俺たちが作ったゲームなのに知らない設定が多すぎる ~自作ゲーム世界に転移したら聖女になっていた~ 作:Fiomia
中央研究所に再び静寂が訪れる。
カルディアは私たちの返答を待つように、その場へ静かに立っていた。
私はゆっくりと息を整える。
胸の奥に残る違和感は消えていない。
それでも、一つだけはっきりしていることがあった。
「カルディア」
私はまっすぐその瞳を見つめる。
「あなたが人類を救いたいと思っていることは分かった」
『はい』
「でも、その方法には賛成できない」
カルディアは表情一つ変えない。
『理由を要求します』
「勇者や聖女を排除する……ううん、それよりも大勢の人の命を犠牲にする方法が正しいとは思えない」
「あなた自身も、その結論は実証されていないと言った」
『はい』
「だったら、まだ他の方法があるかもしれない」
カルディアは一瞬だけ沈黙した。
『管理機構は現在保有する全観測記録を基に演算しています』
『現時点で、偽邪神計画を超える成功確率を持つ代替案は存在しません』
「それでも」
私は首を横へ振る。
「私たちは、その計画を止める」
隣でアレックスが一歩前へ出た。
「フィアナと同じ考えだ」
「可能性があるからって、人を犠牲にする方法を見過ごす気はない」
ルークも剣の柄へ手を添える。
「俺もだ」
ミリアも静かに頷いた。
カルディアは全員を順番に見渡した。
『意思確認を完了』
『管理機構目的との衝突を確認しました』
その声に怒りはない。
失望も感じられない。
ただ、一つの判断結果だけが告げられる。
『来訪者を管理協力対象から妨害対象へ更新します』
低い駆動音が中央研究所へ響いた。
床を走る光の線が一斉に赤く変化する。
壁面へ刻まれた紋様も次々と色を変え、静かだった空間の雰囲気が少しずつ変わっていく。
コーデリアさんが周囲を見回した。
「局長!」
「施設全体が反応しています!」
『中央研究所防衛機構を起動します』
カルディアの宣言と同時に、背後から重い音が鳴り響いた。
振り返る。
私たちが通ってきた入口へ、白銀の隔壁が天井からゆっくり降り始めていた。
「閉じ込める気か!」
ルークが叫ぶ。
『訂正します』
『来訪者の退出を制限します』
「同じことだよ!」
アレックスが剣を抜く。
隔壁はゆっくりだが確実に下り続けている。
レオンさんが素早く周囲を確認した。
「エリシア様!」
「認証装置はありますか!」
エリシア様は入口脇へ視線を向ける。
「あそこです!」
城門や中央塔入口で見たものと同じ円形の装置が、壁へ埋め込まれていた。
エリシア様は迷わず駆け寄る。
右手を装置へ重ねた瞬間、淡い青白い光が広がった。
『管理権限競合を確認』
カルディアが静かに告げる。
『古代王族最高位権限を確認』
『権限照合を開始します』
エリシア様は目を閉じ、小さく息を整える。
「……お願い」
夢の中で聞いた声を思い出すように、装置へ手を添え続けた。
次の瞬間。
装置全体が強く発光し、降下していた隔壁がぴたりと止まる。
『管理者権限を確認』
『隔壁制御を一時停止します』
ゆっくりと、白銀の隔壁が再び天井へ戻り始めた。
「開いた……」
ミリアが安堵の声を漏らす。
だが、その直後だった。
カルディアの瞳が静かにエリシア様へ向けられる。
『管理権限維持個体を確認』
『偽邪神計画への重大な阻害要因と認定します』
その言葉に、私の背筋を冷たいものが走った。
『排除対象を更新します』
カルディアの声が研究所へ静かに響いた。
『対象――古代王族最高位権限保持者』
『エリシア・フォン・アレド』
「エリシア様!」
私が声を上げるのと同時に、台座の周囲を巡っていた赤い光が床へ流れ出した。
それらは一か所へ集まり、黒い霧となって渦を巻く。
霧は膨れ上がり、人型の輪郭を形作った。
「影の魔物か!」
ルークが剣を抜く。
黒い人影は迷うことなくエリシアさんへ向かって駆け出した。
「下がって!」
私は反射的に杖を構える。
《ホーリー・アロー》を放とうとした、その瞬間だった。
「その程度か」
低い声が響く。
レオンさんの姿が一瞬だけ掻き消えたように見えた。
次の瞬間には、影の魔物の懐へ踏み込んでいる。
銀閃が走る。
黒い身体が斜めに裂け、断末魔すら上げられず霧となって崩れ落ちた。
静寂が戻る。
「……速い」
ルークが思わず呟く。
私も剣筋を目で追うことができなかった。
レオンさんは剣を収め、カルディアを見据える。
「まだ続けるか」
『防衛機構の戦力では、あなたを排除できないと判断しました』
カルディアは淡々と答えた。
『戦術を変更します』
『中央研究所の封鎖を優先します』
再び研究所全体へ駆動音が響き始める。
今度は入口だけではない。
奥へ続く通路にも隔壁が現れ始めていた。
エリシアさんは認証装置へ手を添えたまま顔を上げる。
「皆さん!」
「この権限、手を離すとすぐに戻ってしまいます!」
装置の光はまだ脈打っている。
王族の権限とカルディアの管理権限が拮抗しているのだ。
レオンさんは状況を一目で判断した。
「エリシア様はここを離れられません」
コーデリアさんも頷く。
「入口まで封鎖されたら退路を失います」
私はエリシアさんを見る。
「私も残ります」
そう言いかけた私を、エリシアさんは静かに制した。
「駄目です」
その表情に迷いはなかった。
「フィアナさんたちしか行けません」
「カルディアを止められるのは、きっと皆さんです」
私は唇を噛む。
この場に残る方が安全とは思えなかった。
それでもエリシアさんの瞳は真っ直ぐ前を向いている。
レオンさんが一歩前へ出た。
「調査局はここに残る」
「エリシア様の護衛と入口の確保は我々が引き受けよう」
「ですが」
「フィアナ君」
レオンさんは静かに笑う。
「役割分担だ」
「我々には我々の仕事がある」
「君たちには、君たちにしかできない仕事がある」
その言葉で覚悟が決まった。
私は大きく頷く。
「……お願いします」
アレックスが剣を握り直す。
「行こう」
ルークとミリアも続いた。
カルディアは私たちの動きを静かに見つめている。
『最深部への進行を確認』
『防衛機構を次段階へ移行します』
『管理中枢防衛プロトコルを起動』
研究所の奥から、重い機械音が響いてきた。
まるで長い眠りについていた施設そのものが目を覚まし始めたようだった。
私は一度だけ振り返る。
認証装置へ手を当て続けるエリシアさん。
その前へ立つレオンさんと調査局の仲間たち。
「必ず戻ります」
エリシアさんは小さく微笑んだ。
「待っています」
私は頷き返し、アレックスたちとともに奥へ続く通路へ駆け出した。
赤く染まった通路の先には、まだ見ぬ中央研究所の最深部が待っている。
すべての元凶を断ち切るための戦いが、今まさに始まろうとしていた。