俺たちが作ったゲームなのに知らない設定が多すぎる ~自作ゲーム世界に転移したら聖女になっていた~ 作:Fiomia
「よーし、通った」
俺、珠玖直人は大きく背伸びをした。
三枚並んだモニターの中央で、デバッグログが静かに流れている。
時計を見ると午前三時四十七分。
世間的には深夜だが、俺たちにとってはまだ作業時間だった。
「おい、また徹夜か?そろそろ寝ないと明日の仕事きついぞ」
通話ソフト越しに聞こえてきた声に、俺は苦笑した。
「お前もだろ」
相手は親友の神代明弘。
大学時代から一緒にゲームを作っている親友だ。
俺はプログラムとシステム担当。
明弘はシナリオとBGM担当。
世界観は俺と明弘の二人で大学時代に作ったもの。
二人だけで作り続けてきたインディーゲーム『エターナル・エコー』(俺たちはEEと呼んでいる)は、ついに完成目前まで来ていた。
「それより戦闘システムの最終調整終わった?」
「さっきな。バランスも大体取れた」
「助かる」
明弘が安堵したように息を吐く。
元々は趣味で始めた企画だった。
しかし、気付けば五年近い年月を費やしていた。
もちろん途中で何度も頓挫しかけた。
二人だけでは限界があったからだ。
特に問題だったのはグラフィック。
シナリオもプログラムも音もどうにかなった。
だが俺たちでは絵だけはどうにもならない。
当初は生成AIを使ってキャラクターや背景を用意していた。
だがAIキャラはゲーム配信サイトでのウケがあまり良くなく、
キャラクターも似たり寄ったりの上、同一人物でも違うシーンを生成すると微妙に別人に見えてしまう。
それでも何とかβ版として公開はした。ゲームシステムや音楽は好評な一方、やはり見た目の面で評判が良くない。
そんな時だった。一通のメールが届いたのは。
差出人は知らない名前だった。
『ゲームを拝見しました。協力させてください』
最初は迷惑メールだと思った。
しかし添付されていたサンプル画像を見て、二人とも絶句した。
商業作品レベルどころではない。
プロでも滅多に見ないほどの完成度だった。
「今でも信じられないよな」
俺はふと思い出して呟いた。
「何が?」
「あのグラフィッカー」
明弘も少し黙った。
「……ああ」
その人物は名乗らなかった。
本名も性別も年齢も不明。
SNSも持っていない。
連絡手段はメールのみ。
だが送られてくるイラストや背景は異常な完成度だった。
しかもこちらが依頼する前に完成していることがある。
「次は王都の背景が欲しいな」
と話していた翌日に、
王都の背景が送られてきたこともある。
「盗聴でもされてんじゃないかって本気で思った」
俺が言うと、
明弘が笑った。
「俺も思った」
「一番怖かったのはフィアナの立ち絵だな」
「あれか」
フィアナ。
ゲームのヒロイン。
銀髪蒼眼の聖女。
彼女の立ち絵が初めて送られてきた日を、俺は忘れられない。
まるで実在する人間を描いたような完成度だった。
CGというより写真。
そこに生きている誰かだった。
「結局、あの人何者なんだろうな」
「さあな」
明弘は肩をすくめる。
「でもおかげでゲームは完成する」
「ここまで協力してもらったんだ。本当は完成版公開の時には正式にスタッフクレジットに入れたいんだが……」
「そうは言っても、当人が必要ないって言ってるからなあ」
クレジットに入れたいから名前を教えてくれと頼んだ時の返答がこれだ。
『私の名前は不要です。これはあなたたちの世界でしょう?』
当人はそう言っているが、二人だけでは辿り着けなかった場所であることは確かだ。完成版公開の前に、もう一度だけ頼んでみようと思っていた。
だがおかげで、胸を張って世に出せる作品にはなった。
「完成したら打ち上げしようぜ」
「お、いいな」
「カニとか食いたくね?」
「高い」
「じゃあ回転寿司」
「夢が小さい」
そんな他愛もない会話をしていた時だった。
今しがた話題に出していたグラフィッカーからメールが届いた。
「おい、噂をすれば影」
「どうした?」
「例のグラフィッカーからメールだ。また新しいアセットかな」
「画像データ?にしちゃやけに巨大だな。また妙なもん送ってきたな」
圧縮ファイルを展開して画像を表示すると、それは魔法陣だった。
EEでは魔法を使う際に頭の中で魔法陣を思い描くという設定だ。
その設定を踏まえて、戦闘シーンで表示される魔法陣は実は一つ一つ違う。
地味に凝ったポイントだった。
「それにしても細かいなこれ。こんなに作りこまれても戦闘シーンのCGじゃ判別できないぞ」
やけに細かく作りこまれた魔法陣を目で追っていく。
次の瞬間。
……パチッパチッ。
「停電か?」
俺は眉をひそめる。
だが外は静かだった。
雷も鳴っていない。
そして。
全部のモニターが勝手に切り替わった。
「は?」
画面の中央に表示されたのはゲームのタイトル画面だった。
俺は何も触っていない。
エターナル・エコー。
見慣れたロゴ。
見慣れた背景。
だが、その中央に見覚えのない文章が浮かび上がる。
――認証完了。
――ようこそ。
「なんだこれ」
通話ソフト越しに明弘の声が聞こえる。
どうやらあっちも似たような状況らしい。
俺が何か言おうとした次の瞬間。
続く文字が表示された。
――あなたたちの世界へ。
全身が粟立った。
直後。
モニターから溢れた白い光が部屋を埋め尽くした。
反射的に目を閉じる。
身体が浮く。
重力が消える。
何かに引き込まれる感覚。
スピーカー越しに明弘が何か叫んでいる声が聞こえる。
「おい!明弘!」
叫んだ声は途中で掻き消えた。
◇
風が吹いていた。
柔らかな草の匂い。
遠くで鳥が鳴いている。
俺はゆっくりと目を開いた。
青空。
見たこともないほど澄み切った空。
「……どこだ、ここ」
身体を起こそうとして違和感を覚える。
軽い。
異様なほど軽い。
腕が細い。
視界も低い。
強烈な違和感。
恐る恐る手を見る。
白い。
細い。
指も長い。
明らかに自分の手ではない。
心臓が嫌な音を立てた。
「まさか」
近くに見える池へ駆け寄る。
水面を覗く。
そして。
俺は固まった。
銀色の髪。
蒼い瞳。
整った顔立ち。
美しい少女。
見間違えるはずがない。
毎日見ていた。
何百回も実装作業をした。
立ち絵もモーションも設定資料も全部知っている。
「フィアナ……」
声まで違う。
透き通った少女の声だった。
理解したくなかった。
だが理解してしまう。
俺は。
俺たちが作ったゲームのヒロインになっていた。
「嘘だろ……」
震える手で自分の頬を触る。
柔らかい。
胸元を見る。
ある。
間違いなくある。
現実逃避したくなったが、痛いほど現実だった。
「なんで俺がヒロインなんだよ……!」
叫んだその時。
遠くから誰かの声が聞こえた。
「おーい!」
振り向く。
草原の向こうから一人の青年が走ってきていた。
長い黒髪。
剣士の装束。
そして顔。
その姿を見た瞬間、俺は息を呑んだ。
勇者アレックス。
エターナル・エコーの主人公。
俺たちが生み出したキャラクター。
青年は俺を見るなり大きく手を振った。
「直人!」
その声に聞き覚えがあった。
「……明弘?」
「よかった!やっぱりお前か!」
俺はしばらく呆然としていた。
明弘はアレックスになっている。
俺はフィアナになっている。
つまり。
「待て」
嫌な予感がした。
とても嫌な予感だ。
俺は震える声で尋ねる。
「俺たち今、何になってる?」
明弘は数秒黙った後、
困ったように笑った。
「たぶん……EEの主人公とヒロイン」
俺はしばらく固まったまま彼を見つめる。
そして数秒後。
「なんでお前だけ男のままなんだよ!」
第一声は、それだった。
明弘は盛大に吹き出した。
俺は人生で初めて、本気で親友を殴りたいと思った。