数分前、アヴァリティアス騎士団一、三、六番隊が集まった本隊が、アヴァリティアス―クレール国境近くで戦闘していた騎士団四番隊と合流した。
「おう、思ったより被害が少ないな。ま、お前はまず治療しろ、ディクト」
全身に傷を負った状態で魔獣の対処を続ける隊長 ディクト・ヴォーチェを見ながらコールが言う。
「そうさせて貰うよ。でも、すぐ戻る。みんな戦ってるのに『六天』の僕がダメになる訳にはいかないからね」
「ちゃんと休んでエエで、隊長。無理されても困るわ」
副隊長 シン・ルナールが言う。彼もかなり傷を負っているが、その動きは精彩を欠いていない。
ディクトが医療班のもとへ向かおうとしたその時、
「やあ、騎士団のリーダーいる? 話がしたいんだけどぉ」
ディクトの目の前に現れたのはピンクのツインテールの女性、キュラ・ハンター。両脇には気絶したイリュス・ティグルとトロン・ランサーを抱えている。キュラは二人をバシバシ叩いて起こそうとしていた。
「『ACE』の一員である君にとって、こんな敵地のど真ん中に来て何のつもり?」
ディクトは敵意をむき出しにしながら問うが、
「まあまあ、そう警戒しないでよ、お坊ちゃん。騎士団の局長さーん、ちょっと出ておいで」
「何だ何だ? 『ACE』が俺を呼ぶとは何事だ?」
しかめっ面で額に皺を寄せながら歩いてくるコール・ポーター。キュラは満足そうにしながら、
「一時共闘しようか、アヴァリティアス騎士団」
「ほう。それで? お前らには何ができんだ?」
「イリュスとトロンについてはもう知ってるよねぇ。二人とも戦力として使えると思うけど。ウチは『
「なるほどな。……じゃあ後から減刑してやる代わりに俺たちに協力する、でいいか?」
「それは違うねぇ。一時的に停戦しないかってハナシ。ウチらに攻撃しないでくれってコト。代わりにウチらも騎士団を攻撃しない。この状況を切り抜けるまで、お互い魔獣の対処に集中しようっていう提案。その後はこれまで通りの敵対に戻っていいよぉ」
「ちっ、……まあいいだろう。今お前らと戦うメリットがない。『ACE』も一枚岩ではないみてぇだな。いや、死にたくないだけか?」
「あーっ!! イリュスとトロンがいたッスよ、ザイルさーん! あのピンクツインテのとこッス!!」
「うげぇっ、糸のお嬢ちゃん!! 縛るなぁー、ぎゃーっ!!」
「喧しいぞ……キュラ」
逃げ出すキュラ。目を覚ますトロン。追いかけるアンとザイル。コールはその様子を呆れた顔で見ながら、
「あー、一旦止まってやれ、五番隊。こいつらとは一時停戦だ。魔獣を殲滅し終えたらいくらでも捕まえに行っていい!」
「了解ーッス」
「はい」
不服そうな顔をしながらすぐに魔獣との戦闘に戻るアンとザイルであったが、その時。
轟く咆哮と爆音。赤と青の光が差す。音と光のもとの方向を見つめる騎士団。彼らの視線は星導獣に釘付けになっていた。
先ほどまで輝いていたはずの翼が黒く染まり、より巨大になっている。
黄金に光る輪を背中の上に浮かべ、より長く、太くなった角が威光を放つ。
赤、青、紫の光る波導が黒い体表を走っていた。
この世のものとは思えない禍々しさ、戦わずとも分かる絶対的な強さ。
黒い霧とともに絶望を撒き散らす、最強最悪の存在。
すぐにコールは無線機で連絡を取ろうとする。
「おい、アルス! 無事か!? アルス!!」
『…………』
応答はない。
コールの頭にある可能性がよぎる。アルス、シエル、レレア、ブレン、ロゼの五人は負けたのではないか。そうであるとしたら、もう打つ手がない。あの超巨大魔獣の歩みを止める方法がない。騎士団を逃がすことも、アヴァリティアス王国を守ることも叶わない。終わりだ――
「まだ、可能性はある。私の目が証明してる」
コールの背後に現れたのは、『神託の巫女』 スフィア・アヴニール。
彼女の瞳はまだ、勝利の未来を掴んでいた。
「ヤバそうなのは事実だけどねぇ。助かってはいるみたいよ?」
いつの間にかコールのもとへ戻ってきていたキュラが言う。『天使の目』は波導の強化によって、ある一ヶ所に視野を狭める代わりに本来の限界である三十キロより遠くまで見えるようになる。
「今あそこにいる彼らだけではダメ。こちらから手を打たないと……」
スフィアの一言。彼女にはほんの数分前までは敗北の未来が見えていた。
それが、変わった。鍵となる行動を取った人物がいる。それが誰なのか、彼女には分からない。
「しっかし……こっちから何かアクションを起こしてもアイツらには届かないぞ。あまりにも距離が遠すぎる」
コールが言う。
コールたち本隊と星導獣の位置までは約百キロメートル。これほどの距離を隔てて攻撃できる人物は騎士団にはいない。あくまで、
「無線機さえあれば僕の波導術なら届くだろう、コール」
治療中ながらも無理矢理起き上がって来たディクト・ヴォーチェ。その後ろには、
「私も、まあ何かしらは飛ばせますが」
一番隊副隊長 ジェーン・ジャンパー。
どんな形であれ命令が届けば効果が発動する『
唯一遠距離間でも効果を発揮できる二人である。
「コール、僕に一つ考えがある。打つ手がないなら、実行させてもらえないか?」
クレール王国西部、星導獣 ヴ・ドゥジュから少し離れた荒地。アルス・エルバートはそこで目を覚ました。全身が痛みに包まれているものの、重大な欠損はない。
「タダでは済まないと思ったんだが……」
ふと周りを見ると、シエルやレレア、ブレン、ロゼもそう大きな傷は負っていない状態で倒れている。
「おや、お目覚めか。早く動いてもらわないと困る。ヤツが迫っているのでね」
低い声。アルスの背後に立っていたのは、
「バキラ・オード……なんでアンタが?」
「ここに着いたのは偶然だ。『王』が見つからず腐っていたところ、私に罰を与えられそうな魔獣が現れたゆえここへ来た。お前たちを助けたのはついでだ。見殺しにして一対一で負けるのと、他者と手を結んでなお理不尽に負けるのなら、後者の方が私への神罰には相応しい」
「……? よく分からんが、助けてくれたのは感謝しよう。それで、共闘してくれるのか? 勝つつもりでやるが」
「勿論だとも。始めから負ける気で挑むのは罰ではない。全力で抗ってなお結果として敗北するからこそ罰だ。結果として勝利したのであれば、敵は罰に相応しくなかったというだけのことだ」
なぜか誇らしげに語るバキラ。アルスにとってはよく分からない話であった。
「あれ、生きてるー。よし! ん? んん? んんん? バキラ・オードじゃん!! なんで『ACE』の一員がアルスと話してんの!?」
目を覚ましたレレアが驚きながら叫ぶ。振り向きながらバキラは、
「騒がしいな。今お前たちとの共闘を申し込んだところだ。私の波導術で地面を動かして救ってやったのだ。受け入れてくれるだろう?」
「マジ? アタシらあんたに助けられたわけ? マジかー……情けないなー……。ま、背中刺したりしないなら協力するよー」
シエルやブレン、ロゼも起き上がり似たような反応をした後、ある程度離れたところにいる星導獣に気づかれないよう、身を隠しながら向き直る。
「にしても、どう倒すかが問題だな。さっきより波導の出力が三倍くらいか? に上昇している。第二形態といったところか」
アルスが呟く。
「三倍くらい、ですか。波導放出をまともに正面から受けるのは難しくなりましたね」
「正直、このまま戦ってもジリ貧だろーねー。何かいい手が……」
シエルとレレアが言った直後、突如上空に出現する輪。そこから無線機が落ちてくる。
「ジェーンの波導術か?」
呟きながらアルスがキャッチしたところ、音声が響き始めた。
『僕だ、ディクト・ヴォーチェだ。
今無線機を持ってるのはアルスかな? 合ってる? 分かった。ありがとう、キュラ。
アルス、僕に考えがある。僕が失敗したら君たちは死ぬことになるかもしれないけど、やってくれるかい?』