俺たちが作ったゲームなのに知らない設定が多すぎる ~自作ゲーム世界に転移したら聖女になっていた~ 作:Fiomia
中央研究所に静寂が戻る。
光で形作られた人物――カルディアは、私たち一人ひとりへ順に視線を向けていた。
敵意は感じない。
警戒する様子もない。
ただ、来訪者を確認するためだけに立っているようだった。
『管理記録との照合が完了しました』
静かな声が響く。
『照合対象を更新します』
私は無意識にアレックスの隣へ半歩寄った。
カルディアはそのまま私を見つめる。
澄んだ瞳には感情らしいものは映っていない。
『珠玖直人』
その名前が耳へ届いた瞬間、呼吸が止まった。
「……え」
身体が動かない。
聞き間違えるはずがない。
この世界へ来てから一度も聞くことのなかった名前。
私の、本当の名前。
隣でアレックスも目を見開いている。
カルディアの視線が今度は彼へ移る。
『神代明弘』
短い沈黙が流れた。
「あきひろ……?」
ルークが戸惑った声を漏らす。
「誰の名前だ?」
ミリアも状況が分からないという表情で私たちを見比べる。
私は返事ができなかった。
どうして。
どうしてその名前を知っている。
カルディアは私たちの反応を確認するように一度だけ頷く。
『記録との一致を確認』
『あなたがたは一定期間、互いを「直人」「明弘」と呼称していました』
アレックスが低い声で問いかける。
「……お前は誰だ」
『回答済みです』
カルディアの声色は変わらない。
『私は管理機構カルディア』
『エーテリア中央研究所統括管理個体です』
「違う」
アレックスは一歩前へ出た。
「何でその名前を知ってる」
カルディアは一瞬だけ沈黙した。
質問を整理しているようにも見える。
『回答します』
『管理記録内に、珠玖直人および神代明弘の活動履歴を確認しました』
私は思わず首を振る。
「そんなはずない」
「私たちは、この世界へ来る前は日本でゲームを作っていた」
「この世界には――」
そこまで言いかけて、言葉が止まる。
ルークたちがいる。
二人にはまだ話していない。
私は唇を結び、その先を飲み込んだ。
カルディアはその様子まで観察していた。
『理解しました』
『あなたがたは現在、「転移」という現象に巻き込まれたと認識しているようです』
静かな口調だった。
否定も肯定も含まれていない。
ただ、事実を確認するような響き。
「そうだ」
アレックスが短く答える。
「俺たちは別の世界から来た」
カルディアはゆっくりと首を横へ振った。
その動きはあまりにも穏やかで、相手を否定するというより、誤った記録を修正するようだった。
『その認識は記録と一致しません』
私は胸の奥がざわつくのを感じた。
「……どういうこと」
『珠玖直人』
カルディアは再び私を見つめる。
『神代明弘』
続いてアレックスを見る。
『あなたがたは転移した存在ではありません』
その一言だけで、頭の中が真っ白になる。
『元来、この世界の住人です』
「……そんなこと、あるわけない」
気付けば声が漏れていた。
私は間違いなく日本で生まれ、日本で育った。
大学を卒業し、就職し、明弘と『エターナル・エコー』を作っていた。
その記憶は今でも鮮明に残っている。
「あの世界で生きてきた記憶がある」
カルディアは静かに首を振った。
『その記憶は事実であると推測します』
私は思わず顔を上げた。
「……じゃあ」
『しかし』
カルディアは一拍だけ間を置く。
『その事実と、あなたがたがこの世界の住人であることは両立します』
その言葉は理解できる形をしていながら、意味だけが頭へ入ってこなかった。
「意味が分からない」
カルディアは淡々と答える。
『ただ一つ訂正します』
『あなたがたは外部から転移した存在ではありません』
『出生記録、成長記録、生体情報、魂情報』
『すべて、この世界の住人として記録されています』
部屋が静まり返る。
誰もすぐには言葉を返せなかった。
ルークとミリアも困惑した表情で私たちを見ている。
二人には事情が分からない。
それでも、今のやり取りが私たちにとって重大な意味を持つことだけは伝わったのだろう。
レオンさんが静かに口を開く。
「では、マグナスという人物について聞きたい」
カルディアの視線が静かにレオンさんへ移る。
『人類協力個体マグナス』
その呼び方は、どこか記録を読み上げているようだった。
『中央研究所へのアクセス権限を保有』
『管理機構への協力実績を確認』
『評価――極めて優秀』
私は思わず問い返した。
「優秀……?」
『はい』
カルディアは迷いなく頷く。
『マグナスは管理機構の目的を理解し、自らの意思で協力を継続しました』
『演算能力、研究能力、実行能力』
『いずれも、人類協力個体として最高水準でした』
その評価に、胸の内がざわつく。
王都で見た光景が脳裏をよぎる。
命を奪われた人々。
黒い結晶。
呪いに苦しんだクラリス王女。
そして、エリシア様。
「あれだけのことをしておいて……」
私の声は自然と低くなる。
「あなたは、それでもマグナスさんを優秀だと言うの」
カルディアは私を見つめ返した。
その瞳に怒りも困惑もない。
ただ事実だけを確認するように答える。
『はい』
『人類協力個体マグナスは、管理機構の計画遂行において極めて高い成果を示しました』
『その喪失は、管理機構にとって大きな損失です』
私は息を詰めた。
この存在は嘘をついているようには見えない。
だからこそ恐ろしい。
善悪ではなく、目的への貢献だけで人を評価している。
カルディアは静かに全員を見渡した。
『珠玖直人』
『神代明弘』
再び私たちの本当の名前を呼ぶ。
『あなたがたには、管理機構の目的を説明する必要があります』
『それは、人類の存続に関わる事項です』
静まり返った中央研究所に、その言葉だけが静かに響き続けていた。