俺たちが作ったゲームなのに知らない設定が多すぎる ~自作ゲーム世界に転移したら聖女になっていた~ 作:Fiomia
どのみち読んで改稿はしてるんだけど、面倒です
城門が近付くにつれ、人の声が聞こえるようになった。
商人たちの呼び声。
荷車を引く馬のいななき。
子供の笑い声。
どれもゲームではただの効果音だった。
だが今は違う。
一人一人が現実に存在している。
「なあ」
明弘が小声で言った。
「緊張してきた」
「奇遇だな。俺もだ」
モンスターと戦うより、人と話す方が怖い。
俺たちはこの世界の常識を知らない。
余計なことを言えば不審者扱いされるかもしれない。
そんなことを考えているうちに、前を歩いていた荷車の車輪が大きく跳ねた。
ガタンッ。
積まれていた木箱が一つ崩れる。
「あっ!」
若い商人らしい男が慌てて手を伸ばした。
だが間に合わない。
木箱は街道脇へ転がり落ちた。
蓋が外れ、中から果物が散らばる。
赤い実が坂を転がっていく。
「うわああ!」
男が悲鳴を上げた。
俺と明弘は顔を見合わせる。
そして同時に駆け出した。
俺は転がる果物を追いかける。
フィアナの身体は思った以上に軽かった。
スカートが邪魔だったが、なんとか一つ掴む。
二つ。
三つ。
その間に明弘は荷車の方へ向かっていた。
傾いた木箱を支え、落ちかけた荷物を押さえている。
周囲の商人たちも手伝い始めた。
数分後。
散らばった果物は無事に回収された。
「助かった!」
商人の男が何度も頭を下げる。
年齢は二十代前半だろうか。
日に焼けた顔に、人の良さそうな笑みを浮かべていた。
「ありがとうございます。危うく商品が駄目になるところでした」
その言葉に、俺は少しだけ驚く。
自然だ。
当たり前だが自然すぎる。
ゲームの定型文とはまるで違う。
そこにいるのは本当に一人の人間だった。
「気にしないでください」
思わず笑ってそう返すと、男は少し照れたような表情を見せた。
しばらくすると明弘が俺の方にやってくる。
「お二人は旅の方ですか?」
俺と明弘は一瞬固まる。
まずい、設定を考えていなかった。
だが明弘がすぐに口を開いた。
「ああ。少し遠くから」
「そうでしたか」
男は納得したように頷いた。
幸い、それ以上は追及してこない。
俺は内心で安堵した。
「アレドは初めてですか?」
「まあ、そんなところだ」
「それなら東区画の宿がおすすめですよ。最近できたばかりで綺麗ですから」
俺と明弘は再び顔を見合わせる。
東区画。
ゲーム設定と同じだ。
「おっと、引き留めてすみません。お礼と言ってはなんですが、これ一つ差し上げますよ」
そう言って赤い果実を手渡してきた。
ずしりと重い。
甘い香りがした。
ゲームの回復アイテムとは違う。
ただの果物だ。
だがその温度や重さが妙に現実的だった。
「ありがとうございます」
俺が受け取ると、男は嬉しそうに笑った。
その笑顔を見た瞬間、俺は確信する。
(ここにいる人たちはNPCじゃない)
(データでもない)
(皆、生きている)
その事実が少しだけ嬉しかったが、同時に怖くもあった。
やがて巨大な城門の前へ辿り着く。
門番たちが行き交う人々を確認している。
列に並びながら、俺はふと違和感を覚えた。
「なあ、明弘」
「ん?」
「今さらなんだけどさ」
俺は先ほど別れた商人の背中を見る。
荷車を引きながら、近くの仲間と何か話している。
内容は聞き取れない。
いや、聞き取れてはいる。
聞き取れているのに、おかしいのだ。
「俺たち、何語で話してる?」
明弘がきょとんとした。
「は?」
「だから何語だよ」
数秒後、明弘の顔から表情が消えた。
「あ」
どうやら気付いたらしい。
俺たちは慌てて周囲へ意識を向ける。
商人同士の会話、門番の怒鳴り声、子供たちのはしゃぐ声。
全部理解できる、意味が分かる。
だが。
「日本語じゃない」
俺は断言した。
音が、発音が、単語が違う。
それなのに意味だけが頭へ入ってくる。
まるで脳が勝手に翻訳しているみたいだった。
「おいおい……」
明弘も額を押さえる。
「言われてみれば全然違うぞ」
「だろ?」
試しに近くを通った商人の会話へ耳を澄ませる。
聞いたこともない言葉だ。
少なくとも地球上の言語じゃない。
それなのに意味だけは分かる。
『今日は西門が混んでるな』
『行商人が多いからな』
そんな風に。
「翻訳チートか?」
明弘が呟く。
「異世界転移の定番ではあるな」
「そんな雑な」
「いや、EEにも似たような設定してただろ」
言われて思い出す。確かにあった。
この世界では、遥か昔に滅んだ古代文明が世界中を統一していたため
現在ではどの国も古代文明期の言葉がベースとなった同じ言葉を話していると。
だから主人公はどこの国へ行っても普通に会話できる。
ゲームならば当然だが、俺たちはイチイチ設定を付け加えていたのだ。
だが現実になると話は別だ。
「待て」
俺はあることに気付く。
「読み書きはどうなんだ?」
「あ」
今度は明弘が固まる番だった。
確かにそうだ。
会話できても文字が読めるとは限らない。
むしろそっちの方が重要かもしれない。
街の看板、地図、契約書、その他もろもろ。
何も読めなかったら生活できない。少なくともかなり苦労するだろう。
「試してみるか」
ちょうど城門の横に木製の掲示板が立っていた。
何枚もの紙が貼られている。
俺たちはさりげなく近付いた。
「読める」
「読めるな」
思わず顔を見合わせた。
文字は見たこともない。
アルファベットでも漢字でもひらがなでもない。
曲線と直線が入り混じった未知の文字だ。
なのに意味が理解できる。
『迷い犬捜索』
『宿屋従業員募集』
『薬草買い取り強化中』
普通に読める。
意味が分かる。
だが頭では分かっている。
こんな文字は知らない。
「なんだか気持ち悪いな」
俺は二度目のその言葉を口にした。
知識として覚えたわけじゃない。
勉強したわけでもない。
なのに理解できる。
それはスキルを使えた時の感覚に少し似ていた。
フィアナの魔法陣を理解していた時と。
「なあ」
明弘が小さな声で言う。
「これって俺たちが翻訳されてるのか?」
「どういう意味だ?」
「俺たち自身が、この世界の住人として補完されてるってこと」
俺は言葉に詰まった。
考えたくない話だった。
だが可能性はある。
俺たちはアレックスとフィアナになっている。
技術も知識も引き継いでいる。
なら言語だけ例外と考える方がおかしい。
「……考えるのはやめよう」
「現実逃避か?」
「今の俺たちに答えは出せない」
それが正直な感想だった。
考察材料が少なすぎる。
今必要なのは情報だ。
もっとこの世界を知ること。
そして、俺たちがなぜここへ来たのかを知ることだった。
やがて列が進む。
門番が次々と旅人を確認している。
俺は無意識に手の中の果実を握りしめた。
言葉が通じる。文字も読める。
それはありがたい。
同時に、俺たちが思っている以上に、この世界へ深く組み込まれてしまっている証拠のようにも思えた。