人目のつかない路地裏に入り、灰の仮面を解除する。
「ふう、酷い目にあった」
と独り言を呟き、折れた左腕をブラブラと垂らしながらドームへ歩く。ところどころ崩れたドームの外に生徒たちは集まっている。騎士団員と教員によって即席の医療チームが結成され、けが人の治療をおこなっている。治療の列の最後尾に並んだ。
折れた腕といくつかの傷を治してもらった後、クラスメイトが集まっている場所に行き、皆と合流する。その途端、普段いい意味でも悪い意味でも関わりのないクラス長に、いきなり胸ぐらを掴まれた。
「君は!! どこにいたんだ!? 危険な集団が、……化け物が現れたとき、君はどこで何をしていたァ!!」
怒りに満ちた目で俺の顔を見つめる。彼の手にはかなり力が籠っている。
「みんな、戦ってたんだよ……?命懸けで、騎士団の人たちのサポートをしてた!!なのに、なんで、アッシュ君は!」
女子の一人が話しながら泣き出してしまう。クラスメイトたちが俺に罵詈雑言を浴びせる。
「お前みたいな奴が!!」
「ホンッットにクズ」
「こんな奴が騎士団入りたいとかありえない」
いじめの時よりも強く、激しい言葉ばかりだ。クラス長が少し落ち着いた様子で再び口を開く。
「僕は、君を許せない。もうクラスの一員だとは思えない。何度も君がいじめられているのを教員に相談した。あまり改善しなくて申し訳ないと思ったよ。でも、間違っていた。君みたいな人間はいじめられて当然だ。消えてくれ、僕たちの前から」
言葉がでない。握った手が震える。俺も、命懸けで戦っていたのに。真実を知れば撤回してくれるのだろう。でも、俺には証明する術がない。そうか、とだけ言ってトボトボと彼らの前から去る。
途中、騒ぎを聞きつけた教員と騎士団員が来て小言を言われた。『勝手な行動をするな。お前みたいな奴が一番死にやすい』だったか。
クラスメイトたちが、教員が、騎士団員がそう言いたくなるのも分かる。騒ぎのタイミングが悪かった。納得はいく。でも、言われたくなかった。
背後から聞こえる声を全て無視する。今はただ、一人になりたかった。
歩きながら、何度も彼らの言葉が頭の中を巡る。俺をいじめていた奴らに、それを何も変えられなかった連中に、今さら拒絶されて何が悲しいのか。なんで悔しいのか。何を守りたかったのか。何のために戦ったのか。
「何も、わかんねえよ……」
孤独に包まれる感触が甦る。思えば、二十年前からずっと独りだった。何も変わってなどいなかった。今のままじゃ、何も変えられない。自分の命すら守れないかもしれない。
アヴァリティアス騎士団南部基地にて。治療を終えたシエルとイブは部下の報告を受けつつ、今後の方針を立てていた。
「隊長、体調は」
「ふふっ、問題ありません。次言ったら減給ですね」
「……調子に乗った。聞かなかったことにしてほしい」
ドームの襲撃をおこなった集団、ドーム近辺に現れた仮面の男、そして二度の巨大魔獣の出現。既に甚大な物的被害が出ている。
「今回の件を鑑みるに、魔獣の出現にはあの集団が関わっていると考えてよいでしょう。偶然にしてはタイミングがよすぎる。狙いは分かりませんが」
「シエル隊長。やはり、奴らは――」
「ええ。二十年前にアヴァリティアスを危機に陥れた組織、『
「隊員への伝達はどうする。混乱を招きかねないが」
「まだやめておきましょう。もちろん、本局や他の六天の方には伝えておきます」
「あと、私が見た灰の仮面の男は?」
「そちらについても並行して対処しましょう。廃工場での作戦にも現れたようですし。『
危険度、というのは騎士団が指名手配する人物の捕縛レートである。危険度第一階級相当は、第一階級の騎士と同程度の戦闘能力を持っていると判断される場合に付けられる。
「私と同程度か。なら、『灰貌』は私が担当しよう」
「ええ、そのつもりです。今後も何が起きるか分かりません。今日はもう戻っていいですよ、イブ」
イブが部屋を出るのを見届け、シエルは独り言を呟く。
「『ACE』。次は、必ず……。」
壊滅させる。
二十年前の、師が死んだ日。彼女はそう誓った。
午前一時。壊れた橋、ボロボロの土手。ひとけのない河川敷でマギアを振り回す。よほど大きな音を出さなければ人は寄ってこないだろう。次は灰外殻の操作だ。できればもっと威力を上げたい。対バルトでは灰の火力不足が問題だった。灰の振動数、形状などを調整していく。身体能力や波導神経の向上を狙ったトレーニングもおこなっていく。
四時頃に帰宅し、仮眠をとって学校へ向かう。相変わらずいじめは続いているが、パシリにされることはなくなった。クラスメイトは皆『来ないでほしい』という顔を浮かべている。学校の後は家に帰って寝る。深夜に起きて河川敷へ行って鍛練。
ドームの一件の日から一週間ほどこのルーティンを続けている。意外と慣れた。疲労は溜まるが効率はいい。
輝いていた自分、光を失った自分。
周りから頼られていた自分、周囲から疎まれる自分。
正しさを疑わなかった自分、間違えてばかりの自分。
世界中の全てが、己の運命が敵に思える。
俺は
生きて、前へ進むには力が要る。