俺たちが作ったゲームなのに知らない設定が多すぎる ~自作ゲーム世界に転移したら聖女になっていた~   作:Fiomia

15 / 33
呼び方

次に目を開けると、最初に見えたのは木製の天井だった。

知らない天井ではない。見慣れた宿屋の天井だ。

 

「……いつもの宿屋か」

 

掠れた声が漏れる。

身体が重い。

最高位治癒術を無理やり使った反動だろう。

 

ゲームでは魔力が足りていなければ魔法を使うことはできない。

だが現実では違うようだ。

反動は大きいようだが。

 

ゆっくりと身体を起こそうとして。

 

「起きたか」

 

聞き慣れた声がした。

視線を向ける。

窓際の椅子。

そこに明弘が座っていた。

 

胸には包帯が巻かれている。

その姿を見た瞬間。

全身から力が抜けた。

 

「……馬鹿」

 

思わずそう言った。

明弘が苦笑する。

 

「起きて最初の言葉がそれか」

 

「当たり前だろ」

 

私は睨みつける。

 

「なんで庇った」

 

「なんでって」

 

明弘は肩を竦めた。

 

「理由なんてあるかよ」

 

本当に。

こいつは昔からそうだった。

 

高校の頃も、大学生の頃も。

社会人になってからも。

 

考える前に動く。

その結果、周囲を振り回す。

だが、だからこそ助けられたことも何度もあった。

 

「死んだらどうする」

 

()は俯いたまま言う。

明弘は少し黙った。

 

「死ななかっただろ」

 

「結果論だ」

 

「そうだな」

 

珍しく素直だった。

部屋が静かになる。

窓から夕日が差し込んでいた。

どうやら一日近く眠っていたらしい。

 

「ルークたちは?」

 

「下だ」

 

「黒ローブの男は?」

 

「逃げられた」

 

短い返答。

影の魔物を生み出していた結晶を砕いた以上、アレドを騒がせた行方不明事件は終わるだろう。

それにエリシアも助かるはずだ。何故だか確信があった。

だが心の奥は妙に落ち着かない。

 

地下施設で見た光景が頭から離れない。

檻の中に並んでいた人々。

男も女も、老人も若者もいた。

あと少し早ければ助けられたのではないか。

 

もっと早く異変に気付けていれば。

そんな考えが何度も頭をよぎる。

 

もちろん理屈では分かっている。

私たちがアレドへ来たのは最近だ。

行方不明事件が始まった時、私たちはこの街にすらいなかった。

 

それでも。

助けを求めていた人たちを救えなかったという事実だけは変わらない。

胸の奥に小さな棘のように残っていた。

 

 

「なあ」

 

私はぽつりと言う。

 

「なんだ」

 

「俺たち、いつまで本名で呼びあうんだろう」

 

明弘が目を瞬かせた。

予想外だったらしい。

 

最近ずっと考えていた。

この世界へ来てから半年。

 

最初は違った。

私は直人だった。

明弘も明弘だった。

だから二人きりの時だけは本名で呼んでいた。

それが当然だと思っていた。

 

「実は最近、直人って言われると変な感じがしてたんだ」

 

フィアナとして生活して。

フィアナとして戦って。

フィアナとして人と関わって。

 

気付けば半年。

今では誰もが私をフィアナと呼ぶ。

私自身もその名前に反応する。

 

「それは分かる」

 

明弘も頷いた。

 

「俺もそんな感じだ」

 

「だろ」

 

「アレックスって呼ばれる方が自然になってる」

 

少し笑う。

不思議な話だった。

元の世界なら考えられない。

だがここでは現実だった。

 

「俺たちさ」

 

明弘が窓の外を見る。

 

「ここに来てもう半年だぞ」

 

「そうだな」

 

「最初はすぐ帰れると思ってた」

 

私は何も言わなかった。

そう、確かに根拠もなく思っていた。

 

何せ自分たちで作ったゲームの世界だ。

一週間、長くても一か月。その程度だと。

しかし現実は、半年経った今も帰る方法は見つかっていない。

 

黒ローブの男の言葉。

『世界を救う』と言っていた。

ゲーム内でしか知られていないはずの『勇者』や『聖女』という言葉を知っていた。

あいつを追えば何か分かるかもしれない。

 

「だったら、区切りにしないか」

 

「区切り?」

 

「ああ」

 

少し照れ臭そうに笑う。

 

「人前だけじゃなくてさ」

 

一拍置いて。

 

「これからは()()()()()()()()()で」

 

私は黙った。

何かがすとんと胸に落ちると同時、少しだけ寂しい気持ちが湧いた。

 

直人と明弘。

それは間違いなく私たちだ。

元の世界で生きていた証でもある。

 

同時に否定できない事実もある。

私たちは今、フィアナとアレックスとして生きている。

そしてこの先も、おそらくはそうなのだろう。

 

「……そうだな」

 

自然に言葉が出た。

 

「分かった」

 

明弘が笑う。

 

「じゃあ決まりだ」

 

「軽いな」

 

「こういうのは軽くていいんだよ」

 

本当に軽い。

だが悪くなかった。

 

「よろしくな」

 

明弘が手を差し出す。

私は呆れながらその手を握った。

 

「よろしく」

 

少し考えて。

言い直す。

 

「よろしく、アレックス」

 

一瞬だけ。

明弘――いや。

アレックスが目を見開いた。

そして笑う。

 

「おう」

 

今度は私を見る。

 

「よろしくな、フィアナ」

 

アレックスにそう呼ばれた時、妙に胸が落ち着いた。

 

直人は消えていない。

明弘も消えていない。

 

だが私たちはもう、ただの直人と明弘でもなかった。

フィアナとアレックス。

この世界で生きてきた半年が作った、もう一つの自分たちだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。