俺たちが作ったゲームなのに知らない設定が多すぎる ~自作ゲーム世界に転移したら聖女になっていた~ 作:Fiomia
赤い警告灯に照らされた中央研究所の通路を走る。
壁面を流れる光の筋は、先ほどまでの穏やかな青白い色ではない。
脈打つような赤が施設全体を染め、どこかで大型機械が稼働する低い振動が足元から伝わってくる。
「かなり下まであるな」
先頭を走るアレックスが周囲を見渡す。
「管理機構なんてものを運用する施設だもの。この規模でも不思議じゃない」
私は答えながら、《ディバイン・サイト》を維持する。
途中で何本もの通路が枝分かれしていたが、不思議なことに迷うことはなかった。
赤く染まった魔力の流れとは別に、一筋だけ濃い因果の糸が奥へ伸びている。
まるで何かに「ここへ来い」と導かれているようだった。
「こっち」
私は迷わず進路を示す。
アレックスも何も言わず頷き、後ろのルークとミリアも続く。
しばらく進むと、通路は急に開けた。
巨大な円形の空間。
天井は高く、中央には幾重もの光の輪に囲まれた巨大な柱が立っている。
無数の管や結晶が柱へ接続され、淡い光を脈打たせていた。
「これが……」
ルークが思わず声を漏らす。
「中央研究所の中枢か」
その柱の前に、一人――いや、一つの存在が静かに立っていた。
カルディア。
白い衣をまとった立体映像は、まるで私たちを待っていたかのように振り返る。
『到着を確認しました』
『予測時刻との差異、〇・四一秒』
『演算誤差の範囲内です』
その声は相変わらず穏やかだった。
敵意を剥き出しにしているわけではない。
だけど、その奥にある意思だけははっきり感じられる。
私たちは止まらない。
アレックスが一歩前へ出る。
「カルディア」
「ここで終わらせる」
『肯定』
『管理機構も同様の目的を有しています』
『偽邪神計画完成まで、残り一・三%』
私は柱へ目を向けた。
無数の光が一点へ集まり、その中心で黒い球体がゆっくりと鼓動している。
まるで巨大な心臓だった。
「もう起動してる……」
『最終調整段階です』
『あなた方との交戦により、実戦データを取得します』
ミリアが眉をひそめる。
「実戦データ?」
『現在の偽邪神では、勇者・聖女への勝率が不足しています』
『交戦結果を反映し、最適化を完了します』
「つまり……」
ルークが剣を構える。
「俺たちを実験台にするってことか」
『表現は概ね正しいと判断します』
アレックスは苦く笑った。
「最後までぶれない奴だな」
カルディアは私たちへ視線を向ける。
『戦闘開始前に安全対策を実施します』
その言葉と同時だった。
中央の柱から白い光が天井へ走る。
空間そのものが揺らいだ。
床が波打つように歪み、景色が音もなく溶け始める。
「これは!」
私は咄嗟に周囲を見回す。
壁も柱も天井も、すべて光へ溶けて消えていく。
代わりに現れたのは――。
どこまでも続く鏡のような水面だった。
漆黒の夜空には満天の星々。
足元には静かな水面が広がっているはずなのに、不思議と濡れる感覚はない。
歩けば波紋だけが静かに広がっていく。
「……ここ」
思わず立ち止まる。
隣でアレックスも目を見開いていた。
「まさか」
「フィアナ」
「うん」
私は頷く。
見間違えるはずがない。
「EEのラスボス戦……」
私の声は自然と小さくなった。
ゲームの最終盤。何度もデバッグのために訪れた最終決戦フィールド。
処理負荷が高くなりすぎて、最適化に苦労した場所。
「鏡の海……」
「背景アセットは、あのグラフィッカーが送ってきた……」
アレックスも遠くを見つめる。
「俺、最後にここのBGMを百回以上聞いたぞ」
こんな状況だというのに、その一言で少しだけ肩の力が抜けた。
「私はフレームレートと戦ってた」
「知ってる」
短いやり取りだったけれど、それだけで十分だった。
ここが何なのか二人には理解できた。
ルークが周囲を見回す。
「二人とも、この場所を知ってるのか?」
「……ああ、知ってる。全部終わったら説明するよ」
アレックスはそれ以上説明しなかった。
ルークも深くは聞かず、静かに剣を握り直す。
その時。
鏡の海の中央で、大気が大きく震えた。
黒い霧が渦を巻き、巨大な人影を形作っていく。
最初に現れたのは、長い銀色の髪。
続いて、少女のような細い腕。
そして、何枚もの顔が重なり合う異形の貌。
それを見て、私の呼吸が止まりそうになる。
「あれ……」
アレックスも同じものを見ていた。
「EEの邪神だ」
ゲームで私たちが最後に配置したラスボス。
その姿に酷似した存在が、静かに鏡の海へ降り立った。
ただ一つ違うのは。
その身体を巡る無数の黒い結晶と、脈動する禍々しい魔力だった。
『偽邪神、起動完了』
カルディアの声が、空全体へ静かに響く。
『戦闘データ収集を開始します』
偽邪神がゆっくりと私たちへ顔を向けた。
その瞳が開かれた瞬間、戦いの幕が切って落とされた。
◇
偽邪神は静かに右腕を持ち上げた。
動きはゆっくりだった。
それなのに全身の毛が逆立つような圧力が空間を満たしていく。
「散開!」
アレックスの声と同時に全員が左右へ飛び退いた。
直後、偽邪神の腕が振り下ろされる。
轟音。
鏡の海が爆発したように水柱が舞い上がり、衝撃波が一直線に走る。
私たちがいた場所を白い飛沫が飲み込んだ。
「速い……!」
見た目ほど動きは鈍くない。
むしろ一撃ごとの威力は、ゲームの邪神より重いように見える。
「フィアナ!」
「援護する!」
私は杖を掲げた。
《ホーリー・エンチャント》!
白い光がアレックスとルークの剣を包み込む。
二人はほぼ同時に地面を蹴った。
「行くぞ!」
アレックスの《チャージ》が発動する。
一瞬で間合いを詰め、そのまま胸元へ斬り込んだ。
金属を叩いたような硬い音が響く。
偽邪神の身体がわずかによろめく。
「硬い!」
「でも効いてる!」
ルークも横から踏み込み、《スラッシュ》を放つ。
銀色の斬撃が肩口を切り裂き、黒い魔力が霧となって噴き出した。
「フィアナ!」
アレックスが叫ぶ。
「EEの邪神を覚えてるか!」
その言葉で、頭の奥の記憶が一気によみがえる。
「部位破壊!」
「そうだ!」
EEの邪神は特殊なボスだった。
本体へ攻撃してもほとんどダメージは通らない仕様。
腕、脚、頭、それぞれに独立した耐久値があり、部位を破壊して初めて本体へ有効打を与えられる。
開発中、何度もテストプレイを繰り返した仕様だ。
「みんな!右腕に攻撃を集中!」
「一番壊しやすい!」
アレックスが即座に頷く。
「ルーク!」
「合わせろ!」
「おう!」
二人は左右へ分かれて駆ける。
偽邪神が再び腕を振り上げた。
その瞬間を狙う。
「今だ!」
アレックスの《トライ・エッジ》が閃いた。
白銀の軌跡が右腕へ深々と食い込む。
「はああぁぁっ!」
続けてルークの剣が同じ傷口へ叩き込まれる。
二つの斬撃が交差した。
鈍い破砕音。
巨大な右腕が肩口から切り離され、宙を舞う。
黒い魔力を撒き散らしながら、鏡の海へ落下した。
「やった!」
ミリアが声を上げる。
私はすぐに《ディバイン・サイト》を発動する。
右腕から因果が断ち切られている。
ゲームなら、このまま第一段階が終わるはずだった。
だが。
「……違う!」
私の視界で、落ちた右腕が黒い粒子へ崩れ始める。
同時に、偽邪神の肩口から無数の黒い結晶がせり上がった。
結晶は枝分かれするように伸び、筋肉を形作り、皮膚を覆い――
ほんの数秒で、新しい右腕が完成する。
「そんな……」
ルークが目を見開く。
切り落とされたはずの右腕は、何事もなかったかのように元の形へ戻っていた。
アレックスも剣を構え直したまま低く呟く。
「再生した……」
私はディバイン・サイトを維持したまま偽邪神を見つめる。
右腕そのものが再生したのではない。
まるで、本体とは別の場所から無限に補充されているようだった。
「アレックス!」
「見えた!」
私の声に、アレックスはすぐ反応する。
「ゲームの邪神と同じじゃない」
「見た目は似ていても、中身は別物だ」
偽邪神は再生を終えると、ゆっくりと五本の指を握り締める。
その動作には痛みも怒りも感じられない。
ただ、失われた部位を復元したことを確認しているだけだった。
『戦闘データを更新』
カルディアの声が静かに響く。
『右腕部位の耐久試験を完了』
『再生機構、正常』
私はその言葉を聞き、奥歯を強く噛み締めた。
カルディアはこの戦いすら、偽邪神を完成させるための実験として扱っている。
そして私たちは、まだその攻略法すら掴めていない。
鏡の海の向こうで、偽邪神が再びゆっくりと腕を持ち上げる。
第二撃が放たれるまで、残された時間はほとんどなかった。