ゲインアゲイン   作:十割二八

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第六十一話 障壁

 トロン・ランサーの『透明化』とイリュス・ティグルの『感覚操作』により混乱に陥るアヴァリティアス騎士団四番隊。単純な戦闘能力が最も高い副隊長 シン・ルナールも過去にイリュスに触れられたため、『感覚操作』の対象となってしまっている。

 この戦いに勝つには自分一人でなんとかするしかない、と四番隊隊長 ディクト・ヴォーチェは気負っていた。

 

「全員、『止まれ』!」

 

 ディクトの声が届く範囲、その場にいる誰もが動けなくなる。無論、透明化しているトロンとイリュスも含めて。

 しかし、感覚を狂わされた四番隊員のみならず、正常な感覚のままの隊員ですら『王の勅命』効果時間中にその二人を見つけることができなかった。

 

 ただ一人、シンを除いて。

 

「ディクト、南や! 透明化してても足で草が踏みつけられとる!!」

 

「あそこか!」

 

 すぐにディクトがサーベルを構えて走り出す。しかし、

 

「遅かったか……!」

 

 命令の時間切れ。隊員らと『ACE』の二人が動き出す。ディクトが振り抜いたサーベルはトロンの剣により防がれた。トロンがイリュスを背負ったまま後方へ跳んだその瞬間、二十本ほどの槍が二人を襲う。イリュスが感覚を操るより早くシンが槍を複製して発射したのだ。

 

「これ以上は無理か。隊長、頼んだで!!」

 

「ああ、任せてくれ」

 

 斬撃で槍を吹き飛ばして防ぐトロンの目の前、一息で距離を詰めたディクトのサーベルが迫る。しかし、トロンの背後でイリュスは、

 

「"鎌鼬(カマイタチ)"」

 

 不可視の真空の斬撃。

 一発一発の威力はあまり高くないものの、その範囲はディクトの全身より優に広く、その数は数百にも及ぶ。

 

 ディクトの全身が切り刻まれ、紅い血液が噴き出す。皮膚が裂け、血管が切れ、痛みが神経を伝わる。だが、

 

「僕が、このくらいで止まると思った? 波導術が搦め手でも、いや、だからこそ、フィジカルと根気がいるでしょ」

 

 全身の傷がさらに開くのもお構い無しでサーベルを振り抜くディクト。トロンは急いで剣を合わせるが、向きと体勢が悪く押し負ける。サーベルがトロンの腕を掠めて傷をつくり、その勢いが背中を掴むイリュスごと弾き飛ばす。

 

 そこをさらに『感覚操作』の餌食になっていない四番隊員が畳み掛けるが、すぐにトロンが巨大な斬撃を放つ。その後一瞬で『透明化』によって姿を消した。

 

「また振り出しか。嫌になるね」

 

「こうなったらまたエラい数の隊員がやられてまう……。ん?

 

 いや、隊長。ジブンのお陰で大チャンスやないですか。まあオレは何もできひんけど」

 

「ああ、アレだね。これだけ傷を負った甲斐があったよ」

 

 ディクトが一直線に駆ける。向かっているのは隊員の一人がいる先の地面、そこに出来ているのは赤い跡。

 

 トロンがサーベルで受けた傷から垂れる血液が彼の居場所を示していた。トロン自身はそのことに気づいていない。再び彼に迫るディクトのサーベル。狙っていた隊員に気を取られていたトロンは対応できない。しかし、

 

「残念。気づいていたのは、あなただけじゃないのよ?」

 

 イリュスの視線は、ディクトに向いていた。彼女が握っていたナイフがサーベルを受け流す。

 

 そして、イリュスの左手がディクトの胸に触れる。

 

 すぐにディクトはサーベルを振り抜くが、その方向は明後日を向いていた。

 

 

 

 トロンから離れ『透明化』が解除されたイリュス。その手に触れられ、『感覚操作』の対象となってしまったディクト。二人の姿が全四番隊員の目に映る。

 

 彼らの思考を支配する絶望。ディクトとシン、四番隊を引っ張ってきた二人のリーダーが敗北したも同然の状況。

 諦めが彼らを覆い始めたそのとき、

 

 

「この前はよくもやってくれたわね。借りは返すわ」

 

 

 上空からイリュスを襲う爪。

 ナイフで防いだイリュスが吹き飛んでいく。その先に伸びる追撃の『糸』。イリュスの腕を掠めて五本の切創ができる。竜化した爪を見て、イリュスが目の前の女性に話しかける。

 

 

「あら? なんであなたが出てきているのかしら、クラリスちゃん?」

 

 

「頼れる仲間と見ず知らずの人のお陰ね。それに、『障壁を越える者(スヴェラトール)』のリーダーともあろう者がこの戦いで何もできないなんて情けないでしょう?」

 

「うう、休んでていいって言ったんスけどねー。ほんとに無理しないでほしいッス」

 

「私も同感なんですが……。でもかなり厄介な相手のようですから、ミス・クラリスがいるのは心強い」

 

 イリュスの前に立つクラリス・ヴェリテ。その後ろにはアン・ハイランド、ザイル・インヴィが立っている。三人を前にして初めて苦悶の表情を浮かべるイリュスだったが、すぐに余裕を取り戻す。

 

「そこの二人はともかく、クラリスちゃん、あなたに何ができるの? 『感覚操作』の対象なのに」

 

「ええそうね。私はあなたの波導術にかかってる。それでも、あなたをこの手で倒せるわ、 よっ!!」

 

 四肢を竜化させ、高速で移動しながら爪を構えるクラリス。一方イリュスは波導術を発動させてクラリスの方向感覚を狂わせる。しかし、

 

「え……。なんで?」

 

 

 一直線にイリュスへ突っ込んでくるクラリス。全く変な方向に進む気配がない。急いで防御の用意をするイリュスだが、間に合わずクラリスの爪が迫る。

 

 そこへ横から『透明化』したトロンが割り込もうとするが、

 

「させませんよ、トロン・ランサー」

 

 ザイルの"隔絶現世(ノーゲート)"によってもとの空間から断絶される。

 

 ザイルの体内の魔獣核の能力、『マーキング』。これにトロンの波導を登録していたザイルは、たとえ透明化されてもトロンの位置が分かる。

 

 トロンが干渉できなくなったことによりクラリスの爪がイリュスのナイフを折りながら腹部に直撃する。

 

「ぐっ、ううっ!!」

 

 吹き飛ぶイリュス。クラリスはすぐにイリュスを追いかける。その後ろをアンが走っていた。そこでようやくイリュスは気づいた。

 

 アンとクラリスの間に何本もの糸がある。

 

 

「そういうこと。クラリスちゃんの動き、そこの女の子が糸で操っていたのね。だから、感覚を狂わせても……」

 

「その通りよ。私が波導術の対象でも、アンは違うでしょ。私の体、アンになら任せられるから」

 

「いきますよ! これで、終わりです!」

 

 アンが糸を高速で操る。竜化したクラリスが飛び上がり、上空からイリュス目掛けて落ちていく。

 

 

 それと同時、イリュスの目の前に現れたのはつい先ほど別空間に送られたトロン。ザイルによって位置を移動させられ、もとの空間に戻されたのである。トロンとイリュスが回避するために立ち上がろうとしたその瞬間、

 

「させへんよ。たぁっぷり痛い目遭ってもらおか」

 

『感覚操作』が緩んだ隙をついてシンが何本もの槍を飛ばして逃げられなくする。

 

 そしてさらに、突然二人の動きが止まった。

 

 

 その理由はトロンとイリュスの服に付けられた無線機。クラリスとザイルが付けたものである。その作成者は『障壁を越える者』のメンバー、テルズ・ヴォーチェ。

 波導術を用いて作られた超高性能の無線機から発せられた音声は、

 

 

『動くな』

 

 

 ディクトの"王の勅命(キングス・コマンド)"。

 トロンとイリュスの動きが完全に止まり、そこへクラリスが上空から突っ込んだ。

 

 そのとき――

 

 

 クレール王国を越え、アヴァリティアス王国にさえ轟いた獣たちの咆哮。

 地面が割れる。

 クレール全土の『導脈』が光り、星の波導が暴走する。

 戦場に現れたのは無数の大型の魔獣。その一匹がトロンとイリュスを守り、クラリスを上空へと押し返した。

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