが、シンは槍を回して柄で防ぎ、転がりながら衝撃をいなして立ち上がる。目前に迫っていたトロンの斬撃を仰け反って回避し、槍の柄を地面につきながら体勢を戻した。
「ええマギアやね、その剣。遠近両方こなせて速さもある。ま、当たらんけど」
シンが左手に波導術で複製した槍を握り、トロンへ向けて投擲する。同時に、右手に本物の槍を構えながら地面を蹴って接近する。トロンが投擲された槍に飛ぶ斬撃を合わせつつ、返す刀でシンが突き出した槍を受け止める。しかし、
「ははっ、軽いわ」
吹き飛ぶトロン。息つく暇を与えずシンが追撃を仕掛け、槍がトロンの心臓を貫いた。
シンの目には、確かにそう映った。
直後、シンは気づいた。幻覚を見せられていることに。槍は地面に突き刺さっており、トロンの姿は遠くにあり、イリュスは口元に手を当てながら笑っている。
「チッ、厄介やな。あーあ、昔のオレがホンマに嫌になるわ。ジブンの波導術、一回触ったら一生発動できるんか」
「ええその通り。今のあなたには何が見えてるのかしら、ねぇ? 早く動かないと、ほら、すぐにでもズブリって」
イリュスが言った瞬間、シンの体に走る痛みと熱。警戒していてなお、避けることができない一撃。遠くに見えていたトロンの剣がシンの腹を後ろから貫いていた。
メア・ゲーティスから話を聞き、シンのもとへ急ぐアヴァリティアス騎士団四番隊。道中、隊長であるディクト・ヴォーチェはある混血の隊員に話しかけていた。
「なあ、昔のシンについて知ってること、僕に教えてくれないか」
「あー。いやー。その、ルナール副隊長に止められてましてですね……」
「そうか。じゃあしたくないけど、仕方ないよね? 波導術使うのも。
『話――』」
「はいっ! 分かりました話します波導術はご勘弁をっ!!」
ディクトの圧に負けて話し始める隊員。普段のディクトは自分の波導術で脅すような人間ではなかったため、他の隊員たちは若干引いていた。
「あくまでも本人や他の竜人や混血から聞いた話を合わせたものですが……」
八十年ほど前、アヴァリティアス王国南部 ゼリアから少し離れた町、ワット。生まれたばかりの頃に両親から捨てられ、孤児院に引き取られた黒い髪の少年がいた。若かりし頃のシン・ルナールである。彼のほかにも数人の孤児がそこで暮らしており、その一人こそがイリュス・ティグル。のちに孤児院を出て離れ離れになり、シンはアヴァリティアス騎士団へ入団、バーンモルトと同じく一番隊に配属された。
それから数十年、シンは二番隊隊長、『六天』の一人として戦場に立ち、名が広まりつつあった『ACE』と激突。そこで彼らは再会し、幼い頃のイリュスを知っており、油断してしまったシンは彼女の波導術を受けてまんまと嵌められてしまう。それにより二番隊は半壊、多大なる犠牲者を出した責任をとってシンは騎士団を辞めたものの、贖罪として二十年前の『ACE』との戦闘には参加。そこでの活躍もあって数年前に騎士団へ再入団。それからはスピード昇進で四番隊副隊長に就任した。
「以上が私の知るルナール副隊長の過去です。イリュス・ティグルとの関係については以前酒場でポツリと呟いていまして」
「分かった、ありがとう。未だにどこの部隊からもイリュス・ティグルと衝突したという情報はない。シンのところに向かったかもしれないな。急ぐぞ!」
そして、現在。シンの腹を貫く剣。致命的な位置は避けたものの、激痛がシンを襲う。
「ぐっ! クソっ……」
剣がトロンによって引き抜かれ、シンの首に振り下ろされるその直前、
「『止まれ』」
響く声。トロンの腕が止まる。彼の目に映る四番隊隊長、ディクト・ヴォーチェ。トロンの動きが止まっている隙に、シンが起き上がって蹴り飛ばした。
「なんで来とん、隊長……」
「隊員のピンチを黙って見てる奴だと思っていたのかい? 心外だな、シン」
シンに簡易的な止血キットを投げるディクト。その後ろには何人かの四番隊員も控えている。止血しながら周りを観察するシン。
トロンとイリュスの姿が見えない。
「いない!? トロンの『透明化』か!
まさか……
マズい! 今すぐ逃げぇ!!」
「ん?」
四番隊の一人が呟く。彼が感じたのは誰かに触られた感触。そして目の前に現れる、敵の姿。彼は握った武器を振り回す。しかし、
「待て! おい! 『止まれ』!」
ディクトの"
「どうしてですか!? 敵は目の前だというのに!!」
隊員の一人が叫ぶ。その言葉を聞いたディクトは驚きを隠せない。
「何、言ってるんだ……。そこにいるのはシンだ!!」
一方、止まった武器を目の前にしながらシンが槍を地面に刺しながら言い放つ。
「隊長! イリュス・ティグルの波導術はオレらの感覚を狂わせる! そんで今はトロンの波導術で透明化しとる! 触れられたら終わりや! 触られた感触のある奴は武器置けぇ!!」
ディクトや一部の四番隊員にはハッキリと届くシンの声。
しかし、
「ふふっ、シン。もう遅いわ。触った人たちには、聞こえていないもの」
どこからか聞こえるイリュスの声。彼女の『感覚操作』により神経を狂わせられた四番隊員らが武器を振り回し始めた。何とか正常な意識の隊員らが押さえ込むが、透明化しているイリュスに触れられ、暴走する者が増えていく。
隊員らを止めながらシンはイリュスを睨み、
「やっぱオレ、オマエだけは許せへんわ」
イリュスの姿は現れず、声だけが響く。
「仲間思いの素敵な子に育ったのね。さあ、おいで」