俺たちが作ったゲームなのに知らない設定が多すぎる ~自作ゲーム世界に転移したら聖女になっていた~ 作:Fiomia
赤黒い光を放っていた結晶は、細かな亀裂を全身へ広げながら崩れていく。
脈打つような輝きは急速に弱まり、やがて砕け散った。
「フィアナ?」
アレックスが隣へ来る。
私は小さく頷いた。
「呪いは解けたと思う」
その言葉を聞いたドルガンさんが、その場へ膝をついた。
「そうか……」
安堵とも後悔ともつかない声だった。
その直後、施設全体へ再び無機質な音声が響く。
『権限喪失を確認』
『修正計画を開始』
『第一研究所は臨界稼働へ移行します』
低い唸りが建物の奥から響き始める。
床の継ぎ目を赤い光が走り、壁へ埋め込まれた結晶灯が一斉に明滅した。
次の瞬間、大きな揺れが足元を突き上げる。
轟音とともに天井から砂と小石が降り注いだ。
「崩落が始まるぞ!」
レオンさんが周囲を見回す。
「全員、脱出する!」
マグナスは拘束されたままレオンさんに引き立てられていた。
彼は抵抗しない。ただ赤く染まった施設を静かに見つめている。
「……そこまでやるのか」
誰へ向けた言葉でもなかった。
さらに揺れが襲う。
壁の一部が崩れ、通路へ瓦礫が散乱する。
ルークが先頭へ飛び出し、落ちてきた石を剣で弾き飛ばした。
「道はまだ通れる!」
「急げ!」
◇
私たちは崩れ始めた第一研究所を進む。
さっきまで静かだった古代施設は、別の場所のようだ。
赤い警告灯が点滅し、あちこちから金属が軋む音が響いている。
床も一定ではない。
数歩進むたびに小さく震え、時折、大きく揺さぶられる。
神聖魔法を連続で使ったせいで魔力はほとんど残っていない。
足にも思うように力が入らなかった。
「無理するな」
アレックスが歩幅を合わせる。
「まだ歩けるよ」
「その顔色で説得力はない」
少しだけ笑ってしまう。
心配を掛けているのは分かっていた。
それでも今は立ち止まれない。
後方から鈍い破砕音が響く。
振り返ると、さっきまでいた広間の入口が崩れ落ち、土煙が通路へ流れ込んできた。
「完全に潰れるぞ!」
レオンさんの声が飛ぶ。
その時、これまでで最も激しい衝撃が施設全体を貫いた。
床が波打つように持ち上がる。
壁へ亀裂が走り、天井の岩盤が音を立てて崩れ始める。
「急げ!」
誰も足を止めない。
私たちは崩れゆく通路を一気に駆け抜けた。
その時。
床の下から乾いた破断音が響く。
私の足元に細い亀裂が走った。
一瞬遅れて、その亀裂は大きく広がっていく――。
「あ――」
床が消え身体が宙へ投げ出された。
反応できない。
魔力も体力も残っていなかった。
落ちる。
そう思った瞬間。
「フィアナ!」
アレックスが飛んだ。
迷いは一切なかった。
私へ向かって。
真っ直ぐ。
◇◇◇
床が消えた。
フィアナの身体が宙へ投げ出される。
「フィアナ!」
気付けば身体が動いていた。
考えるより先だった。
魔力切れ寸前のフィアナに、あの高さから落下を耐えられるとは思えない。
助けなければ。
それだけだった。
俺は崩れた床を蹴った。
視界の端でルークたちが何か叫んでいる。
聞こえない。
フィアナしか見えていなかった。
伸ばした手が細い腕を掴む。
間に合った。
そう思った瞬間、今度は自分たちが落下した。
「っ!」
衝撃に備える。
身体を捻りフィアナを強く抱き込む。
瓦礫の上へ叩き付けられた。
全身に激痛が走るがそんなことはどうだっていい。
腕の中の重みを確認する。
生きている……よかった。
俺はすぐに顔を上げた。
「大丈夫か!」
フィアナが薄く目を開く。
「アレックス……」
掠れた声だった。
意識はある。
それだけで少し安心する。
「怪我は?」
「……たぶん」
まともに受け答えもできていない。
そのまま気を失ってしまった。
だが命に別状はなさそうだった。
俺は大きく息を吐いた。
助かった。
本当に。
その時だった。
再び大きな揺れが襲う。
上層から瓦礫が降り注ぐ。
感傷に浸る暇はなかった。
◇
「フィアナ!」
「アレックス!」
上からルークとミリアの声が聞こえた。
無事らしい。
レオンの姿も見える。
だが次の瞬間。
轟音と共に床がさらに崩れた。
拘束されていたマグナスの足元が砕ける。
「!」
レオンが咄嗟に手を伸ばす。
しかし届かない。
マグナスの身体が落下した。
鈍い音が響く。
そしてマグナスは俺たちよりさらに下層へ叩き付けられた。
誰の目にも明らかな致命傷。もう立ち上がれそうには見えなかった。
それでも男はまだ生きていた。
血を吐きながらこちらを見る。
「……そうですか」
掠れた声だった。
「クラリス姫にかけた術は……解除されましたか」
俺は答えない。
マグナスは目を閉じる。
その表情には、敗北よりも疲労の色が濃いように見えた。
◇
崩落はさらに激しくなる。
もう時間はない。
だがマグナスは再び目を開き、そして俺を見た。
「勇者……」
「何だ」
マグナスは力なく笑った。
「一つだけ……伝えておきます」
血が口元から流れる。
呼吸も浅い。
もう長くない。
「カルディアは……ここにはいない」
「ならどこにいる」
短い沈黙。
そして最後の力を振り絞るように言った。
「王都です……古代の王都……」
「カルディアは……そこで……」
もう殆ど聞こえない声でマグナスが呟く。
「古代王都中央……」
そこまでだった。
巨大な崩落。
轟音。
砂煙。
瓦礫がマグナスを飲み込んだ。
もう声は聞こえなかった。
◇
「行くぞ!」
レオンの怒声が響く。
「施設が潰れる!」
全員が動き出す。
俺はフィアナへ視線を向けた。
顔色が悪い。
俺はフィアナを抱えたまま走り出した。
腕の中の身体は驚くほど軽かった。
俺は抱える腕に力を込めた。
絶対に死なせない。もう二度と失いたくない。そう思いながら崩れゆく施設を駆け抜けた。
一刻も早く外へ出なければ。