俺たちが作ったゲームなのに知らない設定が多すぎる ~自作ゲーム世界に転移したら聖女になっていた~ 作:Fiomia
私たちは宿の食堂で少し遅めの朝食を取っていた。
昨日までは慌ただしい日々が続いていたせいか、こうして四人で食卓を囲む時間がどこか新鮮に感じられる。
「ようやく一息つけるな」
ルークが焼きたてのパンを頬張りながら笑う。
「そうだね。王都へ来てから毎日何か事件が起きてたもん」
ミリアも苦笑しながらスープへ口を付けた。
私も温かいお茶を飲み、一つ息をつく。
クラリス様の呪いは解けた。
第一研究所も崩壊し、マグナスは命を落とした。
まだ分からないことは山ほど残っているけれど、一つの事件には区切りが付いたのだ。
そんなことを考えていると、宿の主人がこちらへ歩いてきた。
「フィアナさん。王城からお客さんだ」
入口へ目を向けると、そこには見慣れた二人が立っていた。
レオンさんとコーデリアさんだった。
「おはようございます」
コーデリアさんが軽く頭を下げる。
「クラリス殿下がお会いしたいそうです。本日は皆様もご一緒にとのことです」
私たちは顔を見合わせ、小さく頷いた。
◇
以前エリシア様へ会いに行った時と同じ服へ着替え、王城へ向かう。
この服も、以前よりずっと馴染んでいるように感じる。
何度か訪れたおかげか、以前ほど緊張はしなくなっていた。
案内されたのは静かな応接室だった。
ほどなくして扉が開き、金髪の女性が姿を現す。
「フィアナ様」
クラリス様は私を見ると深く頭を下げた。
私は慌てて立ち上がる。
「そんな、頭を上げてください」
「命を救っていただきましたので」
穏やかな声だった。
「本来ならば、もっと早くお礼を申し上げるべきでした」
「私は私にできることをしただけです」
「それでも、王族として礼を尽くしたいのです」
その意思は揺るがないようだった。
後ろに控えていた使用人たちが、大きな革袋を四つ運んでくる。
嫌な……ではなく、見覚えのある流れだった。
「こちらをお受け取りください」
袋の口が開かれる。
中には金貨がぎっしり詰まっていた。
「多すぎます!」
思わず立ち上がってしまう。
ルークは口を開けたまま固まり、ミリアも袋と私を交互に見ていた。
「王族として正当な謝礼です」
「いえ、これは正当の範囲を超えている気が……」
必死に遠慮する私たちだったけれど、クラリス様は静かに首を横へ振る。
結局、今回も押し切られる形になってしまった。
◇
「本日は謝礼だけが目的ではありません」
ひと通り落ち着いたところで、クラリス様が表情を引き締めた。
「皆様には聞く権利があります」
クラリス様は小さく息を吐いた。
「ドルガン博士の研究についてです」
私とアレックスは顔を見合わせた。
「実は現在の王家は古代王家の傍系なのです。直系はアレド領主家」
「ドルガン博士はその事実を公表しようとしていました。古代文明研究には不可欠な事実だと。ですが……」
当時の国王と重鎮がそれを押しとどめたらしい。王家の権威の失墜に繋がると。
その結果、ドルガンさんは職を失うこととなってしまったそうだ。
「ただ私も強く反対はできませんでした。ですのでドルガン博士の処遇については、あまり重い罪にならないよう取り計おうと考えています」
そしてクラリス様は机の上へ一冊の古い本を置いた。
革表紙は長い年月を感じさせるほど擦り切れていた。
「それに実は王家にはこのような記録が伝わっているのです」
クラリス様はゆっくりと本を開く。
そこには古代王国末期の出来事が断片的に記されていた。
崩壊する都市、避難する王族、西方への移住。
どの記録も完全ではなく、ところどころ文字が失われている。
それでも読み進めるうちに、一つの事実が浮かび上がってきた。
「……そういうことだったんですね」
私の口から自然に言葉が漏れる。
アレックスも同じ箇所を見つめていた。
「今の王都は、古代王都じゃない」
「ああ」
彼は短く頷く。
さらに資料を追う。
そこには王都陥落後、生き残った王族が西方へ逃れ、新たな王都を築いたことが記されていた。
その地名は、現在とは異なる古い呼び方だった。
しかし、周辺の地形や河川、街道の位置は見覚えがある。
「これ……」
私は思わず地図へ指を置く。
「アレドです」
ルークも目を見開いた。
「つまり」
「アレドが、古代王都だったってことか」
その言葉にクラリス様が静かに頷く。
◇
クラリス様は本を閉じると、少しだけ視線を伏せた。
「もう一つ、お伝えしたいことがあります」
その表情は先ほどよりも真剣だった。
「実は私も、夢を見ていました」
私は思わず姿勢を正す。
エリシア様も同じことを話していた。
「どんな夢だったんですか?」
クラリス様は少しだけ目を閉じ、記憶を辿るように語り始める。
「ものすごく巨大な街でした」
「なのに、人が全然いないんです」
私は息を潜める。エリシア様が語った内容と、ほとんど同じだった。
「街を歩いていると、どこか遠くから誰かの声が聞こえてくるんです」
「その声は、何と言っていましたか」
私が尋ねると、クラリス様は小さく頷いた。
「何度も同じ言葉を聞きました」
一拍置いて、静かに口を開く。
「――扉を開け」
その言葉を聞いた瞬間、私の中でエリシア様の言葉が鮮明によみがえった。
まったく同じ言葉。
偶然とは思えない一致。
私はゆっくりクラリス様を見る。
「エリシア様も、ほとんど同じ夢を見ていたとのことです」
「やはり……」
クラリス様は小さく頷いた。
「王立研究所でも文献を調べましたが、この夢について記した資料は見つかりませんでした」
「ですが、古代王国と関係している可能性は高いと考えています」
レオンさんが腕を組む。
「地下施設、古代王都、そして古代王家の末裔だけが見る夢か」
「共通点が多すぎますね」
コーデリアさんも真剣な表情だった。
私は資料へもう一度目を落とす。
今まで別々だった出来事が少しずつ繋がってきている。
「フィアナ」
アレックスが静かに呼ぶ。
「考えてることは同じだ」
私は頷いた。
「うん」
「私たちが次に行く場所は決まったね」
私は机の上の資料を見つめながら答えた。
「アレド……だね」
「灯台下暗し、ってやつだな」
アレックスが苦笑する。
私も自然と笑みがこぼれた。
レオンさんが私たちへ向き直る。
「調査局としてもアレド周辺を再調査する予定だ。実は今、国内の各地で行方不明者が急激に増えているという報告が挙がっていてな……おそらく今回の件と関係があるのだろう」
「アレドへは、私たちも同行できますか?」
私が尋ねると、レオンさんは頷いた。
「もちろんだ」
「マグナス博士の言葉の意味は正確には分からないが、君たちが何かのカギになっているのだろう」
「今後も協力を頼みたい」
「こちらこそお願いします」
「では殿下。本日はこの辺りで失礼致します」
レオンさんがそう言うと、クラリス様が微笑んだ。
「はい。どうか皆様、お気をつけて」
◇
王城を出る頃には、西の空が赤く染まり始めていた。
昼間の喧騒は少しずつ落ち着き、市場では店じまいの準備が始まっている。
私たち四人は並んで石畳の道を歩く。しばらく誰も口を開かなかった。
最初に沈黙を破ったのはルークだった。
「結局さ」
「俺たち、またアレドに戻るんだよな」
「そうなるね」
ミリアが笑う。
「なんだか帰る場所があるって感じ」
その何気ない一言に納得して、私は自分に少し驚いた。
帰る場所。以前の私なら、そんなふうには思わなかった。
異世界で最初に辿り着いた街。生活するための場所、その程度の認識だった。
けれど今は、顔見知りの商人さんや冒険者たちがいる。帰れば「おかえり」と迎えてくれる人たちがいる。
「フィアナ?」
アレックスが私を見る。
「どうした?」
「ううん」
私は小さく笑った。
「私も、早く帰りたくなったなって」
その言葉にアレックスも穏やかに笑う。
「奇遇だな」
「俺も同じこと考えてた」
夕暮れの風が街を吹き抜ける。
次に向かうべき場所は、もう決まった。
四人は夕暮れの王都を抜け、見慣れた宿への道をゆっくりと歩いていった。