俺たちが作ったゲームなのに知らない設定が多すぎる ~自作ゲーム世界に転移したら聖女になっていた~ 作:Fiomia
もう引き返せませんよね
王都へ来てから、初めてゆっくりした朝だった。
窓から差し込む陽光で目が覚める。
ようやく医師から外出の許可が出た私は、ベッドから身体を起こし大きく伸びをする。
身体はもう問題ない。魔力もかなり回復していた。
「久しぶりに暇ね……」
思わずそんな言葉が漏れる。
あと数日したら、再びアレドへ戻る。
だけど今はせっかくの休みだ。少しくらい王都を見て回ろう。
そう思って宿の部屋を出た。
◇
宿の玄関まで降りたところで、聞き慣れた声がした。
「どこ行くんだ」
振り返る。
アレックスだ。壁にもたれながら腕を組んでいる。
「散歩」
「一人で?」
「一人で」
当然だろう。そう思って答えた。
だがアレックスは露骨に嫌そうな顔をした。
「却下」
「何で」
「まだ倒れて数日だろ」
「お医者さんから許可は貰ったよ」
「それでも却下」
意味が分からない。
私は思わず額を押さえた。
「子供じゃないんだけど」
「知ってる」
「じゃあ何で」
「この前、床ごと落ちた奴が何言ってる」
ぐうの音も出なかった。
あれは事故だ、事故だったのだが。
アレックスは納得していないらしい。
「……分かった」
私が溜息を吐く。
「じゃあ宿で大人しくしてる」
そう言って踵を返そうとすると。
「それも却下」
「は?」
「出掛けるなら付き合う」
今度は本当に意味が分からなかった。
「いや、そっちはどうなの」
「休み」
「珍しいね」
「俺だって休む」
どこかで聞いたような返答だった。
私はしばらくアレックスを見つめる。
本人は至って真面目な顔をしていた。
結局、押し問答に勝てる気がしなかった。
「……好きにして」
「そうする」
アレックスは即答した。
まるで最初から決まっていたみたいだった。
◇
そのまま二人で王都の街へ出る。
行き先は決めていない。
ただぶらぶら歩くだけだ。
「そういえば珍しいね」
私が言う。
「何が?」
「アレックスが休みを取るなんて」
「俺だって休む」
「ゲーム作ってる時は休まなかったでしょ」
「あれは締切があったからだ」
そんな他愛もない話をしながら歩く。
不思議だった。
元の世界でも何度も二人で出掛けたことはある。
だけど今は少しだけ感覚が違う。
理由は分かっている。
私は女で。
アレックスは男だからだ。
◇
商業区へ入る。
王都だけあって賑やかだった。
露店が並んでいて、人が行き交う。
香辛料の匂い、焼き菓子の甘い香り、色鮮やかな布地。
見ているだけでも楽しい。
「あ」
気付けば足が止まっていた。服屋みたいだ。
可愛らしいワンピースが並んでいる。
私は思わず見入ってしまった。
その瞬間。
固まる。
……何やってるんだ私は。
「気になるのか?」
隣から声がした。
「ち、違う!」
思わず否定する。
アレックスが怪訝そうな顔をした。
「いや、ずっと見てたぞ」
「見てない」
「見てた」
わかってる、見てた。間違いなく見てた。
私はつい顔を背けた。
最近こういうことが増えている。
可愛い服。
綺麗な装飾品。
甘いお菓子。
以前なら興味も持たなかったものが自然と目に入る。
身体に引っ張られているのか。
それとも私自身が変わっているのか。
正直よく分からない。
◇
「入るか?」
「入らない」
「そうか」
即答したのに。
アレックスは少し残念そうだった。
私は思わず彼を見る。
「何その顔」
「いや」
「何か言いたそうだけど」
「似合うと思っただけだ」
一瞬、意味が分からなかった。
数秒遅れて理解する。
服の話だ。
私は顔が熱くなるのを感じた。
「そ、そういうことをさらっと言わないで!」
「?」
本人は本気で分かっていない顔だった。
余計に腹が立つ。
◇
結局。
服屋には入らなかった。
代わりに露店で串焼きを買う。
王都名物らしい。
確かにそういう設定をしたなと考えつつ、二人で串焼きを食べる。
「美味しい」
「確かに」
二人で並んで食べながら歩く。
その時だった。
「いらっしゃいませ!」
元気な声が響く。
雑貨屋だった。
店先には安いが綺麗なアクセサリーが並んでいる。
おそらく平民向けの店なのだろう。
そして店主のおばさんは私たちを見るなり笑顔になった。
「おや、いいねえ。恋人同士かい?」
その言葉に思わず叫びかけた。
「ちが……っ」
けれど何故か言葉に詰まってしまった。
隣を見る。
アレックスも否定しようとして言葉に詰まっていた。
「……違う」
少し遅れてアレックスが返事をする。
その反応が逆に怪しい。
店主は完全に信じていなかった。
「若いねぇ」
「違います!」
「違う」
今度は二人同時だった。
店主は笑うだけだった。
◇
店を離れた後もしばらく気まずかった。
何となく会話が減る。
沈黙が続く。
そして。
「……悪かった」
アレックスが突然言った。
「何が?」
「さっき」
私は首を傾げる。
「別にアレックスは悪くないでしょ」
むしろ反応したのは私の方だ。
するとアレックスは少し困った顔をした。
「そうか」
それだけ言う。
私は何となく落ち着かなくなった。
◇
気付けば日が傾いていた。
王都の街並みが夕日に染まる。
楽しい時間はあっという間だった。
「そろそろ戻るか」
アレックスが言う。
不意に思う。こんな時間も悪くない。
ただ二人で街を歩くだけ。
そんな当たり前の日常が、少しだけ愛おしく感じた。
「アレックス」
「ん?」
「また来ようね」
私が言うと。
アレックスは少しだけ目を見開いた。
そして。
小さく笑った。
「ああ」
短い返事。
だけどそれだけで十分だった。
夕暮れの王都を歩きながら、私は少しだけ先のことを考える。
これから待っている戦いはきっと簡単ではない。
だけど今はまだ。
その前の穏やかな時間を楽しんでもいいはずだと思った。