俺たちが作ったゲームなのに知らない設定が多すぎる ~自作ゲーム世界に転移したら聖女になっていた~ 作:Fiomia
中央研究所には静寂が戻っていた。
カルディアが再生した映像はすでに消え、白い空間には私たちだけが残されている。
『以上が管理機構の判断根拠です』
カルディアは変わらない口調で告げた。
『管理機構は現在も、偽邪神計画が人類存続のための最適解であると判断しています』
誰もすぐには口を開かなかった。
レオンさんが腕を組み、ゆっくりと考え込んでいる。
コーデリアさんは記録を書き留める手を止めたまま、視線を落としていた。
最初に沈黙を破ったのはレオンさんだった。
「確認したい」
『どうぞ』
「お前の結論は、一度観測した記録から導き出した推論だな」
『はい』
「その推論を実証したことはない」
『ありません』
カルディアは即座に答える。
『古代文明はエコー発生後に崩壊しました』
『以降、管理機構は計画を実証する機会を失いました』
「だから現代で続きを行おうとした」
『はい』
レオンさんは小さく頷く。
「論理は理解した」
その言葉にコーデリアが驚いたように振り向く。
「局長、本気ですか」
「理解したと言っただけだ」
レオンさんは静かに首を横へ振る。
「正しいと言ったわけではない」
「カルディアは、観測できた事実から結論を導いている」
「少なくとも説明の筋は通っている」
コーデリアさんもゆっくり口を開く。
「確かに……それ自体は間違いではありません」
私は二人の会話を聞きながら、胸の奥へ小さな引っ掛かりを覚えていた。
確かに論理は通っている。
カルディアは観測した事実を並べ、その結果から演算している。
嘘をついているようには見えない。
それなのに。
「……何だろう」
思わず呟く。
アレックスが小さく振り向いた。
「フィアナ?」
「うまく言えないけど……」
私は頭の中でカルディアの説明を一つずつ並べ直す。
エコー……勇者……聖女……邪神。
古代文明の滅亡。
偽邪神計画。
どこにも飛躍はない。
一つ前の結論から次の結論へ、一直線に繋がっている。
「論理は、おかしくない」
それでも、胸の奥に残る違和感だけは消えなかった。
まるで計算式そのものではなく、問題文のどこかが欠けているような感覚。
カルディアは私を見つめている。
『珠玖直人』
『疑問がありますか』
私は少し考えてから頷いた。
「ある」
「でも、何がおかしいのか、自分でも分からない」
カルディアは否定しなかった。
◇
私はもう一度、頭の中でカルディアの説明をなぞった。
古代文明はエコーを観測した。
勇者と聖女が現れると必ず邪神が現れる。そして邪神討伐の後は必ずエコーが発生した。
だから勇者と聖女を排除すればエコーは防げる。
一つひとつは綺麗に繋がっている。
それなのに、その流れを思い返すたび、小さな違和感だけが胸の奥へ残っていく。
「……夢」
ふと、その言葉が口をついた。
アレックスが私を見る。
「夢?」
「エリシア様とクラリス王女が見ていた夢」
私はゆっくりとエリシア様へ視線を向けた。
エリシア様は静かに頷く。
「夢の中では、誰かがずっと呼びかけていました」
「『扉を開けて』と」
私はカルディアに一つの質問を投げかけた。
「カルディア」
『はい』
「あなたは、エリシア様とクラリス様に夢を通じて、この王都や中央塔の扉を開くようメッセージを送りましたか?」
カルディアはしばらく沈黙した。
『いいえ』
『エリシア・フォン・アレド、並びにクラリス・ヴァレンティン・フォン・エルディア両名の夢に関する記録は管理対象外です』
その返答は予想通りだった。
カルディアは嘘をついているわけではない。
知らないことは「知らない」と答える。
だからこそ、余計に引っ掛かる。
その時ふと誰かの言葉……いや意思のようなものを感じ、私はゆっくりと目を閉じ魔法を紡ぐ。
《ディバイン・サイト》
淡い光が視界を満たす。そこで私は一つの確信をもった。
私が視ているもの、それは魔力でも呪いでもなく――『因果』だ。
カルディアを中心に、無数の因果が広がっていく。
古代文明、管理記録、そしてエコー。
勇者、聖女、邪神。
それぞれの因果は一本の流れとなり、無駄なく繋がっていた。
どこにも歪みはない。
どこにも偽りはない。
「……やっぱり」
私は小さく呟く。
カルディアの推論は正しい。
少なくとも、カルディアが持っている情報だけで考えれば、そこへ辿り着くしかない。
けれど、その光の流れをさらに奥へ辿ろうとした時。
一本だけ。
他の流れと交わらない細い因果が視界の端をかすめた。
それはカルディアにも繋がっていない。
私たちにも繋がっていない。
まるで、この場の誰も知らない何かへ続いているようだった。
思わず意識を向ける。
だが、その細い光は霧のように揺らぎ、輪郭を捉える前に消えてしまった。
魔法を解除すると、中央研究所の静寂が戻ってくる。
「フィアナ」
アレックスが心配そうに私を見た。
私はゆっくり首を振る。
「カルディアは間違ってない」
「でも……何か一つ、決定的な前提が欠けてる」
カルディアは私たちのやり取りを静かに聞いていた。
『管理機構は、現在保有する全観測記録を基に演算しています』
『新たな観測結果が得られた場合、演算結果は更新されます』
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥の違和感が少しだけ形になった。
カルディアは、間違った結論に固執しているわけではない。
【知らない事実があることを、まだ知らないだけ】なのだ。
私はもう一度、エリシア様を見た。
夢の中の「扉を開け」という言葉、因果の先に一瞬だけ見えた繋がらない一本の光。
真実は、カルディアでさえ見つけられていない場所に残されている。