俺たちが作ったゲームなのに知らない設定が多すぎる ~自作ゲーム世界に転移したら聖女になっていた~   作:Fiomia

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追われた研究者

王立研究所は王城とは違う静けさをまとっていた。

石造りの廊下を歩くたび、古い紙とインクの匂いが鼻をかすめる。窓際には発掘品らしい土器や石板が並び、研究員たちは私たちに気付いても軽く会釈するだけで、すぐ仕事へ戻っていく。

 

「こちらです」

 

コーデリアさんが資料室の扉を開けた。

壁一面の書架が視界いっぱいに広がる。

 

「すごい量だな……」

 

アレックスが棚を見上げる。

 

「全部読むのは無理そう」

 

「必要な資料はある程度絞っています」

 

コーデリアさんは慣れた手つきで何冊もの台帳を机へ運んだ。

 

「クラリス殿下が研究所に関わられていた頃の記録です」

 

昏睡しているクラリス姫は、王立研究所の所長だったらしい。

一冊目の資料を開く。

発掘計画、遺跡調査報告、予算申請。

どれも地道な仕事の積み重ねだった。

ゲームでは描かなかった世界が、こうして紙の上に息づいている。

しばらくページをめくっていると、一つの名前が目に留まった。

 

「……ドルガン・クロフト」

 

思わず声に出すと、アレックスもこちらを覗き込んだ。

 

「見つかったか」

 

「古代文明研究部門の研究員みたい」

 

履歴を追っていく。

古代文字の解読。

遺跡調査。

論文発表。

若い頃から評価は高かったようで、何度も表彰記録が残されていた。

 

「かなり優秀だったんだね」

 

「らしいな」

 

さらに頁をめくる。

そこに異動記録があった。

 

『地方研究施設へ配置転換』

 

理由の欄には短く書かれている。

 

『研究成果公表の是非を巡り、研究所上層部の方針と対立』

 

私は指先を止めた。

 

「左遷……かな」

 

レオンさんが静かに頷く。

 

「公表されている理由は、その通りです」

 

「表向きは、ということですか」

 

「ええ」

 

コーデリアさんが別の資料を差し出した。

会議の議事録だった。

 

『現時点での公開は時期尚早』

 

『社会的混乱を招く恐れあり』

 

『所長裁定』

 

そこには所長の署名がある。

クラリス・ヴァレンティン・フォン・エルディア。

私はその名前を見つめた。

 

「この頃には、もうクラリス様が所長だったんだ」

 

「所長職は名誉職として就任されていました。実務は副所長が担っていましたが、最終的な決裁は所長名義になります」

 

十年以上前。

今よりずっと若かったはずのクラリス様の名前が、そこに残っている。

 

「これじゃあ、ドルガンさんから見れば、自分を追い出した相手はクラリス様になるね」

 

「そう受け取っても不思議ではありません」

 

部屋が静まり返る。

私は資料をめくり続ける。

その途中で、もう一人の名前が何度も現れた。

マグナス・ヴェイン。

 

「マグナス博士は当時の王立研究所でも有数の古代文明研究者でした」

 

コーデリアさんが説明する。

 

「ドルガン博士は、その弟子です」

 

「師弟だったのか」

 

アレックスが腕を組む。

 

「二人とも、研究所では将来を期待されていた人物だったそうです」

 

 

研究所を出ると、空はすっかり夕暮れから夜へ変わっていた。

王都の街灯が石畳を淡く照らしている。

宿まで歩こうか、とアレックスが言ったので、そのまま並んで帰ることにした。

 

昼間の喧騒は落ち着き、通りを歩く人影も少ない。

自然と歩幅が揃う。

以前なら肩一つ分くらい空いていた距離が、今はもう少し近い。

どちらも何も言わない。

気付いていないだけで、それが当たり前になっていた。

 

「今日の資料、どう思う?」

 

アレックスが口を開く。

 

「ドルガンさんには十分な動機がある。でも、それだけじゃ全部は説明できない気がする」

 

「俺もそう思う」

 

少し間が空く。

私は昼間見た名前を思い返していた。

 

「アレックス」

 

「ん?」

 

「アレドで戦った時のこと、覚えてる?」

 

「もちろん」

 

「あの人、『世界を救う』って言ってた」

 

命を奪い、エリシアを呪いながら。

それでも迷いなく、その言葉を口にしていたように見えた。

アレックスも前を見たまま答える。

 

「演技には聞こえなかったな」

 

私も同じだった。

だから引っかかる。

 

「もし、本当に世界を救おうとしていたなら」

 

街灯の明かりが石畳へ長い影を落とす。

 

(私たちは何を止めようとしているんだろう……)

 

「だから調べるしかない。俺たち自身の目で」

 

「うん」

 

その返事は自然に出た。

夜風が私の銀髪を揺らす。

隣を歩くアレックスとの距離は変わらない。

互いに気付かないまま、少しずつその距離だけが縮まっていた。

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