俺たちが作ったゲームなのに知らない設定が多すぎる ~自作ゲーム世界に転移したら聖女になっていた~ 作:Fiomia
アレドを出発して三日目。
王都へ続く街道は思っていたより穏やかだった。
左右には草原が広がり、遠くには森が見える。
季節は初夏。吹き抜ける風が心地よい。
「平和だな」
ルークが馬車の荷台で寝転がりながら言った。
「ルークってば、昨日も同じこと言ってた」
ミリアが呆れたように返す。
「だって本当に平和じゃねえか」
確かにその通りだった。
アレドを出てから三日。
魔物に襲われることもなく、盗賊に遭遇することもなく、ただ街道を進むだけの日々だった。
ゲームなら移動画面を数秒眺めて終わるような時間。
だが実際に歩いてみると違う。
空は広く、風は気持ちいい。景色は少しずつ変わっていく。
何より、時間がゆっくり流れていた。
「フィアナ?どうした?」
ぼーっとしていると、アレックスが隣から声を掛けてきた。
「いや、こういう時間も悪くないなって」
アレックスは少し驚いた顔をした。
「お前にしちゃ珍しいな」
「そうか?」
「前のお前なら絶対『暇だ』って言ってたところだ」
否定できなかった。
以前の私は常に何かを考えていた。
元の世界へ帰る方法、ゲームとの違い。
今は少し違う。
もちろん気にならないわけではない。
それでも、ただ旅をする時間を楽しめる程度にはこの世界に慣れてしまっていた。
そんなことを考えていると、街道脇に小さな人影が見えた。
「ん?」
ミリアが目を細める。
そこにいたのは十歳くらいの少女だった。
荷車の横で困ったように立っている。
見ると、車輪が外れているようだ。
「どうしたの?」
ミリアが駆け寄ると、少女は慌てて頭を下げた。
「車輪が壊れちゃって……」
荷車を見る。
積まれているのは野菜だった。
近くの村へ運ぶ途中らしい。
「なるほど」
アレックスが車輪を持ち上げる。
「ルーク」
「分かってる」
二人は手際よく修理を始めた。
アレックスは見た目よりはるかに力があるし、ルークは意外と器用だ。
半年も一緒にいると自然と役割が決まっていた。
私は少女の擦り傷を治療する。
ほんの小さな傷だ。魔法を使う必要もない。
それでも。
魔法を使うと、少女は嬉しそうに笑った。
「ありがとう、お姉ちゃん」
その言葉に私は少し固まった。
お姉ちゃん。
そう呼ばれることに、以前ほど違和感がない。
むしろ自然だった。
「どういたしまして」
気付けば、笑顔とともに言葉が口から出ていた。
少女は村へ帰っていく。
何度も振り返りながら手を振っていた。
その姿が見えなくなってからアレックスが横を見る。
「なんだ?」
「いや」
少しだけ笑っていた。
「お姉ちゃん、か」
私は無言で脇腹を肘打ちした。
「痛っ」
「余計なこと言うな」
だけど本気で怒る気にはなれなかった。
むしろ、自分でも少し可笑しかった。
昔なら絶対に受け入れられなかった言葉なのに。
今はそこまで嫌ではない。
その日の夜。
街道沿いの野営地で休むことになった。
焚き火を囲みながら夕食を食べる。
ルークは肉を焼き。
ミリアはスープを作る。
アレックスは薪を割る。
私は《セーフ・エリア》の魔法を使っていた。
この魔法、ゲームでは持続型のバフ魔法だったが、現実では何と虫よけになる。
神殿で他の神官からそのことを聞いた時は驚いたものだ。
そして不意に思う。
最初はルークやミリアとは他人だった。
異世界へ来て、偶然出会って、一緒に依頼をこなして、いつの間にか仲間になった。
不思議なものだ。
「何考えてる?」
アレックスが聞く。
私は少し考えてから答えた。
「帰れるのかなって考えてた」
焚き火の音だけが響く。
「分からないな」
アレックスは正直に言った。
「でも」
そう続ける。
「もし帰れなくても、そんなに後悔はしないかもしれない」
私は驚いて彼を見る。
アレックスは焚き火を見つめていた。
「もちろん帰りたいがな。ラーメン食いたいだろ?」
少しおどけたようなセリフ。
だけど不思議と静かな声だった。
その言葉に私は返事ができなかった。
帰りたい気持ちはある。
家族も、友人もいる。元の世界での人生もある。
だけど同時に、この世界にも大切なものができ始めていた。
出会った人々。そして仲間。その全てを捨てて帰れるのか。
そう問われると、答えは簡単ではなかった。
夜空を見上げる。
満天の星と知らない星座。
けれど、今では少しだけ懐かしく感じる空だった。
王都まであと数日。旅はまだ続く。
私は静かに目を閉じた。
焚き火の暖かさを感じながら。
これから先に待つものを思う。
不安はある。
だけど、不思議と足を止めたいとは思わなかった。