灰の槍が『ACE』の『王』の心臓を貫く。
倒れる『王』。空いた穴からはとめどなく赤い血が広がっていく。
そのすぐ前で膝を折り、両手を地面についた。
限界だった。波導は完全に底をつき、全身には激痛と痺れが走っている。
ふと、視界に黒い影が入った。
「なっ……」
『王』が立ち上がっている。心臓を穿たれてなお、高々と腕を振り上げ、その目は俺を見つめていた。
振り下ろされた右腕が俺の背中を捉える。
しかし、その拳には力がない。最後の最後まで執念を見せた『王』は、俺の横に仰向けになって倒れた。
「我の負けか。この体では助からないな。
壁はあまりに高い。あと一歩はあまりに遠い。
夢は、夢のまま……」
『王』が空に手を伸ばす。酷い火傷を負ったその腕は、震えていた。
空を見つめたまま『王』は、
「『ヒトの永続』。我が使命。我は、この夢のためだけに生きてきた。そして、この夢に殉ずる。
なあ、バーンモルト。君は、何のために生き、何のために死ぬ?」
「俺は……」
あまり、考えたことがない。濁流のような日々。手に入れたはずの何気ない日常はなんてさほど続かなかった。それ以外のものだって、何もかもが俺の手から零れ落ちていった。それでも俺は、
「俺は、俺のために生きてる。仲間がいる日常が、アヴァリティアスでの生活が、人と世界を守ることが、俺のやりたいことだった。
遠い未来には……俺が成し遂げたことなんて影も形も残らないんだ。仲間はいつか死ぬ。国はいつか滅びる。人は死ぬし世界もいつか終わるだろう。
だからこそ、せめて俺が生きてる間だけはさ、残しておきたいんだ。そうやって刻んできた足跡が、いつか俺のいない未来の誰かの道標になるのなら、それ以上のことはない」
隣に横たわる『王』に向けて言う。一呼吸置いて続ける。
「『王』、お前の理想は……俺には理解できなかったし納得もできなかった。俺はお前が嫌いだしお前の夢も嫌いだ。でも、最後に立ち上がったお前を見て、その意志と執念だけはカッコいいと思っちまった」
「……そうか。素直に受けとるよ、バーンモルト。君は、我の全てを超えたのだ。君の理想が、より良い未来を導くことを……」
『王』は目を閉じた。その脳裏に蘇る、彼が生まれたときのこと。
どこからともなく聞こえる星の声。自分とは異なるヒトという存在を前に、自らの使命を知る。
『重なる屍、幾度もの絶滅。
新たなる種は、滅びたものたちに続かぬように。
全てが終わる、その時まで。その生命を永遠に』
星の意志を受け取り、願うこと数十万年。地球全土を旅し、数多のものを犠牲にしたその果てで、
「我は、間違っていたとは思わない。誰に理解されずとも、誰に否定されようとも。願ったものは止められない。この夢は、ただ、叶わなかっただけだ……」
風となり、土となり、何一つ残すことなく消えていった。
アヴァリティアス騎士団本隊。
暖かな光が彼らを包み込んでいく。先程まで周囲で暴れていた無数の魔獣が波導となって消えていく。
「これは……」
「勝った、のか?」
「やった……! やったんだ!!」
歓喜で泣き叫び、躍り狂う騎士団。それを見て呆れた様子ながらも興奮気味のコール・ポーターが隊員からの報告を受けて宣言する。
「周囲の魔獣は全て消滅、『ACE』の兵は把握、もしくは捕縛済み。
この戦い、俺たちの勝ちだァ!!」
「「うおおおお!!」」
騎士団が歓喜に沸いている隙をついてイリュスとトロンを抱えて逃げ出すキュラ・ハンター。彼女も爽やかな笑みを浮かべていた。
そして帰還してきた五人。
アルス・エルバート、シエル・リュミエール、レレア・クライン、ブレン・リュトモス、ロゼ・リュトモス。
「指令通り戻ってきたぞ、コール」
ブレンの肩を借りながら歩いてきたアルスが言う。すぐに医療班が駆け寄り、その周りでは騎士団員らが騒いでいた。
そんななか、体を引き摺りながらゆっくりと騎士団に寄ってくる一つの影。
それを見た五番隊が歓喜の声を上げる。
「まったく、無茶するわね。本当に、よかった……!」
呆れた、というポーズをとりながらも嬉し涙を流すクラリス・ヴェリテ。
「何年経っても、オマエには敵わんモンやな。よう戻ってきてくれた」
シン・ルナールはいつもの糸目のままだが、その顔は他の隊員が見たことないほど緩んでいた。
駆け寄る騎士団員の視線の先、歩みを進める白髪の青年。
小さいながらもいくつもの笑顔が見える。みんな無事だったみたいだ。
「ああそうだ。俺は、これが欲しかったんだ」
迎えてくれる人たち。そばにいて安心できる仲間。
もう一度、手に入れたんだ。
「ただいま」
『ACE』との決戦から数週間。俺はアヴァリティアス南部ゼリアにある病院で治療とリハビリを続けていた。ボロボロの状態で運び込まれ、数日治療室に閉じ込められ、その後は入院生活である。
意味が分からない、とでも言いたげな顔をした医者が言うには、幸いにも傷跡以外の後遺症は残らないだろう、とのこと。
今日は入院中初めての外出許可が与えられたのだ。松葉杖をつきながら歩いて病院の玄関を通ると目の前に黒い自動車が止まった。
中から出てきたのはコール・ポーター。その手を借りながら乗り込むと、運転手が車を発進させた。
「その様子だと結構大丈夫そうだな、バーンモルト」
「ああ。治療が早かったおかげだ。それと、悪いな。車出してもらって」
「このくらい問題ねぇさ。大将の首取ったやつの頼み一つ叶えてやれないんじゃ騎士団の面子が立たん。それに、病院じゃしにくい話もあるんでな」
「ん? 話って?」
「昨日決まったことだ。もちろん断っても構わないが……。
バーンモルト、お前を『六天』、そして新しい二番隊の隊長に就任させたい。これは騎士団の総意だ。一応、今のお前は五番隊所属だが、もう話は通してある。あとはお前次第だ」
「え? 俺が『六天』? また?」
「ああ。前例はないけどな。別に問題はないだろ。反対する騎士もほぼいねぇ。ま、あんだけ活躍を見せられたらなぁ」
コールはそんなことを言いながら窓の外を見つめている。黒塗りの車は市街地を抜けていく。
「いやちょっと待て! 嬉しいよ、そりゃ。でもなあ、流石にもっと適任が……」
「元『六天』、現副隊長。一番適任だと思っていたシンには断られた。
『オレはまだ四番隊にいたいねんー』とかほざいてな。他んトコの副隊長も似たようなもんだ」
「あー、言いそうな感じするわ。まあそしたら俺になるのも分かる……か? まあいいや。
自動車が止まり、扉が開く。着いたのは町外れにある墓地。杖をつきながら歩き、目的の前に着いた。
俺の恩人、クロス・ライターの墓。缶コーヒーを供えて手を合わせる。『ACE』との戦いが終わったこと。結局逃げられはしたものの、バキラ・オードとの戦闘には勝利したこと、戦争でかなりの被害は出たもののアヴァリティアスは今日も健在であること。いろいろと伝え、車に戻ろうとしたそのとき。
ふと、視界の端に現れた影。懐かしい幻は優しく笑い、すぐに風に吹かれて消えていった。
今の俺を見て、安心してくれたのだろうか。
「これからも頑張っていきますよ、クロスさん」
街を走る車の中で、流れていく景色に目を遣る。崩れた建物、壊れた橋、瓦礫に埋もれた道路の脇。そして、汗を流しながら街を直していく人々。崩壊した日常が戻る兆しは見え始めていた。
コールと別れて病室に戻る。暇なので本を読んでいると、空いた窓から突然冷たい風と白い何かが入ってきた。
「ん? 雪か? こりゃまた季節外れだな」
夏も終盤に差し掛かってきたと思っていた中での突然の雪。
窓の外、俺が生きてきた街を眺める。騎士団員やボランティアなどが協力しながら復興作業を進めている。なかには見知った顔もチラホラとあった。
二十年前、俺は何もかもを失った。積み上げてきたもの、守りたかったもの。全てがこの手をすり抜けていった。失ったが最後、取り戻せないものはいくつもあった。返ってこない命があった。
手のひらに乗った雪の結晶。俺が、取り戻せなかったもの。永くは続かなかった、カノンとの日常。
失ったものを糧に、俺は進んできた。無数の障壁を越えてようやく何かを取り戻せた。
もう一度、この手で大切なものを掴めたんだ。
溶けた雪の結晶を握りしめる。
「これからは、守り抜くために頑張らないとな」
アヴァリティアスに流れる冷たい風は、暖かな未来の気配を運んでいた。
第七十話目、ついに最終話です!!
バーンモルトが Gain Again 、すなわち再び大切なものを掴むまでの物語、いかがだったでしょうか?
次回は登場した全キャラクターの紹介を公開しようと思っていますので、そちらも是非ご覧ください!
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