俺たちが作ったゲームなのに知らない設定が多すぎる ~自作ゲーム世界に転移したら聖女になっていた~ 作:Fiomia
『管理機構の目的を説明します』
カルディアの声は静かだった。
感情は読み取れない。
ただ、定められた手順を順番に読み上げているようにも聞こえる。
『管理機構カルディアの最優先目的は、人類の存続です』
レオンさんが確認するように問い返す。
「つまり、お前は世界を救うために動いていると」
『はい』
『管理機構は、その目的のために設計されました』
私は眉をひそめる。
その言葉だけなら間違ってはいない。
けれど、マグナスさんがしてきたことまで思い返すと、とても素直には受け入れられなかった。
カルディアは続ける。
『古代文明では、ある世界規模の現象が観測されていました』
空中に淡い光が浮かび上がる。
都市を俯瞰したような立体映像だった。
無数の光点が世界各地へ散らばっている。
『名称――エコー』
その一言で、映像全体へ波紋のような光が広がった。
『発生周期は一定ではありません』
『数百年の場合もあれば、数千年の場合もあります』
『発生条件も完全には解明できませんでした』
「古代文明でも分からなかったのか」
アレックスが呟く。
『はい』
『管理機構の演算能力をもってしても、エコーの本質は解明できませんでした』
映像が切り替わる。
世界地図のようなものが消え、三つの光が現れる。
一つは剣。
一つは翼。
そして最後は黒い球体だった。
『しかし』
『一つだけ確認できた法則があります』
カルディアの声に合わせ、三つの光がゆっくり動き始める。
『エコー発生以前には、必ず三つの特異点が観測されます』
剣が輝く。
『勇者』
翼が光を帯びる。
『聖女』
黒い球体がゆっくりと形を変え、人型の輪郭を描いた。
『邪神』
私は息を詰める。
その三つの言葉は、私たちがゲームで何度も口にしたものだった。
『勇者と聖女が邪神を討伐します』
立体映像の中で二つの光が黒い人影へ近づいていく。
やがて一つになり、白い閃光が走った。
その瞬間だった。
世界全体へ波紋が広がる。
まるで湖へ石を落とした時のように、光がどこまでも伝播していく。
『これがエコーです』
静かな説明だった。
演出らしい演出もない。
それでも私は、その光景から目を離せなかった。
「邪神を倒したことが原因で起きる……?」
思わず口から漏れる。
『観測結果では、そのようになります』
カルディアは否定も肯定もしない。
ただ事実だけを示している。
(ゲームの神話……?だけど微妙に違う……)
『エターナル・エコー』には確かに背景設定として一つの神話を設定した。
《世界はこだまのように誕生と滅亡を永遠に繰り返している》
これが私たちがゲームで設定したこの世界の神話。
けれどそれは、世界観に厚みを持たせるためだけの単なる背景設定。
少なくとも私の……私とアレックスの認識ではそう。
『エターナル・エコー』では、勇者と聖女が最後に邪神を倒す。
その後はエンディングが流れるだけ。
私たちは、その先の世界を設定していない。
だから、「邪神を倒した後に何が起きるか」は知らない。
カルディアは私たちへ視線を向けた。
『管理機構は長期間にわたり、この法則を観測しました』
『その結果、一つの結論へ到達しました』
空中の映像が再び変化する。
勇者と聖女の光が静かに消える。
続いて邪神の姿も消失した。
すると、先ほど世界へ広がっていた波紋は、二度と現れなかった。
『勇者と聖女が存在しなければ』
『邪神は顕現しません』
わずかな間を置いて、カルディアは最後の一文を告げる。
『邪神が存在しなければ、エコーも発生しません』
「待ってください」
私はカルディアの言葉を遮った。
「勇者と聖女を消せば、本当に世界は救われるんですか」
カルディアは静かに私へ視線を向ける。
『管理機構は、その可能性が最も高いと演算しました』
空中の映像が切り替わる。
勇者、聖女、邪神の三つの光が浮かび上がり、その後ろには世界全体を表す球体が映し出された。
『古代文明はエコーを複数回観測しました』
『しかし、その発生原理を解明することはできませんでした』
『管理機構が確認できたのは、一つの共通点のみです』
勇者の光。
聖女の光。
邪神の光。
三つが現れ、やがて勇者と聖女が邪神を討ち果たす。
その瞬間、世界へ巨大な波紋が広がった。
『邪神討伐後、必ずエコーが発生しました』
『その後、人類文明は崩壊しています』
カルディアはそこで映像を止める。
『管理機構は、この観測結果から法則を抽出しました』
『勇者、聖女、邪神、この三要素が揃わなければ、エコーは発生しない可能性が高い』
『それが管理機構の結論です』
「つまり推測なんですね」
私が問い返すと、カルディアは否定しなかった。
『はい』
『観測記録から導き出した演算結果です』
『実証には至っていません』
レオンさんが腕を組む。
「ならば、お前たちはその演算を実行しようとした」
『はい』
カルディアは淡々と頷いた。
『管理機構は勇者と聖女を世界から排除する計画を立案しました』
『名称、偽邪神計画』
空中の映像に、黒い結晶が次々と浮かび上がる。
影の魔物。
黒い繭。
そして、人の形を模した巨大な黒い存在。
『世界が生み出す邪神に近似した存在を人工的に構築します』
『勇者と聖女を排除し、邪神の顕現そのものを阻止する』
『これが管理機構の最適解でした』
私はエリシアさんの前へ半歩出る。
「だから、エリシアさんやクラリス王女が狙われたんですね」
『はい』
カルディアの声に揺らぎはない。
『偽邪神の構築には膨大な生命力と、王族が所持する最高位権限が必要でした』
『現在、その権限を保持する血統は極めて少数です』
「だから呪いを……」
『第一対象への権限取得を試行しました』
『失敗後、第二対象へ移行しました』
エリシア様は胸元で両手を強く握り締める。
レオンさんの表情も厳しくなる。
「それで、人類を救うと言うのか」
『管理機構の目的は個体の救済ではありません』
『人類種全体の存続です』
静かな返答。
冷酷さではなく、優先順位を述べているだけの口調。
だからこそ、その価値観の隔たりが鮮明になる。
私はカルディアを見据えた。
「あなたが、その演算が正しいと信じる理由は何ですか」
カルディアは右手を掲げる。
『回答します』
中央の台座から光が立ち上り、広大な都市の映像が空中へ映し出された。
人々が街を行き交い、子どもたちが笑い、空には青空が広がっている。
『管理記録を再生します』
穏やかな景色は長く続かなかった。
空が黒く染まり、大地に無数の亀裂が走る。
都市の建物は次々と崩れ、人々は逃げ惑う。
遠くでは白い光が世界そのものを包み込み、街並みは波にさらわれる砂の城のように崩壊していく。
私は息を詰めた。
古代工廠でマグナスさんが見せた記録と同じだ。
古代文明最後の日。
カルディアの静かな声だけが映像へ重なる。
『管理機構が観測した最後のエコーです』
『勇者、聖女、邪神、討伐、エコー、文明崩壊』
『管理機構は、この記録を基に演算を継続しました』
映像が静かに消える。
『人類を存続させるためには、同じ結果を繰り返してはなりません』
『それが、管理機構カルディアが偽邪神計画を立案した理由です』
静まり返った中央研究所で、誰一人すぐには言葉を返せなかった。
カルディアは間違いなく、人類を救おうとしている。