俺たちが作ったゲームなのに知らない設定が多すぎる ~自作ゲーム世界に転移したら聖女になっていた~ 作:Fiomia
岩肌の揺らぎへ一歩踏み込む。
足裏に違和感はない。
風も、匂いも、森の湿った空気のまま。
それでも、一歩、また一歩と進むにつれて周囲の景色が静かに変わり始めた。
木々のざわめきが遠ざかる。
鳥の鳴き声も聞こえない。
まるで一枚の薄い膜を抜けたような感覚。
「……抜けたのか?」
アレックスが振り返る。
背後には、さっきまで歩いていた山道がそのまま続いていた。
けれど、目の前の景色だけが違っている。
唐突に、森が途切れていた。
いや、正確には、森の向こうにあるはずの景色が消えていた。
私たちは自然と足を止める。
目の前には、灰色の巨大な壁が横一線に続いていた。
「……城壁?」
ルークが思わず声を漏らす。
高さは優に二十メートルを超えている。
見上げても頂上が遠い。
左右へ視線を向けても終わりが見えず、山肌に沿うように延々と続いていた。
近づいて初めて、その壁が一枚岩ではないことに気付く。
巨大な石材を隙間なく積み重ねて築かれた外壁。
風雨に晒され続けたはずなのに、大きく崩れた箇所は見当たらない。
「こんな建造物が、今まで見つからなかったなんて……」
ミリアが壁を見上げたまま呟く。
レオンさんも言葉少なに頷く。
「山の中に隠されていた理由が分かった。」
彼が振り返る。
「先ほどの空間の歪みだ。あれが外部から景色を遮っていたのだろう。」
つまり、山の外から見れば何もない岩山。
中へ入って初めて、この光景が現れる。
私は改めて外壁を見渡した。
《ディバイン・サイト》で見えていた流れは、この場所で途切れている。
まるでここが終着点だったかのように。
「フィアナ。」
アレックスが静かに前方を指差した。
「あれを見ろ。」
視線を向ける。
城壁のさらに向こう。
石造りの建物が幾重にも並び、その中央には周囲より一際高い塔が空へ伸びていた。
塔だけではない。
広い街路。整然と並ぶ建築群。
遠くには神殿らしき白い建物まで見える。
それは都市だった。
しかも、一つの王国の中心と呼ぶに相応しい規模を持っている。
「これが……」
思わず言葉が漏れる。
ゲームには存在しなかった都市。
クラリス王女の記録に残されていた古代王都。
「本当に、あったんだな。」
アレックスも感慨深げに呟いた。
私も静かに頷く。
王都調査局の調査員たちは、それぞれ記録を取り始めている。
「城壁全長、現時点では測定不能です」
「建築様式は第七研究所と共通点があります」
「こちらにも同じ紋様があります」
報告が飛び交う中、コーデリアさんが私たちのところへ駆け寄ってきた。
「街へ入れそうな場所を見つけました。」
案内された先には、巨大な門があった。
左右の城壁に挟まれた正門。
人の何十倍もの高さがあり、石と金属を組み合わせたような材質で造られている。
「どうみても門だよなこれ」
ルークが門へ近づき、両手を当てて力を込める。
「んんーーーーっ……!」
びくりとも動かない。
「俺たちも手伝おう。せーの!」
みんなで並んで押してみる。
重いという感触すら返ってこない。
門そのものが城壁と一体化しているようだ。
レオンさんは周囲を見回す。
「他の入口も確認しよう。」
調査員たちは手分けして城壁沿いへ散っていく。
ほどなくして報告が戻ってきた。
「東側と北側にも門があります」
「どちらも同じです!開きません!」
私は静かに門へ手を添える。
《ディバイン・サイト》
淡い光が視界を包む。
けれど、第七研究所で見えたような流れは現れない。何一つ反応しなかった。
私はゆっくりと魔法を解除し、もう一度門を見上げた。
魔法ではわからなかった。でも何か見落としてる気がする。そんな違和感。
私は門へ近づき、石造りの表面をゆっくりと観察した。
遠目にはただの巨大な城門だった。
けれど近づいてみると、所々に細かな溝が刻まれている。
「……これ」
指先でなぞると、石ではない。
滑らかな金属の感触が返ってきた。
「フィアナ、何か見つけたのか」
アレックスも隣へ来る。
「ここだけ材質が違う」
門の脇には、人の胸ほどの高さに円形の板が埋め込まれていた。
表面には第七研究所で見たものと同じ紋様が刻まれている。
その周囲にも細い溝が何重にも走り、まるで一つの装置のようだった。
「これが開閉装置でしょうか」
コーデリアさんが身を屈める。
レオンさんも腕を組んだ。
「だが、取っ手も鍵穴も見当たらない」
ルークは装置を軽く叩いてみる。
「壊せたりしないかな」
「やめておいた方がいい」
アレックスがすぐに止めた。
「こんな規模の施設だ。下手に壊して全部動かなくなったら洒落にならない」
「それもそうか……」
ルークは素直に手を引いた。
私は装置を眺め続ける。
取っ手も、鍵穴もない。押し込む場所も見当たらない。
それなのに、わざわざここだけ別の素材で作られている。
「これって……」
自然と口をついて出た。
「何かの読み取り装置……?」
アレックスが何かを思いついたように私を見る。
私は少し考えながら小声で話す。
「これようするに、指紋とかカードとかの認証装置じゃないかな」
アレックスも納得したように頷いた。
「会社の入口もカードキーだったな」
もちろん、この世界にそんな技術があるとは思えない。
でも古代文明は高度な技術を持っていた。
王都地下で見た映像装置や第七研究所の設備。
それらを思えば、現代地球のような認証技術が存在していても不思議ではない。
「つまり、特定の人物だけを判別すると?」
レオンさんが私たちに聞いてくる。
「もしくは、鍵のような役割をする物品が存在する可能性もあります」
私は装置から手を離した。
その瞬間、一つの記憶が頭をよぎる。
『扉を開け』
クラリス様が夢で聞いた言葉。
そして。
『私も同じ夢を見ました』
そう話していたエリシアさんの姿。
私は勢いよくアレックスを振り返った。
「アレックス」
「……同じことを考えた」
彼もすでに気付いていたらしい。
「夢だな」
私は大きく頷く。
「夢の中で繰り返し『扉を開け』と呼びかけられていたのは、偶然じゃなかったのかもしれない」
「つまり、この扉を開けられる人物がいるってことか」
ミリアも納得したように声を上げる。
「エリシア様……?」
「それにおそらくクラリス王女も」
私は門を見上げた。
古代王家の血を引く二人だけが、同じ夢を見ていた。
あの夢は警告でも予言でもなく、この場所へ導くためのものだったとしたら。
「試してみる価値は十分あります」
レオンさんは門と私たちを見比べ、静かに頷いた。
「私も同意見だ」
コーデリアさんも地図を広げながら口を開く。
「でしたら、こちらは周辺の調査と拠点の設置を進めます」
「頼む。長期調査になる可能性もある」
調査員たちはさっそく野営地の候補を探し始めた。
資材を運び、周囲の測量を始める者もいる。
レオンさんは私たちへ向き直る。
「私は君たちとアレドに戻ろう」」
「調査局の指揮は大丈夫なんですか」
「コーデリアなら任せられる」
そう言うと、コーデリアさんは苦笑しながら一礼した。
「こちらはお任せください。門の追加調査も進めておきます」
私はもう一度だけ巨大な城門を見上げる。
静かに閉ざされた古代王都。
まるで、訪れるべき人物を何百年も待ち続けていたかのようだった。
「行きましょう」
私の言葉に仲間たちが頷く。
次にここへ来る時は、エリシアさんと一緒だ。
その時、この門は私たちを迎え入れてくれるのだろうか。
胸に芽生えた小さな期待を抱きながら、私は仲間たちとともにアレドへの帰路についた。